(107)299 『リゾナンター爻(シャオ)』60話




物心がついた時から、ずっと一緒だった。
気が付けば彼女の隣に自分がいて、自分の隣に彼女がいた。
キョウメイノウリョクシャのフクサンブツ。それが自分たちの存在。難しいことはよくわからないし、
もっと言えばどうでもよかった。

キョウメイ、の代わりに彼女たちが手に入れたのは両者間に限定されたテレパシーとでも言えばいいのか。
互いの考えていることは、言葉を介さずとも理解することができた。
だから、どこへ行っても、何をしても。互いに似たような行動が増える。
白衣を着た研究者たちは、彼女たちのことを「双子のようで双子じゃない」と評した。
そして彼女たち自身がその言葉を無邪気に捉えていた期間は、あまりにも短かった。

「天才」。
組織の人間たちは彼女たちの片割れを、そう評価しはじめるようになった。
持ち前の器用さ、そして変幻自在の「能力」。何よりも戦場において彼女が用いる「知略」は、組織の上層部に喜ばれた。
その一方で「天才」ではないほうの片割れは、不当に評価を貶められていた。「擬態」能力、確かに便利なものではある
がそれだけ。そんなものはクローン技術でいくらでも量産できる、と。
似たような存在でありながら、あからさまに格差をつけられる。そのことは、彼女の心に次第に翳を刻みはじめた。

「天才」の彼女に対する、激しい劣等感。
それが、逆に今の彼女を幹部の地位にまで上り詰めさせた。
ただの擬態ではなく、擬態元の保有能力をもコピーする技術。ともすれば肉体に強烈な負担がかかるのを、
極限まで増強した体力・ 生命力によってカバーした。そこまでしないと、彼女には勝てない。
彼女に似た自分ではなく、オリジナルの自分にはなれない。
どこまでも昏く疾しい黒い感情に飲み込まれてしまう。自分が、崩壊してしまう。だから、そうならないように、生きてきた。

なのに、何故。
焼け付くような赤い眼の剣士に、あわや命を奪われるのではというところまで追い込まれた。
まるで役に立たない。これでは、元の「天才」じゃないほうの片割れのままではないか。
冗談ではない。あの暗く黴臭い、一筋の光すら差さぬ昏き思考に飲み込まれてたまるものか。
許さない。絶対に許さない。「天才」に遅れを取るようなことがあってはならない。
それが自らの、唯一の存在証明なのだから。



「…っの、野郎!!!!!」

死地から脱した勢いは、そのまま憤怒へと形を変える。
力の抜けた里保の襟首を掴み、宙へと吊し上げる「金鴉」。
この状態の里保なら、今の満身創痍の「金鴉」でも容易く縊り殺せるはず。
だが、程なくして自分が残りのリゾナンターたちに囲まれていることに気づいた。

「鞘師さんを離せ!!」
「里保におかしな真似しようもんなら許さんけんね!!」

亜佑美が獅子と甲冑の二体を降臨させ、衣梨奈もまた得意のピアノ線を靡かせる。
それだけではない。遥が。香音が。さくらが。二人のバックアップに回るように、背後に控えていた。

「ザコのくせにのんを追い詰めたつもりかよ…めんどくさ…まとめてぶっころ」
「ちょい待ち」

里保に与えられた屈辱で頭に血が上る「金鴉」を諌めたのは。
いつの間にか包囲網のすぐ側まで近づいていた「煙鏡」だった。

「あいぼん…邪魔すんじゃねーよ」
「邪魔て。うちはピンチを救いに来たんやけど」
「ピンチ?ふざけんな。のんはピンチでも何でも」
「態勢立て直し。一時撤退や」
「はぁ!?」
「自分…うちらの目的、忘れたん?」
「そんなのこいつらぶっ殺してからでも」
「ええから、下がれや」

有無を言わせぬ「煙鏡」の低い一言。
納得のいかない顔をしていた「金鴉」も、渋々ではあるが従わざるを得ない。

「ま、そういう訳や。そのしじみ顔の確変、楽しかったで?」

逃げる気か。
包囲したリゾナンターたちが「煙鏡」に目を向けたその時だった。

「鉄壁」の発動。
見えない何かが、「金鴉」と「煙鏡」を包むように湧き出てくる。
手出しできないことを知ってか、用意された花道を歩くが如く、悠々と「煙鏡」の元へ歩いてゆく「金鴉」。
それを、衣梨奈たちは指を咥えて見ていることしかできない。

