(122)128 『Vanish!Ⅲ ~password is 0~』(13)
私は嵐 あなたは・・・なに?
★★★★★★
カランコロンと音を立ててドアが開き、制服姿の少女が飛び込んできた
「ただいま~まさ、ジュース!」
カバンをカウンターに放り投げ、元気に手をあげて注文をする佐藤に道重は笑顔を向けた
「お帰り、まーちゃん。工藤もいらっしゃい。同じいいかな」
「こんにちは、道重さん、ありがとうございます。ほら、まーちゃんもお礼言って」
「ありがとうございます、みにしげさん」
奥の冷蔵庫から桃色と黄色の液体の入った容器を掲げてみせ、まさきちゃんはどっちがいいかな?と問いかける
オレンジ!!と元気な返事が返ってきて、譜久村は瓶のふたを開けてグラスに注いだ
お盆にのせたところで、ふと思い、コーヒーカップを二揃え加えた
サイフォンから零れるコポコポとした音と芳醇な香りが気持ちを安らげる
「道重さんもどうぞ。聖がいれました」
「あら、フクちゃん、ありがとう。うん、美味しいよ」
自分は砂糖をひと欠片カップに加えたのちに、口元に運んだ。熱さに舌をやられて、舌をだしたまま恥ずかし気に下を向いた
「ほらほら、そこどいて、どいて、私もせっかく自信作作ったんだから、食べてよね」
「あら、石田も作ったの?何かな、ロールパン?」
「え~まさ、あんぱんがいいなう」
ストローで一気にジュースを飲み干した佐藤が足をぶらぶら振りながら不満げな顔で石田を見つめた
「はるはクロワッサンがよかったな」
「・・・なんでみんなパン限定なのかな?」
「・・・石田さんですから」
「はあ?小田ぁ、私だってホットケーキくらい作るんだよ!」
いつも通りの落ち着いた日常
「・・・ところでどうして生田さんは気持ちが沈んでおられるのですか?」
けだるそうに机に突っ伏している生田の向かいに小田が座った
普段なら「エリはそんなことないと!」と過剰演技気味に反応するのだが、今はぴくりとも動かない
「・・・生田さんの元気な姿、小田としては是非拝見したいところなのですが、昨日、リンリンさんから指導されましたので」
「え~なになに?小田ちゃんはリンリンさんにダメだし食らってたわけ?」
にやにや笑いながら石田が飲んでいたコーヒーを机に置きながら、目を爛々と輝かせ、るんるんとしている
恋々とした思いにあふれた少女のような、姿を見て小田はカンカンになりそうだが、懇々と
心身を落ち着かせるように戒める
(・・・一晩中ジュンジュンさんに延々と淡々と抱かれていた方に怒ってはいけません)
そんな思いを知ってか知らずか、カンカンなのは佐藤だ。
「あゆみん、小田ちゃんにそんないじわるするなんて、まさ、あゆみん嫌いになるよ」
「確かに優樹ちゃんのいうとおりかもしれないですね。あゆみん、言い過ぎよ」
「うん、そうだよ。いいすぎだって」
同期として仲のよい三人に同時に攻められ、石田はじょ、冗談だよと大げさに手を振るいながらごまかす
「でも生田さんがこれほど静かなのもなんだか落ち着かないっすね」
コーラを片手に工藤が生田に近寄り、飲みますか?と言いながら、肩を叩くが生田は無反応
「生田らしくないんだろうね。新垣さんになにか言われたでもしたのかな?」
「え、ええ、そうなの香音ちゃん。実はね・・・」
譜久村が語りだそうとすると急に生田が起き上がり、ダメーっと大きな声を出した
「なに聖勝手に昨日のことをみんなに教えようとすると!!
仲間っちゃけど、隠しておきたいことだってあるとよ。友達っちゃろ?
昨日のことは聖の胸の中にだけしまって欲しいとよ!
