(156)50 『黄金の林檎と落ちる魚』 4
工藤遥がカレーを頬張り、隣に座る牧野はかき氷を匙で掬って口に運ぶ。
頭痛が来たらしく、こめかみを指で押さえている。
隣で横山が再びかき氷を掬う。
彼女もこめかみを指で押さえる。二人で笑い合った。
譜久村はタコライスとかき氷、羽賀はラーメン、尾形はたこ焼きとかき氷。
小田はしらす丼、野中はカツ丼、加賀は焼きそばを注文した。
「見事なまでに定番が揃ったね」
「もうちょっと皆珍しいの選ぶと思ってた」
「いやいやいや。海で定番っていうのが良いんだろ」
「石田さん元気出してください。スイカならまた買いましょ」
「その私のスイカ大好きキャラいつまで引っ張るつもり?
しかもお店に用意されてないってだけで落ち込むこと前提なの止めてくれる?」
「ほらほら、スイカ割りやりたい人が手上げてるよ。優しい後輩だね」
「じゃあ皆で割ろうねー2つ余るから皆分けて食べようねー」
「怒んなよー」
「先輩、私も後輩です」
「へー良かったね」
「つめたーい」
「すまないねお嬢さん、まさかこんなにたくさんお客が来てくれると思わなくてね」
店主の男が笑った。手には石田が頼んだ魚介パスタの皿を持ち、テーブルに置く。
魚介類の芳醇な香りが麺と具材を引き立てている。
「言いながらフォークで巻きとってるじゃない。あ、いただきます」
「ちょっと熱いかもしれないから気を付けるんだよ」
工藤がフォークを伸ばして麺を巻きとる。
口に運び、噛むと舌には独特の味が広がる。
魚介類の芳醇な味が麺と具材を引き立てていた。
「うま、魚介だからかなんかいろいろ混ざってる。
でも臭みもないし和風だけど洋風みたいな、とにかくうま」
「こら、あんまり取るな。自分で注文してよ」
亜佑美が皿を自分の手元に戻す。
隠すように食べる姿を見て、隣の譜久村は笑うしかない。
「ははは、秘伝のソースを気に入ってくれたなら嬉しいね」
「勿体無いッスよねーこんなに美味しい料理を出してくれるお店をハブるなんて」
「今はネットで何でも美味しそうな料理が食べれる場所を調べられる。
こういってはなんだが、情報を食べに来てる気がしてならない。
けれどお嬢さん達みたいな笑顔を見る為に、この店は皮肉にも在り続けてる」
「好きなんですね。ここが」
「そうなのかな…。まあ、この店の最後のお客さんとして精一杯振舞わせてもらったよ」
「まだ諦めるの早いよ。おじさん」
「しかし……」
「まあ明日楽しみにしときなって」
「簡単な話、人を呼べばいいんですよ」
「チラシ配り!」
「呼び込み!」
「いやいや、もっと簡単な事があるだろう?
人を呼ぶだけならチラシ配りも呼び込みも必要ない方法で出来るじゃん」
「そんな簡単なことが出来る訳……」
「出来るよ。だってあたしら、リゾナンターだろ?」
心に光を。放つ光は闇を払って共に鳴る事を誓う者。
共鳴者に成りえる者達と響き合い、呼応する者達。
たとえそれがどんなに闇で覆われていたとしても必ず共鳴する。
それが光と闇に愛された者達の宿命。
「……でも、一時気持ちを合わせた所でまた離れるかもしれない」
「ハルは思うんですよ。多分きっと、たった一度のきっかけで良いんです。
たった一度だけでも気持ちを合わせたなら、それだけで上手くいく気がする。
だからあのおじさんに見せてやりましょう。見えなくても、視得るものを」
「何言っちゃってんのよ。凄い大変なこと言ってるの分かってる?」
「それにどぅー、明日の調査はどうするの?」
大丈夫ですよ、リゾナントのバイトリーダー張ってますから」
「なんだかなあ。行き当たりばったり感でさっきの言葉の説得力が。
うーん………でもまあ、悪くないと思うよ。一か八かやってみる?」
「さすが譜久村さん」
「一番頑張るのはどぅーだからね。頼りにしてるよ」
「私達も手伝いますよ工藤さん」
「やってやりましょう」
「I'm going to do it!」
「ノリがいい後輩で良かったね、どぅー」
「ですね……ありがとう、皆」
工藤の言葉は静かに仲間を頷かせた。
彼女の強い言葉が響く。遠くを見ているような、そんな、響きを残して。
夕方の浜辺での野外焼き肉では、若い連中が肉の奪い合いとなる。
海の家の店主による厚意により、夜は花火大会の花火が見れる見晴らしのいい
隠れスポットに向かい大騒ぎとなった。
男が保護者として率先してくれた事により、未成年の多い彼女達には有難かった。
