(134)530 『the new WIND―――』

残り160メートルほどの地点までたどり着いた時、れいなはそこに二人の姿を補足した。
万全の状態とは決して言えないが、纏っているそれぞれのオーラは、かつての仲間のそれだった。

「ジュンジュン、風下からくるよ!」

その声は、脳内ではなく直接響いている。
男の放った火球が風に逆らうようにジュンジュンを包み込もうとする。
が、一足早く避け、上体を立て直す。

「やっばい!もう弾ない!!」

小春はそう叫んだかと思うと、自動小銃を捨て、腰に携えたそれを、男に向かって放り投げた。
「それ」が何か、愛佳にははっきりと「視」えた。

「ちょ、みんな伏せて!!」

は?とれいなが思ったのも束の間、けたたましい音と光が一帯を包み込んだ。
それが閃光弾だと気づいた時には、既にれいなは輝きを失い、数歩後退してしまう。 

「閃光弾とか…投げる前に言わんね!!」
「えー、だってもう今しかタイミングなくて」
「小春ホント……バカなの?」
「ひどーい!!バカじゃないです!」
「久住サン、バカ違う。アホ」
「ジュンジュンそれひどくないかー?」
「ドンマイデス、ハイハイ」

閃光弾で光を失ったのは、男もリゾナンターも同じだった。
だが、この状況で、不思議と戦場が、笑顔に満ちていた。
それは狂気的で不穏な光景でしかない。
傍から見れば、実に滑稽で無様で、そしてやはり、狂っている。

「なにしてはるんですかね、あの人たち…」

愛佳は苦笑しながら戦況を見つめるが、その口角が上がってしまうことを、もう誤魔化そうとはしない。
どうしたって、楽しく感じてしまうのだ。
闘いは喜びではない。この共鳴は闘いの中に9人を縛り付ける。
だけど、なぜだろう。
そこに、信頼という名のスパイスが入り込むことで、神様のレシピが乱れてしまうからか。

「いいんじゃない?これもさ、うちらの共鳴だよ」

絵里もまた、うへへと笑い、深呼吸をする。
最後の罠の口を開ける。
その準備はもう、整いかけていた。

男がフラフラと、その罠の中心へと後退していく。
笑顔をしまい込み、目を擦る。
まだぼんやりとした視界の中で、奴をとらえる。
分かる。東は太陽が昇る方ならば、朝陽に向かって行けば良い。
れいなが駆け出す。
追いかけるように、ジュンジュンが走り込む。

「煙幕もありますよー!」

後ろで叫ぶ小春に、思わず「いるかぁ!!」と怒鳴る。
ジュンジュンが思い切り体当たりをする。
男は苦々しく顔を歪め、刀を振るう。が、まだ視力が回復していないのか、見当違いの空を切る。

残り70メートル。
れいなは具象化の刀を振り上げる。
が、身体の奥底からこみ上げる不快感を堪えきれなかった。
大きくせき込み、吐血する。同時に刀の具象化が失われる。
体力が、もう、途切れてしまう。
こんなときに、と歯を食いしばる。

即座にリンリンが駆け出す。さゆみがれいなの肩を抱き、後退させる。
刃の欠けたフォルダーナイフで、押し込む。
男の視力が回復し、かっと目を見開く。
ナイフと刀が噛み合う。
押し負けそうになるが、膝を堪え、伸ばす。 

「れいな、もう下がったほうが…」
「ここで下がるとか…ありえん」
「でも、もうその身体じゃ」

闘えない。そう言われるのは覚悟の上だった。
具象化の刀も消え、もうこの手でそれを生み出すほどの力もない。
だけど、だけど、此処で下がるのは、ごめんだった。
今、この瞬間が、れいなのすべてだった。
その気持ちが、さゆみの中にも雪崩れ込んでくる。止められないことはわかっている。
それはあの夜、リンリンを闘いに行かせた瞬間と、よく似ていた。

「……れいな、あの男を斃す方法、ひとつだけあるかもしれない」

だからか、さゆみはれいなの身体をいたわりつつも、酷使させる方を選んだ。
ひどいことをしている自覚はある。
それでも、もう、今しかない。

「さっきも言ったけど、あの男の刀は能力を奪う。その刀を破壊することができたとしたら?」

れいなは咳をしながら、戦局を見つめる。
ジュンジュンを薙ぎ払い、リンリンを押し返し、それでも男は、愛佳の言う「東の地点」へと誘いこまれていた。
それが、さゆみの言う、刀を破壊する方法に直結していることは、れいなでも分かる。

「刀を破壊するには、まず、あの男の手から刀を引き離す必要がある」
「……さっきリンリンが左手落としたんは」
「あれはナイスだったと思う。でも、あれは本来、右手を落とすつもりだったはず。
あいつはそれを見越して、咄嗟に左手で庇った」

さゆみの分析に、思わずれいなは息を呑んだ。彼女はこんなにも、冷静になれる人物であっただろうか。
自分がいかに、彼女を見誤っていたかを、今更に思い知る。信頼していなかったわけじゃない。
だけど、こんなに頼りになると気付いたのは、今のこの瞬間だ。

「とにかく、あいつの手から刀が離れた瞬間が、勝負だよ」

さゆみの瞳に、迷いはなかった。ならばれいなも、覚悟を決めるしかない。
震える身体に鞭を打ち、その瞬間を、迎えようとしていた。


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「来ますよ、亀井さん」

怒涛の連続攻撃により、男は残り8メートルの地点まで押し込まれていた。
いよいよ罠の口を開く。
絵里は目を閉じ、ゆっくりと詠唱する。彼女の周りに風が巻き起こっていく。

