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(118)122 『リゾナンター爻(シャオ)』 72話



春菜が聖に話を持ちかけたのは、各メンバーがミラーハウス跡地へと駆け出した時のことだった。

「譜久村さん。お話が」
「どうしたのはるなん、改まって」

いつになく真剣な、春菜の表情。
これから戦地に向かうのだ、気を引き締めざるを得ないのは当然の話だが。
彼女の表情は、それともまた違っていた。

「『金鴉』と『煙鏡』の対策なんですけど…」
「攪乱作戦だよね。あ、もしかして作戦の補足?」
「ええ、まあ…」

妙に春菜の歯切れが悪い。
おそらく、聖を前にして言い辛いことなのだろう。
聖自身も思い切りのあるほうとは決して言えないのだが、今は非常事態だ。
意を決して聞き出すことにした。

「はるなん。聖なら、大丈夫だから」
「譜久村さん」
「それが勝利に繋がることだったら、何だってやってみせる。だから…」
「…わかりました」

覚悟を決めたのか、春菜は少し目を伏せ、それから。

「今から私が言うことは、誰にも言わないでください」
「うん」
「譜久村さんは、『金鴉』に『接触感応』を試みてほしいんです」
「えっ…」

なるほど。
春菜が躊躇ったのも頷ける。それほど、春菜の言っていることにはリスクがあった。

「接触感応」。
聖が現在敵への攻撃ないし防御の手段として使用している「能力複写」の根本となっている能力。つまり、「接触感
応」によって相手の能力を読み取ることで、能力を「複写」する仕組みになっている。

しかし。相手は、どう考えてもまともな精神の持ち主ではない「金鴉」。
聖が彼女の精神を読み取ることによる被害は、想定すらできないものだった。

「あの二人は、『二人で一人前』という言葉に異常に反応してました。そこに、彼女たちを攻略する大きなカギがあ
ると、私は思うんです」

春菜はさゆみと「金鴉」が対戦している時の、さゆみが口にした件の言葉が「金鴉」と「煙鏡」を激しく動揺させて
いたことを、見逃さなかった。相手がフィジカルで自分たちを凌駕しているなら、付け入る隙は精神面において他は無い。

「新垣さんは、その戦闘力もさることながら、相手の精神の脆い部分を突くことによって勝利を得てきたそうです。
本来なら、新垣さんに一番能力の質が近いのは生田さんですが…」
「うん、わかってる。えりぽんにはそんなこと、させられない」


春菜の言わんとしていることは、聖にもすぐに理解できた。
里沙の能力に、メンバーで最も近い能力を持っているのは衣梨奈なのは間違いない。
しかし、精神に「干渉」するのと、精神を「破壊」するのとでは、その力の込め方、加減がまるで違う。端的に言え
ば里沙と同じようなことをすれば、衣梨奈は狂気を孕んだ相手に対し、その狂気に飲み込まれてしまう可能性が高い。
かつて、春菜とともに和田彩花を救った時。
そうならなかったのは、彼女の中に人間らしい部分が多く残されていたからに過ぎなかった。

「新垣さんは、直接、精神の触手を使って相手の心を『押す』ことができる。けど、私たちにはそれができない。だから、まずは譜久村さんに相手の心の形を読み取って欲しいんです」
「…わかったよ、はるなん」

聖は、春菜に対し力強く返事を返した。
必ず成し遂げる。光り輝く、強い意志を持って。



狂気に顔を歪め、笑っている「金鴉」の前に。
立っているものは、最早誰一人いない。

彼女が宣言した通り。一人ずつ、確実に仕留める。
殲滅という目的の前に冷静になった小さな破壊者にとって、リゾナンターたちは敵ではなかった。

「…ちっくしょう!!」

最後の力を振り絞るように、亜佑美が立ち上がりながら僕を呼ぶ。
「金鴉」の体を鉄巨人の重厚な手が押さえつけ、躍り出た藁人形が縄状になった体を巻き付け締め付ける。
それでも。

「ぬるいんだよ!!」

鉄と藁の拘束を力づくで引き千切ると、火の出る勢いで亜佑美に向け突進する。
破壊の鉄槌とも言うべき拳を、腹部にまともに受けてしまった亜佑美はもんどり打ってロケットを支える鉄柱に激突した。

「のの、ちょいと本気出し過ぎとちゃう?」
「はぁ?バカ言ってんじゃねーよ!こんなの準備体操だっつうの」

上空に漂いつつ茶々を入れる「煙鏡」を軽くいなし、「金鴉」は肩をぐるりと回す。

「全員、再起不能。でもな、そんなんで終わらすつもりはないからな。アタマぶっ潰して、とどめ刺してやる」

「金鴉」にとっては、相手の生命の停止こそが任務完了の唯一の証。
彼女に以前ターゲットにされた菅谷梨沙子や夏焼雅は、邪魔が入ったとは言えどもある意味幸運だったのかもしれない。

