(157)23  「リゾナンターφ - prologue - 」




気が付くと、電車の屋根の上に座っていた。

「うわあっ!!」

牧野真莉愛は、眼下に広がる有り得ない景色に思わず体を仰け反らせる。
電車 ― と言うにはあまりに豪奢で大型の乗り物ではあったが、全体としては細長くかついくつもの車両が連結
している構成の物体を、真莉愛は電車と呼ぶほかはなかった ― が、空を飛んでいる。
としか思えない。何故なら彼女の視界に映ったものは、暗闇に薄らと浮かぶかのような、マッチ箱が縦に敷き詰め
られたような景色。

あ、これ…野球中継とかで見たことある…

彼女が好む野球がテレビ放送される時、必ずと言っていいほど挟まれる、上空からみた球場の景色。
それが、今見てる眼下の景色に酷似していた。
ただし、それらには宝石箱の中身をばらまいたような煌びやかさはなく、色を失ったかのように暗く、そしてくすん
でいた。ここが現実の空間ではない異空間であることの、証左だ。

現実を把握できたことで、心の余裕が出てくる。
次いで彼女が発した言葉は、

「わ、見て! 空、空! 真莉愛たち今、空飛んでるよ!!」

という無邪気かつ緊張感に乏しいものだった。

「見ればわかるよ。うるさいなあ」

それとは対照的に、隣に座っていた少女の感想は実に冷静。
ロングのポニーテール、という真莉愛の髪型に対し肩までかかるミディアム、という外見や落ち着いた物言いから
は、とても真莉愛より年下だとは思えない。

「でも、逸れちゃったね。先輩たちと」

言葉つきは冷静、そして隣の幼い年上よりかは幾分現状も把握できている。
そんな彼女、羽賀朱音でも、やはり言葉の奥にある不安は隠せない。
敵地において能力者としては新人も新人、ド新人とも言うべき自分たちが、奇しくも先輩とは別行動になってしま
っている。それは、

「ドンウォリー。大丈夫。すぐに合流できるよ」

年下の仲間を慰めようとしている少女の心にも暗い影を落としていた。
そして根拠のない言葉を重ねつつ、あらゆる可能性について思いを巡らす。

ダークネスが空間裂開能力を駆使して、このような巨大な車両を走らせる目的はわからない。
彼女たちのリーダーである譜久村聖はもちろんのこと、上部組織とつながりのあるOGである高橋愛や新垣里沙
ですらその意図を掴めずにいた。
ただ、この列車の最終目的地だけは判明していた。

東京スカイツリー。
関東一円をカバーする電波塔であるとともに、首都東京の象徴とも言うべき建物。
だが、リゾナンターにとっては別の大きな意味合いのある建物でもあった。

数年前、ダークネスがこの巨大なタワーを自らの目的の為に悪用しようとした事件が発生する。
膨大な電波出力能力を利用し、電波の影響下にある人間を「ステーシー」という人ならざる存在に変えてしまうと
いう、現代社会を混乱・破壊へと導く悪質極まりない計画だった。
幸い、その目論見は当時のリゾナンターたちによって阻止された。だが、この無駄に豪奢な列車の最終目的地が
その場所ならば、かつての悪夢のような目論見を再現させようとしていても不思議ではない。

そのような大掛かりな計画であるからして、組織の重鎮たちが絡んでいるのは至極当然の話。
とある筋から機密情報として漏らされたのは、異空列車と呼ばれるこの列車に「氷の魔女」「永遠殺し」の二人の
大幹部が乗り込んでいるという。

― もし、「永遠殺し」さんが本当に列車に乗り込んでいるというのなら。私が絶対に止めてみせる ―

四人の先輩である小田さくらは、前日の作戦会議の中でそう言い切った。
時を自在に操り永遠さえ殺して見せると謳われた存在に対してどうしてそこまで言い切れるかわからなかったし、
またさくら自身も自らの切り札を明かそうとはしなかったが。
その言葉には力があった。普段さくらから「ちぇる」と呼ばれ可愛がられている美希には特に、感じるものがあった。
そこまで言うなら、あとは「氷の魔女」へと戦力を集中させるしかない。 

もし、「あいつ」に出遭ったなら。

不安とともに激しい怒りと決意を固める少女、野中美希の側で。
四人の中で最年長である尾形春水は、自らの能力の不安定さからくる戦力不足を恐れていた。
計画では万が一四人が魔女と遭遇したとしても、先輩たちがすぐに駆けつける。そういう算段ではあったが。

