(136)284 『Chelsy』46

「僕は能力者なんだ」
唐突な告白だが、ジョニーが纏う砂鉄の螺旋は彼の告白を疑うことを許さない
「どうだい?君に嘘だと言われないように、わかりやすく能力者だって示してみたんだ
 しかし、二重螺旋構造とは美しい形態をしているね。二つの渦が互いに一定の距離で交わることなく形作られている
 僕たちを構成している遺伝子も二重螺旋だなんて、神秘的じゃないか」
砂鉄やネジ、銃弾が浮かび上がる姿は悔しいながら神秘的な美しさを漂わせた

しかしチェルシーはそれを肯定することをできなかった。肯定はジョニー自身を認めてしまうように感じてしまったから
今の彼を許すことはできない、それはウルのために、機関のために、信じていた彼のために
「神秘的なんて思ったことないわ」
「おや、いつもにも増して言い方がきついね」
「・・・まだ隠していることあるんでしょ?」
「手厳しいね、口調が」
「・・・」

いつものように掴みどころのないジョニーに対してチェルシーは恐怖を感じていた
わかっているはずの相棒の知らない部分、見慣れた笑顔には何が隠されているのか?
しかし、チェルシーは自分の使命を務めなくてはならない、ウルを広げてはならない
そんな思いも知らずにジョニーが腕を突き出し、拳を握った
(??)
ふと、チェルシーは足腰が震え、土を踏む感触が失われた。気が付くと宙に浮かんでいた
「な、なに?」
「チェルシー、危ないね、まだこんなナイフを隠していたなんて」
チェルシーの腰のホルダーに隠していたナイフが伸ばした腕に収まった
「まだあるのかな?ほら、言うことを聞いてくれるかな?」
チェルシーは自分の体が引っ張られる感覚を抱いた

「これもあなたの能力っていうの?」
ジョニーにいつもよりも強い口調で問うが、ジョニーの表情は変わらない
チェルシーの視界でポケットから銃弾が飛び出し、ジョニーのもとへと流れていくのがとらえられた
「さしあたって、金属操作ってところかしら?」
「いいや、前に説明しただろ?『スーツは磁力を操作する』って。磁力操作、さ」
それはスーツを開発されたときにジョニーから説明された基本性能だった
それが、まさかジョニーの手によるものとは考えたことはなかった

「でも、私は磁力を帯びたものなんて身に着けていないのよ、おかしいじゃない
 長年スーツを身に着けたから、私自身が磁石になっているとかいうんじゃないわよね?」
「ハハハ、面白いね、そうか、そういう考えもあるんだね」
「何笑っているのよ!」

宙に浮いているとは身動きを拘束されているわけではない。それにこっちには「これ」があるとチェルシーには策があった
「いやいや、さすがだよ、チェルシー。君のアイデアで僕はいつも感心させられていたんだ
 君はやはり素晴らしいよ。君のおかげで僕はもっと輝ける」
「ふざけないで!!」
「おやおや、なんだかいつもよりも興奮しているじゃないか?」
確かにそうなのだ、いつもよりも圧倒的にチェルシーは攻撃的、なのだ
「チェルシー、落ち着きなさい」
体中に奇妙な感覚が拡がる、それはジョニーが拡げた悪魔の薬のせいだとわかっていた。それなのに
「・・・わかりました」
口が勝手に動き、震えが止まる。

「ウルには勝てない」
「そのようね、悔しいけど」
ウルを飲まされた以上、チェルシーをジョニーは操ることができるのだ
「血の気が多い君は好きじゃないんだ。君のおっとりしたところがいいんだ」
「・・・お気に召さなくて残念だわ」 

