(128)87 『リゾナンター爻(シャオ)』番外編「護る、闇」

● 

その能力が故に、野戦に駆り出されることの多かった彼女はミリタリー柄の衣服を好んで着ていた。 
そしてその日も、所謂迷彩服に身を包んでいた。 

「なあ、後藤」 

彼女は、「黒翼の悪魔」のことを二つ名で呼ぶことは無かった。 
彼女にとってはあくまでかわいい、甘えたがりの後輩。そう位置づけていた。
いや、今となってはそれもただの願望に過ぎなかったのかもしれないが。 

絶海の孤島に浮かぶ、ダークネスの本拠地。 
その日は、組織の幹部たちがこの本拠地に勢ぞろいしていた。 
全ては明日の、新たに幹部に選ばれた少女たちのお披露目のために。 

「なあに? いちーちゃん」 

そして「悪魔」もまた、二人きりの時は彼女のことを二つ名で呼ぶことは無かった。 
「永遠殺し」に注意されるせいで、公式の場では「蠱惑」と呼ぶように努めてはいたが、
その度に堅苦しい、むず痒い気持ちになるのだった。
「悪魔」の言葉を借りれば、「いちーちゃんは、いちーちゃん」だ。 

孤島の先端となる、断崖絶壁。 
「蠱惑」と「黒翼の悪魔」は、孤島から飛び立たんばかりに突き出たその岬に立っていた。 

「明日の会議を乗り切ったら、あたしは組織を割って出る」 

「蠱惑」は、いつもの飄々とした顔をやめて、至極堅い表情になってそう言った。 
組織を割る。つまり、「ダークネス」への裏切り。 
反逆者の粛清を取り仕切る「永遠殺し」にでも聞かれたら、とんでもないことになる話だが。 


「ふっ…」 

「黒翼の悪魔」は、笑う時に鼻を使う癖がある。 
それが彼女にとって、最大限の歓びの表現でもあった。 
しかし、聊か場にそぐわぬ場合もあり。 

「何がおかしいんだよ。本気なんだぞ、あたしは」 
「ううん。何か、いちーちゃんらしいと思ってさ」 

潮風が、「悪魔」の金色の髪を揺らす。 

「あのなあ…こういうのはさ、あたしらしいとかそういう問題で片付けられるような」 
「そういう問題だよ」 
「ったく。ホントに事の重大さをわかってんのかよ…」 

呆れつつも、「蠱惑」も思う。 
実に、「後藤らしい」、と。 

「蠱惑」には、何が何でも組織から独立しなければならない理由があった。 
確かに、彼女はここ数年で急激に自らの評価を上げてきた。それに伴い、組織での発言権も増してきている。 
だが、限界がある。組織には絶対的な存在である「首領」が君臨し、さらには二枚看板の一人である「銀翼の天使」もいる。
このままでは自分がトップになれる日は来ないだろう、と「蠱惑」は考えていた。 

それに…あたしが「こいつ」と釣り合うには。組織の頭張るくらいじゃないとダメなんだ。 

「蠱惑」は。 
「悪魔」のことを可愛い妹分として扱う一方で、その限界にも気づいていた。 
「黒翼の悪魔」。ダークネスによって生み出された最強の人工能力者は、「蠱惑」以上にその名声を轟かせていた。
幹部に昇格する前から「天使」と同等クラスの評価が与えられ、今や二枚看板の片翼を担うまでに。彼女の教育係であった「蠱惑」の地位も相対的に上昇するが、口さがない連中からは「後輩の手柄で伸し上がった」と揶揄されることもあった。 


その評価を払拭するためには、組織を割るしか方法は無い。 
幸い、水面下で自らのシンパをある程度確保することには成功している。
このまま彼らを率いて組織を出たとしても、ある程度の恰好はつくだろう。
しかし、そこに「悪魔」がいるといないでは、天地の差ほど状況は変わってくる。 

