(116)217 『リゾナンター爻(シャオ)』65話



赤と黒に彩られた衣装に身を包む、五人の少女たち。
彼女たちの表情は、一様に落ち着いている。それは、諦めにも似ていた。

「ほんっと。驚くほどタフなんですね。『先輩』」

刃のような歯並びをした、目つきの鋭い少女 ― 金澤朋子 ― が呆れ気味に声をかける。

「でも、うちら全員の攻撃を凌いだ人、見たことないかも」
「さすがはセルシウスのリーダー」

バンビのような黒目が特徴的な少女 ― 宮本佳林 ― がわざとらしくしなを作り、それに苛ついた朋子の腹パンチ
の洗礼を浴びる。
そんな仕打ちを受けているのに、どことなく嬉しそうな顔をしているのはご愛嬌だ。

「それにしても。うちの『毒』でもうえむーの馬鹿力でもビクともしないなんて」
「あ!きー、今あかりのこと馬鹿って言った!!」

肩を竦めため息をつく猿顔の少女 ― 高木紗友希 ― に、どうでもいいことに腹を立てる長身の少女 
― 植村あかり ―。五人の粛清人が考えあぐねる程に、彼女たちの目標の障害となるそれは厄介だった。


目の前に立ち塞がる標的、矢島舞美。
彼女の後ろには、「黒翼の悪魔」に捻じ伏せられたキュートの、そしてベリーズのメンバーたちがいた。
彼女たちと新たな粛清人たちの間には、薄い水のヴェールがドーム状に張られている。これがある限り、

「ジャッジメント」の五人は手出しをすることができない。

「やじ…ごめん…」

舞美の後ろで、愛理が苦しげに呟く。 
かろうじて立ってはいるものの、その体は紗友希の操る「毒のジャッジメント」によって蝕まれていた。粒子化された
水粒によって希釈されているとは言え、そのダメージは計り知れない。

愛理だけではない。
キュート・ベリーズの多くが地に伏し、喘ぎ苦しんでいた。降臨した「黒翼の悪魔」に気を取られ、
紗友希の罠にまんまと嵌ってしまったのだ。結果、舞美を残してほぼ全員が戦闘不能にされてしまう。

「大丈夫。みんなは、私が守るから」
「それでこそ、矢島さんです」

「ジャッジメント」のリーダー ― 宮崎由加 ― が、舞美の前に進み出た。
対峙するその表情はあくまでも柔和だが。

「私が最初に言ったこと、覚えてます? 私が、矢島さんのことを尊敬してるって」
「……」
「あれ、本心からの言葉なんですよ? こんな状況じゃ、信じてくれないかもしれませんけど」

舞美には、由加の言葉は届かない。
彼女の神経は今、後方の仲間たちを守ることに全て注がれていた。


「だからこそ…この手で、殺したい」

舞美には、見えていない。
眼前に迫る、殺気を帯びた手のひらが。

「はいそこまでー」

由加を制止する声が、はるか頭上から聞こえてくる。
見上げると、そこには。

「なぜですか。『黒翼の悪魔』様」
「…うちらの戦いの、巻き添えになるから」

漆黒の翼をはためかせ、「悪魔」はふわふわと宙に浮いていた。
一瞬顔を曇らせる由加だったが。

「…わかりました。総員、撤退」

下される、撤収命令。
もちろん他の「ジャッジメント」メンバーたちは納得がいかない。

「そんな!もう少しで粛清が完了するのに!!」
「そうだよ、いくら幹部の命令だからって…」

黄色い声を上げ抗議する紗友希とあかり。だが。

「あんたたち、死ぬよ?」

その存在同様、ふわふわとした、気の抜けた声。
けれどもそこから、劫火の如く殺気の突風が吹き荒れる。
その炎は、紗友希たちの反駁心を一瞬のうちに焼き尽くしてしまった。


「…す、すいませんでしたっ!!!!」
「きー、りんか、いこっ!!」

一様に顔を青くし、その場から走り去る粛清人たち。
そして由加もまた、

「今回は、見逃してあげます。けど、忘れないでくださいね。あなたたちは永遠に『粛清の対象』であることを」

と苦虫を噛み潰した顔で吐き捨て、後ろにいた佳林に視線を送る。

「…うふふ」

意味深な笑みを浮かべ、踵を返す佳林。
何が起こったのかわからないまま、五人の粛清人が撤退してゆくのを舞美は見送ることしかできなかった。

脅威が去り、周囲に立ちこめていた毒が引いてゆくのに安堵したのか、舞美の張っていた水のバリアーは一瞬のうちに
流れ落ちる。全身の力が抜け、膝から崩れ落ちそうになるのを懸命に耐えた。なぜなら。

