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(122)287 『リゾナンター爻(シャオ)』84話

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大きな画面に、五人の老人たちが嬉々として人差し指を掲げているのが見える。 
彼らの信奉者にとってそれは、神の指。それまでの屈辱を晴らし一気に溜飲を下げる、正義の鉄槌だった。 

「我々がこの指で同時にスイッチに触れた時。君たちの栄光は灰となる」 
「精神エネルギーを起爆剤とした、破壊兵器。君のところの科学者も実に便利なものを作ったものだ」 
「十分な量を蓄積するには時間がかかるが、周囲の土地を汚染しない、クリーンな兵器。素晴らしい」 
「量産できれば、能力者などという危険な存在に頼ることもなく、諸外国と軍事力で渡り合える。なあに、心配しなく 
てもいい。あの科学者にはすべてのノウハウを吐いてもらうさ」 
「さて。何か最後に、言い残すことは?」 

慈悲深い演出。それすらも悪意に塗れている。 

「そやね…」 

裕子は、昏き部屋の天井を仰ぎ。 
それから。 

「なーにがブラザーズ5や。あまりのネーミングセンスの悪さに、えずきそうやで。おえっ、おええっ」 

顔を思い切り顰め、手のひらを口の前に差し出すポーズを取る。 
脆弱な血管たちが、ぷつぷつと切れる音が聞こえた。

「それでは…よい死出の旅を」 

だが、怒りの感情はすぐに収められる。 
指先ひとつで憎き相手を葬り去ることができる。その喜びが憤怒を上回ったのだ。 
皺に覆われた、節くれだった五本の人差し指が、同時に発射スイッチに添えられた。 

訪れる静寂。 
大モニターの前に傅く小さなモニターに映し出された老人たちも、固唾を呑んでその瞬間を待つ。 
だがしかし。一向に、破滅の時は訪れない。 
彼らが、めいめいの場所から覗いている、ダークネスの本拠地を映した画面は、消えてはくれない。 

疑問は焦りとなり、やがてざわめきとなって波のように押し寄せた。 

「ブ、ブラザーズ5!これはいったい!!!」 
「ええい、狼狽えるな!!こんなものは、慎重にやれば!!!!」 

堀内の叫び声を合図に、再び押されるボタンたち。 
静寂。何も、変わらない。 
暗闇の中で、裕子が一人佇んでいるだけだ。その体は、小刻みに震えている。 

「なぜだ!なぜ発射されない!!」 
「何度も起爆実験を行ったはずだぞ!!」 
「こんなバカな!!」 
「どうすれば」 
「そ、そうだ!我々のタイミングが合わなかったのかもしれん!」 

焦り、苛立ち、狼狽した挙句、老人たちは。 
互いのタイミングを合わせるために、わざわざ、掛け声をあげてからボタンを押し始めた。 
せーの、かちっ。せーの、かちっ。 
その様子が何度も映し出されると、いよいよ裕子の体が大きく揺れ始めた。

「は、ひっ、ははははは!!!!!」 

裕子が、さもおかしそうに笑い始める。 
小刻みに体を震わせていたのは、こみ上げる笑いを抑えていたから。 
鼻白んだのはもちろん笑われた老人たちだ。 

「き、貴様ぁ!何がおかしい!!」 
「だって、そうやん。いい年こいたおっさんどもが、せーの、かちって!これが笑わずに…あぁ、思い出したらまたおかし 
なってきた、はは、あはははは、おっさんが、ひい、せーのって、あ、あかん、腹よじれるぅ」 

腹を抱え、苦しそうにしている裕子に、ついに老人1が声を荒げる。 
怒りと恐怖が、ないまぜになりはじめていた。 

「なぜだ!なぜ『Alice』が発射されないのだ!!」 
「はぁ…はぁ…あーおかし…」 
「答えろ!答えろ中澤ぁ!!」 
「『Alice』はな、とっくの昔に紺野の手で回収されてんねん」 

老人たちが、一様に耳を疑う。 
そして、同じように自らの前の端末を操作し、リヒトラウムの地下格納庫の中継カメラに切り替えた。 
画面には、見慣れた銀色の巨大なロケットが相変わらず静かに佇んでいる。 

「ふざけたことを!『Alice』はちゃんとここにあるではないか!!」 
「まさか!時間稼ぎか!!我らを謀るための罠か!何かの妨害を仕掛けたな!」 
「すぐに技術者どもに解決させてやる!どのみち貴様らの運命は終わりだ!!」 

目の前の事実に安堵し、再び老人たちが勢いづく。 
が。

「あんたらみたいなおっさんにはわからへんと思うけど。紺野は。『Alice』の基幹システムをそのロケットから抜き取 
ってるんやて」 
「な!なにぃっ!!!!!」 
「つまりは…」 
「そ。自分らが有難がってるんは…ただの、鉄の塊」 

