(118)142 『リゾナンター爻(シャオ)』 73話



「何や。よう聞こえへんかったな。声が高すぎて」
「なんか梨華ちゃんみたいじゃね? アニメ声きめえんだよ!!」

春菜の発したキーワードは。
目の前の二人を動揺させるのに、十分すぎるほどの威力があった。
だが、こんなものは序の口だ。もっと。もっと揺さぶるんだ。
春菜は決意を示すかのように、さらに口を開く。

「もう一度、言ってあげましょうか?あなたたちは、二人一緒じゃないとまともに戦闘すらできない『半人前』って、
そう言ったんです!!」

まるでどこかの漫画のように、びしっと音が出るくらいの勢いで二人を指さす春菜。
虎の尾を踏む行為、なのは百も承知だ。

「金鴉」にやられ、意識を失っていた面々も、数人は意識を取り戻していた。
優樹。遥。香音。比較でしかないが、手ひどくやられた亜佑美やさくらに比べれば軽傷で済んだメンバーたちだ。
気が付くと春菜が何やら敵と口喧嘩をしている。不思議な光景ではあるが、春菜に何か考えがあるのかもしれない。
三人は息を潜めて、様子を窺っていた。

「…どうやら、苦しんで死にたいみたいだなぁ!!!!」
「私はあなたなんて、ちっともこわくないですよ。だって、二人でやっと一人前の『失敗作』じゃないですか。あなたたちって。 どういう理屈かは知りませんけど、『金鴉』さん。あなたは、『煙鏡』さんのバックアップがないと戦えない。
だからあなただけが戦ってる。あっちの人は戦闘に参加できない。そうでしょう?」
「な、なにぃ!?」

激怒する「金鴉」に、春菜は聖の接触感応で得た知識を口にする。
浮き上がったこめかみの青筋が、大きく波打つのがよく見える。「金鴉」の怒りは、頂点に達していた。

「二人で一組の働きしかできなきゃ、ダークネスの人からも『半人前』扱いされますよね。一人じゃ運用すらままならない、
ただの『失敗作』です」
「こっ!のっ!やろう!!!!言わせておけば!!!!!!!」
「特に『金鴉』さん。あなた、絶望的に頭が悪すぎます。ただ目の前にいる人間を殴って、ぶち殺す…そんなの、
『戦獣』にだってできますよ?」

人の長所を見つけ、褒めることのできる人間は。
逆に言えば、人の短所を探り当て、これ以上無い言葉で罵ることができる。

これは、当時のリーダーだった新垣里沙に言われた言葉だ。
太鼓持ちを自称していた春菜の、表裏一体の特性にいち早く気付いたのは里沙だった。

― 同じ精神系の能力だけれど、生田は単純すぎるし、ふくちゃんは優しすぎる。心理戦って意味においては、
あたしの戦法を引き継ぐのは飯窪しかいなさそうなのよねえ ―

そう言いながら、人を褒めることの裏側の意味、戦闘における使い方を里沙は教えてくれた。
無論、人の悪口を言うよりは人を褒め称えていたほうが性に合う春菜であるからして、
そのような戦い方をすることは無かった。しかし。

自分たちは、確実に勝たなければならない。生きて帰る、そう先輩たちに約束したから。

ならば、手段を選んでいる場合ではない。
春菜は、自らの心を敢えて鬼とすることにした。

「あなたはいつもいつも、『煙鏡』さんにコンプレックスを抱いてた。彼女に比べて、自分の扱いが悪いと。
どうして自分はこんなに雑用みたいなことばかりやらされるのかと」
「やめろぉ!!ふざけんなぁ!!!!」

春菜は、口撃の標的を「金鴉」へと移す。
聖の接触感応でより心模様が明らかになったのは、こちらのほう。
そして、今回の主たる目的も、彼女の側にあるからだ。

「彼女に追いつきたい。超えたい。それでようやく自分は自分になれる」
「はあぁ!?でたらめなこと言ってんじゃねえよ!!!!」
「でも、それは一生無理ですね。だってあなたは、『煙鏡』さんのおまけだから」
「!!!!!」

『金鴉』の表情が、大きく、大きく歪む。

「あなたの力だって、所詮は借り物じゃないですか。だから、道重さんに翻弄されるし、鞘師さんにも歯が立たない」
「うるせえ!!!!!その!薄汚い口を!閉じろっ!!!!!」
「借り物の顔、借り物の能力。本当のあなたって、何者なんですか」
「殺す!殺す!ぶっ殺!殺っ殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺!!!!!!!!!!!!!!!」
「ああ。『失敗作』でしたよね」