彼女の「我が闘争」を成功に導く鍵。それは、「黒翼の悪魔」が握っていると言っても過言では無かった。 

「で。どうすんだ。お前は、あたしに…」 
「ごとーは。ずっといちーちゃんについてくよ」 

即答だった。 
それくらい、「悪魔」にとっては当たり前のことだった。 

「お前なあ。少しは迷えよ」 
「だって決めたんだもん。ごとーはいちーちゃんの剣にも、盾にもなるって」 
「簡単に言うなって。あいつら全員、敵に回すことになるんだぞ」 
「ごとーは平気だよ。裕ちゃんだって、けーちゃんだって。
世界中の人間を敵に回しても、例えごとーといちーちゃんしか味方がいなくなっても、ね」 

呆れた素振りを見せつつも。 
「蠱惑」は「悪魔」がそう言うのを、知っていた。最早確信に近いものがあった。 
「悪魔」が「蠱惑」に傾けるものは、無償の愛。それを、自分は利用している。 
罪悪感がないと言えば嘘になる。けれど、自分の野望を実現することがその贖罪になるのではないか。
悪魔と呼ばれるものに許しを請うなど、滑稽以外の何物でもないと嘲りつつも。信じることをやめられなかった。 

「大丈夫だよ、いちーちゃん。ごとーが…世界を見せてあげる。いちーちゃんの手に収まる、世界を」 

その願いが叶う瞬間は。 
永遠に、訪れなかった。 


● 

「蠱惑」が、組織も手を焼く悪童の二人に惨殺されてから。 
「黒翼の悪魔」の私室には、誰も近づかなかった。いや、近づけなかったと言った方が正しい。 
部屋の外周が、びっしりと黒い荊に覆われていた。悪魔の黒い血が作り出す棘付きの荊は、
近づくものすべてを容赦なく刺し貫く。 

それは、形容するならば「殺意」そのもの。 
「蠱惑」を惨殺しておきながら、決して手の届かない場所へと隔離された「金鴉」と「煙鏡」。
やり場のない殺意は周りの存在すべてを殺害対象へと変えるバリケードとして具現化していた。 

「悪魔」の脳裏にこびり付くようにして決して離れない、最期の一場面。 
空に垂れこめる暗雲が如く群がり犇めいていた蟲たちが、散り散りに消えてゆく。
それは「蟲の女王」の力が消え失せてしまったことに、他ならなかった。 
そんな中、刎ねられた首を得意げに踏み潰す、「煙鏡」の狂気に染まった表情。 
氷のように冷え固まった感情が、例えようもない怒りによって一気に煮え立つ。そしてその怒りがどこにもぶつけられないという事実、「蠱惑」がもう存在していないという事実が、彼女の心を再び絶対零度にまで落としてゆく。
それが、延々と繰り返されていた。 

何日、いや、何週間。 
時間の感覚さえすり減っていたある時。 

鼻を突く、生臭い臭い。 
ぴちゃ、ぴちゃという、粘りつく水音。 
固く閉ざされていた部屋の扉が、ゆっくりと開かれた。 

「いやあ…元気そうで、何よりです」 

部屋中に満たされた殺気にそぐわない、のんびりとした声が聞こえてくる。 
だが、声の主の呼吸音は自らの命の灯が消えかけていることを如実に示していた。 


興味なさそうに、瞳を開く「黒翼の悪魔」。 
それは能動的な行為ではなく、部屋の扉が開かれたことによる反射的なものだったが。 

「あんた…何してんの」 

目の前に姿を見せた声の主は、「悪魔」に呆れられるほどに。 
白衣らしきそれは、ずたずたに引き裂かれ、白い部分がまるでないほどに血で染まっていた。 

「どうしても『黒翼の悪魔』さんに会いたくて、ここまで来ました」 
「どうでもいいけどあんた、もうすぐ死ぬよ。紺野」 

黒き荊の洗礼を浴びつつここまでやって来たと思しき少女 ― 紺野あさ美 ― は、
そこに立っているのがやっとというくらいに消耗しきっている。
「悪魔」の言葉に偽りがないことは、紺野の足元を濡らす夥しい量の出血が物語っていた。 

