(123)111 『リゾナンター爻(シャオ)』 』86話



「みんな、心配かけてごめんね」

リゾナンターたちが揃う中、さゆみが最初に発した一言がそれであった。
当然、全員が首が千切れるほどに首を横に振る。

「そそそそんなことないです!みっしげさんがいなかったら今頃うちらは!」
「そうですよ!道重さんのおかげで、私たちはあの二人を倒せたようなものですから!!」

さゆみが目を覚ましてから幾度となく病院で繰り返されたやり取りでもある。
里保と春菜の言うとおり、さゆみが「金鴉」を追い込み弱体化させていなければ、後の勝利があったかどうかもわからな
かった。それだけは確実であった。

「あの…そのことなんですけど、道重さん」
「なに、フクちゃん」

メンバーを代表して、聖が口を開く。
このことだけは、決して避けて通ることはまかりならない。
さゆみが目覚めたばかりの時は、心配かけまいと敢えて触れなかったこと。
つまり、「金鴉」の死。それが、間接的にとは言え自分たちによって引き起こされたということ。

聖が、言葉を詰まらせながらも、そのことを話している間。
さゆみはずっと、静かに聖の言うことに耳を傾けていた。

愛が掲げた、不殺の心得。
自分たちは、決して人を殺めるために能力を身につけたわけではない。
若くしてリゾナンターとなった八人の少女たちは、そのことを不文律としてきた。
ダークネスが無から生み出した存在だったさくらもまた、リゾナンターたちと触れ合う中でそのことを学んできた。 

しかし、経緯はどうあれ、破ってしまった。
「金鴉」は、どろどろの赤黒い液体となって死んでいったのだ。
例え、相手が。何人もの人間を欲望のままに殺めた救いようのない悪人だったとしても。
その事実だけは、決して曲げることはできない。

ひとしきり聖が話した後。
さゆみは、優しく諭すように話し始める。

「ねえ。もし『金鴉』が…自滅の道を選んでなかったら。どうなってたと思う?」

沈黙。その言葉の意味は、痛いほどにわかるから。
でも、それを答えていいのか。いや、答えるべきなのか。

「私たちは…確実に、死んでいたと思います」

毅然と答えたのは、「金鴉」と直接戦った里保だった。
直接一戦交えた里保が一番よく知っていた。相手の強さを、そして恐ろしさを。
自分たちが勝ちを拾ったのは、様々な要因が重なった上でのことだということを。

「さゆみも、そう思う。逆に。みんなは、『金鴉』のことを殺そうと思って戦ってたの?」
「まさ、あのチビのことすっごいむかつく奴だしぶっ飛ばしたいって思ってたけど、殺したいなんて全然思わなかった!」

今度は優樹が即答した。

「そうだよね。なのに、そんなつもりじゃなかったのに…彼女は死んでしまった。どうしてだと思う?」

誰も、答えられない。
すぐに答えが見つかるのなら、さゆみに話を持ち込んだりはしない。
それでも、さゆみは待った。 

「…弱かったんだと、思います。うちら自身が」

どれほどの時が経ったかわからない。
ただ、里保が絞り出した答えは、限られた時間の中で自らを見つめ直した結果のものだった。

「愛ちゃんは、これからさゆみが言おうとしてること…絶対に言わなかった。あの人は、凄く優しい人だったから。ガキ
さんも、言わなかった。あの人は、手堅く考える人だったから。けど、さゆみは」

一同が、固唾を呑んでさゆみの言葉を待つ。

「『不殺』は…実力のあるものにしか、守れない」

皆、薄々は感じていたことだった。
ただ、それを認めるということは、自らの力不足を認めること。
さゆみや歴代リーダーたちの期待を裏切ることに他ならなかった。
それでもさゆみは、言葉を続ける。

「さゆみは愛ちゃんにもなれないし、ガキさんにもなれない。けど、みんなに期待してるから。壁を乗り越えてくれるっ
て信じてるから。敢えて言うね。『不殺』を守れるような、実力を持った人たちになってください」

それは、敵の死を仕方ないと片付けるのではなく、自らが未熟な証として、罪の十字架として背負い続けなければならな
いということを意味していた。

さゆみは、後輩たちの顔を見る。
もちろん、期待を込めて、期待に応えてくれると信じて発した言葉だ。
嘘偽りや後悔などあるはずない。
それでも、強い、強すぎる自分の言葉に誰かが挫けてしまうのではないか。
そのような不安がないわけではなかった。

