『リゾナンター爻(シャオ)』 02話

都内某所の喫茶店。 
リゾナンターのリーダー・道重さゆみは、とある人物に会うためにその店に向かっていた。 
彼女が自らの店ではなく敢えて遠く離れた他所の喫茶店を待ち合わせ場所に選んだ理由、それは。

チェーン店らしく、画一的にカスタマイズされた店の内装は、シンプルであるとともに何か物足りなさを感じる。
さゆみは、やはりリゾナントの手作りだけれど温かみのある佇まいのほうが好きだった。

「いらっしゃいませー」

マニュアル丸出しの店員の声を背に、店舗の奥へ進む。 
目的の相手はすぐに見つかる。よくもまああんな格好でここまで来れたものだ。

「おう、呼び出してすまんな」

結婚式の帰りの新郎のような、白のタキシード。 
肩の近くまで伸ばした金髪も相まって、どう見ても普通の職業についてるとは思えない。 
能力者プロデューサー、という胡散臭い肩書きが妙にしっくりと来る。


「お久しぶりです、つんくさん」

テーブルを挟んで、胡散臭い男・つんくと正対した。 
アイスティーでええか?とだけさゆみに聞くと、ウェイトレスを呼びつけて注文をはじめた。 
つんくの前には飲みかけのアイスコーヒーが。どうやら少しばかり待たせてしまったらしい。

「お前らの活躍は聞いてるで。例の蟲使いの騒動とか、あとヘタレみたいなやつが率いてた能力者集団との戦いとか」 
「今日はお忙しいんじゃないですか?」

いつものように饒舌なつんくをさゆみが牽制する。 
さゆみ自身も、早く本題に入りたかった。

「ああ、呼びつけといて申し訳ないんやけど。次の予定もあるんでな。いやあ、売れっ子はつらいわなあ」

愚にもつかないことを言い、一人で笑うつんく。 
さゆみの白い視線に気づくと、ようやく思い直したように表情を引き締めた。

「っと。本題やな。あれから、体の調子はどないや」 
「ええ。特に問題なく、安定してますけど…」

ほんの少しの間。 
けれどそれは、さゆみ自身の躊躇。 
自身のアイスティーが運ばれるタイミングを見計らって、話を切り出した。

「『お姉ちゃん』の声が、聞こえないんです」


今から数ヶ月前のことだ。 
囚われの身となった田中れいなと小田さくらを助け出すために、リゾナンターたちは絶海の孤島へと乗り込んだ。
その際にさゆみがつんくから渡されたのはいかにも怪しげな薬だった。

これを飲めば、一度だけ姉人格と自由に入れ替わる事ができる。

つんくの言うとおり、通常ではさゆみの生命の危機が訪れた際にしか現れない姉人格・さえみはさゆみの呼びかけにより
いとも容易く出現することができた。 
だがその副作用は激しく、立っていることもままならないほどの劇的な体力消耗が数日後にあらわれた。
それ以来、さゆみが内なるさえみを感じることはなくなってしまう。

「あれ以来、お姉ちゃんが出てくるようなシチュエーションに遭遇してはいないんですけど。それでも不安で」 
「…まさかそんなことになるとはな。済まんな、俺も迂闊やった」 
「いえ、いいんです。実際、あの時は薬のおかげで窮地を脱する事ができたわけですし」

ただ、この先も姉人格を使わないままやり過ごせるとは思えない。 
れいなが離脱してからの戦いも、お世辞にも軽く乗り切ったとはとても言えない有様だった。それに。

ダークネス。 
今はおとなしくしているが、孤島の研究所の一件の借りを返してくるのは間違いない。 
幹部を数人失ったと聞いているが、逆に言えばそれ以外の幹部は健在。いずれその魔手をリゾナンターたちに伸ばしてくるのは間違いないとさゆみは見ていた。


「俺から言えることは、一つだけや。姉人格が発現するような状況には、なるべく身を置かんほうがええ」 
「考慮に、入れておきます」

さゆみには、そうとしか答えられなかった。 
仮に、かわいい後輩たちが生命の危機に瀕しているのを目の当たりにしたら。 
さゆみは迷うことなく脅威の前に立ち塞がるだろう。その後にたとえ何が起ころうとも。 
それだけの覚悟が、彼女にはあった。

「ところで、何やったっけ。あの。時間止める」 
「…小田ですか?」 
「せや。小田や。小田さくら。あいつ、どないしてる?」 
「元気ですよ。力はスケールダウンしたけど、リゾナントの戦力です」

ふとしたきっかけでさゆみたちと出会い、そして絶海の孤島でれいなと共に救い出すこととなった、人工能力者の少女。
彼女はつんくの伝手で里親に引き取られ、学生としての生活を送りながらリゾナンターとしても活躍していた。

