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(117)85 『リゾナンター爻(シャオ)』68話



「金鴉」と、8人の若き共鳴者たち。
戦闘の火蓋は、8人が同時に散らばることによって落とされた。

一か所に固まることなく、全員が別の場所に陣取る。
これは、非常に強力な「金鴉」の一撃を複数人が食らってしまう可能性を減らす最良の戦術。
最初に頭に描き、提案したのは春菜だ。

― あの人の攻撃は重いですけど、大丈夫。「当たらなければ、どうということはない」です! ―

どこかで聞いたことのあるような言い回しだが、言い得て妙。
逆に言えば、絶対に「金鴉」の攻撃は食らってはいけない。香音の「物質透過」能力である程度の被弾は避けら
れるものの、彼女の能力もまた万能ではないからだ。

「はは。よう考えたな。のん、油断してるとやられるで?」
「うるさい!!」

「Alice」の傍らで、ふわりと浮きながらまたも試合観戦。
そんな「煙鏡」の煽りに本気で腹を立てながらも、「金鴉」は周囲を飛び回る「小うるさいハエ」を必死に目で追う。

「ばーか!こっちだよ!!」
「いてっ!!」

優樹が床に落ちていた端材をテレポートさせ、「金鴉」の頭にぶつける。
子供の悪戯のような攻撃に思わず目を剥くが、もうそこには優樹はいない。


「…っのやろ」
「よそ見してんなよ、おらぁっ!!」

今度は、背後を遥が不意打ち。
背中を思い切り蹴り倒された「金鴉」だが、倒れたままの姿勢で足払い、遥を薙ぎ倒そうとする。

しかし手応えは無い。
香音の「物質透過」能力が遥にも行き渡っているのだ。

「ぶっ殺す!!」

背を向け逃げてゆく遥に、「金鴉」が右手を翳す。
誰の能力かはわからないが、手のひらに集まる熱源。それが蓄積され、無防備な遥に放たれようとしていた。

「そうはさせないって!!」

目の前に躍り出たのは、亜佑美と。
鉄骨に囲まれた空間に低く唸る、青鋼の鉄巨人。
人の体がいくつも覆われるような大きな掌が、放たれる熱線を完全に遮断した。

そうこうするうちに、今度は聖の容赦ない念動弾の集中砲火が襲う。
威力自体は強くなくとも、まとめて当たれば軽視できないダメージとなる。

「ちくしょう!どいつもこいつも!ちょこまかうぜえって!!!!」

「金鴉」は。
完全にリゾナンターたちの策に嵌っていた。





「たぶんなんですけど…あの『金鴉』って人は他人から頂いた力を、そう何度も使えはしないと思うんです」

倒されてしまったさゆみと里保以外の8人で、対「金鴉」シミュレーションを練っていた時のこと。
おずおすとそんなことを言い出したのは、春菜だった。

「そう言えばあいつ、能力の使用回数に限りがあるみたいなこと言ってたぞ」
「つまり…道重さんの力と蟲使いの力はもう、使えないってこと?」

遥の情報も踏まえ、聖が結論を促す。
春菜の静かな頷きは、肯定を意味していた。

「てことは。あいつは攻撃防御と遠距離攻撃の強力な二枚のカードを既に切ったってことっちゃろ。楽勝やん」
「生田さん、楽観視するのはまだ早いです。あの人は、他人の血を媒介に能力を使役していました。あといくつ、
ストックを持ってるか。それと、鈴木さんがされたみたいに」

さくらの言葉は、嫌でも思い出させてしまう。
香音の能力を「擬態」した「金鴉」の抜き手が、さゆみの体を貫いたあの瞬間を。

「最低でもうちらの能力の数と。そしてあいつの持ってるストック、か」
「能力の相性によってはコピーできないらしいですから、全部ではないでしょうけど」

普段は些細なことですれ違う亜佑美とさくらだが、今回ばかりはそんなことを言っている場合ではない。
蟲の力は使えずとも、自分たちの血を奪う方法などいくらでもある。
それはそのまま「金鴉」への脅威につながっていた。

「でも、勝機はあると思う。聖たちが、全員で挑めば」
「そうですよ。道重さんが言ってたように、あの人たちは共闘できないんですから。個対多の戦法で行けば、
相手は必ず態勢を崩します」
「タコ板だって、変なの。イヒヒヒ」
「個対多だっつうの!で、具体的にどうすんだよ、はるなん」
「それはですね…」





個対多。
すなわち、全員で相手を攪乱し、隙を突いて攻撃すること。
例え相手が複数の能力を持っていたとしても、それを同時に使役することはできない。
何故なら、「金鴉」は能力の複数所持者ではあっても、多重能力者ではないからだ。

「がーっ!いらいらするんだよお前ら!!」

頭に血が昇った「金鴉」が、周囲を旋回する春菜に殴りかかる。
けれどこれも手応えはなし。発火能力で炎を纏ったらしき拳も空を切るのみだ。

時折思い出したかのように繰り出される、さくらの「時間跳躍」もまた「金鴉」のペースを乱していた。
もちろん、さくらの止められる秒数では致命的なダメージは与えられない。
だがしかし。敵の戦闘のリズムを崩すには、十分すぎるくらいの秒数でもある。

