(134)300 『Chelsy』43

車に揺られ、私達は『ウル』の生産されている工場へと向かうこととなる
班長は目を閉じて集中力を高め、一方で部下の二人は落ち着かず装備を何度も確認していた
そういう私は自身に押し寄せる極限の緊張に戦うも、耐え切れず悪心が込みあがってきていた
班長達に悟られまいと、整備された装備を一つ一つ確認する。
もちろん大事なことだが、心ここにないため私自身が不安だった
電磁銃にモニター、浮遊シューズ、誘導爆弾、投げナイフ、迷彩用砂鉄そして電磁スーツ
わかっていたことだが、いくら確認しても、いくらイメージトレーニングをしても落ち着かない

その理由は簡単だった。こんな大きな意味をもった戦いをしたことがないからだ
班長は言った。この戦いがウルを蔓延させるのを防ぐ瀬戸際だと
ウルが拡がったら、大事な人に使われたら、飲まされてしまったならば、社会の秩序が崩れる
偶然に知った『ウル』の存在。偶然みつけた絨毯の影。偶然付いていたユリの花粉
いくつもの偶然が重なって、ウルから世界を守る可能性をかけた戦いに向かう

そんな折に通信機から声が届いた
『チェルシー、緊張しているのかい?』
「ジョニー?」
『心拍数値が上昇している』
「そんなことまで見ているの?」
『君の生命活動を把握するための装置の一つだよ。変な使い方はしていない』
「変態」
『でも、まだドキドキが止まらないみたいだね。落ち着かないとダメだよ』
「・・・落ち着いたわ」
こんなときでもジョークをいうなんて、ジョニーってほんっとうに・・・

「班長、そろそろ着きます。皆さん準備をお願いします」
そこは港に近い人気のない倉庫群の一角。やはりこんな静かな場所が製作場なのか
「チェルシー、作戦を伝える。君が先頭で扉の前まで駆け寄り、私達が後ろからサポートする
 ジョニー聴こえるか?」
『はい、感度良好ですよ』
「よし、君はチェルのサポートに徹してくれ。周りに敵は?」
『・・・一人ですね。建物の中で動いている様子はありません。おそらく我々にも気づいていないかと』

私の左手首の電子モニターにも私以外の電磁波を発している影は一つだけであった
「私のモニターでもそう映っています」
「よし。チェルシー、危険な役目をお願いして申し訳ないとは思っている
しかし、この緊急事態においてはこの中で一番の実力者に任せるしかないのだ」
「わかっていますよ、班長。BESTを尽くし、ウルから世界を守りますよ」
強がってはみたものの頬を汗が垂れた。この汗は緊張なのか?それとも・・・

「1,2の3!で飛び出します」
目標地点まであまりに近づけすぎると却って敵襲を感づかれ、逃亡される可能性が上がってしまう
車と目標の建物までは約150m、音もなく駆け寄るなんて普通ならば容易な距離ではある
モニターでは敵はいないと示しているが、果たしてそうなのか、と疑う余地はある
電磁波の発生しない機械や原始的なトラップは映し出すことはできない
しかし、信じなくてはならない、班長を、ジョニーを、仲間を
「チェルシー、君のタイミングで向かってくれ」
「チェルシー、援護は任せて!」「班長は僕たちが命がけでも守るから」
班長は部下の失言に眉をひそめながらも、リボルバーの安全装置を外し、私に朗らかに笑みを向けた

「聴こえる?ジョニー」
『ああ、聴こえるよ。覚悟はついたのかい?』
「ええ、行くわ・・・ねえ、終わったら、またいつものジュース、用意しててね」
『班長のケーキも合わせて用意しておくよ』
「カツ丼も食べたいわ」
そして私は班長に目配せをし・・・車のドアを勢いよく開き、飛び出した
声も出さず、ただ目的の建物の扉へと駆け寄る
地面を踏みしめ、腕を振りぬき、風を切るように私の体は軽かった
班長達の姿を見る余裕なんてないが、後ろから砂利を踏みしめる音がするので付いてきているのであろう


金属製のトラップには自動で反応するスーツの自動防衛機能も働くことなく私はもう少しで建物、というところまで辿り着く
このまま飛び込んでもいいが、まずは態勢を整えるほうが重要だ
私は扉の近くの壁に背をあずけ、班長達がやってくるまで待機することにした
「モニターチェック、カウントアップ」
しかし、普段ならスグに返ってくるはずの声がなく、モニターも止まったまま
「カウントアップ、カウントアップ」
「どうかしたのかい?不具合でも生じたのかい?」
「ええ、普段なら反応するモニターが動かないようです」

班長達が追い付いてきた。事情を伝えり
「モニターが動かないんです」
「なんだって?他の装備はどうなんだ?」
迷彩用砂鉄を一握り掴み、私の手を闇に同化させようとした
普通ならば私の手に沿い広がっていくはずの砂達が微動だにしない
「動かないのか?」
「普段はこのモニターで私のどこにどのような迷彩を施すのか指示しているんです
 モニター自体が動かないのであれば、機能しないかと思われます」