まだまだ半人前っていわれたとか、戦闘に向いていないとか、私を目標にしないでって新垣さんに言われたとか!」
鈴木がぽつりと「自分で言っちゃってるし」と呟き、聞こえないふりをしていた仲間たちの間に気まずい沈黙が走る
「そ、そういえば昨日、私、光井さんからとってもタメになるアドバイスをいただいたんですよ」
あわてて飯窪があえて場の空気を変えようと明るい口調で語りだした
「へえ~愛佳がね。愛佳はやさしいし、とても頭がいいからね。それに後輩思いだしね。
それで何を教えてもらったの?さゆみにも教えてくれる?」
「ええ、私の『感覚共有』、その本質、とは何かということについて考えていただきました。
感覚とはそもそも、脳が認識する・・・光の反射を・・・微粒子の・・・」
「・・・うん、うん・・・脳の中の小人が・・・れーなのから揚げの味を・・・」
道重と話し込む飯窪は興奮した様子で昨日のことが充実していたものであったことを物語っていた
「はるなんがあんなに興奮しているなんて、何かきっかけになったのかもしれないね」
「うん、手帳にいろいろメモしていたよ。でも、香音には難しすぎて、何をいっているんだか??疲れていたから寝ちゃった
なんだか、認識がどうこうとか、聴覚は空気の振動である、とか云々・・・ふわぁぁああ、また眠くなってきた」
鈴木がへこんだまま突っ伏している生田の頭の上に器用にメニュー表をのせる遊びをしながらあくびを噛み殺しもせずに堂々とみせたあくびが移ったのだろう、石田も大きく口をあけてあくびをした
「ふ、ふぅわぁあああ・・・私も昨日は暖かかったからついつい寝てしまったよ」
「え?昨日はあんなに外が寒かったのにあゆみん何言っているの?」
石田はあわてて、こ、こっちの話しよ、とあわてて逃げ出した
「あれ?もうみんな来てるんだ」
そこにカランコロンと音を立てて鞘師が入ってきた
「・・・なんでえりぽんの上におてふきとお皿とグラスとコースターが置かれているの?」
「鞘師さん、こんにちは」「りほちゃん、おかえり」「りほりほ、ようこそなの」
遅れて、というが決してここに集まる約束をしていたわけではない
ただ、なんとなくこの店に来ることが日常になっているだけなのだが、遅れた、という感覚に自然となっているのだ
「それ?危ないよね?」
「大丈夫、生田は今、落ち込んでいるから」
「??」
事情を知らない鞘師には当然困惑の色が浮かんだが、触れてはいけない約束のように感じた
「な、なにこの映像は?どうして?」
「こ、怖いよ・・・はる、落ちていってた」
「なんで私で笑っているの??」
「・・・」
鞘師は何もいわず、テーブルにおいた鞘に眼をむけた
(こ、これって??)
一方で他のメンバーの視線を痛いほどに道重は感じていた
何か言わなくてはならない重圧を感じ、ゆっくりと言葉を選びながら口を開く
「さゆみも初めてみたけれど・・・もしかしたら、これは未来の姿かもしれない」
「未来?」
「そう、愛佳が視える未来は断片的に写真のように飛び込んでくるって教えてくれた
今視えたみんなの姿はどれくらい先のことかはわからないけれども、起こりうる未来なのかもね」
黙り込む一同、特に工藤と石田は明らかな危険な状況であったためひと際深刻な表情を浮かべている
(・・・高いところから落ちているよね??怪我しちゃうよ)
(炎に包まれて無事ってことはないよね?それよりもあの色の炎って・・・)
「・・・大事なことはそれがいつで、どこかっていうことでしょうか」
比較的精神的に強い小田は冷静に状況をまとめようとする
「・・・私には見覚えのない場所でしたが、室内でした。あとは書類でしたね」
「そうね、小田ちゃん。でも、どこかでえり、あの場所をみたことがあるような??」
「えりぽんも?みずきもなにか見覚えがあるんだよね」
何人かは見覚えがあるようだが、はっきりと思い出せないようでむず痒い感覚を抱いていた
それを打破したのはある意味意外な人物だった
「びょーいん」
「まーちゃん?」
「病院! まさ、いったことある!壁に見覚えある」
「まーちゃんが知ってる病院って一つしかないよね??」
脳裏に浮かぶのは全員が同じ病院であった
「そうよ、えりが入院していた病院」
更新日時:2016/05/28(土) 22:05:09