「まずはどいつからいくか…」

「金鴉」が最初の処刑者を品定めしていた、その時だった。
それまでぴくりとも動かなかった聖が、ゆっくりと立ち上がったのだ。

「何だよお前、自殺志願か?」
「……」

挑発する「金鴉」に対し、言葉を発することもなくゆっくりと近づいてゆく聖。
「接触感応」を仕掛けるなら、油断しきっている今しかない。

「おい。のん、気ぃつけや。そいつ何かする気やで」
「大丈夫大丈夫。こんな死にぞこないの攻撃、今更受けたところで…」

ゆらり、ゆらりと体を揺らしながら。
一歩一歩、「金鴉」に近づく。そんな様を半笑いで見ていた「煙鏡」だったが。

「やばい!避けろや!!」
「なっ!!」

聖の手が「金鴉」の体に触れようとしたその瞬間に。
「煙鏡」が叫んだ。反射的に、体をずらして避ける「金鴉」。目標を失った聖はバランスを崩し、床に崩れ伏せた。

「そいつ…そいつはお前に『接触感応』、サイコメトリーするつもりや! 体に絶対に触らせたらあかん!間接的に!
そいつを早よぶっ殺せや!!!!」

当人の間において、言葉を使わない意思疎通が可能であるならば。
「金鴉」に「接触感応」を仕掛けられるということは。「煙鏡」にも「接触感応」を仕掛けられるということ。
そのことを、「煙鏡」は瞬時に理解したのだ。

「触れずに殺せ、ってか。ちっ、面倒くせーなぁ」

言いつつも、相方の苛立ちを感じたのか、「煙鏡」は指示通りに行動しようとする。
念動力で、破壊した床の瓦礫を浮上させ、聖の頭上へと移動させる。高速で叩き付ければ、人の頭など簡単に砕けてし
まうだろう。

「という訳。悪く思うな…よっ!」

コンクリート片を叩きつけようとした刹那、「金鴉」の目に聖の左手が自分の足を触ろうとしているのが映る。
しつけえんだよ、そんな言葉の込められた一撃。コンクリート片はその重量で聖の手をぐしゃぐしゃに潰してしまった。

「ったく油断も隙もねえなあ。あとはもう一回。今度はお前の頭に…」

潰された。
確かに、聖のそれは原型を留めないほどに潰された。
聖の、能力で生やした手の形をした、植物の根は。

本物の聖の手は。
しっかりと、「金鴉」の足首を握っていた。

「て、て、てめえ!!!!」

狼狽えるも、足を振って手を振り切るも。
もう、遅い。
発動した「接触感応」により、あらゆる情報が聖の中に流れ込んで来る。

「み、見るな!見るんじゃねえっ!!!!」
「触るな!その!!薄汚い手で!!!うちの心に触るんやない!!!!!」

抵抗するかのように、喚き散らす「金鴉」「煙鏡」だが。
止まらない。一度栓を切った瓶の中身の流出は、もう止まらない。

「双子のように」「明確な違い」「格差」「劣等感」…「失敗作」
「うちらは二人で一人なんかじゃない」
「嫉妬」「絶望」「憤怒」「憎悪」「殺戮」「殺戮」「殺戮」
「あいつとは違う。一緒にするな」

組織からも忌み子として扱われてきた二人の、闇を闇で塗り潰したような歴史、事実が濁流のように聖の中に押し寄せ
てくる。まずい。飲み込まれる。小高い丘にぽつんと立つような聖の存在は、今まさに凶暴な奔流によって。

― させませんっ!! ―

体の節々までをも侵そうとする絶望、崩れかけた聖を支えたのは。春菜。
「五感強化」により、聖の精神面をサポートし瓦解するのを必死に防いでいた。

「はる…なん…」
「させません!私が言ったんだもの!絶対に譜久村さんを取り込ませません!!」

とは言うものの、聖と精神的に繋がった春菜自身もまた、悪意ある流れに晒されていた。
耐えろ。耐え切れ。まだ、私にはやることがあるんだから。

そう。これで終わりではない。
春菜に、春菜にしかできないことがある。
それなくして、あの悪魔のような二人を倒すことなどできないのだ。

歯を食いしばり、膝に力を入れる。
春菜は、彩花の精神の中に入った時のことを思い出す。
そうだ。あの時に比べれば。これは。こんなものは。

ふと、体が軽くなる。
聖が「金鴉」に触れた、ほんの僅かな時間。その間に流れ込んできた闇の濁流が、流れきったのだ。
安心したかのように、聖の体から力が抜け、そして気を失う。

「譜久村さん、ありがとうございます。そして、ごめんなさい」

感謝の気持ちは、敢えて辛いことを引き受けてくれたことへの、感謝。
そして。先輩に辛い思いをさせることでしか活路を見いだせなかったことへの、謝罪。

「…よくも。よくも、のんたちの中を」
「あとは。後の、汚いことは。私が引き受けます」

春菜が、「金鴉」の正面に立つ。
聖が「接触感応」によって得たものは、聖を通して自分も受け取った。

「引き受ける?お前みたいなゴボウ女に、何ができるんだよ!」
「のん、そいつの生皮ひん剥いて、ゴボウのささがきにしたれ!!」

威圧をかけてくる二人。
大丈夫。怖くない。腕力勝負は苦手だけれど。

「あなたたちって。本当に『半人前』なんですね」

「金鴉」と「煙鏡」の顔色が、変わる。

私、「こっち」の勝負なら、自信があるんです。


更新日時:2016/04/05(火) 13:11:08.58



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