(132)349 『the new WIND―――』

-------

「暴れるだけ暴れたらすっきりした、ってこと?」

まるで子どもの喧嘩だねと、氷の魔女が脱臼した肩を庇いながら訊ねる。
肯定も否定もしないまま、さゆみとれいなはぐっと構えた。
1対2、数的に有利なのはこちらだが、久しぶりの実戦でまだ感覚を取り戻していないうえに、傷口も塞がり切っていない。
あまり有利とはいえない状況に冷や汗をかく。
先ほどの隙に決めきれなかったのが、今になって響いている。

「とりあえず、あんた捕まえて、ボスのところへ案内させるけんね」

それでも優位なのはまだこちらだと言わんばかりに、れいなはタンと地を蹴り、一足でそこに辿りつく。
氷の壁を作ろうとする魔女の右手を掴み、捻る。
折られるかもしれないと咄嗟に判断し、ミティは身体を屈め、れいなの足を払った。

れいなは構わずに猫のように飛び、空いた左手で、彼女の左肩に鋭く正拳を入れる。
脱臼した骨がさらに悲鳴を上げ、魔女はその場で能力を解放した。
部屋中に氷が舞い、亀裂が走る。

「離せッ!」

魔女は強引に体を振り、左腕を遠心力で回し、裏拳の要領でれいなの頬を叩いた。
氷で冷たくなった頬は凍傷を起こしかけ、れいなは慌てて距離を置く。
間髪入れずに、さゆみが“物質崩壊(イクサシブ・ヒーリング)”を発動させる。
氷の壁が次々と音を立てて崩れていき、魔女の上へと降り注ぐ。

「やってくれるね…」

が、氷の風が舞ったかと思うと、魔女は鋭くこちらを睨みつける。
その口角は上がっていて、どうやら彼女は闘いを楽しんでいるようにも見えた。
彼女のその姿に、れいなは疑問を抱いた。
なぜ、闘いが好きなのだろうと。


―――「れーなは、闘うの、好き?」


絵里からの問いが、頭をよぎる。
彼女の世界では、れいなも、あの魔女のように、笑っているように見えたのだろうか。
闘うことだけが、自分の居場所を見つけるための術だったから。

だが、今は、違う。

「あんたらみたいな奴に、れなとさゆは、負けん」

負けない。負けるはずがない。
れいなたちはもう、一人じゃない。
たった二人でも、れいなたちは、リゾナンターだから。


魔女は自らの周囲に氷塊を呼び寄せる。鋭利な剣のように尖るそれは、一気にさゆみとれいなに襲いかかってきた。
れいなは素早く右手に気を集める。

“物体具象化能力”を発動させる。
気の塊を、壁に具象化し、やってくる氷塊の盾にする。

「うわっ…そんなの反則じゃない?」

具象化のことを、魔女も知っていた。
だが、それはあくまでも刀にできるというだけのもの。まさか変幻自在になるとは聞いていない。

「闘いに反則も何もないやろ…」

壁が崩れるのと、膝が笑い出すのはほぼ同時だった。具象化は体力を使う上、壁として気を固めたのは初めてだった。
慣れないことをいきなり実戦に持ち込むのはリスキーだったが、魔女相手に手を抜いたら、ふたりとも倒れてしまうのは目に見えていた。
れいなは息を短く吐きながら睨みつける。
何とか打開策を見つけたい。
追い込んでいるように見えて、追い込まれているのはこちらだ。さゆみもまだ万全ではないし、この狭い地下空間での闘いは動きを制御させる。
突破口がほしい。何か、何か、この現状を変える一手が―――

そう、思った瞬間だった。
ぞくりと背筋が凍る。
感じたことのない、何かが、迫っていた。
思わずさゆみの顔を見ると、彼女も同じことを感じたのか、目を見開いている。
何だ。何だ。これは、一体。

「………お出ましか」

魔女がそう呟くのと、れいなが飛び出してきたマンホールの地下道から、まるで亡霊のように、
ぬるりと奴が出てきたのはほぼ同時だった。
黒衣を纏い、その右手に血まみれの刀を有したその男。
れいなの中に、記憶の波が押し寄せる。
その男を観るのは、二度目だった。
ジュンジュンに重傷を負わせたその背中を追ったが、届かなかった。

「こいつが……」

さゆみもまた、直感した。
目の前に立つこの男こそが、リゾナンターの解体の始まりの男だ。

れいなは、考えるより先に飛び出そうとした。
さゆみが慌ててその腕を取って制そうとしたが間に合わない。
この、短絡バカ!と叫びたくなったが、肝心のバカは右手に具象化した刀を握り、男に斬りかからんとしていた。 

だが、男の様子は少し違っていた。
男はれいなに背を向けたかと思うと、魔女に対して刀を抜いた。
面食らったのは魔女のほうだ。慌てて氷塊で防御するが、その氷は一瞬にして砕け散る。