何度も奢らされそうになる姿に、親戚のおじさんのようでもある。
「今日初めて会ったのにもうあんな風に。若さかなあ」
「妥協してくれてるような気もするんですけどね。
でもあのおじさんが喧嘩するなんて、一体何があったんでしょう」
「さすがに詳しくは聞けないよ。でも、仲が良くても喧嘩しちゃうのが人間だからね」
依頼主から指定された民宿へと帰り、男ともそこで別れた。
大部屋に人数分の布団が敷かれ、牧野と横山はすぐに夢の中へ落ちていった。
「じゃあ電気消すよー」
「おやすみー」
「おやすみなさーい」
「おやすみー」
反応して部屋の照明が落ちる。
暗い部屋には静けさ。かすかに聞こえるのは、空調機の音と個々の寝息。
遠い潮騒の音が聞こえ、子守歌となる。
布団の中で、加賀は思い出していた。
今日一日だけでいろいろな事があった。
笑い驚き、泳ぎ走り、食べて飲んだ。
一日中がお祭り騒ぎで、自分が心底楽しかったのだと気付く。
明日の調査で海の異変を解決すれば、その時間も終わるのだろうか。
整理する間もなく、疲労ですぐに瞼が下りた。
目が覚めた。
暗い部屋に、窓を抜けた星と夜の街の光が微かに射し込む。
横を見ると、枕元の時計の表示は午前三時。
深夜か早朝か迷う時間。
夜の潮騒の音だけがまだ遠く聞こえていた。
横から小さな寝息が響く。
空調機を見ると冷房ではなく乾燥になっていた。
それでも加賀しか起きていないようだ。
布団から起き上がり、靴を履く。
備え付けの冷蔵庫へ向かい開けると、缶ジュースやペットボトルの水が
入っていたが、何故か温くなっていた。
冷蔵庫は最新ではなく、ダイヤルで温度調節をする年期の入ったもので
そのメモリが「0」を示している。
仕方がないので財布を掴んで静かに部屋を進み、廊下に出る。
階段を下りて、民宿の裏口から出た。
周囲には潮騒の響き。磯の香り、夜の浜辺で騒ぐ人間も居ない。
背後を見上げると、加賀が居た部屋が見える。誰も起きていないらしい。
「かえでー」
「うわっ、った、あ、よ、よこ?あんた何してんの」
「かえでーも飲み物買いに行くんでしょ?」
「まさか起きてたの?なんで言わないの」
「どうするんだろうと思って見てたの。冷蔵庫も使えなかったし」
「…つまり?」
「私もついてって良い?良いよね?」
「……はー、ちゃんと自分のお金で買いなよね」
「やった」
椰子の木の間に、皓々とした光を放つ自販機を見つける。
近くに寄って確認すると、予想した通りの通常価格。
民宿にも設置されていた自販機は観光客価格だった為、先は付近の住民の
ための価格設定なのだ。
富士山の頂上にある自販機とまではいかないが、それでも高い。
だからこうしてわざわざ外にまで出たのだ。
「ほら先に選んで」
横山は少し迷ったようにして、冷たいお茶を選んだ。
加賀も違う種類のお茶を選び、落ちてきた商品を取り出した。
左頬の肌が粟立つ。左側に何かがいる。
「かえでー、何か感じない?」
横山の言葉に急いで顔を左に向ける。
海辺の道路沿いに街灯が点々と続くが、闇を追い払いきれていない。
二車線の道路の中央に、先ほどまではいなかった人影がある。
一人ではなく、数えていくと四人。子供だ。
女の子か男の子かは分からないが、車道の中央で輪になっている。
見た瞬間から、背中に氷柱が突っ込まれた様な悪寒。
子供達は両手を掲げて、左右の子供と手を繋いでいる。
緩やかに左から右へと足が動いている。
無言で行われる輪舞。異界の光景だ。
幽霊や超常現象を信じない訳ではないが、加賀が持っているのは
視る力ではなく聴く力だけだ。
だが、眼前にある現実は異常そのものだった。
そして気付く。路上の子供達が、二人を見ていた。
眼球が、無い。
闇色の眼窩からは、黒いタールのような涙が頬に零れている。
黒い口の黄色い乱杭歯の間から、同じくタールの涎が垂れていた。
『異獣』にも奇怪で異様な容姿の者は何匹も在るが、人型なだけあって
あまりにも質が悪い。
横山が加賀の背中にしがみつき、一刻も早くこの場から逃げたいと思う。
子供達は眼球の無い目で二人を見ているが気にしていられない。
三歩目で止まって上半身を戻す。
『刀』が無ければ『本』の意味がない。
油断した。まさかこんな所で遭遇するとは思わなかった。
「よこ!走って!」
横山の腕を掴み、そのまま民宿の裏口に飛び込み、階段を三階まで駆け上がる。
勢いのまま部屋を跳ね開ける。同時に布団から小田が跳ね起きた。
「どうしたの?」
