(119)141 『雨ノ名前-rain story-』6
- 「……」
- 「私、三番目のテーブルの窓際に座っているのを見かけた事があるんです。
- 何度かお話もしたと思うんですが、覚えてますか?」
- 「……」
- 「漫画の話や映画の話、俳優さんや女優さんのことなども」
- 「……」
- 「私の人探しというのは、そのまま貴方自身を取り戻させるため。
- モモコさんや渋川さん達が話す自己像でロックさん自身を 受け入れさせるためのものだったんです」
- 声が暗転する。
- 「けれど、貴方は最後まで受け入れなかった。 それを、貴方の息子さんが台無しにしてしまったんです。
- どうして教えてしまったんですか!? ロックさんを夢から引き戻す必要なんてなかったはずです!」
- リルカが亡くなった以上、仲直りはできない。
- リルカの力だけで成長した会社は、彼女の死によって衰退するか 崩壊していくのだろう。
- 息子たちは今まで以上に愛想を尽かしてしまうのも目に見えている。
ロック・オーケンの余生を満たすのはもう幻想しかないのだ。
鮎川夢子として居てくれたなら、その精神のままで安寧の心を維持させることだって出来たのだ。
自分達はそうする事が出来る存在なのだから。
この世には醒めない方がいい夢もある。
どんな悲惨な悪夢であっても、最悪の現実より酷い事はない。
だがロメロは毒蛇のようにクツクツと嗤った。
「こいつだけ幸せな夢のなかにいるなんて許す訳ないだろ」
男の目には断崖絶壁の上にいる道化の幸福を指摘する悪意。
それ以上の激しい憎悪に満ちている。
「母さんは弱いこいつに苦しんでいた。
夢物語に没頭してまったく頼りにならないこいつに代わって会社を、家族を一人で支えたんだ。
最後は過労からの事故死だって?
過労になるまで追い込まれたのは こいつの、父さんのせいだ。
元凶の男が一人だけ安楽な夢に逃げ込むなんて許されない!」
それは残酷なまでに、正しかった。
- 弱い人間に過酷な現実だけを見つめろというのは、死を直視しろと 言っているのと同じことなのだ。
- 雨に打たれて、ロメロが哄笑をあげていた。
「全部終わりだよ。兄さん達もモモコも見えていないんだ。
全てを支えていた母が死んだ時点で会社も家も終わったんだ」
雨の紗幕が音の全てを消し去っていく。
「………そうか」
女装した男の唇から、感情の断片が零れ落ちた。
雨に濡れてカツラが落下し、顔を上げる。
化粧が溶けて斑となり痩せ細った顔。
小さな瞳には、理性の光が灯っていた。
「……僕は鮎川夢子ではなく、ロック・オーケンだったんだな」
それはまさに、完全なる自分を取り戻した彼の言葉。
「僕は弱くて愚かで間抜けた男、僕自身であることが許せなかった」
全てを理解した顔に責めるように雨が降りしきる。
男は責め苦を受け入れる様に、両手を広げた。
両手で断罪の夜の雨を受け止める。
「僕はこれからどうしたらいいんだろう。
夢から醒めて哀れな男に戻った僕はどうすればいい?」
だれか ねえねえ だれか
- 夜の雨の底で、飯窪は何も言えずに無言で立っていた。
- 自分を守る傘を彼に差しだすことが出来ない。
- ロメロが降りしきる雨よりも冷たい笑みを浮かべていた。
- 飯窪は奥歯を噛みしめて、結末を見届けた。
- 携帯端末を取り出し、依頼主を呼び出す。
- 「ロックさんが正気を取り戻しました」
- 「え?」
- 「今から保護して頂けないでしょうか」
- 「……という事は、父を見つけてしまったのですか?」
- 「はい、お父様は生きておられました」
- モモコが迷った声を出す。
- 「困ったわね。会社と家督相続の資金捻出や会社のことで兄さん達ともめているし、
- 子供の養育や離婚訴訟のことが あるので私の家ではとても……」
- 通信を切った。
- 携帯を戻すと、雨はロックとロメロに降り注ぐ。
- 同じように打たれながら、飯窪は雨に濡れる親子を眺めていた。
天から降る雨に、ただ自分だけを守って。
- 更新日時:2016/04/18(月) 03:10:10
オリジナルキャラとして確立されそうだった時には思わず言いそうに
なってしまったんですが、良い裏切り方ができたんじゃないかと。
ありがとうございました。