(131)176 『Chelsy』34

「標さん、こんにちは」
声をかけられたので、驚き、思わずびくっとしてしまったが、振り返るとそこにはクラスメイトがいた
野中さんであった。私と席は近いとはいえ、そこまで話をするわけではない、いわゆる別のグループの子だ
彼女としてもクラスメイトであり、あんな事件にあった私に声をかけないわけにはいかないのであろう

こんにちは、と私は返し、手に取っていた小説を両手で抱え込んだ
別に見られたくない本はないが、構えてしまったのだ。今の私に興味を持たない人などいない
父に聞いたがどうやら私の顔写真はテレビで報道されているのだ
家に昨日帰ったときも、家から出るときも近所の住人からの姿の見えない視線を感じていた
このマスクも帽子もそんな自分を隠すための防御策
それなのに、野中さんは私に気付いた。これならだれにも気づかれないと思ったのに
図書館でマスクをして、帽子をかぶっている変な人で思われる方が気付かれるよりも何十倍も楽なのに

「ごめん、声かけてびっくりさせてしまったよね」
最初に彼女の口から出た優しい言葉は意外に感じた。
興味だけではないのかもしれない、本当に心配してくれているんだと素直に嬉しかった
「あ、もし疲れているなら、私、挨拶だけしたかったから、向こうにいくね」
そんなことないよ、と私は彼女を呼び止めて、よかったと笑ってくれた

このあとまた警察に戻らないといけないけど、気分転換に来たのと説明すると、彼女は大変だねと眉をひそめた
そりゃそうであろう昨日、保護された身分なのだから事情聴取の真っ最中だ
とはいえずっと拘束できないから一時的に解放されたわけだ。とはいえ、あそこにいる警察官が私を見守っている
向こうに行きましょうよ、空いている座席を指さし、私は先に歩き出した

親以外の誰かと会って安心できる、なんて思っていなかった
野中さんとはこの事件がなかったら、こうやって言葉を交わす機会もなかったかもしれない
しばらくして落ち着いたら、もっといろんなことを話せる友達になれればいいな

『シルベチカ、シルベチカ・・・時間だよ』
!! こ、この声って!!
『さあ、お薬の時間だよ』   (Chelsy 


投稿日時:2016/09/30(金) 20:45:32.76

 



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