(136)76  聖、許しませんわ 第五話「ピアノ・レッスン」

第五話「ピアノ・レッスン」

喫茶リゾナントにはピアノが置いてある一室がある
半ば物置部屋と化したその部屋だが、ピアノ周りは綺麗に整頓されている
ピアノの演奏が好きな野中美希は時間があるとそのピアノを弾かせてもらっていた
だが一つ不思議に思うことがある
それは…

そのピアノは常に一定のコンディションを保っているということだ
ピアノには演奏による部品の消耗や経年による劣化がついてまわる
美希の育った米国より湿度の高い日本では特にそうだろう

なのにリゾナントのそのピアノは常に優しい音で美希を包んでくれる
専門の調律師が訪れている様子も無いのにだ

“Who is tuning this piano?”
“a-ha”

日本語で質問しなおした結果、譜久村聖の答えはこうだった

「それはね、真夜中になるとどこからともなく小人さんが出てきて~」

果たしてそのピアノは調律の必要が無い不可思議な代物なのか
それとも誰かが美希の知らない間に調律を行っているのか
その謎を解き明かすべく、美希は他の誰にも告げずピアノの置いてある部屋で泊まり込むことにした
物陰で寝袋に収まって眠る日が続いて四日目の夜

「小人さんの正体はあなただったんですか」
「えへへ」

物音に気付いて眠りから覚めた美希は、オーバーオールを着た佐藤優樹が鍵盤の蓋を外す作業をしているのを目にした

「言って下されば私も手伝わせていただいたのに」
「そうだね、じゃ次からお願い」

何処で手に入れたのか、チューニングハンマーや音叉を使って作業を進めていく優樹の邪魔にならないように努めながら、初めてリゾナントのピアノを弾いた時のことを話す美希

「実はあの時、一瞬だけ佐藤さんが物凄く怖い顔をされたような気がしたんです」
「バレてたか。野中ちゃんにまーの居場所を取らるような気がしてさ。なんか野中ちゃんとまーってどっか似てるし」

(そんな私と佐藤さんが似てるだなんて)

英会話とピアノという共通の特技はあっても、あらゆる点で佐藤と自分は違うという自覚が美希にはあった
違うという表現では生易しい、遠く及ばないという諦めのような思い

「だから私がいる時は、ピアノを弾かなくなったんですか」
「それは違う。まーは野中ちゃんのピアノがとーーっても好きだから。だから聴いていたい」

頻繁に行っていることもあってか、作業は早く済んだ
それでもほとんど夜を徹しての作業が終わった時、美希は優樹にある頼みごとをした

「今日は佐藤さんのピアノを聴かせてください」
「えーーーーっ。まぁ恥ずかしいな」

それでもオーバーオールを片袖状態にして鍵盤に向った優樹

(こ、これは)

丹念に楽譜通りに演奏しようとする美希とは違った優樹の演奏
ミスタッチも気にしない自由奔放な優樹の演奏は美希とは対照的だった

(やっぱり私と佐藤さんは全然似てなんかいない)

そんな美希の思いを見透かしたように優樹は笑った

「まーが似てるっていったのは枝葉の部分じゃなくて、幹の部分。たとえばピアノだったら演奏のスタイルとかじゃなくてピアノが好きって気持ちの部分」

美希は空気調律のチカラを発動させてみた
優樹を攻撃する為ではなく、チカラを発動させることでピアノの調べのもたらす空気の振動を心の奥底で感じるために

(ああ、やっぱり違うな。私と佐藤さんじゃ違いすぎるよ。でも)

人と人の間には違いがあって当たり前だ
でも無理に他の誰かに似せようとか、合わせようとか思わなくていい
優樹の演奏はそんな風に美希に語りかけてきているような気がした

「じゃあ今度は私と一緒に連弾していただけませんか」
「ええ、やだよ~」

小さな椅子を半分こして腰かける二人
連弾用の楽譜が無いため、初歩的な練習曲を弾いていく
お互いを気遣うように、時に探るように
時に突き放すように、時に足並みを揃えるように

そんな演奏はやがて一つのメロディを織り成して

「こんな朝早くからピアノを演奏して。それも二人仲良く並んでなんて許せませんわ。聖も仲間に入れて」

次回、第六話「伊賀野カバ丸」


更新日時:2016/11/28(月) 12:47:51.27



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