「武器もない、ウルの力にも勝てない。チェルシー、残念だけど勝ち目はないよ
 素直に話を聴いてくれよ」
チェルシーが隠し持っていたナイフや銃器はすべて、ジョニーが磁力で吸い上げた
当然のことであった、スーツの性能を向上させるために遠隔操作できるように、全ての武器を磁力で操れる金属にしていたのだから
それなのにチェルシーは「飲めない要求だわ」と突っぱねた
髪をかき上げるのはジョニーが困っている証拠、それを知っていたチェルシーは挑発的に笑って見せる
その笑顔に何か策があるのではないか、ジョニーは磁力でチェルシーにまだ隠した武器があるのではないかと磁力をあげた
それを狙っていたのはチェルシーだった

「要求はのめないわ。でも、あなたにあげたいものがあるの、ほら」
右手に隠した「それ」を離す。それは磁力であっても、唯一、ジョニーが守ることができない武器
「なんだい?告白なのかな?」
「ええ、とっても刺激的なものよ」
ジョニーの右手に向かい飛んでいく、それは―自動追跡爆弾
どんなに磁場を操っても、爆発までは防げない
爆発による風圧がチェルシーを襲い、地面に叩きつけられた
(動ける!)
チェルシーは慌てて身を隠した
(だって、あれくらいでジョニーをやっつけたなんて思えないもの)

砂煙が収まるとそれが正解であることが判明した
いつの間にか金属性の壁が作られ、その後ろからほぼ無傷のジョニーが姿を現した
「ふう、さすがに爆弾を使うとは驚いたよ。そしてまたかくれんぼかい?」
チェルシーに問いかけるが、当然返事は返ってこない
「君を傷つけたくないんだ。しかし、いざとなれば、ウルを使って無理やり見つけ出すこともできるんだぞ!」
珍しく大声を出したジョニーにチェルシーはほくそ笑んでいた
(ウルを使えば、ということは私を見つけ出したわけではない。それにウルを使うにもジョニーは制限があるみたいね)

しかし、どこにいても届くウルの魔力を断ち切り、ジョニーを拘束する方法などあるのか?
チェルシーは気配を消しながら倉庫内を絶えず移動する
多少の音がしたって仕方ない、今は打開策を見つけ出さなくてはならないのだ
幸運なことに今は磁力を発するものは身に着けていない。
電磁波を用いて居場所を特定するスーツも壊れている、ジョニーに居場所が探られる可能性はないはずなのだ

「さあ、チェルシー。君のスーツの爆弾も一つしかないはずだ
 僕が今朝調節したんだからね。もう君に策はないんじゃないかな?」
ジョニーの呼びかけも無視してチェルシーは考える、考える、考える
(・・・そうだ、あそこなら)
チェルシーはその場所へもう気配を隠すこともせずに駆け出していく
当然その音をジョニーが聞き逃すはずもなく、その気配をチェルシーは感じるが、お構いなしに昇る

「チェルシー、何を考えているんだい?わざわざ姿を現すなんて」
鉄骨でできた倉庫の骨組みの上にいるチェルシーに向かい、ジョニーは大声で問いかけた
「怪我してしまうよ、そんなところから落ちてしまうと」
「ええ、そうね。落ちたら大変ね、だから」

チェルシーは飛び降りた

「チェルシー??何をしているんだ!」

チェルシーはわかっていた、ジョニーが放っておかないことを
私を怪我させないために能力で守ってくれることを。だってジョニーは私達を利用したいのだから
班長含めて4人で向かい、怪我人がでるということ、それも機関のエースのチェルシーが怪我をするとなると本部が黙っていない
本部の捜査となるといくらジョニーといえども隠し通すことは不可能であろう
だから、選択肢は一つしかないはず、チェルシーを守ること
そして、そのためには磁力を持たない体を守るためにジョニーは近づかなくてはならない

近づくために命をかけてチェルシーは飛び込んだのだ
(さあ、私を助けるんでしょ?ジョニー、選択の時よ) 

迫りくる褐色の地面、耳に流れる風を切る音
確実にチェルシーは落ちていた
チェルシーの計算ではジョニーが駆け寄って、磁力でどうにかしてくれる、と考えていた
しかし、落下しながらもジョニーに向けられたチェルシーの視線はジョニーが動かない姿を捉えていた

(な、なんで?どうして?)