「ほー。この前入ったばっかやのに、もう戦力か。そいつは楽しみやな」

そんな事を言いながら、また怪しげな笑みを浮かべるつんく。 
それは彼がいつも自慢げに紹介するいかがわしいアイテムを出した時の笑顔に似ていた。 
知的好奇心、と言えば聞こえはいいけれど。

さゆみはつんくのその知的好奇心の塊のような言動を見るたびに、思う。 
この人は能力者の斡旋業などではなく、何かの研究分野に携わっているほうが性に合うのではないかと。
一度それとなく話を向けたら、 
それもええなあ、俺最近米の品種に拘ってんねん、とどうでもいい薀蓄が始まったので慌てて話を切り上げたのだが。


「じゃあ、今日はこれで」 
「何や、もう行くんかい。アイスティーなくなるくらいまでの間やったら時間あるで?」

つんくの指摘したとおり、さゆみのアイスティーはまだ半分ほど残っている。 
コップの側面に付着した水滴が中の琥珀色を反射させていた。

「いえ。お邪魔になるといけないので。それに。れいながいなくなってから、あの喫茶店で過ごす時間が
より大切なものになってきた気がするんです」 
「さよか。ほな、気ぃつけてな」

さゆみはつんくに軽く一礼すると、席を立ち店を立ち去った。 
さゆみの姿が完全に店内から見えなくなったところで。

「ええ趣味してるわ。盗み聞きか?」

一人になった席で、つんくは話しかける。

「まさか。待ち合わせの場所に少しだけ早く着いただけですって」

つんくの後ろの席。 
そこに白いフリルのワンピースを着た少女が座っていた。

「そっち、行ってもいいですか?」

言いつつ、つんくが答えないうちに席を移動する。 
自然に少女の姿がつんくの視界に入った。 
肩にかかった、巻かれた髪。薄めの顔つきながら、きゅっと上がった口角が印象的に映る。


「ええで、って言う前に自分から移ってるやないか」 
「細かい事は気にしないほうがいいですよ」

悪戯っぽい、というよりも人を小ばかにしているとすら思える挑発的な笑顔。 
歯を見せずに笑う女は本心を決して見せない、という誰かの言葉をつんくは思い出した。

「あれから、どないやねん。特に和田とか」 
「あやちょですか? 憂佳やサキチィがいなくなってから、ずーっとふらふらしてますよ。
ま、その分めいめいやタケが働いてくれるから、いいんですけど」 
「ダークネスの幹部の一角を崩した、っちゅう勲章の代償か」

その時。 
つんくには目の前の少女・福田花音の笑みが一瞬だけ消えたように感じた。

「『赤の粛清』を倒したのは、高橋さんですから」

花音の言う事は紛れもない、事実。 
事実少女を含めた「スマイレージ」はたった一人の能力者の前に瓦解し、その能力者を討ったのは高橋愛だった。

言葉で言うのは、容易い。 
けれど心はいつも、裏切る。

「そんなの到底認められないんですけど、って顔しとるで」 
「そうですか?」

再び笑顔を取り繕う花音。 
ただ、その仮面はいつもよりもほんの僅かだけ不自然に。


花音は。 
ごく当たり前のように、その場その場に応じて自らの”仮面”をうまく使い分けてきた。 
それは、幼少時から「エッグ」のエリートとして育てられ、大人の顔色を窺いながら生きてきたが故か。 
仮面の裏側を、誰にも知られることなく。唯一今は亡き前田憂佳がそのことに気付いてはいたものの。 
その防御壁を、目の前の中年が不躾に打ち崩した。

「それよりも」 
「何や」 
「主任がぼやいてましたよ。そろそろ現場に戻ってきてもらわないと困るって」

意趣返し。 
それが彼女のせめてもの抵抗だった。 
あの時受けた屈辱を甦らせた、目の前の相手への。

「…せや。今日はお前にとっておきの新製品、持ってきたんや。『シンデレラマシーン』ゆうてな、
これさえあればどんな野暮ったい奴でも」 
「明らかに話題を逸らしましたね。まあいいです。今日はあくまでもただの”報告”ですから」

言いながら、席を立つ花音。 
ちょい、待ちいな、シンデレラの生まれ変わりやで。そんな謳い文句が毛ほどもヒットしないのを確認すると、
取り残された派手な中年はやれやれと言わんばかりに肩を竦める。

「プライドを砕かれたエッグのエリート、どう動くか。楽しみやな」

アイスコーヒーが、一気に飲み干される。 
中の液体がなくなるのとつんくの姿が店内から掻き消えるのは、ほぼ同時だった。






投稿日:2014/06/24(火) 19:34:45.12 0






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