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(123)334 『リゾナンター爻(シャオ)』 』88話



「…でね。こうやって、こうやって。はい。『リゾ・リゾ』の出来上がり」
「うわぁ!おいしそうですねえ…さすが道重さん、レンジでチンだけじゃなかったんですね!!」

階段を下りてゆく途中で、さゆみと春菜らしき二人の会話が聞こえてくる。
こちらまで漂ってくるいい匂いに、聖は憶えがあった。確かこれは。

まだ、リゾナンターが最初の9人だった頃。
ふとしたことがきっかけで喫茶リゾナントに顔を出すようになった聖、そんな彼女に当時のメンバーだった亀井絵里がよく振る舞ってくれたのが、「リゾ・リゾ」。メインのリゾットもさることながら、デザートの豆腐ヨーグルトの優しい甘さは小学生の聖を瞬く間に虜にした。
それ以来、「リゾ・リゾ」は聖にとって喫茶リゾナントを代表する味となっていた。

キッチン裏の階段を下りたところで、こっそりとさゆみと春菜の様子を窺う聖。
さゆみと春菜は、まるで姉妹のように仲睦まじく料理を作っている。
その姿を見て、聖はこれまでのさゆみと自分の関係を思い出していた。

新しいメンバーとして、リゾナンターに加入した聖たち四人。
しかしそれは想像以上の茨の道でもあった。
既に能力者としてキャリアを積んでいる先輩たちに比べ、あまりにも弱い自分たち。
水軍流という武術を修め、水限定念動力を少なくとも聖の目には自在に操る里保はともかく、他の三人はまるで戦力にならなかった。特に聖は能力者の養成所に通ってまで自らのスキルアップを目指していたのに、それが実戦では役に立たない。そのことに気付いた時から、聖にとって喫茶リゾナントは常に気の抜けない修羅場と化していた。 

だが、自分たちの後に入ってきた春菜たちは、
偉大なメンバーたちとの間に聖たちという年齢も実力も近い存在を挟むことで。 
幾分かは和らいだ状況で先輩たちと接することができた。聖がさゆみに対して未だに遠慮がちなのに比べて春菜がさゆみと距離を 縮めているのも、そういう背景に原因があるのではないだろうか。

思いかけて、聖は首を思い切り横に振る。
そんなのは、ただの言い訳に過ぎない。

春菜も、何の努力もなしにさゆみと仲が良くなったわけではないのは聖も重々知っていることだ。
春菜はさゆみの嗜好や考え方などを徹底的に研究した上で、さゆみと良好な関係を築いている。さらに、天性のコミュニケーション能力も互いの関係を円滑するのに役立てている。
それらのことは、聖には決して真似のできないことであり、自分自身に欠けている部分だと自覚していた。

聖は、はるなんに引け目を感じてるんだ…

改めて自分の劣等感が浮き彫りにされていることが、聖の心に暗い翳を差す。
どうした。きちんと「けじめ」をつけるんじゃなかったのか。必死に自らの心を奮い立たせる。ここで尻込みなんかしていては、
これから先リゾナンターの一人としてもやっていけない。
決意が、強い一歩を生み出した。

「道重さん!はるなん!!」

急に聖に大声で声を掛けられたせいか、飛び跳ねたように首を向ける二人。

「ふ、ふくちゃん!?」
「よかった…もう体の調子はいいんですか?」
「あの!みずき、二人にどうしても言わなくちゃいけないことがあって!!」

並々ならぬ決意を感じたのだろう、すぐにさゆみも春菜も畏まった顔になる。
聖がこんなことを言いだすのは、それだけ珍しい、かつ大きな何かがある時だけだということを二人とも知っていた。

キッチンの前に出ると、いよいよ二人と正対することとなる。
襲い掛かる緊張感と言ったら、眩暈がしそうなほど。それでも。

「はるなん!これから道重さんのすべてを受け継ぐのは大変かもしれないけど、迷った時困った時、
いつでも聖ははるなんの力になるから!!道重さんも聖たちのこと、見守ってて下さい!!」