堪忍袋の緒が切れるというのは。
あくまでも比喩であって、実際に何かが切れたりすることはない。
だが。その時確かに。

ぶちん、という音がした。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「金鴉」は、獣の咆哮ですらない耳障りな金属音を上げると。
自らの懐に隠し持っていた、「全ての」血液の入っていた小瓶を口の中に放り込んだ。その数、10は下らない。
ばりばりと、硝子をかみ砕く音は。彼女が摂取した全ての血液の持ち主の能力を取り込んだことを意味していた。

顔が。「金鴉」の顔が。
目まぐるしく変わってゆく。見たことのない顔、そしてどこかで見たことのあるような顔。それらが入れ替わり立
ち替わり、やがてない交ぜになって融合してゆく。

「あ、あはは…やってもうた…もう知らんぞ…うちは知らんぞ!!!!」

「煙鏡」は今、相棒を襲っている状況を理解していた。
彼女の目に見えるのは、最早敵の確実な死という未来だけだった。

「金鴉」の手からは、炎が、氷が、粘液状の何かが。変貌する顔と同じように、交互に現れ、そして消えていた。
取り込んだ能力が暴走しているかのようにも見える。それが、春菜の最大の狙いだった。

さゆみと「金鴉」が交戦している際に。
最初に「変化」に気付いたのは、「千里眼」の能力を持つ遥だった。

「なあはるなん。あいつの体、何かおかしくね?」

そう言われ、自らの視力を強化する春菜。
すると、妙なことに気付く。

「金鴉」の体が、わずかではあるが悲鳴を上げている。
悲鳴、というのは物のたとえではあるが。不自然なまでに皮が撓み、肉が軋んでいる。

「…能力にって、肉体に負荷がかかってるってこと?」
「間違いねえ。あいつの体の細胞がヒィヒィ言ってる」

この時は。
さゆみの「治癒」という膨大な力を擬態したことによるもの、という考えも棄てられなかった。
しかし、この地下深くのロケット格納庫で「金鴉」と直接対決をすることで、予測は確信へと変わる。

「金鴉」の「擬態」という能力は、本人の肉体に唯ならない負荷を与えている。

フィジカルな戦いで敵わないのなら、精神的な隙を突き、自滅させるしかない。
それが、8人のリゾナンターたちが出した結論であり、勝利の方程式だった。

「くっそ…!ぜってえ…ぜってえぶっ殺してやる…!!肉片一つこの世に残してやんねえからな!!!!!」

「金鴉」の体は、過剰な能力摂取により崩壊しかけていた。
その意味では、リゾナンターたちの作戦は成功しつつあった。
ただし、そのような状態の彼女とまともに戦い、時間を稼ぐという人間がいればの話だが。

「のん!10分、10分が限界や!それ以上は、うちが『鉄壁』つこうて血ぃ抜いても、もう元には戻らへん!!」
「10分? 1分で十分だっての!」

「金鴉」の、血を、相手の阿鼻叫喚を求める視線が。
奥歯の根が震えながらも、恐怖に折りたたまれまいとする春菜の元に止まる。
知っているのだ。本能が、目の前の相手がこの状況を作り出したことに。
こいつは。潰さなければならない。そう、訴えていた。

「弱っちいくせに。のんのこと、ここまで追い詰めたこと。褒めてやるよ。じゃあな!!!!」

別れの言葉は、確実に息の根を止めるための、意思表示。
今まさに、春菜の命が絶たれようとしている。にも関わらず、優樹も、遥も、香音も。
指ひとつ、動かすことすらできない。与えられた恐怖に、生命の危機に、身が竦むのだ。

最早ここまでか。いや、違う。救いの光は、すぐ目の前に。

「金鴉」の、春菜の頭を叩き潰そうとした拳を遮ったのは。
透き通るような刃。水が織り成す、強き、刃だった。

「みんな…遅れてごめん」
「鞘師さんっ!!」
「里保ちゃん!!」
「やっさん遅いよ!!」

四肢を地に据え、水の刀を一文字に構えて。
鞘師里保は、そこに居た。

状況は、既に把握していた。
まともに戦える人間が、既に自分一人をおいて残っていないことも。
しかし。ここを凌げば、勝機が見えてくることも。

「どれくらい…保てばいい?」
「じゅ、10分です!!」

春菜は、先ほど「煙鏡」が口にした限界時間と思しき時間を叫ぶ。
「金鴉」の体の損傷からして、その言葉に嘘は無いのは明白だった。

「わかった」

拳に合わせた刃を大きく弾き、距離を取る里保。
10分。死闘を繰り広げ、緋色の魔王の力を引き出してしまった彼女にとって、あまりにも長い時間。
けれど、やるしかない。それが、全員が生きて戻って来ることができる、唯一の方法だから。

「さっきの、リベンジだ…徹底的に、やってやるよ!!!!!!」

獣の如き咆哮が、最後の戦いの幕開けとなる。


更新日時:2016/04/06(水) 12:50:37.10






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