「ったく……!」

苦々しく顔を歪め、氷塊を男にぶつけていくが、男はいとも簡単に斬り捨てる。
四肢を伸ばし、魔女の首を刈り取らんと刀を振るう様は酔狂にも見えたが、それにしてはあまりにも、迷いがなかった。

「どう、なってるの…?」

さゆみは目の前で繰り広げられる光景に納得のいく答えを見つけられなかった。
これまで、自分たちの敵として、リゾナンター解体の原因を担い、小春やジュンジュン、リンリンたちを追い込んだ男が、
なぜ、ダークネスと闘っている?
確かにダークネスは、徹底した個人主義だ。
集団をまとめるボスのような存在はいるはずだが、自らの意志で動くことを基本とし、横のつながりは希薄だ。
「集団」としての機能は分からないが、戦闘集団としての能力は高い。
そのぶん、裏切りはついて回り、仲間意識もなく、一緒に闘っていた者を見捨てることも少なくはない。
だから、なのだろうか。
だからこの男も、魔女と闘っているのだろうか?
裏切ったから?しかし、なんのために裏切った?

「さゆ!」

思考の沼に足を取られていたさゆみを、れいなが強引に引きずり出した。
ぐいっと腕を引かれたかと思うと、れいなは即座に地下の階段を駆け上がる。

「ちょ、どこ行くの?」
「とりあえず上!ラッキーやん、勝手に仲間割れしてくれて。黙って見とく必要はないやろ」
「逃げるの?」
「まさか。勝った方を叩くに決まっとーやろ?」

そうしてれいなは、まるで子どものようににかっと笑った。
その姿からは、これから人を殺しますという様子は見えず、ただ純粋に、仲間を奪った奴らを壊滅させるという
目的にのみ燃えていた。
かつて、絵里がれいなに「闘うことが好きかどうか」という質問をぶつけたことがあると聞いたことがある。
それは、仲間を思うが故に使命感に燃える姿が、ひどく誤解されてしまうのだろうなと、さゆみはなんとなく、気付いた。

階段を駆け上がり、地上に出た。
この一帯は廃ビルばかりで、再開発の予定も立っていない土地だ。
派手に暴れるにはちょうど良いが、それはダークネス側も同じだ。
彼女たちは人の居る街中でも遠慮せずに能力を解放するが、このような場所ではそれこそ全力でチカラを向けてくる。
しかし、この場から離れるわけにはいかない。
魔女と黒衣の男と、ダークネスにつながる二人が潰し合いを始めてくれているなら、
残った方の首をいただかないわけにはいかない。
にじむ汗を拭うと、また、あのイヤな咳が出た。近頃減ったかと思えば、また再発している。

「傷、癒す?」

さゆみはそう言うが早く、れいなの肺のあたりに手をかざした。が、能力を行使しようとする手を、れいなは制す。
何度も試みているが、治癒できないと経験で知っていた。
この咳は能力で治せるものではない。その理由がなんなのか分からないが、無駄にチカラを使う必要はない。
分からないことだらけだ。なぜあの男は急にミティに攻撃したのかも。

「れいな、さっきの男…」

さゆみも同じことを考えていたのか、探るような目を向ける。あまりにも不自然すぎる行為だった。
徹底した個人主義とはいえ、急に仲間割れを起こすだろうか。しかもわざわざ、れいなたちの前に現れて。
あの男はダークネスの一員ではないのだろうか。

いや。とれいなは思う。
そもそも、あの男の目的はなんだ?

「………れいな、今から怖いこと言ってもいい?」
「………お化けとかそういうのやったら怒るけんね」

さゆみの言う言葉の先を、れいなは何となく気付いていた。

これは憶測に過ぎない。
仮定に仮定を重ねた、空論だ。
だが、不思議と納得のいく、答えにも見えた。

「あの男、リゾナンターを倒すために闘っている訳じゃない、のかも」

前段から、間違っていたのかも知れない。
小春と愛佳の前に突如現れた男。黒衣を纏い、圧倒的な力を有して次々とリゾナンターを撃破していった。

そのチカラから、咄嗟に思った。
あの男はダークネス側の人間で、リゾナンターを解体するために送り込まれたのだと。

だが、もし目的がそうではなかったとしたら?

「あの地下研究施設、覚えてる?」
「……ガキさんが崩落に巻き込まれた、あのビルやろ?」
「あそこで行われていたのは、ほとんど非人道的な実験。培養液の中には女の子もいた。
そして、前に私たちが闘った能力者は、クローン人間だった」

さゆみの言わんとすことが、れいなにもはっきりと見えた。
あの研究者が言っていた「二匹目のドジョウ」を思い出す。二匹目がいるなら、一匹目だっているはずだ。

「あの男は、クローンだよ」


投稿日時:2016/10/15(土) 22:47:19.42


作者コメント
今のところ当初の予定どおりに物語は動いていますが果たして良い景色になるかは分かりません
それでも物好きに待ってくださる方がいらっしゃってとてもありがたいです
稀有なお方はどうぞ最後の景色までお付き合いをm(__)m 





ページの先頭へ