「ご心配なく。適切な処置を受ければ、死にはしません。ただし、交渉が短く済めばの話…ですが」 
「…いちーちゃんのクローンなんて、絶対に作らせない」 

命を賭してまでの要件とは思えないが。 
紺野は確か組織の科学部門に所属する研究者だったはず。となればその長は例の変わり者だ。
彼ならば自らの戯れのために使いの者を寄こすことなど、朝飯前だろう。道化らしいやり方ではある。 
だが、終わってしまった命を弄ぶつもりなら、容赦はしない。 

「私がここに来たのは、『黒翼の悪魔』さんにある提案を持ちかけるためです。このことは、統括にも話していませんよ」 

今にも紺野に絡みつき、身を引き千切らんばかりににじり寄っていた荊の動きが、ぴたりと止まる。 


「提案?」 
「ええ。単刀直入に言いますと。あなたの恨み、晴らすことに協力を惜しまないということです」 
「…その場凌ぎの嘘なら、やめたほうがいい」 

「悪魔」の恨みを晴らすこと。それは「金鴉」「煙鏡」の二人を亡き者にするということ。 
しかし、彼女たちは表向き「懲罰」ということで「首領」によって異空間に隔離されている。
例え「首領」を殺したところで、能力が解除されることはない。 

「嘘ではありません。彼女たちを『合法的に開放』し、かつ『合法的に抹殺』すること。
これは、私にしかできないと言っても過言ではないでしょう」 

しかし、紺野の表情はまるで揺るがない。 
どころか、自信たっぷりにそう言い切って見せた。 
その自信の根拠や、生命の危機に瀕してなお失われない目の輝き。 
「悪魔」は、少しずつではあるが紺野に興味を抱き始めていた。 

「とりあえず、話だけはしてみなよ。下らない話じゃなかったら、聞いてあげる」 
「そうしていただけると、助かります」 

紺野は血の気が失せた真っ白な顔のままで、自らの計画について語り始めた。 


● 

「…面白いことを考えるんだね。科学者ってのは」 

紺野の話を一しきり聞いた後。 
「黒翼の悪魔」は心底呆れかえった感じで言い放った。 
ただし、彼女とその私室を取り巻いていた漆黒の荊はすっかり消え去っていた。 

「どうやら。私には、『力』という存在に対して並々ならぬ執着があるみたいなんですよ。
だから、それが活かされる最良の環境を常に追い求めている、そう解釈していただけると助かります。さて・・・」 

血糊でべたついた眼鏡を、ゆっくりと外す。 

「面白いかどうかは別として。ごく当たり前のことをしても、あなたの憎しみや悲しみは消えない。『煙鏡』さんや『金鴉』さんを 
縊り殺したとしてもね。けれど、私のやり方なら・・・」 

紺野は。 
激しい体力の消耗、出血量の多さによって徐々に意識を失いかけていた。 
それでも、口を止めるわけにはいかない。 

「それこそ『半永久的に』仇敵を『殺し続ける』ことができる」 

「悪魔」を説得するには、それなりの見返りが必要だ。 
それも、彼女の興味を引き付けるような形で。そういう点においては、これ以上の提案はないと自負していた。 

紺野の言うとおり、あの二人をただ殺しただけで胸の奥底の暗黒が晴れるとは到底思えない。 
言わば、底の抜けた甕にいくら水を注いだとしても次から次へと流れ出ていくようなもの。 
ならば、永遠に注ぎ続ければいい。注いでいる間は、甕の水位は一定に保たれるのだから。 


「いいよ。紺野、あんたの提案に乗ってあげるよ」 
「よろしいんですか?」 
「今んとこ、解決策を持ってるのはあんたしかいないしね。その計画が成すまでは、
紺野・・・こんこんの剣となり、盾となってあげるよ。それが、ごとーのためでもあり、こんこんのためでもあるならね」 