にぃっ、と裕子が微笑む。 
老人たちの希望を打ち砕く、慈悲のない笑み。 

「さて。最後に…言い残すことは?」 
「ど、どういう意味だ…」 

絶望に呆けている「ブラザーズ5」に、裕子が追い打ちをかける。 

「さっき言うたやん。『粛清人』を差し向けたって」 
「な、な、なんだと!!!!」 
「あんたらが高笑いしてた時に指示出したからな。そろそろ着く頃やろ」 

余裕のあまり、口笛さえ吹き始めそうな裕子。 

粛清人の恐ろしさを最もよく知る人間たち。 
それは昏き死神たちを意のままに寄越していた「ブラザーズ5」とて例外ではない。 
今までに、彼らの敵対者たちがどのような末路を迎えたのか。 
彼らは、まるで他人事のように惨劇について理解していた。 
鋼鉄の爪に引き裂かれ、血まみれの鎌に四肢を切断された死体たち。中には、爆破されたのかただの肉塊になっていたも 
のまであった。 
それがまさか自らの身に降りかかるとは。夢にも思わなかったに違いない。

老人たちは顔を引き攣らせ、血の気を失くし、涙を、鼻水を流しはじめる。 
それでも、堀内だけは何とか踏みとどまっていた。それは、「ブラザーズ5」を纏める者としてのプライドからだけで 
はない。 

「我々を…舐めるなよ」 
「それが最後の言葉ですか? 健気過ぎて泣けてくるわ」 
「貴様らの粛清人…リゾナンターとの抗争でほぼ空位状態なのを、知ってるぞ」 
「お生憎様。うちんとこ意外と、人材揃ってんねんで?」 
「黙れえええ!!!!」 

堀内が鬼の形相で、机を叩き、立ち上がった。 
目は血走り、脂汗を垂らし、口髭を引き攣らせ。 
最後の切り札を、切る。 

「俺は!『先生』と、新たな契約を結んでいたのだ!!契約内容は我々五人の護衛!!!配備されるのはあの組織が誇 
る最強の七幹部クラスの能力者の達人たちよ!!!!」 
「ほう…」 

リヒトラウムの警護という契約は反故になってしまったものの。 
『先生』は、新たなビジネスを堀内に持ちかけていた。来たるべき日に備えての、身辺警護。 
いざと言う時の命綱、堀内がそれを断るはずはなかった。 

「貴様のところの粛清人はどうだ!さすがに『赤の粛清』『黒の粛清』レベルではあるまい!残念だったな!我々の力 
を甘く見たのが、詰めの甘さだったなあ!!!!!」 

さすがにその契約は他のブラザーズ5には隠していたのだろう。 
思わぬサプライズに安堵し、老人1の高笑いに釣られ、同じように笑い始めた。 
響き渡る5つの笑い声。そのうちの1つが、モニターの映像とともにぷつりと途絶えた。

「…え?」 

突然の出来事に、呆ける間もなく。 
大きなモニターが、次々と沈黙してゆく。 
何かが、潰れる音。引き千切られる音。破裂音。断末魔。 
残されたのは、すっかり狼狽している堀内の顔を映し出しているモニターのみだった。 

「自分らを甘く見たつもりはない。あんたたちがうちらと敵対した場合…真っ先に頼るんは、『先生』んとこやろ。だ 
から…先手、打たしてもらいました」 
「は…はぁ!?」 
「今の5人のおっさんは年だけ食ってる無能な連中ばかりやから。うちらが責任もって、首挿げ替えます。そう言うた 
ら『先生』、快諾してくれたで? 自分ら、騙すのをな」 
「ば、馬鹿なぁ!!こっちは億単位の手付金をやつらに払ってるんだぞ!!それをいとも容易く裏切るだと!!!そんな、 そんなことが」 
「どうでもええけど、お客さんやで?」 

裕子の言葉と同時に。 
老人1の邸宅内の書斎、その重厚なドアがゆっくり開かれた。 
おかっぱ頭の、小さな少女。 

「だ、誰だ!!!!」 

わかってはいる。 
だが、訊ねずにはいられない。 
相手が、何者なのか。 
そして、これから自分が「何を」されるのか。 

「なかざわさーん、おじさん一人しかいないんですけど?」 
「佳林ちゃんの好きなじっちゃんやで。よかったなぁ」 
「えー、佳林は好きじゃないのに」 

堀内を無視し、デスクの上にあるモニターの裕子に話しかける粛清人。 

「貴様!!俺の!俺の質問に!!!!」 
「じゅてーむ、びやん?」 
「は?」 

それが、学生闘争の混乱に乗じ財を成し、この国を掌握するまでとなった五本指が一指の、最期の言葉だった。


更新日時:2016/06/03(金) 13:39:52

作者コメント

ひさしぶりのおっさんたちの登板(誰得)です



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