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(139)110 「剣の道」前半


最初に出会った時。 
彼女は、希望と向上心に溢れた目つきをしていた。 
こちらに挑み、そして敗れた時も。 
悔しさ、自らの不甲斐なさを責める気持ちはあれど。 
それでも、澄んだ目をしていた。目の輝きは、失われていなかった。 

だからこそ、里保は思う。 

何故今自分が対峙している彼女の瞳の光は、失われてしまったのだと。 


無言のまま、少女が刀を構え、そして里保に襲い掛かる。 
鋭い踏み込み、振り下ろされる刃。 
禍々しい黒い斬撃を、里保は生み出した水の刀で受け止める。 

「まだ…私のことを認めてはくれないんですね…」 

虚ろな瞳のまま、少女は里保に問う。 
腰に据えた刀を、あの時里保は抜かなかった。あくまでも水の刀で彼女の剣に応じ、そして捻じ伏せた。 
少女の太刀筋は若く、そして拙かった。真の刀を抜いてしまっては、少女を傷つけてしまう。 
伸び白のある少女の未来を慮ってのことだった。 

少女は里保によって遮られた刃をひねるように回し、さらに斬り込もうとする。 
その瞬間。彼女の刀と同じように黒く、そして昏い風が生みだされる。 

…まずい!! 

里保は咄嗟に、生成した水のヴェールを正面に張った。 
巻き起こされた三つの風の爪が、しなやかな防御壁に深く食い込む。 

「…それを防ぎますか」 

少女は、里保との距離を大きく取る。 
「仕掛ける」つもりか。里保は少女の行動に最新の注意を払い、警戒態勢に入った。 

先に少女と手合わせをした時に、里保は少女の能力の特性を掴んでいた。 
加賀流剣術、と少女は自らの流派を名乗っていた。聞いたことのない流派ではあるが、少女の真摯な太刀筋から、古くから 
細々と伝わる伝統のある剣術と踏んでいた。 

さらに言えば、その確かな腕前を支える異能。 
少女は、自らの剣術に風の刃を交えることで自らの手数を増やしていた。 
言うなれば、三つの風を合わせた「四刀流」。 
だが、自らの剣術と異能を完全に統合できてはいなかった。一瞬の隙を突き、里保は少女に勝利した。そして。 

― もっと強くなって、また来なよ。うちは、いつでもここにいる ― 

激励の、つもりだった。 
けれど、少女はそうは受け取らなかった。頬を紅潮させ、今にも泣きそうな顔で里保のことを睨み付けた。 
それでもいい、里保は思った。悔しさや怒りは、時として自らを大きく伸ばすことができる。 
そう信じて、少女の背中を見送った。 

だが。少女が里保の前に再び姿を現した時には。 
最初に会った時とは似ても似つかぬ修羅と化していた。 
身に漂う気は黒く揺らめき、絶えず血を求めているかのように見える。 
少女の瞳には、里保の姿は映っていなかった。ただ、目の前の人間を斬ることだけに捉われた、剣鬼。 

少女が、刀を下段に持ち直す。 
来るか。里保はペットボトルの水を撒き、そこから新たにもう一振りの刀を手に取った。 

「…加賀流参之型『千刃走(せんにんそう)』」 

そう呟いた少女の姿が、掻き消える。 
いや、そうではない。少女は、目にも止まらぬ速さで一気に里保との距離を詰めていた。 
そして、その走りは無数の凶暴な風とともに。 
千の刃が走るとはよく言ったもの。一斉にこちらに向かってくる斬撃、水の防御壁ではあっと言う間に内側ごと切り裂かれ 
てしまうだろう。 

防御よりも回避。 
里保は造り出した水の珠を足場に、天高く舞い上がる。 
頭上を取り、制圧する。 
上昇から下降に移行した里保が見たものは。 

「甘いですね…」 

攻撃対象を見失いそのまま突っ込むかに見えた少女はこれを見越したかのように里保の眼下で立ち止まり、構えていた。 
左手を前に突き出し、弓を引き絞るかのように刀を後ろに引いた姿で。 

「加賀流陸之型…『死螺逝(しらゆき)』」 

ぎりぎりまで溜められた力が、一気に開放される。 
捻りを加えた刀の一突きは、風を纏い螺旋の流れと化して、一気に上空の里保に襲い掛かった。 

「ぐあああっ!!!!」 

予想だにしない飛び道具、里保は荒ぶる風に巻き込まれ、全身を切り裂かれて墜落する。 
通常であれば、再起不能の大怪我。それでも少女は戦闘態勢を解こうとはしない。 

「まさか…この程度で、終わりませんよね?」 

少女の言葉通り、里保は立ち上がった。 
瞬時に纏った水の鎧によって被害は最小限に食い止められたものの、着衣は所々が切り裂かれ、浅い切り傷からはうっすら 
と血が滲んでいた。 

「その力は…間違った力だよ」 

里保は、はっきりとそう言う。 
確かに以前の少女とは段違いの強さだ。それは刃を交えても実感できた。 
それでも。 

手にした黒い刀を振るたびに、刀に生気を奪われてゆく。 
少女の顔色は、病人であるかのように青白かった。 
今の力が、その禍々しい刀によって与えられているのかもしれない。 

「力に…正しいも間違いもないですよ…私は…鞘師さんを、斃します。ただ…それだけ…」 

「そんなこと、ない」 

あの時、あの人に言われた言葉。 
里保はかつて自分を優しく見守ってくれた人物のことを思い出す。 

― 鞘師はそんなこと、しない ― 

そう言ってくれたあの人は、自分を緋色の魔王の手から救い出してくれた。 
今度は、自分が目の前の少女に救いの手を差し伸べる番だ。 

「力を、正しく使うこと。教えてあげるよ、加賀ちゃん」 

すう、と息を吸い込み。 
腰の刀を抜き、構える。 
一瞬で決める。この子の、明日のためにも。 
向けられた刃は、強固な意志と共に。 


投稿日時:2017/01/13(金) 18:01:10.58



作者コメント

「剣の道」後半に続きます 

加賀ちゃんの技ですが 
千刃走→仙人草(クレマチスの和名) 
死螺逝→白雪姫(クレマチスの品種) 
が元ネタとなっております 




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