「うちらの真の目的は自分らと遊ぶことやない。道重さゆみもあの世に送ったったし、本来ならもう用なしなんやけど」
「ううっ…」

さゆみの名前が不意に出され、唇を噛む遥。
目の前の相手が、改めて「仇」なのだと思い知らされる。

「『苦情』なら、あとでいくらでも受けつけたる。ほな、”鏡の世界”で待ってるわ」
「鏡の世界?何それ」
「アホか。のんがこいつらと遊んでる間に、見つけたんや。『あれ』をな」
「まじで?さっすがあいぼん、伊達に頭薄くないね」
「おいおいそないに褒めても…って貶しとるやないか、誰が毛なしじゃドアホ!!」

ふざけた会話を繰り広げながら、「煙鏡」と「金鴉」の姿が掻き消える。
おそらくテレポート能力を使ったのだろう。どこに移動したのか、リゾナンターたちには皆目見当はつかない。

「あんの野郎…!!」
「それより!!」

今の彼女たちには、仇敵の動向よりも大事なことがあった。
それは、今より少し前。里保の体から赤く禍々しい力が消え失せた時のこと。

彼女たちにも、聞こえたのだ。
里保を制する、さゆみの声が。

「道重さん!!!!」

誰かが、叫んだ。
そして誰かが、走り出す。
雪崩を打つように、全員がさゆみの元へと駆けつけた。

「聖!道重さんは!!」

衣梨奈が、血相を変えて横たわるさゆみの側にいる聖に問う。
努めて感情を抑えようとしている聖だが。

「もう…道重さんの声は聞こえない。さっきみたいに、喋ってもくれない」

重い沈黙。

「けど。生きてる。呼吸も、してる」

こらえ切れず、春菜がうっと声を上げた。
崩れ落ちる亜佑美、またしても顔をくしゃくしゃにする遥。
でも、今度は悲しみの涙ではない。

「みにしげさーん!!!ってあれ、やすしさん?」

優樹が、さゆみの横に倒れている里保に気づく。

「り、里保ちゃんは大丈夫…なの?」
「いつの間にか、道重さんの傍らに倒れてて…激しく消耗してるみたいですが、命に別状は無さそうです」

恐る恐る聞く香音に、戸惑いつつも春菜がはっきりと答える。
ただそれは、二人の安否とともにきつい現実を突きつけることになる。
リーダーと、攻撃の要の脱落。
それは、文字通りの意味を超えてメンバーたちに圧し掛かってきた。

途方に暮れかける心を必死に押し留めようとしていた、その時だった。

「みんな!!」
「光井さん!!!!」

そこには息も絶え絶えに、必死の思いで駆けつけた光井愛佳の姿があった。



間に合わなかった。
大型遊戯施設に辿り着いた愛佳が、炎に包まれ変わり果てた景色を見て最初に思ったことだった。
そして、倒れているさゆみや里保の姿を見ていよいよそれは確信に変わった。
自分が「視た」未来が少しだけ変わっているのも、さゆみの介在によるもの。ただ、未来の結果は変わったとしても、
悲劇を変えることはできなかった。

だが。
聖たちの話を聞くうちに、愛佳の顔色が別の意味で青ざめる。
愛佳の事務所を訪れた、能力者。記憶は歪められ、焼き付けられた嘘の「予知」はそのままさゆみを誘き寄せる罠と化した。
つまり、自分が相手方にいいように使われた挙句、今目の前に広がる残酷な結末の片棒を担がされたと。

「そ…んな…うちは」

失意と怒りと後悔が、愛佳の体から全ての力を奪い去る。
まるで、寄る辺など何一つなかったあの頃。絶望のあまり、学校帰りの電車のホームから身を投げ出そうとしていたあの頃
の自分に引き戻されてしまうような。そんな思い。

だが、愛佳は持ち直す。
確かに自分は取り返しのつかないことをしてしまった。それはきっといつか償わなければならないことなのだろう。だが、
今はその時ではない。何よりも、今この場にいるメンバーの中で自分が一番の年長者である。後輩たちを動揺させるよう
なことを、してはならないのだ。

「道重さんと鞘師の状況は」
「命には別状ありません。ただ…」
「わかった。二人はうちが病院に連れてく。自分らも…撤退や」

傷つき倒れた二人はもちろん、後輩たちの身の安全も図らなければならない。
相手の素性を知らないとは言え、さゆみにここまでの手傷を負わせたのならば非常に危険な人物であることは愛佳にも容
易に想像がついた。浅からぬ因縁を持つダークネスではあるが、ここは一時撤退するのが望ましい。そう、思っていた。

