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(142)112 『約束の明日』1

「死ねないんですよ、私」

じゃらりと、金属音が響く。
彼女と壁を繋ぐ、重苦しいその鎖の音。先端が壁と直結し、自由を奪う。

「死ねない事になっているから…」

あの日、誰にともなくつぶやいた言葉を、目の前の男に吐く。
白衣の男はポケットに両手を突っ込み、聞き分けのない子供を見るような憐憫の目を向けた。

「そんなことで不死になれたら苦労はしない。
ただし、お前の能力なら、不老不死は可能になる」

男は彼女に近づき、おもむろに手を伸ばした。
噛みついてやろうかとも思ったが、抵抗すれば男を喜ばせるだけだと悟り、敢えて動かずにいる。
男は薄笑いを浮かべ、彼女の頬に手をかける。

「それでもまだ、協力しないか?」

男の爪が、微かに皮膚に食い込む。
首を振ると分かっていながら、問うのだ。さあ、何をする?
私を、どうする気?服を剥いで、組み敷いて、抱くのかしら?私、黙って受け入れるほどか弱くないつもりですよ?

「………死ねないというなら、存在を消すのはどうかな?」

男はそうして、頬にかけた手を滑らせ、ぐっとこめかみを鷲掴みにした。
小さな彼女の頭は、男の右手にすっぽりと収まる。

「存在はふたつの軸で形成される…ひとつは自己認識。もうひとつが他者認識」

親指と中指に力が籠められ、脳が直接圧迫されるような感覚を知る。

「他者認識は、他者がその存在を目にし、認めることだが…
自己は、その他者の中にある自分を見つめることによって、自己を認識する…わかるかい?」

小難しい言葉が並ぶ。科学者らしい言い回しだと思う。
ギリギリと脳が締め付けられる。段々と呼吸が回らなくなる。
能力を発動したい。だが、発動できない。
鎖がチカラを阻害する。この場所から、逃れられない。

「つまり、自己の中から他者がいなくなれば、お前という存在を認識する術は何もなくなる。
お前は最初から、この世に存在しなくなる」

遠くなる意識の中で、男のいう事を咀嚼する。
私は、誰かから名前を呼ばれることで、誰かから触れられることで、初めて存在するのではないだろうかと。
そして、その「誰か」がいない限り、私は私の存在を認識できない。

「お前の記憶から、お前以外の人間の存在を消す…さて、それでもお前は、自分の存在を肯定できるか?」

哲学的な問いだ。
だが、彼女は滑稽にも、その問いの沼に嵌まりそうになる。
誰もが自分の名を呼ばなければ、自分に触れなければ、どうやって私が私であると証明できる?


―――「お前なんか、いらない」


何よりも冷酷な言葉を吐いた人がいた。
あれは、一体、だれだった…?

「存在の消滅は、死より恐怖だと思わないか、小田さくら―――」

大切な人の笑顔が、浮かんで、そして消えていく。

さくらの名を呼び、手を携え、ともに闘った仲間の記憶が。
「小田さくら」の存在とともに、消滅し始める。 


投稿日時:2017/02/21(火) 23:55:30



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