「黒翼の悪魔」は再び、誓いを立てる。 
あの時と同じ言葉。違うのは、誓いの対象となる人間だけだ。 
「蠱惑」の代わりと言うわけではない。あの時に宙を舞ったままの言葉が、緩やかに落ちるべき場所に落ちた。
ただ、それだけのことだった。 
だが、「悪魔」は直感する。この目の前の少女は、自分の飽くなき欲望を満たすことのできる唯一の人間だと。 

「…はは…どうやら…間に合、った…ようですね…」 

それまで一本の糸で辛うじて体を支えていたような、紺野。 
その糸がぷつりと切れ、壁に背をなする形で崩れ落ちた。 

「大丈夫だよ、こんこん。あんたのことは、死なせはしない」 

悪魔の呟きは、紺野の耳に緩やかに響き。 
そして、意識は深い闇へと沈んでいった。 


● 

次に紺野が目覚めると、そこは彼女がいつも羽織っている白衣の如く真っ白なベッドの上だった。 
紺野を覗き込むように、見知った顔が、三つ。 

「あさ美ちゃん!心配したんやよ!」 
「ちょっともー、いきなり倒れたって聞いたから」 
「いやいやいや、よかったぁ!!」 

高橋愛。新垣里沙。小川麻琴。 
紺野が組織にスカウトされた時に、同期だった三人だった。 

「大げさだって。貧血で倒れただけだから」 

嘘は言ってはいない。 
血を失いすぎて危うく死にかけるところではあったが。 

紺野は、短い会話の中で即座に状況を把握する。 
「いきなり倒れた」と里沙が言うからには、ある程度の処置を施されてからこの医務室に運びこまれたのだろう。 
となると、「悪魔」との接触の件も知らない筈。もちろん、そうなるように用意はしておいたのだが。 

「空手やってるのに貧血だなんてさ、研究室に篭り過ぎなんじゃないの?」 
「確かにそうかも。研究も、ほどほどにしようかな」 

言いながら、別のことを考えていた。 
確かに、自分はまだ「一介の研究員」だ。あまり研究にばかり没頭していると、思わぬミスに繋がる可能性がある。 
そう言えば、紺野の所属する科学部門の統括が「飯田が一度解散した特殊部隊を再結成するらしいで」と言っていたのを思い出す。 
いつの話になるかはわからないが、志願してみるのもいい隠れ蓑になるかもしれない。 


もちろん、こんなことを考えていられるのも「篤い友情」があってこそ。 
精神感応の使い手である愛や精神干渉を得意とする里沙も、さすがに友人の心の中を無暗に探りたくはないようだ。 

医務室の窓から、オレンジ色の光が漏れている。 
もう夕刻か。確か「黒翼の悪魔」の元を訪れたのは午前中だったから、それほど時間は経ってないことになる。 

「とにかく。今日のところは大丈夫だから。明日になれば元気になると思うし」 

とは言え、長居してもらう訳にもいかない。 
この体が「どれだけ治されたか」はわからないが、この様子だと言う通り明日には通常業務に戻れそうだ。 
紺野は言葉を尽くして三人には早々とお暇してもらうことにした。 
麻琴だけはなかなか帰ろうとしなかったが。 

そんな濡れ落ち葉のような彼女もようやく帰り、紺野は一息つく。 
まずは、大きな駒をひとつ、手に入れた。だが、計画はまだはじまったばかりである。計画の準備はもちろんのこと、自分自身の足場も少しずつ固めないといけない。少しずつ、というのがこの場合は重要で、急ぎ足で駆け抜けようものなら道は脆く崩れ去ってゆく。悪目立ちするものは、必ずそれを妬むものに足を引っ張られるからだ。 

それに、自分が頭角を現してゆけばいずれは「神の眼」の観察対象になる。 
全てを見通すとされている幹部「不戦の守護者」の予知能力。彼女の走査網から逃れる術も、考えなければならない。 