尾形、野中、牧野、羽賀は未だ寝続けていた。
「出ました」
幽霊だか超常現象だかを見たという説明をどうすれば良いのか分からない。
だからこそその手の話を重要視できるように、そう呟く。
「出ました」
「出たって何が?」
「窓、窓見てください窓。道路、道路を見てください」
「なんだよお、面白いものでもある訳じゃなし」
「ある意味で面白いですから早く」
加賀の慌てぶりがおかしいのか石田と工藤は笑ったが、窓辺で言葉が止まる。
民宿の三階の窓からでも、路上の子供達が見える。
七人も黒い涙を流す目で見上げていた。
見ているだけで恐怖を巻き起こす、異様な姿だった。
「あれ、幽霊ってやつですよね?」
「ああ、あーまーそんな気がしないでもないっていうか」
「肉眼で見るの初めてだけど、攻撃したら反応するのかな」
「ええー…」
あんなに異常な光景なのに戸惑う表情しか浮かべない。
僅かに引きつって、だが恐怖を感じているのかよく分からない。
路上の子供たちはこちらを見上げたままの姿勢で動かない。
横山はまだ譜久村と小田に慰められている。
加賀に違和感が生まれていく。冷静に考えれば疑問がある。
子供達がこちらを見上げている。
『異獣』を従えているから分かる。
“まるで次の命令を待っているようだ”
加賀が荷物から『刀』を抜き出すと、小田と石田がギョッとする。
「ちょ、かえでぃー、一体何する気?」
「さっきの石田さんの言葉を貰ってみようかと思います」
「あまり大きい事はしちゃダメだよ」
「大丈夫です。サイズはアレに合わせますから」
「サイズ?」
加賀が鞘から僅かに抜かれた刃を構える。
横山の瞳が煌めく。体内から召喚された『本』が燐光を放つ。
周辺に居た全員の背筋が凍り付く。
子供達の一人が吹き飛ばされた。
“見えない風”に遊ばれるように小さな体が空中で回転する。
さらに向かい側の輪にいる他の子供達も吹き飛ばされた。
黒い血が暗い夜に撒かれ、また街灯の下に落下していく。
無言の悲鳴で、だが異形の子供達は逃げ惑うことなく吹き飛んでいく。
次々と吹き飛び、落下。街灯の下で黒い血を広げていった。
そして互いを見た後、気分の悪さに部屋を出て行った。
小田が僅かに目を細めて呟く。
「まるで大きい犬が暴れまわってるみたい」
「ああ、あれは鯱です」
「しゃ、鯱っ?」
「子供ですけど、並の人間ならぶつかった瞬間に破裂します」
「凄いね…」
「でもこれで、ようやく分かりました」
暗い路上には、七人の子供たちの幽霊が倒れている。
這った姿勢からそとってこちらを黒い穴の目で見上げていたが
その輪郭が崩れ、青い光を発し、崩れていく。
ようやく理解したと同時に、胃の底から怒りが沸き起こる。
室内に顔を戻す。吐き切った石田とダウンした工藤が帰ってくる姿と
小田と譜久村の苦笑した表情。
「まんまと引っ掛かったって事ですね。しかもよこも知ってたな」
「あれ、なんでバレたんだろ」
「あんな消え方をするのはアイツらしかない」
さっきまで怯えていた表情が悪戯を暴かれた子供のように表情を浮かべる。
見た事のない異種で気付かなかった、人型が操る異獣はあまりにも謎と種類が多い。
喉の渇きで真夜中に起きる様に考えたのははるなんだけどね」
譜久村が自分を示す。
喉の渇きから全てが計画の内だった。
「こうしてこんな…」
「まあ恒例行事っていうかね。ハル達も譜久村さんに騙された方だから」
「まだ眠りこけてるこの子達も去年同じ目に遭ってるよ。
その時はあたし達も参加して死んだフリしたり、手間が掛ったけどね」
「横山ちゃんには計画してる所をバレちゃってね。でもかえでぃーと
一緒に参加させた方が雰囲気でるかなと思って。
「でも厳密にいえば私達は騙してないよ、幽霊とは一言も言ってないし」
小田の言葉に、加賀が口を結んだ。
指摘されれば、確かに勝手に幽霊だと思って騒いだだけだ。
悪戯をする方が子供、と言いたいが、加賀自身にも反射してくる。
「ちょっと出てきます」
「あ、かえでぃー」
頬を朱色に染める加賀は部屋を出る。廊下で一人。
階段を下りて、ホテルを回り込み、浜辺に向かった。
投稿日時:2017/09/03(日) 10:07:27.21
作者コメント
拗ねでぃー発動。無理やり肝試しも挟んでみました。
新曲の「若いんだし!」聞きました。ライヴでDo!DO!と叫びたい…。
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