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(138)172 『Chelsy』48

「あとは私達に任せて」
比較的大柄な女性、譜久村がチェルシーの肩に触れると、体の芯から暖かさが生まれるのを感じた
「ちょっと痛むかもしれないけど、我慢してね」
突然抱きしめられたチェルシーは動揺して、え?え?と慌てふためいてしまう
「だめっ、じっとしていて・・・」
その光景をみていた小田はぽつりとつぶやいた
「・・・譜久村さん、説明を先にされたほうがよろしいかと。ただ抱きしめているようにしか見えませんので」
佐藤はけらけらと笑い始めた

(なに?この人たち?)
新しいことが立て続けに起こりはじめたが、さらに驚くことが起きていた
信じられないことだが痛みが和らいでいくのを感じ、傷跡が塞がっていたのだ
「・・・譜久村さんがあなたの傷を治しております。あまり動かないほうが賢明ですよ」
小柄な妙な色気をかもしだす女性がぶっきらぼうに言い放ったが、その声にチェルシーは嫌味を感じなかった
「あなたは治癒能力者(ヒーラー)なんですか」
「ううん、違うわ。ただ借りているだけ。それよりもうごいちゃ、だめ。
あなたとあの男の人は小田ちゃんとまさきちゃんが守っているから」
ふと視線をあげると先程の小柄な女性ともう一人、私の手を握っていた女の子が頷いていた

「さあ、あゆみん、みずきが守っている間に、エリたちはエリの仕事をすると!」
「はい、生田さん!コンビネーション訓練の成果をみせる時です!」
生田はピアノ線の安全装置をはずし、結界を張る準備に入り込み、石田はリオンにまたがっていた

「はるなんは生田さんを!はるはあゆみんを支援するから!」
「うん」
工藤と飯窪は離れた位置からお互いを見張るように指示を確認していた 

そんな8人をみて、黒い女、中澤はかったるそうに髪を手櫛で撫でながら、呟いた
「なんやねん、また、おまえらかいな、ええ加減にせえよ。あいつらの意思を継いどる気かいな?
 うちらの邪魔をいつまでする気や?」
生田が素手で大きく腕を振るい、女の腹部に目掛けて飛び込む
「あんたらが悪事をしなくなるまでっちゃろ!」
女は軽く体をそらし、生田の拳をかわしながら、左手を伸ばし、生田のふりきった右手を掴む
「それは無理な相談や、痛い目みないとわからへんか?」
そのまま左腕をねじりあげ、痛みで顔をしかめた生田を宙に浮かせる
「夢物語は終わっとるんや、わかっとるやろ?」
女は倒れこんだ生田に向かい右手を振るわんと大きく手を掲げる
しかし生田辛そうな表情ながらも、その目には余裕が感じられた

(いまだ、あゆみん!)
咆哮が轟き、リオンが大きな牙を携え女の掲げた左手に向かい襲い掛かる
鋭い牙の幻獣は女の決して太くはないその腕を嚙み切ろうと躊躇う素振りなど見せない
しかし女は表情一つかえず、右手をリオンに向け、流れるように振るう
「アホか、そんな陽動作戦、気付かんわけあらへんやろ」
血は流れることはないが、リオンの顔面が切り裂かれ、姿がぼやけていく
「な、なんだって?」
石田は慌てて飛び降りた

「あゆみん大丈夫?」
工藤が大声で駆け寄ろうとするが、女が指先で線を描くと、工藤の足元の地面に亀裂が入った
「わ、私なら大丈夫!リオンが消えても私も跳ね返ってくるわけじゃないし
 それよりも、くどぅは?」
「はるも大丈夫。だけど、全然サポートする余裕がない。視ることもしないでどうしてこんな動きができるんだ?」

呼吸がすでに早くなっている石田やまだ一歩の腕で宙に釣り上げられている生田を一瞥し、女は笑った
「なんや、幻獣いうても所詮はこんなもんかいな」
「な、なんだって?」
そして、女は生田を左手一本で軽々と放り投げ、その放物線上に横一文字に線を払う

生田が首をその線に向けて傾げると、そこには暗黒の闇が口を開けて待っていた
吸い込まれてしまえば一巻の終わり、そのことを直感的に生田はわかったものの、体がいうことをきかない
「生田さん!まーちゃん!」
チェルシーはまた驚かされることになる
つい、先ほどまで目の前にいたはずの同い年くらいの子が、投げ飛ばされた女の元に一瞬で移った
そして、次の瞬間には二人ともチェルシーの傍に戻ってきたのだから
「あぶない・・・まさきちゃん、ナイス!」
「イシシ・・・うぃーくたさん、無事なの?」

「・・・さすが、ダークネスの大幹部といった実力ですね」
もう一人の背の小さな影のある少女、小田が冷静に呟いた
「! ダークネス? ダークネスなの?」
チェルシーが急に立ち上がったので、譜久村はしりもちをついて倒れた
「いたっ。どうしたのよ?急に?落ち着きましょう」
しかしチェルシーにはそんな言葉など耳に入らない。女に向かい駆け出す

(許さない、私のパパを! ママを!)