調査のために飛び降りたときは自分で策を講じていた。しかし、今は違う、全てをジョニーにゆだねたのだから
迫りくる痛みに思わずチェルシーは目を閉じていた

・・・
しかし、痛みはチェルシーを襲わなかった。そして、なぜだろう?体が動かないのだ
ゆっくりと目を開けると、地面が目の前に映った
「まったく、チェルシー、君はやはり無茶をするね。僕がいないとだめみたいだね」
ジョニーがゆっくりと近づいてきた
「まさか飛び降りるなんて思わなかったよ。怪我したらどうするつもりなんだい?
 僕は傷を治す方法なんてしらないんだよ」
気が付けばチェルシーは地面から数十センチの高さで頭を下に向けたまま宙に浮かんでいた

手を伸ばせば触れられる距離に近づいたというのに、今度はまったく動かない
ジョニーはチェルシーの周りをゆっくりと廻り始めた
「どうして?あなたは私を操れるの?私はもう金属製のものを身につけていないわ!」
「ああ、知っているさ。ウルのおかげだよ」

(ウル?ウルは意のままに操る薬じゃないの?)
チェルシーの想像以上にウルは危険な薬なのかもしれない、そう考えたチェルシーは大声で叫んだ
「こんなことまでできる薬をあなたは!なんでこんなものを作ったの!
 こんな危険な薬が拡がったらどうなるかわかっているんでしょ!!」
ジョニーはゆっくりと拳を回転させ、拳とともにチェルシーがぐるっと回った
「そのままでは頭に血が巡らないだろう?」
「頭に血が届いていてもいなくても、ウルが危険なのは確固たる事実よ!」

チェルシーからジョニーは離れ、コンテナに背をあずけた
「ふう、血の気が多いよ、チェルシー・・・いや、ぼくのせい、か」
ぽつりと呟いたジョニー
「なによ、何なのよ!!あんな薬を作って、今更、悪かったなんて、許さないんだから!!」
「ああ、ウルは僕が作った
 でもね、ウルはそういう薬じゃないんだ」

「何を言っているのよ?ウルは薬でしょ?」
「ああ、薬だ」
「あなた何を言っているの?危ない薬でしょ!」
「いや、危なくないんだ」
「最悪の薬よ!」
「違う」
「世界を破滅に導く薬よ!!」
「違う、違うんだ!!!黙っていてくれ、頼むから・・・頼むから・・・」
ジョニーが叫んだその声は震えていた

「・・・ジョニー??」
俯きながらジョニーがポケットから瓶を取り出し、その中身をチェルシーの目の前に飛ばして見せた
「これがウルだ」
黒い粉が浮かんでいた
「なによ?見ただけでわかるはずがないじゃない!」
「・・・これがウルだ。薬の中身はただの鉄だ」
「・・・鉄?」

「そうただの鉄だ。に鉄は血の中で全身をめぐる
 そして、過剰に摂取された鉄は、全身に沈着する。そう、筋肉や肝臓、脳にだって取り込まれる
 君達に飲ませていたのはただの鉄で、毒じゃないんだ
 それに脳に取り込まれるとはいっても、考え方・性格まで作用することはできないんだけどね」

「それじゃあ、ウルに逆らうことができないのに、思考が保たれるのは・・・」
「ああ、そうさ、僕が磁力操作で筋肉を強制的に動かしていたからだよ、操り人形のようにね
 でも考え方にまでは作用を及ぼせないから、意識はしっかりと残る、それがウルの全てさ
 ねえ、チェルシー、なんでウルの正体を明かしたと思う?
 簡単さ、ウルは危険じゃないからだ。磁力制御ができないものにとってはただの鉄だからね
 まあ、摂りすぎて班長のように肝臓が悪くなって、糖尿病になることはあるかもしれないがね
 ああ、ケーキを食べすぎ、というのも一枚噛んでいるかもな」