「そうか、わかったぞ! こうやってのんを疲れさせてから袋叩きにするつもりだろ! 
上等じゃん、体力比べと行こうぜ!!」

先のさゆみとの死闘から早くも立ち直るほどのスタミナと回復力を誇る「金鴉」、腰をじっくり据えて一人ずつ、
虱潰しに仕留める作戦に出る。しかし。

「はるなん、そろそろいいっちゃろ?」
「はい、十分です!!」

春菜のゴーサインで、衣梨奈が動いた。
いや、駆け回っていた足をぴたりと止めたのだ。

「な、な、なんだぁ!?」

「金鴉」が激しく戸惑うのと、彼女の足が「何か」に掬われるのは、ほぼ同時。
見えない「何か」によって、小さな体は瞬く間に宙づりにされてしまった。全身は、隙間なく縛られていた。
衣梨奈の操る、ピアノ線によって。



「あなたが猪突猛進型のバカ女(じょ)で助かりました! 私たちの動きばかりに気を取られて、
生田さんのロープマジック、もといピアノ線マジックに全然気が付かなかったんですから!!」

全員でのヒット&アウェイは、ただの囮。
本命は、衣梨奈が周囲に張り巡らせていたピアノ線の罠だった。
「煙鏡」にそのことを気付かせないように煙幕を張る準備もしていたが、光源の角度からか、その心配もなかったようだ。

「ちっくしょ…こんなやわな線、すぐにぶっ千切って…」
「遅か!!」

衣梨奈は、両手から伸びる無数のピアノ線すべてに。
ありったけの「精神破壊」の力を、巡らせる。
常人ならばとっくに廃人と化すほどの威力。しかしこれも、次なる一手の布石でしかない。

「今だ!!」

春菜が、縛られた「金鴉」のもとへ、まっすぐに走り出す。
五感占拠。文字通り相手の五感を支配し、操作する。視力を奪う、聴覚を狂わせる、皮膚感覚を鈍らせる。
そのどれもが敵の戦力を大幅に低下させる、戦闘補助になくてはならない要素だ。

もちろん、相手との実力差はそのまま能力への耐性となる。通常であれば、「金鴉」クラスの能力者に春菜の能
力は通用しない。が、衣梨奈の「精神破壊」の洗礼を浴びた後ならば、十分に通用する。

「さすがのコンビネーションやな。腐ってもリゾナンター、っちゅうわけか」

一糸乱れぬ連携を目の当たりにし、思わず「煙鏡」がそう零す。
春菜が吊るされた「金鴉」の前に立ち、その小さな頭に手を触れた時だった。
弾かれたように、春菜の体が痙攣し、そして崩れ落ちたのだ。



「はるなん!!」
「まさか、あのゆるふわはげが!?」

青き狼の僕を使って春菜を回収する亜佑美、そして背後の“相方”の介在を疑う優樹。

「誰がゆるふわハゲや! まあええ、うちが言いたいのはな」

「煙鏡」の言葉とともに、何かが切れる鈍い音が連鎖する。
切ろうとすれば硬度に負けて肉体の方が切断されるはずのピアノ線が、まるで伸び切って劣化した輪ゴムのよう
に次々と千切れ飛ぶ。結論から言えば。

「そんなんで倒せるほど、うちの相棒はやわと違う。そういうこっちゃ」

まったくの、無傷。
衣梨奈の束縛から逃れた「金鴉」は、涼しい顔をして立っていた。

「のんは、もう手に入れてるんだよ。使えるお前らの力は、全部」
「う、嘘やろ! 衣梨、変な虫なんかに刺されとらんし!!」
「お前ら全員、ここで死ぬから教えてやるよ。のんは別に血じゃなくても相手の力は手に入れられる。
まあ、血がベストだけど。でぃーえぬえー、だっけ、それが含まれてれば何でもいいんだと。例えば…汗とか」

確かに。
この場にいるリゾナンター全員が、激しく汗をかいていた。
これだけ激しく動けば、至極当然の話。


「能力に対する耐性くらいは、つくって言う話!!」

「金鴉」が、床面を思い切り殴りつける。
何の能力かはわからない。けれど、衝撃を与えらえたコンクリートは激しく波打ち、立っていたリゾナンター全
てを衝撃波が飲み込む。

凄まじいダメージに、次々とメンバーたちが膝を落とす。
体が痺れ、言うことを聞かない。
必死に全身に力を入れようとしていたさくらの前に、無情にも悪意の影が迫る。

「まずは、お前。ほんの僅かでも時間を止められんのはうざいし、な!!」

体が真っ二つに折れてしまうのではないか。
それほどまでの威力の拳が、さくらを襲った。
それも、一発だけではない。二発、三発、そして無数の拳。
全身を殴打されたさくらが沈黙するのに、時間はかからなかった。

「一人、一人。確実に仕留めてやる」

若き共鳴者たちの恐怖と、恐怖に抗う心がせめぎ合う。
だが小さな暴君にとっては、それすら些細なことでしかなかった。


更新日時:2016/03/17(木) 18:37:25.37



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