燃え盛る青い焔 崩れ落ちたかつて家だった無数の土砂
散らばるガラス片 倒れた自慢だった庭に植えられた木々たち
部屋に飾っていたお気に入りの熊の人形 ママが大事にしていた花瓶の欠片 パパの革靴

チェルシーが気付くと誰かに後ろから抑えられていた
「・・・つらい思いしたのはわかるけど、今はだめ
 ・・・あなたじゃ勝てない」
「離して!いやよ!どうしてよ!許せない!許せないんだから」
暴れるチェルシーの傍に譜久村が追いつき、肩に手を置いた
「そうね、私達も許せない。でも、普通の人間である美希ちゃんには荷が重すぎるわ
名前を呼ばれ驚き、思わず振り返るチェルシー
「どうして?私の名前を?」
「だって、私たちのお店にポスターを貼ってくださいってお願いにきたじゃない。それにかわいい子は把握済みよ」 

生田は頭を抱え、空を仰いだ
「ああ、また一人記憶を書き換えないといけんのかいな・・・苦手やけん」
「イシシ、うぃくたさん、今度は失敗しないでね」

「ちょっと、みんな、そんなこと言っていないで加勢してよ!!」
石田がリオンを再び呼び寄せ、背に乗りながら女の裂撃を避けるように縦横無尽に飛び回っていた
「い、いくらサバンナを走り続けたとはき、きついよ」
ダークネスの大幹部、中澤が存在を忘れていないかとでも問うように次々続々手を払い続ける
「はあ、はあ、あいつ、ばけものかよ、む、無尽蔵に裂撃作るなんて・・・ありえないよ
 まるで一人じゃないみたいだよ。どこにこんなにエネルギー貯められるっていうんだよ」
「ほらほら、無駄口叩いていると切り裂かれるで!」
リオンを慌てて上昇させ、間一髪のところで裂撃を回避する

「・・・確かに余裕はなさそうですね。譜久村さん、いかがします?
 ・・・石田さんを犠牲にするという作戦でも私は構いませんが」
「うん、それは冗談だとわかっているけど、まあ、えりぽんがただ飛び込んでいったと思う?」
少し遠いところで生田が笑ってみせた
「さすが、みずきっちゃね。戦いはパワーだけじゃないってことを魅せてやるとよ」
そういうと生田はピアノ線を引っ張ってみせる
(何が起きるんだ?)

相変わらず縦横無尽に走る抜けるリオンだったが、急に上空に進路を変え、浮かびあがった
「なんや、敵前逃亡かいな」
「違う、戦略的撤退だ!」
「物は言いもんっちゅうわけか」
しかし、そこで中澤はリオンの口元に光るものがあることに気付いていなかった
中澤にはみえないが、工藤は笑って、それを見た飯窪は視覚を同調させた
「ははーん、なるほどですね。コンビネーションは完成していたってわけですね」
そして、その視覚を仲間達全員に繋げた

「え? え?」
突然自分のものでない視野が飛び込み慌てるチェルシーに譜久村が大丈夫よ、と優しく答える
「これは私達の仲間の能力によるものだから。
あっちのショートの子、くどぅは千里眼でなんでも視ることができるの
そして、その横のストレートの子、はるなんの能力、『五感共有』で視界を繋げただけだから」
「『五感共有?』」
「そう、視覚、味覚、嗅覚、触覚、聴覚を共有したり、させることができるの。そしてこれは千里眼でみた世界」
「・・・」

そこには信じられない世界が映っていた。そして、これが能力者の世界ということなのだと改めてチェルシーは感じていた
そして如何に武器のない自分が弱いのかと思い知ることとなった

「さあ、仕上げと逝くとよ!」
ピアノ線を思いっきり引っ張りあげる生田

不穏な空気を察知した中澤は身構える
しかし、突然、肩に痛みが走り、傷が走り、血が噴き出し、肉がえぐれていく
「なんや、これ、まさか?」
顔を向けようとすると頬に傷が走り、足を動かそうとすると足に痛みが走る
「面白いものみせてやるよ!」
工藤が飯窪に指示を出すと、飯窪は中澤と工藤の視界を繋げた
「・・・やはりか」
中澤の目に映ったのは幾重にもかさなった鳥加護のようにピアノ線の檻が自分自身を囲っているビジョン

