(135)222 『the new WIND―――共鳴の果てに』

空気が張り詰めたあと、弾けた空間から流星があふれた。
瞬く間にその流れ星は、リゾナンターのもとへと落ちていく。
小春の、ジュンジュンの、そしてリンリンのもとへと降り注ぎ、鋭く、光った。
星に包まれた3人の姿が一瞬、霞む。

さゆみは目を凝らして、その様子を見つめた。
まるでそれは、ひとつの儀式のようでもあった。
3人は示し合わせたわけでも、そうしろと誰かから命じられたわけでもないはずだが、3人とも同じ行動を取った。
彼女たちは星を手のひらに掬うと、そっと口に含み、喉を通した。
輝く星を呑み込むと、3人の纏う雰囲気ががらりと変わった。

「…………おかえり」

そう呟いたのは誰だったか。
小春はゆっくりと右手をあげる。すると、東の太陽にゆっくりと影が浮かび上がった。黒雲が、小春によってもたらされている。

ああ。とさゆみは悟る。
男が奪った能力が、主の元へと還ったのだと。 

「………ぐっ……」

だが、安堵している余裕はない。
男は肩で息をしながら立ち尽くしていた。
周囲はリゾナンターに囲まれている。
刀も失った男の方が圧倒的に不利なはずなのに、気を許せない状況は変わらない。
どう攻撃を繰り出すか、一斉に飛びかかれば誰か一人くらいは致命傷を与えられるはずだ。だが、そのぶんリスクも大きい。

そう考えたのも束の間、男ががくんと膝を折った。
何が起きたのだろうと遠巻きに確認していると、男の足元が氷ごとさらさらと崩れていくのが見える。そう、まるで砂のように。
それが、男がダークネスに作られたクローンであることを示していた。

れいなは怒りに震えながら、男に駆け寄った。後方でさゆみが呼ぶ声がするも、気にしない。
あの男の顔を見てやると決めていた。
リゾナンターを此処まで追い込み、傷つけ、解体の要因ともなった男の。
世界の全てを憎み、破壊衝動しかなかったこの男の顔を。
そう思う間にも男の身体はどんどん消えていく。風に浚われるように、実態を失っていく。

れいなは男の黒衣に腕を伸ばすが、それより先に下半身が崩れ、腰の位置まで頭が落ちた。
それでも黒衣のフードの箇所を掴み、引っ張り上げる。その感触はもう、ほとんどなかった。
男の目が、れいなと、重なる。

そこには、何の光もなく、ただただ深淵が広がる、窪みが、あった。


―――怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。


―――おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ


かつて、「善悪の彼岸」にてニーチェはそう説いた。
その意味を、れいなが理解することは、きっとない。
それでもれいなは、真っ直ぐに、男の深淵をのぞき込んだ。
希望も、優しさも、救いもない、圧倒的な闇。これまでに見たことのない“黒”に、引きずり込まれそうになる。

「……負けんよ、れいなは」

男の姿はもう、8割以上が砂となっていた。だから、その声が届く確証はなかった。
それでもれいなは、自分に言い聞かせるように、口にする。
ただ一つの誓いを胸に刻むように、生命を削り続ける理由に解を出すように。

「一人じゃないけんね」

嘘でも、仮初めでも、「仲間」という存在が居れば、男の未来は違ったのだろうか。 

ふと、先ほどの氷塊能力を思い出す。
魔女がどうして手を貸してくれたのか、わからない。
戦術として、三つ巴になった際は、仮初めでも協定を結び、一人を倒すことはセオリーだ。
倒した後に、再び一対一の闘いになる可能性はあるが、この場から、魔女の気配は消えていた。
どうやら、リゾナンターと闘う意志はないらしい。あれだけ血を垂れ流したのだから最もと言えるが。
派手にやられた仕返しに、リゾナンターに力を貸してくれたのだろうか。
単なる気まぐれなのかもしれないが、確かめる術は此処には残っていなかった。

その、少しだけでもの仲間意識がこの男に向けられれば、未来は変わったのだろうかとれいなは思う。

ダークネス側に作られたクローンであったとしても。
例えば同じクローン人間が傍に居たとしたら。
研究者や魔女が傍に居たら。

その能力だけでも、認めてくれるただ一人の存在が居たとしたら。
この男は―――


男は何も言わず、表情一つ変えず、消滅した。
れいなの手の中には、ボロボロの黒い布切れだけが残る。
今手を離せば、この風に乗って、何処かへ消えてしまうだろう。
持ち続ける理由は何もない。それでもなぜか、そのまま手放す理由もまた見つけられず、れいなはそれを握り締める。 

あの男は、自分と少し似ていた気がした。
社会の半端者で、誰からも気に掛けられず、仲間もなく、胸の中には破壊衝動しかなかった。
一歩間違えれば、自分自身もああなっていたのかもしれない。
世界を憎み、壊すだけの、化け物に。

「れいな」

さゆみが、呼ぶ声がする。
振り返ると、いつの間にかそこには、仲間がいた。

れいなは笑うことも、ほっとすることもなかった。
一歩ずつ、彼女たちへと近づく。

一人じゃなかった。いつだって。
れいなには、彼女たちが、頼りのある仲間がいた。
4年在籍して初めて知ったような感覚に包まれる。

風が、吹く。
雲を散らし、太陽が世界を照らす頃、共鳴が、静かに響いた。


投稿日時:2016/11/19(土) 22:59:02.29







ページの先頭へ