翼をはためかせ、「黒翼の悪魔」が地上に降り立つ。
一難去ってまた一難どころの話ではない。

万事休す、と言ったところに聞こえてきたのは。
悪魔のそれとはまた違った意味での、間の抜けた声。



「うまくいったねー、舞美」
「えっ?」

舞美の疑問に答えるが如く、姿を変えてゆく悪魔。
姿を現したのは、ベリーズの熊井友理奈だった。

「熊井…ちゃん?」
「あたしもいるよ!」

さらに友理奈の後ろから姿を現す、小麦色の明るい笑顔。
ただでさえ複雑なことは考えられない舞美の頭の中が、さらに混乱する。

「ちぃーまで…どうして」
「あたしの『幻視』で、熊井ちゃんを『黒翼の悪魔』に見せてたの。凄いでしょ!」
「え…何それ…」

まだ思考がうまく纏まらない。なぜ友理奈に千奈美まで?
舞美が必死に散らかりそうな意識を繋ぎ留めようとしたその時。
青白い顔のツインテールが目の前に現れる。

「わあっ?!」
「要するに、本物の悪魔さんが近くにいることを利用したトリックってこと」


本人曰く粛清人たちに見つからないよう物陰に隠れていた、という嗣永桃子の弁によると。 
「黒翼の悪魔」によって陣を破られてしまったベリーズ。しかし比較的ダメージの軽かった数人は、近づく不穏
な気配、つまり「ジャッジメント」の急襲に気付き機を窺っていたのだった。そして、作戦は決行される。
自身の能力である「重力操作」で空に浮かび上がった友理奈の姿を、千奈美の「幻視」が「黒翼の悪魔」へと変
える。これだけなら見破られてしまう可能性が高かったが、幸運だったのはすぐ近くに本物の「黒翼の悪魔」が
いた。彼女の放つ殺気が幻覚のそれと相交じり、幻覚のリアリティを飛躍的に高めたのだという。

「でもさ、『黒翼の悪魔』なんだからもっとギャルっぽく喋ればよかったかなあ。えっとー、黒翼ちゃんでーす、
ちょりーすあげぽよー、みたいな」
「くまいちょー、それギャルじゃなくて馬鹿な子だよ」
「えーっ、ももひどくない!?」
「うんこみたいな髪型のももに言われたくないよね」
「これは天使の羽!て・ん・し・の・は・ね!!」

緩い会話を繰り広げる三人を前に、舞美は思う。
何が何だかわからないけれど、とにかく助かったのだと。

そんな希望をあざ笑うかのように、舞美の眼前を一筋の光が通り過ぎる。
光は、空間を劈き、舞美の横にいた桃子を掠める。自称「天使の羽」の片方が、千切れ飛んでいた。

「え…あ…」
「みんな!ここから安全な場所まで避難するよ!!動ける子は倒れてる子を背負って、早く!!!!」

突然の出来事に呆気に取られているメンバーたちに、舞美が指示を飛ばす。
先ほどの光線は、悪魔のものか、それとも「銀翼の天使」のものか。いずれにせよ、自分たちが死の刃を鼻先に
突き付けられている事実には変わらない。ならば、一刻も早くこんな場所から離れるべきである。


「ほら!熊井ちゃんは倒れてる子を浮かして少しでも負担を軽くして!愛理は音のバリアを張って後方の流れ弾
に備える!舞美も水の防御壁を!」
「佐紀!!」
「ほら、あんたはこのチームのリーダーなんだから!しっかりしないと!!」

焦りがちな舞美の心を鎮めるが如く、動けるメンバーたちに細かい指示を出したのは、ベリーズのキャプテン・
清水佐紀だった。そうだ。絶対に、全員で生きて帰るんだ。舞美の心に、大きく希望の炎が燃え上がる。

ベリーズとキュート。
共に組織の思惑に翻弄されてきた、能力者の集団。
彼女たちの心は今、ひとつになっていた。
ここから生きて帰るために。そしていつか、ダークネスに、リベンジを果たすために。


投稿日時:2016/03/08(火) 22:19:46.62






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