だが、どうだろう。
聖。衣梨奈。里保。香音。春菜。亜佑美。遥。優樹。そして、さくら。

さゆみに導かれてきた若きリゾナンターたちは、挫けるどころか、燃えるような瞳を湛えさゆみのことを見ている。
覚悟と決意。誇り高き精神が、そこにはあった。
後輩たちの背中を見守ってきたさゆみだが、これほどまでに彼女たちの存在を頼もしいと思ったことは無かった。

愛から、そして里沙から受け継いだリゾナンター。
形が変わり、メンバーが変わっても。
こんなにも、力強く輝いている。そのことが、さゆみには誇らしかった。
これならば。

喫茶リゾナントの玄関前。
ドアのガラスから様子を窺っていた、二つの影があった。

「このことについてはうちらの出番、なさそうだね」

肩を竦めつつ、安心したように里沙が言う。

「当たり前やろ、あーしらの後輩なんやから」

言いつつ、愛は里沙の背中をバチーン。喜びは、そのまま力に。
いたっ、まーったく愛ちゃんはすぐ手が出るんだから。
そんな愚痴をこぼしつつも、里沙は。そして、愛も。かつての9人、つまり自分たちかつてのリゾナンターの姿を今に重
ねていた。

あの時とは違う、それでもそれとはまた別の強い輝き。
今のメンバーたちの織り成す、青き共鳴。
彼女たちもまた、受け継いでいるのだ。自分たちが抱いていた、いや、今も抱き続けている志を。



里沙と愛が、喫茶店に入って来たのは、それからすぐのこと。
彼女たちの口から告げられたのは、彼女たちが警察組織に属する能力者であるからこそ知ることのできた、裏事情の
数々だった。

「煙鏡」が精神エネルギーを利用した兵器と謳っていた「Alice」。
しかし、専門の研究者たちが調べたところ、あの鋼鉄のフレームで象られた物体は単なるロケット型の鉄の塊に過ぎ
ないことがわかった。蓄えられているはずの精神エネルギーも存在していなかったという。ただしこれは表向きの話。

「Alice」をロケット格納庫から発射するための基幹システムが、そっくりそのまま抜き取られていた。
誰かが、存在の証拠隠滅を図ったのか。

「それって、あの『煙鏡』がやったんじゃないですかね」

亜佑美の問いに、愛は首を振る。
『煙鏡』は、何者かの手によって惨殺されていた。
おそらくダークネスの手の者が彼女を始末しつつ、「Alice」の重要機構をそのままどこかへ運び去ったのではない
か。あくまでも推測に過ぎないが、ありえない話ではなかった。

あれほど自分たちを苦しめた「煙鏡」が、あっさり始末された。
そのことに衝撃を受けるメンバーたちだが、それを上回る情報が里沙からもたらされた。

「それと、行方不明のつんくさんのことだけど。残念ながら…」

つんくが「銀翼の天使」の討伐のため能力者たちを率いて進軍し、結果不慮の死を迎えたことが伝えられた。
そしてそれ以上に、驚愕の真実が告げられる。

つんくが、元々はダークネスに出自を発した人物であったこと。
そればかりか、ダークネスを抜けた後に「能力者プロデュース」と称して能力者の卵たちを全国から集めていたのは、実はダークネスと警察機構の両者への人材供給行為の意味合いがあったということ。
その上で、自ら「対ダークネスの能力者部隊」を率いる本部長の座についていたということ。

「つんくさんが…どうして…」
「そんなの…ひどすぎます!それじゃ、彩ちゃんが!スマイレージの人たちがあまりにも!!」

時折喫茶店を訪れ、リゾナンターたちの日々の悩みに耳を傾け時にはアドバイスまでしていたつんく。
そのリゾナンターのオブザーバー的な立場からは程遠い人物像に、聖は裏切られ打ちひしがれる。
そして春菜は、残酷な事実に憤りを覚え思わず声を荒げる。春菜が覗いた、和田彩花の過去。あの闇と血で塗り潰された苦
難の元凶が、つんくによって齎されたという事実に。

「でも、おかしくないっすか? つんくさんは、ダークネス討伐の先頭に立っていながら
何でそんな面倒なことをしたんすかねえ」
「そうですね…それに両陣営から得ていた利益を捨ててまで、なぜ『天使討伐』に向かったんでしょう」

遥とさくらの疑問も当然である。
つんくのしていたことはダークネスに敵対する存在でありながら、自らその敵に利を与える行為だ。
そしてさくらの言うように、両者から利益を得ることで私腹を肥やしていたなら、総力戦を仕掛けるというのはその利益を自ら潰す行為でしかない。

