(138)188 『朱の誓約、黄金の畔』
長いです。残虐な描写を含みます。
あくまでも13期2人の成長録です。リゾナンターと特定名の無い人達が出ます。
それでも良いよという方はお付き合いください。
いつでも待ってるからね いつか一緒に歩ける事
え? はは そうだけど でももっと近づけるよきっと
かえでぃーがここに居る事もちゃんと意味があるんだからさ
…本当に待ってるんだよ皆 皆 ね
かえでぃーを信じて 待ってるから
例えどんな立場になっても 敵になっても 信じてる
男の首が飛び、断面からは鮮血が噴出し、天井から床を染める。
頭部が本人の足下の床に落ち、転がった。
断面から血が溢れて、血の海を広げていく。
女が刃を振って血糊を払い、鞘に納める。
笑声。
床に転がる男の首が掠れた声で笑っていた。
女が硬直していると、床に倒れた男の胴体が動く。
左手を伸ばし、傍らに転がる頭部を掴んで当然のように首の断面に合わせた。
途端に傷口が埋められ、皮膚が繋がる。
数秒で首が繋がり、男の口から呼吸が漏れる。
「ははは、あああああーああーあー………ふう。
肺がないとやっぱり声が出ないもんだなあ…」
声と共に切断で逆流してきた血が唇から零れる。
男は左の手の甲で血を拭った。
「餓鬼だと思って見くびったよ。立派な能力者じゃないか。
今日のお人形は中々に威勢がいい。最高の優越感が得られそうだ」
男の額の右、左眼球、鼻の下、胸板の中央、左胸、鳩尾。
それぞれに『風の刃』がどこからか現れて串刺しにしていく。
全てが人体の急所を狙って貫通している。
右側頭部、右頬、首の右側、右胸板、肝臓がある右下腹部。
致命傷を与えるために次々打ち込まれ続けた。
倒れていく男の足が止まる。
腕が振られ、血飛沫。どこから取り出されたか分からないナイフで
女の左肩が抉られていた。
傷口を気にせず、女が間合いをとって後退する。
「いってえな……普通なら十回は死んでる」
血の穴となった左の眼窩の奥で、蒸気と共に蠢く物体。
視神経と網膜血管が伸びていき、眼球を形成していく。
水晶体、瞳孔が再生すると上下左右に動いて正面に止まる。
それを合図に男の全身から湯気があがると、他の傷口も再生の兆しを見せた。
「”お人形さんが言った通り”、俺は不死者なんだ。
組織に居た科学の大先生がある能力者の研究で入手した細胞を移植したのさ。
つまりは普通の武器じゃ殺せない。さあどうする?」
不死身の男を前にして少女の態度は変わらない。
黒塗りの刃を構えて前に出る。同時に男の胸板を切り裂く一閃。
だが切断された肋骨は癒合し、筋肉が接着し、皮膚が覆っていく。
時間が逆流したかのような再生を見せつける。
だが女の刃は揺るがない。
溜息のような息を一つ、吐いた。
その姿に男が反応する。
死ぬ可能性があるのはそっちなんだぞ。
このままじゃジリ貧なのを理解できないぐらいはやっぱり餓鬼のやり方か」
「そうね、だから、面倒くさい事は任せようかと思うの」
女が久しぶりに言葉を発した。
それに対して男が僅かに笑みを浮かべたが、一瞬で消失する。
黒塗りの刃から異様な波長を感じたのだ。
狂気の波が男の肌に粘着し、気味悪さに鳥肌が立つ。
「なんだよ、それ」
「気付いた?でも、もう決めてあるのよ。アンタを餌にする事は」
刃が静かに振られる、男にではない。
まるで”ソコ”に何かがあるかのように刃が空を斬る。
【扉】が視えた気がした。
その瞬間、女の左右には黒犬と白犬が着地する。
体色が違うだけで同じ大型犬。猟犬に似た逞しく伸びた四肢に尖った耳。
筋肉によって覆われた全身の終点には太い尻尾。
「犬の餌にってか?ふざけてんじゃねえぞ」
違和感。男は自らの右手首の断面を眺めた。
血と共にナイフを握った右手が宙を飛んでいく。
激痛とともに跳ねて部屋の中央に着地。
「なっ………!!!!????????」
右手が落下する前に、男が長年の殺人で身に付けた肉食獣の直感は
今のこの場において捕食者は自分ではなく、眼前の女こそが
捕食者であると告げていた。
「気付いた時にさっさと逃げれば良かったのにね」
女の言葉に反撃よりも逃走に移るために膝を撓める。
伸ばそうとした男の姿勢が崩れた。
体重がかけられると共に右膝と左脛に朱線が引かれ、鋭利な切断面が描かれた。
「ぐぎぃっ」
残った左手を床について男は転倒を避ける。
先に切断された右手がようやく床に跳ねて落下。
左手一本で上半身を起こすと、女が見下ろしていた。
横手には黒犬が侍っている。口には鮮血を吐く男の手を咥えて。
「この子達、良い子でしょ?普通の子達よりも頭が良いの。
人殺しの首を掻き切ってくれるとても従順な良い子達でしょ?」
「ころず、ごろじっで……!?」
不死者の背後で白犬が左腕を咥えていた。
通常の人間なら右腕を失った衝撃で即死するか、手足の失血で死亡する。
