(117)230 『リゾナンター爻(シャオ)』70話
「…これで計画の概要は、以上です」
タータンチェック柄のミニスカートを穿いた女が、大仕事を終えたかのように言う。
闇の城の、中枢区画。
その中に、応接室と呼ばれる部屋がある。
普段は政財界の大物の使いの者たちが、慇懃無礼な態度を取りながら飼い主の意向を伝える場。
しかし、今は少しばかり様子が違うようだった。
そして、向かい側には、制服をモチーフとした戦闘服らしき服に身を包んだ二人の女。
一人はくどい二重とげっ歯類を思わせるような前歯が特徴的で、もう一人は特徴と言うべき特徴がないのが特徴と
言うべきか。どちらにせよ、然程器量が良いとは言えないような顔をしていた。
それを言ってしまえば、「永遠殺し」も人のことは言えないのではあるが。
「『宴』と銘打つだけあって、素晴らしい計画ね。うちとあんたたちのところは表立って協力関係は結べないけど、
あたしが『オブザーバー』としての立場を崩さなければ『首領』も認めてくれるはずよ」
「マジっすか!」
喜ぶあまり、つい口調が俗っぽくなる地味顔の女。
「永遠殺し」が一瞥すると途端に肩を竦め小さくはなるものの、顔に滲み出る喜びは隠せないようだ。
「で、でも!あたし、ダークネスの構成員やってた時から幹部の人たちと仕事するのが夢で!!」
「ですよねえ。あたしもこの子も、雑魚キャラ体質が抜けないって言うか。やっぱ正統派の連中とは一線を画すっ
て言うか。けど、だからこそこういうビジネスチャンスがあると思うんすけどね」
相変わらず舞い上がっている地味顔を窘めつつ、「永遠殺し」に秋波を送るもう一人の女。
「うちの七人の幹部も新旧交代が進んで、半分弱が新しい顔の連中ばかり。となると、ますますうちらみたいな古
参。かつ組織が疎んじてる外仕事もできる人材が重宝される。そう思いません?」
「ふふ、相変わらず貪欲ね。けど調子に乗ってると、また『坊主』にされるわよ?」
思わぬ過去を突かれ、ばつの悪そうな顔をする女。
これ以上弄られたらたまらん、とばかりに席を立つ。
「では、うちらはこれで失礼しますんで」
「あらそう。今回は本拠地の戒厳令のせいでご足労いただいたけど、次はあたしのほうからお邪魔するわよ」
「それはもう、是非!」
畏まりつつ、応接室を出る二人。
しかし、思い出したように地味顔の女が再び顔を出す。
「…何か忘れ物?」
「そう言えば、『共鳴するものたち』の攻勢が凄いんでしたっけ。色々聞いてますよ?」
「永遠殺し」がやや顔を顰める。
この時期に、できれば聞きたくない名前ではあるが。
「もしよければ、うちの『分隊』に手伝わせてくださいよ。『永遠殺し』さんのためならマジ動きますから」
「そう言えばあんたのところの『分隊』は一度あの子たちとやり合ってたわね。でも、偶然だとは思うけど『本隊』
の『7番目』がもう交戦してるはずよ。これ以上『関わりを持つ』のは、『先生』も納得しないんじゃない?」
「ええーっ…」
「それに。どうせあんたは目当ての子とかに会いたいだけでしょ」
「じぇじぇじぇ!」
「…古いわね。いつの時代の人間よ」
呆れつつ、扉が閉まるのを見届ける「永遠殺し」だが。
閉じかけた扉は、逆戻しのように再び開かれた。
「今度は何…って」
「今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大組織、その中核をなす連中との密室での商談…戒厳令下にアグレッシブっすねえ」
漆黒のライダースーツに映える、黄金の髪。
組織の情報部を統括する「鋼脚」は、いいものを見たような顔で部屋に入ってきた。
「戒厳令下でも仕事はなくならないわ。むしろ、腰を据えて取り組むいい機会かもしれない」
「さすがはダークネスいちの外交手腕の持ち主。加護のあちらさんへの根回しも、うまくいくわけだ」
「…吉澤も言うようになったじゃない」
「伊達に幹部やってませんからね」
言いながら、勢いよくソファに腰を沈める。
「あそこのメガネデブはうちの事情に首なんか突っ込んでくれないっすよ。やるだけ無駄と思うけど」
「そうかしら?少なくとも、妙な動きをしてるお偉いさんたちへの牽制にはなるわ」
「ほー、なるほどね」
「『Alice』が辻加護の手にあることは聞いてる。あの子たちにどうこうできる代物じゃないとは思うけど。だけど、
問題はその後よ」
「永遠殺し」が狛犬顔を歪ませ、得意げな表情を作る。
先手は打っておいた、とでも言いたげに。
「何よ、吉澤」
「いや。相変わらず一筋縄じゃいかねーなーって」
「言ってみなさいよ」
「保田さん。あんた、その後のことを見据えてますよね。その後ってのは…この事件の収拾がついた後、だ」
今度は、「鋼脚」が睨みを利かせる番だ。
これには、まいったわね、とばかりに「永遠殺し」は首を竦めるしかない。
「そうよ。私たちはあくまでも、裕ちゃん…『首領』のために動いてる。これ以上、紺野の思惑に引き摺られるわ
けにはいかないの」
「それにはあたしも同感ですね。ただ…あいつの中澤さんからの信頼は絶大だ」
「そうね。今のところはきっと、あの子の描いた絵図の通りにことは進んでる。『守護神殺し』の大罪を成した後
の、未来予想図の通りにね」
「永遠殺し」の眼光が、僅かに鋭くなったように「鋼脚」には思えた。
「知ってたんすか」
「薄々は。けど、さすがは情報部の首魁。眉ひとつ動かさないのね」
「これが仕事ですから。で、どうするつもりで?」
時間停止の能力が使われているわけでもないのに、時が凍りついたように温度をなくしてゆく。
「リゾナンターを、殲滅するわよ」
「へえ…」
常に冷静沈着。感情に囚われることのない「永遠殺し」が、盟友だった「不戦の守護者」「詐術師」の弔い合戦に
乗り出すとは微塵も思わなかったものの。それとはまた別の答えに、「鋼脚」は感心すら覚える。
…あの子の計画は頓挫する」
「なるほどねえ」
「始末は私自ら、つけるわ。あんたのとこの『五つの裁き』も悪くないけど、下手に戦ってリゾナンターたちに余
計な力をつけてもらっても困るから」
古参幹部自らお出ましとは。
さすがの紺野も舌を巻くことだろう。
驚きと感心の意を込めた、「鋼脚」の口笛が部屋に響く。
「私はもう行くわ。情報部の人間と長話なんかしてたら、変な噂を流されかねないもの」
ゆっくりと、席を立つ「永遠殺し」。
それを、「鋼脚」が呼び止めた。
「…まだ何かあるの?」
「いえ、大したことじゃないんですが」
「鋼脚」は一呼吸置き、それから言った。
「『黒翼の悪魔』が、ダークネスに戻ってきますよ」
「!!」
「永遠殺し」の瞳が、かっと見開かれる。
面目躍如とはこのことだ。心理戦において一矢報いた「鋼脚」は、大きく背を伸ばし、ソファに深く凭れかけた。
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