「それについては。『PECT』の人たちがつんくさんの事務所や自宅を調べてるところ。ただ、私には…ううん、真実は
これから明らかにされるはず」

言いかけたところで、自らの思考に蓋をする里沙。
里沙には。ダークネスとリゾナンターを行き来していた彼女には、どうもつんくが単純な理由で動いていたとは思えなかった。それに、今際の際のつんくは、何かを途中でやり残しながら死んでいったようにすら見えた。そこには「銀翼の天使」
を手中に収める作戦の失敗も含まれていたと思うが。
ただ今は、不要な情報を与えて若きリゾナンターたちを混乱させるべきではない。

「とにかく。協力関係にあった警察機構の対能力者部隊の戦力も削られた。あんたたちにかかるプレッシャーは、
これまで以上になると思う」

愛の言葉に、身が引き締まる思いになる若きリゾナンターたち。
つんくという中継地点はあったものの、これまで彼女たちは国家権力とは無縁の場所で活動をしてきた。
だが、彼らが対ダークネスの切り札として保持していた能力者たちは「天使」との戦いで少なくない被害を受けた。
多くが負傷し、中には能力を失ってしまったものまでいるという。
となると、民間人でありながらも多くの功績を上げてきたリゾナンターに注目するのは自然な流れ。

「それでも、あーしは信じとるよ。新しい体制で、困難を乗り越えてくれるのを」

愛からの信頼、それはメンバーたちにとってまた格別な響きがあった。
リゾナンター発足時のリーダーであり、自分たちがまだ右も左もわからない時に導いてくれた存在。
そこで、ふと思考が止まる。彼女のある言葉に、引っかかったのだ。

「あの、今…“新しい体制”って」

聖の問いかけに、愛は答えない。
代わりに、さゆ…とだけ口にして、先を促した。

「今日、さゆみがここに来たのは。みんなに言わなくちゃならないことがあったからなの。本日をもってさゆみは…リゾナンターから離脱します」

今日という日は、リゾナンターたちにとって受け入れがたい事実の連続だったのに。
中でも、さゆみが今言ったことは最たるものだった。
その証拠に、メンバーの誰もが口を開くことができない。反応できない。
晴天の霹靂どころの話ではない。空は晴れ渡っているのに、なぜか冷たい雨が土砂降りのように降っていた。
さゆみの表情が、やけに晴れやかであるということも、含めて。 



「なんで!なんでみにしげさんがリゾナンターやめるの!」

今にも泣きそうな顔で、優樹がさゆみに詰め寄る。
それをきっかけに、リゾナンターたちがさゆみを一斉に取り囲んだ。

「実はね…おねえちゃんが、いなくなってしまったの」
「えっ」

「おねえちゃん」がいなくなる、そのことが何を意味しているのか。
何人かは、ある可能性を頭に過らせてしまう。つまり。

「それって、物質崩壊の力が使えないってことですか!!」

香音が、自らの考えを否定するような大声で叫ぶ。
リゾナンターの歴史において、過去にも能力を失ってしまったメンバーがいた。
「銀翼の天使」の襲撃によって能力を失くした久住小春、光井愛佳。
Dr.マルシェの実験によって力を奪われた、田中れいな。
能力を持たない存在になってしまった彼女たちが選んだ道は、一つだった。

「やけん!治癒の力は無事なんですよね!?」

縋るような衣梨奈の言葉に、さゆみはゆっくりと首を横に振る。
さゆみの力は、「さえみ」の消滅とともに完全に失われてしまった。
過剰な治癒はやがて物質の崩壊に至る、というのがさゆみの能力とさえみの能力の関係性のはずだったが、自らの力が消
えてしまった今なら理解できる。
物質崩壊の力が弱められたのが、治癒の力だったのだと。 

さゆみの離脱は、避けられない。
我流ながらも威力の高い格闘術を持っていたれいなでさえ、いつ終わるとも知れない治療の道のりを選ばざるをえなかった
のだ。増してや能力抜きの戦闘能力の低いさゆみなら、なおさらだ。
暗い現実は、立ち込める暗雲が如く、若きリゾナンターたちの心を押しつぶしてゆく。

「やだ!まさ、みにしげさんいなくなるのやだ!!」
「お、落ち着けよまーちゃん!そ、そうだ!道重さん能力がなくなったとしても
喫茶店のマスターとしてなら残れるんじゃないっすか!?」

取り乱す優樹を宥めようとした遥の咄嗟の一言。
だがそれは沈みかけたメンバーたちの心にあっと言う間に広がっていった。

「それです!道重さん、それならリゾナントに残れますよ!!」
「うちらもまだまだ料理ができるとは言えないですし」
「そうですよ!レンジでチンだってコツがいるんですから!」

最後のは微妙にフォローになっていないが、ともかくさゆみを引き留めるために、あの手この手を後輩たちが尽くそうとする。それほどまでに、さゆみの離脱は想定外であり、できれば避けたいことだった。