あの夢の中でアヤチョ王に宣言した言葉そのままに。
聖は、思い描いた言葉をはっきりと口にした。
だが、それを聞いた二人の反応は。

「いや…でも、こればっかりは譜久村さんはちょっと…」
「だよねえ。ちょっとフクちゃんじゃ頼りないよねえ」
「え?」

決意を持って話した割に、あんまりな反応。
さすがにこれには聖も反駁したくなってしまう。

「そんなことない!聖は、はるなんよりも少しだけどリゾナンターの経験も長いし、
そりゃちょっと頼りないところはあるかもしれないけど、でも聖だけじゃなくて里保ちゃんやえりぽん、香音ちゃんだって」
「ストップストップ!フクちゃん何言ってるの?」

聖の感情が高ぶりそうになるのを制止したのは、さゆみ。

「何の話って!はるなんがこれからリーダーになるから、聖はその時の」
「あれ…もしかして譜久村さん、何か勘違いされてません?」
「…え、え?」
「私が後継者に指名されたのは、この喫茶リゾナントの店主ですよ」

今度は聖がストップをかけたい気分だ。
だって道重さんはあの時後継者ははるなんだって…と口にしそうになったが、ふと思い返す。
そう言えば確かに、あの時さゆみは「リゾナント」の後継者と言っていたような気が。

「で、でも!歴代のリーダーは喫茶店のマスターも兼任してたし!!」
「だって、フクちゃん。あなた、料理できないでしょ?」
「それに譜久村さんにお店を任せると、採算の取れないような高級素材ばかり買ってきますし」

さゆみと春菜から交互に、言い返せない事実が。
確かに聖は料理などほとんどしたことない。卵焼きすらまともに作れない。しかも、さゆみが風邪をひいて寝込んでしまった時に代わりに食材の買い出しをしたことがあり、良かれと思って自分の行きつけのスーパーで買い物をした結果さゆみに大目玉を食らったこともあった。曰く、レシートの数字の桁が1つばかり多いとのこと。

先程までの勢いはどこへやら。
気持ちも体も小さくなる思いで恐縮する聖だが、あることに気付く。
歴代のリーダーの話をしていたのに、さゆみが聖のことに言及する理由とは。

「あの…道重さん、次のリーダーって」

さゆみは、呆れたような、それでいて優しげな眼差しを向ける。

「フクちゃん。リゾナンターのこと、よろしくお願いね」
「え…あ…」

緊張とそこからの緩和と、言葉の重み。
それらが一気に襲い掛かったのか、聖の目から、次から次へと涙が溢れる。

「譜久村さん。今度は私から言わせて下さい。私は譜久村さんよりほんの少しだけ人生経験が長いから、迷った時。困った時。いつでも、譜久村さんの力になりますから。あゆみんやくどぅー、まーちゃん…はまあ。でもあれで意外とまともなこと言ったりする時もありますけど。とにかく、みんながいますから」
「うん…ありがと…ありがとね、はるなん…」

泣き崩れる聖を、そっと抱きしめる春菜。
その姿に、リゾナンターの未来を見たさゆみは。

フクちゃんとはるなんならきっと、新しいリゾナンターとして他のみんなを率いてくれるはず。あとは…

さゆみが、まだ誰にも話していない「腹案」について思いを巡らせようとした時。

「あーっ!!」

聖が、思い出したように大声を上げた。

「ど、どうしたのフクちゃん」
「何かあったんですか譜久村さん」
「あの、聖がリーダーになるって話。他のみんなも、知ってるんですよね?」
「うん。そうだけど…」

さゆみの言葉を聞くや否や、聖は先ほどまでの泣き顔などどこへやら。
信じられないと言いたげに顔を膨らせ、猛烈な勢いで階段を駆け上っていった。

「もう!里保ちゃん!!」

そう。
聖がリーダーとなることを知っていた里保から、それらしき一言があれば、妙な勘違いをしないで済んだかもしれない。
それなのに、二の腕を触ることに夢中になって何も話さなかったという有様。怒りやら恥ずかしさやらなんやらのすべての感情が、八つ当たり気味に里保へと向かっていくのも、無理もない。

その後、なぜかベッドの中ですやすやと寝ていた里保は聖にたたき起こされ、たっぷりとリーダー任命の件を話さなかったことに対しての恨み節を聞かされることとなる。


更新日時: 2016/06/23(木) 00:32:28.45



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