(135)247 『Chelsy』44

「ウルを作ったのは誰かって、それは僕だよ」
ジョニーはいつものように冗談を言っているように淡々と答えた
私の中にふつふつと感情が沸いては消える
「嘘よ・・・」
怒り、悲しみ、否定、悔しさ、憎さ、怒り、悲しみ、否定、悔しさ、憎さ・・・
「だって、あなたは優しい人じゃない。私達をいつも笑わせてくれたのに」
ジョニーは両手を白衣のポケットにしまい込み、両眼を閉じ、首を横に振る
「チェルシー、嘘は言えないよ、君にはね」
「嘘よ」
「嘘じゃない。僕がウルを作った」
「冗談でしょう?」
「信じられないかもしれないが本当だ」

うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ、うそだ!!
嘘に決まっている!ジョニーがウルなんて作るはずがない
気付けば、私の頬は濡れており、両足の力がぬけ、膝から崩れ落ちていた

班長が駆け寄り私の肩を支えてくれたが、班長の体も震えていた
「ジョニー、私も君のことは信じていた。世界のために、我々のための大きな力になると。
しかし、とんだ間違いだったようだ。君は世紀の犯罪者に過ぎない。マッドサイエンティストだな」
「・・・」

ジョニーが立ち上がり、ポケットから手を抜いた。右手になにかが握られているようだ
それをジョニーは私達の方になげてみせた
それは赤いカプセル。ウルだ
「マッドサイエンティスト、か・・・そうかもしれないな」
悲しげにジョニーは天を仰いだ 

「裏切り者め!」
班長の部下が立ち上がり、いつの間にか拾い上げた拳銃を再びジョニーに向けていた
「動くな!お前には確かにいろいろ世話になった。だが、それもこれも帳消しだ
 なんでこんなことをしたのか、捕まえて洗いざらい説明してもらう」
もう一人も拳銃を構えているのだろう、ジョニーの白衣には二つのレーザーサイトの赤い点が灯る
「僕を撃つのかい?」
「真実を明らかにするためなら我々はどんな手段でも選ぶ。それは君も知っているだろう?」
ジョニーはぼさぼさの髪を掻きながら俯いた
それから、ゆっくりと両手を前につきだし、天にむかって挙げだした
「??? 何をしているんだ?下手な真似をするんじゃない」
「・・・届きそうなんだ。もう少しであの人に届きそうな気がするんだ」

あの人?あの人っていったい誰よ?何を言っているのジョニー?

班長が部下達に射撃の許可をおろし、二人の拳銃が鉛の弾を放った
赤いライトが指し示すはジョニーの胸元、真っすぐ吸い込まれるように弾丸は軌跡を辿る
薬莢が床に音を立てて跳ね、沈黙が奏でられ、一秒、二秒・・・火薬の匂いが漂い始めた

ジョニーは宙を仰いだまま立ち尽くしていた
「申し訳ありません、班長、僕は死ねないんです」
ジョニーがゆっくりと手を降ろした
真っ白な白衣は穢れることなく、咲くはずの血の花は芽吹かず、凛とした存在を奇妙に醸し出していた
「命までは取らないからさ、静かにしていてよ。僕はみんなと話をしたいだけなんだ」
柔和に笑いかけるジョニーを見て、部下達は慌てて距離を取り、銃を構えた
「うわああああ、化け物がああああ!!!寄るなあ!!!!!」
幾重にも連なる炸裂音が周囲を包み、殺意のこもった弾丸はジョニーへと突き刺さる
「争うつもりはないんだ。それなのにどうして君はわかってくれないんだ?」
銃弾の雨に撃たれたというのにジョニーの表情は変わらない
何?何が起きているの? 

ジョニーは弾倉が尽きた拳銃を手に息をあげる二人の部下に近づき、声をかけた
「君たち、少し静かにしていてくれ。そうだな、お互いに手錠で手首・足首同士をつなぎあえばいいな」
「「・・・はい、わかりました」」
!! そう口走った二人は自分自身が一番驚いているようだ
手錠を手に取りながら、「何をいっているんだ?」「か、体が勝手に言うことをきかない」などと口走っている
そして、カチャンと音で二人はお互いにつなぎあい、床に倒れこんだ

「さあ、これで静かになったね。班長、チェルシー、お話をしましょう」
ジョニーが私達に近寄ってきたのと対照的に、班長は額に汗を浮かべながら二人の部下に問いかけた
「お前たち、何をしているんだ?早く錠をはずせばいいだろう!」
「そ、それが鍵を掴もうとしてもつかめないんです」
「か、体がいうことを効かなくて!」

「体がいうことを効かない?それって、ウルを飲まされたみたいじゃない」
思わずつぶやいた私の独り言を満足気にジョニーが頷いた
「その通りだよ。ウルで僕が命じたんだ」
「そんなはずはない!我々は薬なんて飲まされた覚えなんてないのだが・・・」
班長が手錠を外そうと部下のポケットを探ろうとするが、ジョニーが少しずつ近づいてくる。恐怖とは忍び寄るものなのか?
「ええ、皆さんは薬なんて飲んでいませんよ。班長、立ち上がってください」
ジョニーの声、班長が急に立ち上がる
「その場で敬礼」
ジョニーの声、敬礼の姿勢の班長
「ウルは薬なんかじゃありませんよ。班長もチェルシーもすでに僕の支配下なんだよ」
「私のオレンジジュースに混ぜたの?」
口笛をならし、ジョニーが「御名答」と笑う