だが不死者を自称する男は既に血液を作り、手の指が復活し始めていた。
自らの血の海に転がる男の前に女が立つ。
右手は無造作に黒塗りの刃を下ろし、刃は男の右肩に突き刺さる。
全身の激痛に足される新たな痛みに、男は悲鳴を漏らした。
「ああ、やっと痛がってくれた。
そんな事してるから100%の力が発揮できないんじゃない」
「なん、くそっ、なんで俺を見つけてこんな事を……」
「意味がないことは話したくないの。無意味は嫌い。
アンタはただ餌になるしかないんだ、殺人鬼」
女が刃を引き抜く。男の新しい四肢を再び切断。
右手が握る刃に再び全体重をかけていく。
激痛にまた男が全身を震わし、刃を引き抜き、空中に掲げる。
女の峻厳な目が男を射すくめる。
殺意を込めて、憎悪を込めて、何度も何度も殺す、殺す、殺す。
「大丈夫、精神を強く持ってれば死なないわ。
死ぬ前に抵抗して、さっきみたいに殺気を見せて」
女は男の肉へ、刃を振り下ろしていく。
肉を突き貫く音に悲鳴が混じる。
「言ったよね、無意味は嫌いなの、さあ早く、治さないと死ぬよ?」
冷徹に冷静に告げる女は既に自分の異常さを自覚していた。
だから止めない、止まらない、止める理由がない。
床の上の肉、貫かれた肝臓の表面で肉色の泡が立ち、修復していく。
砕かれた骨が再生し、再統合されていく。
裂かれた筋肉たちが繊維を伸ばして統合していく。
桃色の真皮が修復され、続いて表皮が張られていく。
表情に正気がなくとも、男は生存していた。
生きたい。生きたい。生きたい。生きたい!!
「………」
誰かの名前を呼んでいたが、その言葉にも意味はない。
男が崇拝していた者も今は居ない。
存在しない。だから女はただただ刃を振り下ろす。
常人には見えない、異能者であるからこそ視得るもの。
【異能力】
彼女が一生懸命喰らっているのはそれだ。それしかない。
女にはまるで臓物を喰らう化け物に見えた。
何故なら彼女が『異獣』である事を知る数少ない人間で、故意に彼女に
異能力を食べさせているのは紛れもなく女自身である。
満ちる事に僅かな笑みを零す彼女に、女は凍てついた視線を送った。
相手の男は不死者だと豪語していたが、女にとっては二度目の遭遇だった。
一度目の不死者は『LILIUM計画』と称した研究に命を捧げて
真の不老不死に近づくあと一歩の所だったが、結局その命題を捨てる事となった。
リゾナンターと呼ばれた者達の抑止力が、その支配を止めたのだ。
思えば、あの力を得ることが出来たなら既に目的は達成できていたかもしれない。
この界隈に詳しい情報屋から得たもので一番近い人物を選んだのだが、これでは足りない。
足りなさすぎる。
「加賀さん、ごちそうさまでした」
女は律儀にそう言った。何とも人間に近い事をするのだろうこのバケモノは。
人間に近すぎるせいで『異獣』の尊厳などまるで無い。
人型であるが為に能力という能力を持ち合わせる事なく現れている異界の住人。
異獣召喚士としての自分の力の弱さに、女は拳を固く握りしめる。
証拠も何もないからきっと迷宮入りになる事件だろうけど」
「それって加賀さんには不都合なことですか?」
「どうともならないよ。今までもそうだったでしょ?」
「そうでしたね。……あの、加賀さん」
「何?」
「……ご、ごちそうさまでした」
「それさっきも聞いた」
「あ、あはは、へへ。ごめんなさい」
何がおかしいのだろう。言おうとして、溜息が零れる。
バケモノに人間らしさを求めても仕方がない。
ただ力のままに鍛えるだけの存在に関係性を見つける事は無意味だ。
異獣召喚士である以上、異獣を鍛えなければいけない。
喰らって喰らって喰らい尽くしてバケモノを強くしなければ。
たとえどんな事をしてでも、たとえどんなものを利用してでも。
あどけない笑顔を見もせずに女は刃を構える。
黒塗りの刃に掛かれた文字の列が線となり、宙に描かれていく。
文字で象られたのは鎖が散らされた【扉】
黒犬と白犬の両目が煌めいたかと思うと、その扉に向かって
飛び跳ねた姿が白煙のように消えた。
文面を最後まで読むことなく、再び右手が振られる。
刃が紡いでいた光の文字が掻き消され、【扉】が閉じられる。
鎖が戻り、錠前が施され、目が閉じるように闇へ消えた。
「行こう、レイナ」
「はい加賀さん」
女、加賀楓の後を異獣、レイナが付いて歩いていく。
血生臭い世界を背負い、加賀は静かに前を見つめている。
――― もし時間が開いたらお店に遊びに来てよ
コーヒーが飲めないなら紅茶もお茶もあるし
美味しいフレンチトーストでもてなしてあげるよ
待ってるね ずっとずっと待ってるから
君のお友達も連れておいでね かえでぃー
とりあえず冒頭部分のみを書かせて頂きました。
本編の開始は今しばらくお待ちください。
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