ふと、愛佳のビジョンが乱れた。
誤差範囲だろうかと思うが、意外な未来が、視える。
辺りを見回すが、その気配は感じられない。どうするか、悩む。一度体制を立て直したほうが良いのだろうか。
いや、もうそんな余裕はない。恐らくさゆみは、この計画の全貌を理解している。ならば、ここで畳み掛けるほうが良い。

「残り5メートルです!」

愛佳はその未来を、訪れるべき終焉を、見守ることを決意した。
ただ過ぎ去ることしかできなかった。介入もできない。叫んでも誰も信じてくれない。
自分が無力だと思い知らされ、この能力を呪い、いっそ生命を絶つことすら考えた。

だけど、今は、違う。
未来は、決められた道ではなく、無数に広がる可能性の中のひとつだ。
従うも抗うも、己次第だ。

愛佳は傷む足を堪えながら、戦局を見つめる。
いつだったか、4人で約束した。「強くなろう」と。
その誓いは、果たせないかもしれない。
だけど、今、小春が、ジュンジュンが、リンリンが、闘っている。
あの誓いを立てた4人は、此処で、闘っている。
それで、もう、充分だ。

「久住さん!そのまま押し込んで!!」
「オッケー!!!」

愛佳の指示に、小春が応える。思い切り男の左頬を殴打した。
満身創痍の相手にここまでやるかと、我ながら思うが、同情する価値はない。
うちら、ヒーローじゃないんだ。
小春たちは、自分たちのために、闘うんだ。

小春の最後の一撃により、男はついに、その罠の中心に座した。
瞬間、絵里が風を巻き起こす。
男を中心に、半径2メートルの円周上に風の壁が立ち上がる。
そして、その壁は徐々に円の中心に向かって細く立ち上っていった。
男は円から逃れようとするが、竜巻から外に出る術がない。 

「上昇気流……」
「風が男の刀をなぎ払ったら、そのときが、終わりの瞬間だから」

さゆみはそうして、ゆっくりと構える。れいなはその背中をそっと支えた。

竜巻が男の足元をすくい上げる。
ぶわっと地面が浮かび上がる。

「亀井さん!風が強すぎる!あのままじゃ男も浮かんで、刀だけを弾けません!」
「無理!今弱めたら風の壁を斬られる!」

愛佳は舌打ちしたくなる。地面が脆すぎて、男も中空に打ちあがりそうになる。このままでは男から刀を引き離せない。

その刹那、あのビジョンが脳にはっきりと浮かんだ。
あれは、そういうことだったのか?
愛佳がそれを理解し、男の足元が浮かび上がろうとしたときだ。
その一帯に、氷が張られた。
まるでこの場が、スケートリンクに様変わりする。

何が起こったのか、男をはじめ、その場にいる誰もが把握できなかった。
そして何より、男が愕然としたのは、その脚に氷が絡みついていることだった。
まるで台座に固定される人形のように、男の両脚は氷の地面にしっかりと貼り付いた。

魔女の、氷塊能力だと気付いたのはそのときだ。

なんのために?と考えている時間は、もう、ない。
れいなは最後の力を振り絞り、自らの気を具象化させた。
さゆみは、その気の塊―――大きな弓の具象化をしっかりと受け止め、ぎりっと弦を張った。

地面に脚を固定された男は、上昇気流に煽られ、上半身が激しく乱れる。
必死に堪えようとするが、風はさらに勢いを増して天に昇ろうとする。
それは、まるで、龍のようだ。
風の龍は大きな口を開けて男に噛みつき、そして刀だけを奪って天へと還ろうとする。

「―――!!!」

男が堪えきれずに吼えた。
風の龍に対抗しようと火球か雷撃を繰り出そうとする。

が、もう手遅れだった。
下から上へ。凄まじい風が吹き荒ぶ。
男は右手一本で風の龍に対抗しようとするが、火球も雷撃も発動できない。
遂に男は、諸手を挙げる格好になり、右手から刀が、離れた。

「絵里!」

それを認めたさゆみが、叫ぶ。

「れいな!」

風の龍が刀を天高く押し上げ、絵里が、叫ぶ。

「さゆ!」

具象化した弓を引くさゆみの背中を支えながら、れいなが叫ぶ。


託された想いを乗せ、さゆみが弓を引く。

「いけえええええ!!」

小春が、ジュンジュンが、リンリンが、愛佳が、叫ぶ。

弓矢が放たれ、風の龍へと向かっていく。
矢が罠の中心に近づく瞬間、絵里は風の壁を壊した。

無風。
押し上げる龍が消え、その瞬間だけ、刀が無重力に浮かぶ。

男が足元の氷ごと飛びかかろうとする。が、氷塊能力は解けることがない。
さゆみの矢が、まっすぐに、刀を目指す。

そして、射抜いた。
ちょうど柄と刀身の境目、刀の根元に深々と突き刺さった矢がそのまま四散し、
射抜かれた刀もまた、柄と刀身が二分される。


投稿日時:2016/11/12(土) 22:45:51.39


作者コメント

ひとまず以上です
来週土曜にこの章が終わり、再来週から最終章のスタートです
年内中に完結できるかは微妙ですが…土曜があと6回なので何とかいけるかも?

感想いつもありがとうございます
スレが活気づいてとてもうれしいです 






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