「それでも、あなたが使うならば危険な薬よ!
 ウルで世界を変えようとするなんて、ウルを流通させて、牛耳ろうとしたんでしょ!」
「いや、それも違う。ぼくはウルを使って操られるだけだ
 考えてみてくれ、ウルの存在が君たちに知られたとき、僕は一度でも君に異を唱えたかい?
 危険だ、とはいったが、むしろ事務所探しや密売人のありか探し、装備の提供、いつもと同じように協力したじゃないか
 これは矛盾だろ?どうしてウルを拡げたい側の人間がそんなことをする?」
確かにそうなのだ、ウルを作った犯人としてジョニーの行動原理には矛盾だらけ

「だったら、どうして?」
「ウルを作ったのは僕だ。ただし、ウルを売ろうとしたのは僕じゃない
 あの密売人だ、あいつが全ての犯人なんだよ、チェルシー
 僕はねあの密売人を通して、違法麻薬の出場所を探させていたんだ
 もちろん密売人にウルをのませて、どこにいるのか居場所を常に監視してだけどね
 ただ、誤算があった。あいつがいつの間にか自分が操られていることに気が付いたんだ」
「それはどうして?」
「わからない。ただ、あいつはウルを売り始めた。初めは僕はそれを止めようと思ったんだ
 しかし、そこでこう考えた、もし、より魅力的な薬があれば犯罪組織は喜んで飛びつくんじゃないかって
 ウルはただの鉄だ。分析されても怖いことは何もない、広まってもなにも毒はない
もちろん、密売人はウルが鉄だと知らない。思いのままに操ることができる薬だと伝えたからね」
「それならなぜ?」
「あの密売人の居場所を見失ってしまったから、君たちの力を借りたんだ
 チェルシーや班長、機関の情報網があれば簡単に見つけられるからね。
 それに犯罪組織を一つでも減らす、安全な未来に導くことが僕の夢、だからね」

「ジョニー、あなたは」
「何度も言っているだろ、話を聴いてほしいって。それだけなんだ、それだけ」
信じられないような告白、だが、ウルを作ったという告白よりは信じられた
「でも、それならそうだって、言ってくれればいいじゃない!
 班長だって気絶させる必要はないじゃない!」
ジョニーは首を横に振った
「危険な賭けだ、みんなを巻き込むわけにはいかない、それに」
「それに」
「これは正しい方法じゃない。悪にならなくてもいいんだ、僕だけが悪者であればいい
 だから、『ウル』・・・『unti-rule』の頭文字をとって名付けたんだ
 だから、チェルシー、お願いだ、僕の告白を忘れてほしい
 そして、僕もウルで操られていた、そう説明してほしいんだ。さらに黒幕がいたとね」

「でも、班長の部下達にはどうやって説明すれば??あなたが襲ったのよ」
「・・・どうしようかな?」
「え!?なに?そこまで考えていて、そこはノープランなの?」
「だ、だって、まさか銃を撃ってくるなんて想定外だからついつい銃弾を止めて、暴れそうだからウルを使ってしまったんだ
 どうしようか?どうしたらいい?」

「簡単なことや」
そこに突如響く、関西なまりの女の声
「犯人は、あんたですべて事足りるわ ジョニー 、いや、『J』の生き残り」
女の声がすると同時に、ジョニーの腹に傷が真一文字に走り、赤い血が流れ、ゆっくりと仰向けにジョニーは倒れていく
「キャハハハ、ボス、さすがです!」   (Chelsy


投稿日時:2016/12/06(火) 01:07:12.51


作者コメント
「Chelsy」もあと2話?3話?です。
長くなっていますが、大方プロット通りに描けています。
鉄が体に過剰にたまる病気は「ヘモジデローシス」といい実際に存在します
ジョニーについてはまだ、ね。 

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