そんな健気な姿に思わず涙ぐみそうになるさゆみだが。

「…みんな、さゆみの、周りのみんなの声を、聴いて。心を、重ねてみて」

さゆみの言葉の意図に、すぐに気付くメンバーたち。
これから行おうとしているのは、「共鳴」。

なぜ、この場でという疑問はあったものの、さゆみの意に従い、深く瞳を閉じた。
彼女の心模様を知るために、必要なことなのかもしれない。その時はそう、思っていた。

濃桃、黄緑、赤、緑、黄、青、橙、翠、藤色。
それぞれの光が溢れ、渦を巻き、一つの形を作り始める。
彼女たちが、共鳴者たちの異名を取る理由。つまり、響き合うものたち。

「おおっ」
「へえ。今は『こういうかたち』なんだ」

愛が目を丸くし、里沙が感心するように何度も頷く。

若きリゾナンターたちの作り出す、大きな奔流。
しかし。大きく膨らんでゆくはずの風船は、ある時を境に途端にバランスを崩し。
共鳴の力は弾けて消えてしまった。

「え!!」
「どうして!こんなこと今までなかったのに!!」
「あゆみが空回りし過ぎなんだよー」
「はぁ!?何であたしなのよ!!」

予想外の結果に、戸惑いを見せるリゾナンターたち。
いや違う。一人だけ、結末を予期していたものがいた。

「びっくりしたでしょ。でも、これは…さゆみのせいなの。さゆみの存在が、みんなの共鳴のかたちを…変えてしまう」

さゆみは自分が能力を失った以上は、こうなることを知っていた。
響き合うものたちが作り出す、蒼き共鳴。
だがその形は、メンバーが抜け、そしてまた新たにメンバーが加入することで生き物のように形を変えてゆく。
その中で、どうしても変化についていけないものが出てくる。
共鳴の乱れ、不調和となって顕在化する。そうなってしまうのを防ぐ方法は、リゾナンターの歴史が示していた。

芸能界の活動に専念することを決めた、久住小春。
故郷へ帰り「刃千吏」の活動に身を投じた、リンリン。ジュンジュン。
警察組織のスカウトに応じ、新組織に身を置くことになった高橋愛。新垣里沙。
何でも屋としてリゾナンターを陰から支えることにした、光井愛佳。
自らの能力を取り戻すべく、終わらない旅に出た田中れいな。
いつ目覚めるとも知れない眠りについている、亀井絵里。

彼女たちが、一人としてリゾナントに残らなかった理由が、そこにあった。
例え能力を失ったとしても、「今の」リゾナンターと行動を共にしてしまうと、今の彼女たちに大きな影響を及ぼしてしまう。
そうならないためには、自ら身を引く以外に方法は無い。

一様に、顔を青くさせるメンバーたち。
特に、聖の消耗はより激しかった。さゆみと、自分たちとで奏でられる共鳴。それが乱れ、弾けそうになってしまうのを
最後まで食い止めようとしたのは聖だった。

リヒトラウムで「金鴉」に致命傷に等しい攻撃を受けた時。
聖は、たださゆみの近くに駆け付けたい一心で走り出していた。その時のように、さゆみの元に届く。そう思っていた。
しかし、状況は聖が思っていたよりも悪い。最悪と言ってもよかった。
そうしてもがき、足掻き続けた結果の、劇的な体力・精神力の消耗だった。

「みんな。落ち込んでばかりはいられないの。だって、これから…さゆみはこれからこのリゾナントを取り仕切る後継者を
指名しなければいけないから」

聖の意識は、やがてゆっくりと遠のいてゆく。
他のリゾナンターたちは、さゆみの衝撃的な発言のせいか、そのことに気付かない。

― さゆみの…後継者は… ―

薄れゆく意識の中で、さゆみの声が遠くから聞こえてくる。
そうか…後継者か…リゾナンターになった歴で言えば聖だけど。本当に聖でいいのかな。
だって、頼りないし。いつもえりぽんやはるなんに頼りっきりだし。どうしよう。

視界が揺れる。
そして聖自身の感情もまた、大きく揺れていた。
やがてその震えも、形を失い消えてゆく。彼女の精神力は、限界を迎えていた。

― は…る…なん… ―

白い意識の彼方にあると言うのに、さゆみが春菜の名を呼ぶ声だけが聖の中に刻み込まれる。

そ…っか…そう…だ…よ…ね…やっ…ぱ…みず…き…じゃ…だ……め……

聖の意識が途絶えるのと、吸い込まれるように床に倒れたのは、ほぼ同時。
メンバーたちが聖の異変に気づき懸命に呼ぶ声は、聖には届かなかった。


更新日時:2016/06/11(土) 23:01:57.20

 






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