「・・・こんなときに限って、か。ジョニー、聴こえるか?」
班長はジョニーから手渡された通信機に向かい問いかけた
『こちらジョニーです。班長どうされましたか?大声を上げないようにしてください』
ジョニーは私達が慌てているのを知ってかしらずが、口調は変わっていない
「しかしだな、ジョニー、君の作ったチェルシーのモニターが映らないらしいぞ」
『え?こちらには皆さんの声が届いていますが。チェルシー、僕の声が届いているかい?』
左腕の通信機からは確かにジョニーの声が聴こえてきていた

「ええ、あなたの声が届いているわ」
『もしかしたら装備を整備したさいにプログラムにバグが出来てしまったかもしれない
 班長、チェルシー、今から急いでシステムを調整に入りたいんですが、こちらには戻ってこれませんよね?』
当然、それが無理だということは誰しもがわかっている

『可能な限り、既存のプログラムでどうにか動かないか頑張ってみるよ』
「しかし、ジョニー、もうそんな時間もなさそうなのだ。
 もう、我々は扉の前であとはチェルシーのタイミングで突入する、という直前なのだ」
『そうなんですか?チェルシー、扉の前にもう来ているんだね?』
「ええ、ジョニー。だからあまり待っていられる時間はないの」
『・・・お互いできることをしよう。君はウルを回収する、僕は君をサポートする、それだけだ
 班長、それでよろしですね?」
「ああ、すべての責任は私が負おう。チェルシー行くぞ」
「はい!!」
我々4人は目くばせし、ドアに近づき、思いっきりドアを打ち抜き突入した

身を引く構え、懐中電灯で照らしながら倉庫内へ足を進める
班長の部下の二人が周囲に注意を払い、班長は殿の位置で構える
「大丈夫です、チェルシーさん、進みましょう」
この倉庫内で確認できた我々以外の電磁波は一つ。倉庫の奥に一つだけであった
開かれた大きな空間の奥に三つの部屋、そのうち一つは洗面所であり、残りの二つの内一つは事務所の構造
それは事前に調べがついており、目標はその事務所の部屋
その道すがらには幾重もの荷物が置かれ、敵が潜む余地はあるのだが、驚くほどに何も起こらない
「本当にここがウルの生産工場なんでしょうか?」
そう思ってしまうほど順調に事務所の前についてしまった

「チェルシー、モニターは直ったのかい?」
「いえ、残念ながら」
砂嵐のままのモニターがジジジっと音を立てている
『ごめん、チェルシー、難しいみたいだ。しかし、君はもう扉の前にきたみたいだね』
そう、この扉の先にはウルを売りさばくものがいる
この世界を変えんとするものが。
美しい世界じゃない、正しい世界じゃない、暮らしやすい世界じゃない
でもそんな世界がわたしは大好きなんだ。私は守る、この世界を

「班長、行きますよ」
班長が、部下の二人が頷き、私は扉を開いた
開け開かれた先も暗闇に包まれていたが、部屋の奥にはパソコンの放つほんのりとした灯り
「動くな。我々は武器を携帯している」
ジャリっと何かを踏む感触があり、構えを解かずに床に落ちていた何かを拾った
「!!」
それは、赤いカプセル、あのときシルベチカが飲んだカプセルであった
「それが『ウル』なのかい?チェルシー」
私は「そうよ」とつぶやき、後姿の人物に強く言い放つ
「物的証拠も十分。素直に投降しなさい」
4つの銃口が向けられているのにもかかわらず、カタカタとキーボードを打つ音は止まらない
我々のことを無視しているように、バカにしているように、その態度は焦りの欠片も感じられない

班長の拳銃から銃弾が放たれ、壁にひびが刻まれる
さすがにキーボードを打つ手が止まる

「今のは威嚇だが、次からはお前を狙う。命を奪うわけにはいかない、色々訊かなくてはならないのだ」
「・・・」
その人物は両手を掲げ、そのまま頭の後ろで組んだ
よかった。手荒な真似をしなくてすんで、と思った

しかし、次の瞬間、頭の中に奇妙な感覚が走り・・・気づけば銃が手を離れていた
「な、なに?」
そしてその人物は頭を手の後ろで組んだまま椅子の背もたれを倒し、我々の顔を覗き込んだ
「銃を向けるのはやめてください」
その声に私は、いや、私達は聞き覚え、いいえ、見覚えがあった
「『いま、こうやってチェルシーの装置を直しているんですから』」

・・・ジョニー??   (Chelsy


投稿日時:2016/11/05(土) 23:30:54.25


作者コメント
『Chelsy』。チャット中に投下
まあ、ばれるよね。しかし、ウルを飲ませる声の部分で気づかれるとは意外だった
しかし、まだ続きますよ。なぜ、こんなことをしたのか?まで考えてみてください 





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