もしものことがあれば、うちがみんなを守らなあかん。

春水がリゾナンターの門を叩く契機となったとある事件、そこで春水は追撃者であるダークネスでは無い同業他
社の幹部という人物を撃退していた。それどころか瞬殺とも言うべき力で相手を焼き殺してしまっているのだが、
彼女自身はその事実を知らない。
無意識だったとは言え、自らがとある組織の実力者をいとも容易く退けたという事実は春水に自信を与えていた。
だが、それとともに普段の能力にはその片鱗すら見られないことに焦りと不安が付きまとってもいた。
そんな不安を跳ね返すために、本人の大阪人気質も手伝ってかついつい饒舌になってしまう。

「ま、もし敵のお偉いさんが来ても。春水があっという間にやっつけたるから」
「そんなのはーちんにできるの? 組み手でも朱音に勝てないくせに」
「そらあかねちんが重…やなくて、うちが薄くて軽いからやろ」
「おがたちゃんはぺったんもめんだもんね!!」
「そうそう、うちが白はんぺんで飯窪さんが黒はんぺん…ってなんでやねん! 飯窪さんに怒られんで」
「怒られるのははーちんだけどね」
「あかねちんも言うてるやろ!先輩のこと」
「朱音は工藤さんだいすき、しか言わないから」
「もう、こんな時にみんな何言ってるの。いつ『氷の魔女』がうちらに気付くかわからないのに」

わちゃわちゃしかけた場を収めようとした美希。
だが、その瞬間に一陣の風が吹いた。
まるで研ぎ澄まされた刃のように鋭く、そして凍てついた風が。

振り返らずともわかる。
どす黒く、全ての温度を奪い去るような殺気。
それでも押し寄せる恐怖心に抗うが如く、四人は立ち上がり、そして彼女のほうを見た。

最初は、闇の塊か何かがその場に立っているように見えた。
しかし、そこから伝わる殺気、恐怖が塊を徐々に造形してゆく。

ジャンルで言えば「ゴスロリ」に含まれるのだろうか。
フリルのついたドレスはまるで烏の羽のように黒く、そして不吉な艶を帯びていた。
そしてそれを身に纏う「氷の魔女」自身は。氷のように美しく整えられた顔つき。ただし、その瞳に湛える光は、ど
こまでも昏く。自らの心の砂漠を潤そうとあても無く視線を彷徨わせる。

だが、その双眸が、はっきりと四人の少女を捉えた。

「お前らが死んだらさ。タカハシアイは悲しむかな」

その言葉が何を意味しているのかはわからない。
けれど、伝わる。
相手が、自分たちを亡き者にしようとしていることを。

「亜弥ちゃんは…喜ぶかな」

漂っていた凍気は渦を巻き、やがてはっきりとした死の形を象ってゆく。
殺気が、明確なものに変わる。四人の心を削り取る。まるでナイフで額に鬱の字を刻み込まれるかのごとく。


四人の少女は、弾け飛んだ。
いや、そうではない。列車の屋根は、陸上のトラックコースの幅の何倍も広い。四人は、相手の攻撃を分散させる
ために一気に散開したのだ。

「タカハシアイに劣る、ひよっこリゾナンターよりも、さらにカスみたいなお前らがさ。逃げるんじゃないよ」

言いながら、氷柱状の氷の刃をいくつも顕現させ、散り散りに走り逃げる少女たちを追撃する。
だが、とっくの昔に自らの射程距離の圏外に出たことを知ると。

「…逃がすわけ、ねーだろ」

魔女の足元が花が咲いたかのような形の氷に覆われたかと思うと。
ふわりとそれは魔女ごと浮き上がり、逃亡者へ向かって疾走しはじめた。

「オー、アンビリーバボー!!」
「ドライアイスみたいに、気化させながら推進力を得てるんだ」
「落ち着いて分析してる余裕なんかないやろ! うちらも全員の力で超速力得てんねんで、列車の端まで逃げ切
ろ!!」
「端っこについたら、大空に向かってジャンプしようね!!」
「アホ! ここがいくら異空間でも死んでまうわ!!」

列車の屋根を次々に氷漬けにしながら、こちらに向かって来る「魔女」。
列車の端に着くまでに、捕まる訳には行かない。

四人の目指す場所。それこそが、彼女たちの唯一の希望の光だった。



投稿日時:2017/09/18(月) 13:57:01.35


作者コメント
みなさまお久しぶりです 
もう二度と戻ってこれないんじゃないかと一時は覚悟してましたが何とかなったようです 
放棄地獄の沼の恐ろしさを味わいました 
13期とか14期とかナニ?なとこはありますが今後ともよろしくお願いいたします 

書き残しの話はおいおい… 




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