(110)70 「先輩の意地」3

「勝手な事をっ…っは……ぐ」
しまった!まだ射程範囲内なのか!そう理解した一瞬で高橋の周囲の空気が圧縮される。
酸素不足で意識が飛ぶ寸前で砂を再び蹴り上げて転がりながら逃げ出した。
ジャリッ。また砂の味がする。顔に付いた砂を払って一瞥する。

空間圧縮とその転移。
また能力の射程範囲が広がってるんか…恐ろしいと感じると同時に笑いが込み上げてくる。
以前戦った時は市街戦だった為数多くの家、部屋、直前迄笑い合っていた人々が
何をされたのか理解する間もなく、その右手1つで捩り飛び、握り潰された。

「ふふふ…早い所降参した方が良いと思うけどねぇ。
迎えに来てるだけで、何も可愛い後輩をいつもの任務の様に消そうって訳じゃないさ」
そう笑いながら石黒はふわりと握っていた右手を解放する。

「あーしを捕まえようとしてたんか?」
「まあね、君達は貴重な能力のダブルだし。何よりトリプルの可能性も秘めている。
持つ者は持たざる者へ、神からの恩恵は等しく分け与えるべきでしょう?」

――まただ、またこの視線。
ダークネスと闘うといつもこの感覚を味わう。
魂の最奥の暗い所を揺り起こし、じわりと絡み付くような言葉。
先輩だと思うからこその一見優しそうな目線と同時に、
自らの仲間を見つけた歓喜と底冷えするような殺気が届く。
そして早くお前もこちら側へ来いと誘いかける渇いた笑い。


「……確かに先輩の言う通り戦いは好きなんよ。
強い人達と競い合って、闘うのは単純に楽しいしワクワクしてしまうのは事実。
あーしにとって戦闘は格闘技とも言えるかもしれん。
でもリゾナンターは…能力者以外にこの力は使わんし、…まだ狂ってなんか無い」

そう。まだ、だ。
まだそちら側へは行く予定も無いし行きたくも無い。
能力で持たざる人を、心を傷つけるなんて行為を、このまま先輩達にさせては駄目だ。
牽制するように互いに距離を詰め、相手の能力の射程範囲ギリギリで立ち止まる。

「能力者以外、ねぇ。法では裁けないからウチ達が裁いてるだけだよ?
確かにある意味裏稼業的な仕事だけどさ、むしろ善良な人々には感謝して欲しい位。
薄っぺらい市民権だって得られるし、給料だって悪く無い。難しく考える事は何も無いっしょ」

自身の仕事内容や権利には全く興味が無くとも、
能力者が陽の当る場所で生きていく為にはコードを埋め込まれ登録されなくてはいけない。
政府に登録され監視され、有事の際は政府のプログラムと気付かれる事無く人を闇から闇へと葬り去る。
言うなればダークネスとは免罪符を得た政府の犬。
それも飛びきり凶悪な能力持ちの集まりである。


「だからって……だからと言ってそっち側に行く事は無かったやろ!」

もし捕まったら自分達もそうなる可能性、
薬とプログラムで人を消す事を何とも思わない存在になる可能性は十分にある。
たとえ恋い焦がれる程憧れた太陽を堂々と見る事が出来たとしても、そうなりたくは無い。
能力があったって、人である事を捨てたくは無いのと紺野が託したガードグローブを握りしめる。

止めなくてはいけない。
この絡み合った負の連鎖は、
悲しみを背負ってしまった先輩達は、
自分達の手で、心で、救わなくてはいけないのだ。



投稿日時:2015/12/04(金) 01:32:38.49



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