「それは、できません」
「え?」

愛佳は、耳を疑う。
異を唱えた人物。聖は、いつになく力強い口調ではっきりとそう言った。

「ちょい待ちフクちゃん、道重さんが敵わんかった相手やで」
「わかってます。でも、あの人たちをそのままにしておくわけにはいかないんです」
「つまらん意地張ったところで、現実は何も変わらへん。もう一度だけ言うで、撤退や」
「できません」
「譜久村ぁ!!!!」

つい言葉を、荒げてしまう。
きつい怒声に一瞬身を竦める聖だったが、すぐにまっすぐな視線で愛佳を見つめ返した。

「…なあ。自分、こん中で一番の先輩やろ。せやったら、状況を冷静に見てから物言いや」

それでも聖は首を縦に振らない。
この光景を、愛佳はどこかで見たことがある。
それは彼女が「予知」の力を完全に失ってしまってから、間もない頃。



「研修」と題し、とある山中にサバイバル合宿を実行するリゾナンターたちに愛佳が帯同することになった。
目的は新しくリゾナンターとなった、四人の少女の適性を見極めるため。
別件の仕事で参加できなかったさゆみを除き、聖夜の惨劇を能力を失うことなく乗り切った年長メンバーが
後輩たちを指導する。
リゾナンターは警察組織に引き抜かれた愛に代わり、里沙が指揮を執っていた。

虚ろな天使に徹底的に破壊された、喫茶リゾナント。
小さくも暖かかった居場所をずたずたに引き裂かれたのをきっかけに、意図せずにその要因を作ってしまった里沙と、
れいなの関係は最悪の状態に陥っていた。そんな事情を抱えた二人が、後輩の指導とは言え行動を共にする。
能力を失ってしまった愛佳が帯同を申し出るのも致し方ない話であった。
そして出来事は、その合宿のさ中に発生する。
ただし、火種はれいなと里沙ではなかった。

「聖には…できません」

珍しく声を強く震わせる、一人の少女。
普段はおっとりとしている、そう思われていた聖の、強い反抗だった。
合宿中のミーティングにおいて、話題となった「味方の同士討ち」への対処法。
何らかの能力で操られ、敵の尖兵と化した。吸血鬼となり、見境なく味方を襲い始めた。
考え方、思想の違いから最早言葉ではどうすることもできなくなった。そんな時に、どう対応すべきか。

かつてダークネスに籍を置いていた里沙は、時としてかつて味方だった相手だろうと、
被害は最小に食い止めるべきだと説いた。
つまりそれは、最悪の場合はかつての仲間を自らの手にかけなければならないということ。
その考えに、聖は真っ向から異を唱えたのだった。

「フクちゃん。その優しさは新しい不幸を産むことになるかもしれないよ?」
「それでも…嫌です!みずき、そんなこと絶対に、絶対に!!」

頑なすぎる態度に、里沙が呆れ交じりにため息をついたその時だった。
思わず人物から、喝が飛ぶ。

「ガキさんに、何言うと!?」

聖も、他の三人の少女たちも、里沙も。
そして彼女のことをよく知っている愛佳さえも目を疑った。

「ガキさんは先輩やろ! 先輩の言うこと聞けんかったら、リゾナンターやめり!!!!」

どちらかと言えば、自分に関係ないことに関してはまるで興味を示さないれいなが。
積極的に後輩を叱り、そして冷戦状態だった里沙の肩を持つような発言をした。
そのことにも驚きではあったが、愛佳はれいなが叱り飛ばしているのにも関わらず、
自らの意思を曲げていないようにすら見える聖のほうにより驚きを見せていた。
その芯の強さ、頑固さはある意味これから先頼りになるかもしれない。
ただ、そうでない場合もある。と。

● 


あれから数年が過ぎた今。
聖はあの時さながらの、頑なさで愛佳の意見を否定する。
何か策でもあるのか。いや、策があったとしても危険な目に遭わせるわけにはいかない。
どうすれば、彼女を思いとどまらせることができるだろうか。
そう思いかけた時、愛佳の携帯が大きな音を立てる。
画面に現れた文字を見て、その表情がぱっと明るくなった。

「…愛ちゃんや」
「ええっ!!!!!」

愛佳が口にした名前を聞き、全員が驚きの声を上げる。

高橋愛。

リゾナンターを率いていた、かつてのリーダー。最強の、光使い。
彼女たちにとって、愛の存在はまさしく光。
愛佳が携帯に耳を当てるのを、若く、そして儚げな少女たちは固唾を呑んで見守っていた。


投稿日時:2015/09/15(火) 00:42:14.31




ページの先頭へ