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『リゾナンター 爻(シャオ)』03話

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里保がトレーニングルームからリゾナントの店舗へ上がると、そこには既に何人かのメンバーたちが集まっていた。

「あ、鞘師さん。譜久村さんがハーブティーを入れてくれるって」

里保の姿を見つけた石田亜佑美が、我先にと言った感じで報告する。 
確かにカウンターに目をやると、品のよさそうなティーカップに紅茶を注いでいる聖の姿が見えた。

「さすがフクちゃん。輸入か」 
「おー、お嬢様ぁ」 
「そんなことないよ!100円ショップで売ってるさ!!」

里保のお嬢様いじりと、それに追随する春菜。 
すかさず反論する聖だが、彼女の父が当主を務める譜久村財閥は間違いなく日本のトップクラスの企業集団だ。
それをお嬢様ではないと言うには少しばかり無理がある。

「ハル、味の違いとかわかんないから何でもいいや。譜久村さん早くー!!」 
「はいはい、今持ってくから」

お茶を嗜む、には縁遠いポジションの遥に急かされ、聖がトレイに乗ったティーカップをこちらに持って来る。
亜佑美、里保、春菜、遥が窓際のテーブル席に移動すれば即席のお茶会の開始だ。

それぞれの目の前にカップを置いた聖が、隣から持ってきた椅子に座る。 
そんな時だった。里保の脳裏に何かが過ぎる。違和感。もしくはおぼろげな既視感。


「みんな、ちょっと待って」

その声に思わず全員が視線を向ける。 
真っ先にカップに口をつけた亜佑美が目を白黒させた。どうやら寸前で間に合ったようだが。

「どうしたの、里保ちゃん」 
「…その紅茶を、飲んじゃ駄目だ」

地下での、舞美と茉麻との戦いで研ぎ澄まされた感覚がその危険を捉える。 
いわゆる第六感が、警鐘を鳴らしていた。

「鞘師さんの言う通りです。この紅茶には、毒が入ってます」 
「ええっ!!」

里保の言葉を聞いて嗅覚強化した春菜が同意する。 
彼女の嗅覚は、おいしそうな紅茶から匂いたつ死の気配を識別していた。

「ちくしょう、誰がこんなこと!!」 
「聖全然気づかなかった、いつの間に」

誰も気づかない間に侵入者を許してしまったのか。 
辺りを見回す遥と困惑する聖。そんな中、春菜は迷いながらも。

「何かの間違い、ですよね。譜久村さん」 
「え、どういう…」 
「紅茶に仕込まれた毒と同じ匂いが、譜久村さんの左手の薬指からするんです」

里保は、ようやく自分が抱いた違和感の正体に気づく。 
聖の、心の声が聞こえない。それが意味するものは。 
かつて里保は同じようなことを同じ場所で経験していた。 
つまり、今この場所にいる聖は。


「また、偽者か」

かつてダークネスが、喫茶リゾナントに擬態能力者を送り込んだことがあった。 
そしてそれよりも前、高橋愛がリゾナンターのリーダーだった時にも。

「偽者って…どういうこと?」 
「お前は…フクちゃんじゃない。擬態能力者が擬態した、偽者だ」 
「違う!聖は偽者なんかじゃない!!だって、聖は聖だもん!!」

必死に潔白を訴える聖。 
その表情も、仕草も聖そのもの。 
それでも、紅茶に毒を仕込んだという事実。里保の言葉。相手の外堀を埋める材料は揃いつつあった。

「なんで、何でみんな黙ってるの?聖は悪くない!里保ちゃん、ちょっとおかしいよ!!
毒の匂いだって、本当の犯人が触った部分を知らないで触っちゃっただけなのかもしれないのに…」

だが、ドアベルを鳴らす人影がそれを否定する。

「ただいま…って、え、なにこれ」

目の前の光景に思わず買い物袋を落としてしまったのは。 
喫茶店の中にいる聖と、瓜二つの同じ顔。

「やっぱり!!」 
「ちっ!!」

聖本人が現れたことで開き直った偽者の聖が、懐から何かを取り出して地面に叩き付ける。 
その瞬間、店内に猛烈な勢いで白い煙が立ち篭め始めた。


「しまった!」 
「逃げられます!早く追わないと!!」

一瞬にして全員の視界を遮った白煙。 
ただその目くらましの効果は意外と短く、あっという間に煙は晴れてゆく。

「よっしゃ、煙がなくなってきた…って、ええっ!!」

煙が晴れたことに安堵する亜佑美は、信じられないものを見たかのように大きく叫んだ。 
彼女が見たものは。

「ねえ、これ、どういうことなの?」 
「ねえ、これ、どういうことなの?」

綺麗に揃ったユニゾン。 
里保たちの前に、二人の聖が並んでいた。

「あなた何者?聖の偽者でしょ!」 
「そっちこそ偽者でしょ!!」

お互いに顔を見合わせ、言い争う聖たち。 
冗談のような光景だが、この二人のうちの一人が偽者で里保たちに毒を飲ませようとしていたのは間違いない。

「一体どうすれば…」

以前喫茶リゾナントで勃発した偽者騒ぎの時も、擬態能力者は聖に擬態し潜入していた。 
その時は本物は不在で偽者だけだったので話は簡単だった。
しかし、今回は偽者と本物がまったく区別のつかない状態で互いを偽者だと主張している。