「リオンにえりのピアノ線を咥えさせておいたとよ。初めにリオンが消されたときは焦ったけど、なんとかなったとよ」
「な~に、このリオンの力があれば、私は最強ですよ!」
生田の傍に着陸した石田は自慢げに胸を張った
「お見事!さあ、えりぽん、今のうちに」
「大丈夫やけん、もう逃げ場はないとよ。少しでも動けばワイヤーで輪切りが完成するとよ!」 

「はあ?なんやこんなピアノ線なんかでうちを止められるとでも思うたんか?
 じゃかしいのお・・・こんなもん気にせえへんわ!!」
「な?」
中澤はピアノ線が食い込むのを気にしないように四肢を広げた
「あ、ありえないとよ!自殺行為っちゃろ!特製のピアノ線やけん、骨まで斬られるとよ」
「うおおおおおぉぉぉ!」
中澤はそのまま雄たけびをあげた
「うわあああ、ピアノ線が切れたと!」
しりもちを着いた生田の目には、中澤の周囲の空気が蜃気楼のように揺れて映ってみえた

「あれは?」
「・・・気合だけでピアノ線を引き裂いたようです。規格外の能力者ですね」
「そんな冷静になんでいられるんだよ。小田ぁ!」
「・・・焦っても敵の思う壺ですから、譜久村さん、どうしましょうか?」

「! ねえ、オダベチカ あれ すごいよ!」
佐藤が高いキンキン声で小田の袖を引っ張り、指をさす
「な、なんかいな?」
「体中に無数の黒い傷?闇を纏ってるみたいなんだけど」
石田と生田が驚くのは無理もない。中澤の体、いたるところに無数の傷が生まれているのだから

「何を驚いとるんや?こいつを作ったんはおまえらやろ?
 ピアノ線で抉られる部分を自分の力(空間裂隙)で前もって削り、そのあと再び裂隙から肉体を生み出しただけや
 せやから、おまえらでは敵わん相手やいうとうねん」
そして、両腕を払う。それらは照明をつなぐ鎖を断ち、無数の鉄骨がリゾナンターの下に落ちてきた

「キャー!」「ひいぃい」「あわわわわ」
思い思い悲鳴を上げ、必死で鉄骨を交わすリゾナンター達
しかし、チェルシーは唯一人別の行動を取った 

(ジョニー!!)
動けないジョニーの下にただ一人向かったのだ
身を挺して鉄骨から守ろうとするチェルシーの存在にジョニーも気づいたのであろう、口を動かそうと試みる
ジョニーに覆いかぶさるチェルシー

無数の埃や塵により視界は奪われる。そこに飛び込んできた中世的な声
『危ない!ミキさん、今すぐ避けて!』

千里眼の工藤の声だと気づいたが、動けない
もしチェルシーが動いたら、ジョニーが犠牲に。しかしこのままでは二人とも犠牲に

大きな鉄の塊が二人目がけて落ちていく
小田の時間跳躍では事象はなかったことにできない。佐藤の空間跳躍は見えない相手には使えない
譜久村のコピーの中にも対応できる力はない。石田のリオンでも遠すぎる
生田のワイヤーで落下物をはじくには重すぎる。工藤や飯窪には何もできない

苦しい選択をしなくてはならなかったが、チェルシーは優しかった
(ごめん、やっぱりさ、ジョニーを置いてはいけないよ)
誰かの呼ぶ声がした。それをチェルシーは心地よい声と感じ、天使の声なのだと決めつけた
ジョニーと視線が合った
「大丈夫だよ、私は死なないから」

そして地鳴りのように低い音が響き渡った

「ミキちゃ~ん」
慌てて駆けよるリゾナンター達、不敵な笑みをうかべている中澤
「ふん、まあ、こんなもんやろ」

誰もが二人の死を悟っていた
しかし、二人は生きていた 

それに気が付いたのはチェルシー、自分自身だった
ほこりまみれになり、細かな傷を負っているが、生きている
「ジョニー!どこ・・・なの?」

「こ、ここ、さ」
ジョニーもチェルシーの横で倒れていた
「きみをしなせはしない、から」

どうして助かったのか?答えは簡単だった
先程二人が立っていた場所から二人がいる場所、その間には血痕が道筋を造っていた

「ジョニー、あなた、私を助けるために能力使ったのね?」
既に唇は青くなり、震え始めているジョニーにかけよるチェルシー
「バカ!なんでこんなことを!」
「きみをしなせはしない、から」

何がそこまでジョニーを動かすのかわからなかった
でも、早くしないとジョニーは助からない
「待ってて!ヒーラーがいるの!すぐ呼ぶから!」
ジョニーがチェルシーの足を掴んだ
「いいんだ、もういいよ、僕はもう、助からない
 だからさ、お願いがあるんだ

 ぼくを殺してくれないか?」   (Chelsy  


投稿日時:2017/01/02(月) 20:20:10.55



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