急に吐き気がこみあげ、地にうずくまり、喉の奥に酸味が走った
「ううぅぅうう・・・」
そんな私を気にする余裕もなく班長は奇妙な敬礼のまま問いかけ続ける
「それに一体なんで君は裏切った?なぜ、我々にウルをのませたんだ?」
ジョニーも敬礼の姿勢を取った
「ウルを飲ませたのはその効果を見るためですよ
 だって、だれかに飲ませないと効果あるかどうかわからないじゃないですか
 動物相手では命令にも限界ありますしね。それに知らない人に飲ませるわけにもいきませんし」
「それで我々を実験台にしたというのか?」
「言い方を悪くするとそうなります」

信じられない。私達はジョニーにとってただの研究対象に過ぎなかったの?
裏切られたの?私はあなたにとって特別な存在だと思っていたのに

「君の目的はなんだ?」
ああ、班長は強いわ。私は何も言えないのに・・・
「・・・復讐ですよ」
「それは我々に対してか?君が裏切者だということになるが、なぜ我々を裏切った?」
「目的のために人は悪になれるんですよ」

その「悪」という単語で私の中で、ある少女の顔が浮かんだ
『・・・薬をのまなくちゃ』
涙を浮かべ、震えながらウルを飲み込んだ彼女、シルベチカだ
そうよ、ウルが拡がることを防ぐために私はここに来たんだ
ジョニーが信じられないとか、なんのためにとか、そんなことは後々考えてもいいじゃない

「もういいわ、ジョニー」
ふらふらと立ち上がる私をみて班長は驚き、声が上ずった
「ちぇ、チェルシー?なにがいいって」
「もういいの。あなたはジョニーじゃないから」
彼は笑った
「何を言っているんだ、チェルシー?僕だよ、ジョニーだよ」
「ええ、あなたはジョニー」 

私が何を言っているのか、何を言わんとしているのか班長もジョニーもわかっていない
「チェルシー、落ち着くんだ」
班長は私の気が狂ってしまったのではなかろうか?
「いや、僕は君の大切なパートナーのジョニーだよ」
ジョニーは私が目の前のジョニーが偽物だと思っている、と判断したようだ
いや、そうじゃない。私が言いたいのは・・・・

「班長。私達はウルから世界を守るためにここに来ました
 ウルを作る場所を、ウルを作り出した犯人を見つけたんです
 私はエージェントチェルシー。一時の感情に揺さぶられてはいけないんです
 だから、あなたが仮にジョニーだったとしてもかまわない
 私は世界を守ってみせる。それが私の心を砕くことになっても」
そして彼を指さし、力強く宣言する
「正義の御旗の下、チェルシー まいります」

慌てて私と班長は部屋を飛び出し、コンテナ群の中に身を隠した
まずはなぜ銃で撃たれたのに無事なのか考えなくてはならない
『僕は死ねない』、それが文字通りの意味なのか如何で変わる
ジョニーの声が聴こえない場所へ行かなくては
私はスーツのメインコンピュータに指示を出す
「戦闘モード、ターゲット セットアップ」
『・・・』
ああ、やはり、反応しないか・・・それなら、自分の力でナイフを・・・
『ターゲット セットアップ 完了しました』
スーツのモニターが反応した!ジョニーがスーツを動かないように整備したと思ったのだが?
だって、私達がウルを殲滅するために戦場へ赴くことを知っていたはず。それは自分と闘うことを示していたのに??
「チェルシー、スーツは使えるのか?」
「・・・そのようです」
「ターゲット セット 完了しました』


班長は懐から大型ナイフを取り出し、不安そうにつぶやく
「最悪なのは誤って命を奪ってしまうことだ。ウルを売りさばいた相手まで把握しなくてはな。
 そのためにはジョニーを機関をつれて帰り自白剤を、使ってでもすべてを語らせる」
「難題ですね」
「だが、君にならできると信じているよ」

そう、私だってジョニーを傷付けたくはないんだ
私のために、そう信じたい、このスーツを作ってくれたのは彼なんだから

「モニター ロケーション アップ!」
ジョニーの位置を示すようにモニターに指示を出す
真っ暗だった画面に見取り図が現れる
周囲の障害物やトラップまで反映されるジョニーの自信作で、生物は赤い点で示されるのだが・・・
「え?点が二つ?」
モニターに表示された赤い点は二つ
「ジョニーの他にも誰かがいるということなのか?」
そんなはずはない!だって、ここに突入するときにみえた生物の数は私達含めて5つだった
あの部屋で倒れている二人とジョニー、それにわたした・・ち・・・?
!!

「どうしたんだ?チェルシー?」
「班長、私から離れてください!」
その瞬間、スーツの銃口が一斉に開かれ、班長の体は突き飛ばされた
「班長!!」

『・・・ターゲット 残り 一体 です』
そう、このモニターに映っているのはジョニーじゃなくて、私達
「チェルシー、前にも言ったことあったよね?ずっと君のことをみてるってね』
モニターからはいつもの人工的な声とは違う声が流れる
「モニターにはカメラもマイクも着けていたんだよ。僕はね君の闘いをずっと見ていたんだ
 ああ、班長は大丈夫だよ。麻酔銃さ。じきに意識も戻る
 さあ、おいでよ、チェルシー。嫌なことをすべて忘れさせてあげるよ、それで元通りだ!」  (Chelsy 


投稿日時:2016/11/20(日) 20:09:35.48



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