「見た目も、背格好も、ほくろの数も一緒」 
「ほくろの数って。鞘師さんどこ見てんすか」 
「肌のさわり心地も、一緒…」 
「ちょっと里保ちゃんやめてよ!」 
「ちょっと里保ちゃんやめてよ!」

遥の突っ込みやダブル聖の非難などどこ吹く風。 
二の腕や頬のあたりを触りまくったが、やはり区別がつかない。

「わかった!ハルが今から譜久村さんを一発ずつ殴る!」 
「ちょ、ちょっと待ってどぅー!!」

痺れを切らし拳をぐるぐる回す遥を、亜佑美が必死に止める。 
そんな様子を見た春菜が咳払いをしながら席を立ち、聖たちの前に出た。

「みなさん。たった今、『能力者』に共通する見分け方を発見しました」

春菜の、思いがけない一言。 
これには言い争っていた二人の聖も一斉に春菜を見る。 
春菜は手をパンツのポケットに突っ込み、普段の猫背を最大限に伸ばしながら。 
はっきりと言った。

「『能力者』に共通する見分け方。それは『能力者』がハーブティーの香りを少しでも吸うとだな…胸のサイズが1カップ上がる」

「ええっ!!」 
「そんなのないわ!!」 
「嘘だろはるなん!!」

慌てて自らの慎ましいそれに手をやるリゾナンターたち。 
しかしこの時、既に真実は露見していた。


春菜が、ゆっくりと指をさす。 
そこには、里保たちと同じように自らの胸を摩っている聖の姿が。

「アッ!」 
「偽者は、あなたです」 
「な、何でそんなので聖が偽者ってなるの?だって胸がおっきくたってそんなこと言われたら摩っちゃうじゃん!!」

自らを偽者と決め付ける春菜に、聖は強く反論する。 
それでも、春菜の強い視線は揺らがない。

「本物の譜久村さんは。今でも十分立派なものをお持ちなので、そんな反応はしません。
そんな反応をするのは、本来はみすぼらしいものを持ってる人だけです!!」

決定的だった。 
確かにもう一人の聖は、自らの胸に手をやっていなかった。

「は…あはは、こんなくっだらねーことであたしの『擬態』がばれるとはねえ」

開き直った、聖の姿をした何か。 
その体はゆっくりと縮んでゆき、やがてまったく別の人間へと姿を変えた。

「せっかくあたしの能力でてめえら全員騙くらかして毒殺しようとしてたのに!
『オリジナル』が帰って来るまでに手柄立てようと思ったのによ!!」

ポニーテールを揺らしながら毒づく少女。 
だが、程なくして自らの退路が完全に塞がれていることに気づいた。


「残念ですが、あなたに逃げ場はもうありません」 
「聖に化けるなんて、許さない!」 
「絶対に捕まえてやる」 
「ちくしょう、ハルたちをバカにしやがって」

出口に里保と亜佑美が。 
そして勝手口側に春菜・聖・遥が立つ。 
追い詰められた侵入者だが、その表情には余裕が。

「逃げ場がない?そいつはどうかな!!」

少女は自らの懐に再び手を入れ、それを炸裂させた。 
こういう時のために煙幕をもう一つ仕込んでいたのだ。 
あっという間に濛々とした煙が広がってゆく。

煙に紛れ、素早い動きで勝手口へと突っ切ろうとする刺客の少女。 
亜佑美と里保、二人の実力者のラインを突破する自信はさすがにない。ならば三人とは言え、視覚のアドバンテージが活用できる相手のほうがいい。遥の千里眼は確実にこちらの姿を捉えるだろうが。

「はるなん!譜久村さん!!そっち行った!!」 
「え、どこどこ?!」 
「煙で見えない!!」

少女の目論見通り、姿は把握はできても捕まえることはできない。 
だが、三人の包囲網を突破したところで誤算が生じる。


「疾ッ!!」

白煙に覆われ視界の取れない店内。 
だが里保は鋭い踏み込みで、逃走しようとする相手の背中を刀の腹で正確に打ち据えたのだ。 
女はぐっ、と呻くような声をあげたものの、立ち止まることなくそのまま逃げてしまった。

「浅かったか」 
「追えば間に合うかも!」 
「待ってどぅー!!」

遠ざかってゆく足音を追おうとする遥だが、聖に止められる。

「何だよ、止めんなよ!」 
「『擬態能力者』が単独で行動してるとは思えない。下手に追ったら相手の罠にかかるかも知れないし」

その言葉に、大きく頷く里保。 
かつて同じような手口で喫茶リゾナントへ乗り込んだ擬態能力者がまさにそうだったからだ。 
深追いするよりも、まずは攻撃の第二波に備えるべきだ。

「やはり、ダークネスなんでしょうか」 
「手口が似てるからね。間違いないと思うけど」

束の間の平和の終わり。 
それは、新たな激戦の幕開けでもあった。


投稿日:2014/06/27(金) 02:26:26.20 0


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