天を仰ぎ、ため息をついたその時だった。 
新たな人物が、姿を現す。この医務室の主だ。 


「あんたも物好きやねえ。ベッドに入ってても研究、研究か」 
「…平家さん」 

平家みちよ。 
着崩した白衣と金に染めた長い髪。学園もののライトノベルなら「遊んでそうな保健の先生」といった肩書がついていそうな風体ではあるが。 

「しっかしあんたも無茶したなあ。あの状態のごっちん相手に丸腰で説得なんて。
ごっちんがあんた運び込むん遅れてたら、ほんまにあの世行きやで?」 
「確かに。まあ私の命一つで彼女の機嫌が直るなら、安い代償というものです」 
「はぁ…その言葉、裕ちゃんが聞いたら鬼の形相やな」 

中澤裕子、つまり組織の「首領」と旧知の仲であり。 
さらには組織の科学部門統括の右腕でもある。さらに滅多に戦闘の前線に出ることは無いが、
一たび力を振るえば戦場は荒野と化す、と実しやかに語られているほどの存在であった。 

「で。実際のとこはどうなん? あんたが言う以上の『戦果』は、あったんやろ」 
「『首領』の差し金ですか。彼女も人が悪い。私が『黒翼の悪魔』さんにお会いしたのは、
彼女に一日でも早く現場復帰してもらうため。それ以上でも、それ以下でもありませんよ」 

自分が科学部門統括に「一本釣り」されて組織に入った経緯から、「首領」が紺野のことを特別視していることは、紺野自身もよく知っていた。いずれは、自らの描く計画についても話さなければならないだろう。ただ、今はその時ではない。 

「ま、ええけど。紺野のことは面倒みてやってくれ、って統括にも言われてるしなぁ」 

瀕死の重傷、からただの貧血の症状としか思えない状態にまで回復しているのも、そのせいか。 
紺野は自らの体力が予想以上に回復していることに気付く。 

「ところで、せっかくの機会なので一度お聞きしようと思っていたのですが」 
「答えられることなら、な」 
「あなたは『首領』に近しい存在だと聞いています。
そんなあなたが、『能力者による理想社会の構築』についてどうお考えなのか」 


「能力者による理想社会の構築」。 
それはダークネスという組織の悲願であり、また存在意義でもあった。 
歴史を紐解いても、常に弾圧の対象とされ、地位を固めたところで為政者の言いなりになるしかなかった「能力者」という存在。そんなか弱き存在に救いの手を差し伸べることができる社会の実現は、暁に立つ五人の時代からの目標であり、それは闇に堕ちてからも本質としては変わらなかった。 

「ここだけの話やけどな」 

平家は、昔話でもするかのように語り始める。 

「それ、一番最初に言うたんは…私なんやで」 
「ほう?」 
「まだ『アサ・ヤン』とすら名乗ってなかった頃や。あの5人は前線部隊に駆り出されて、うちがお偉いさん直属のエージェントと
して動いてた。その時に私が裕ちゃんに『いつか能力者による能力者が安心して暮らせるような時代が来たらええなあ』って、話したんよ。そしたら、あの人、えらく感動してなあ」 
「なるほど」 
「つまり、それの言いだしっぺは私なんよ。今でもそういう未来が来たらええなと、思ってる」 

思わぬルーツを聞き、紺野の知識欲の食指が動く。 
しかしそれは感動秘話のほうではなく。 

「そう言うからには、平家さんも苛烈な経験をしてきた。そう考えてよろしいんですね」 
「…まあ、うちの場合は色々『特殊』やからね」 
「どういうことですか?」 
「抱える秘密はお互い様、やろ。あんたなら、自分で探り当てるやろうし…うちがいなくなる、その時にな」 

まるで近い将来に自分がいなくなるかのような物言い。 
紺野は自らの知識欲がさらに擽られるのを感じるが、おそらく相手は何も答えてはくれないだろう。
自分が自らの秘密を明かさないのと同じように。 

そう言えば、と紺野は思い出す。 
科学部門に転属する前の彼女には、幹部級の待遇を表す二つ名があったはずだ。 

確か…「隠(なばり)の魔女」。 

紺野は窓の外を、見やる。 
夕陽は、黒く濡れた闇によって覆い尽くされてゆく。


投稿日時:2016/08/18(木) 13:37:34.85






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