(137)186 『Chelsy』47

「キャハハハ、いい気味だ!」
緊張につつまれていたはずの静寂を切り裂く甲高い笑い声
それは一人の小柄な女から発せられていた
「キャハハハ」
女はなにが面白いのか自分の声でさらに笑い、その笑いが笑いを生み、生んで、生んで、際限なく笑う

一方でチェルシーはジョニーに必死に声をかけ続ける
「ジョニー!ジョニー!」
斬られたと同時にチェルシーを固定していた磁力も解除され、頭から地面に落とされた
自由に動く、そのことに気づきもせずチェルシーは必死で肩をゆすぶるが、その手は赤い血でまみれてしまう
「何してるのよ!!バカ、ほら、人体切断マジックだよ、とかふざけなさいよ!!」

そんなチェルシーにコツコツとヒールの音をたてながら、黒スーツの女が近づく
今のチェルシーは感情に揺さぶられているのだが、反射的に顔を向け、睨みつけた
「・・・」
「ほう、あんた、そんな精神状態でもうちの存在に気を払えるなんて、さすが機関のものっちゅう感じや
 まあ、ええわ。どうせあんたもそこのJの一族と一緒に片したるわ」
「・・・」

そこに蚊の鳴くような声が、途切れ途切れに響いた
「チェル・・・げろ」
それは地面に倒れているジョニーが発した声であった
「ジョニー!」
「なんや、まだ生きとったんか」
女は掲げた手をいったんおろし、両腕を組み、不敵な笑みを浮かべた
「逃げるんだ、ジョニー」
「いやよ、あなたを置いていけない」
「君・・・だけ、、でも」

「キャハハ、そんなとこで恋人同士の終末でも演じているのかな?
 面白い、面白すぎて、笑っちゃうよ、キャハハハ」
「やめい、詐術師」
小さい女の笑い声が女の吃言一つでぴたりと止まる
「こいつら、まだ諦めていないようやで。また痛い目をみる気かいな」
チェルシーは「また」痛い目をみる?という表現に違和感を感じた
やはりどこかでジョニーがこの二人の女達とつながりがあるのだろう、かとも

「ボス、あのときはただ、強い日差しで体力を奪われただけですよ
 本来のおいらなら、なんてことない相手だよ!」
キャハハ女が口早にまくしたて、慌てている様子はどこか滑稽であった
「それにおいらの力が効かない相手なんていないことしっているでしょう?
 おいらに任せてくださいよ、我が同志の理想の世界のため、この『詐術師』、尽きぬ永遠の従者となります」
「・・・なんでもええわ。とにかく、そいつの傷はふさがらんやろうしな」

ジョニーの傷口をいくら抑えても、血が流れてくる
「ボスの『空間裂隙』はな~空間ごと削るから、抑えても抑えても繋がらないんだよ!
 キャハハハ・・・いくら、磁力で血管同士を繋いだって無駄なんだよ!」
丁寧に説明をするキャハハ女は肩で大きく呼吸を繰り返すジョニーを指さし、自身の手柄でもあるように強く言い放つ
「そんな・・・」
「それにおいらの能力が加われば・・・終わりだっ!」

キャハハ女が笑うと同時にジョニーの腹の傷から勢いよく血が流れ始めた
「おや、どうやら、うちの傷を磁力で少しでも塞ごうとしとったみたいやな
 まあ、ええわ、そろそろ終いやろ、文字通り血は絶えるやろ」
「キャハハハハハ・・・ボス、さすがお上手!」
女がキャハハ女の頭を軽く叩き、洒落やない、と言葉を投げつけた 

「チェルシー・・・」
それでも小声で声を振り絞るジョニーを見ていられなかった
「よくも、ジョニーを!」
気が付けば、チェルシーは二人の女のもとへ駆け出していた

「無謀やな。策もなんも講ずることなくなんて、することちゃう
 機関の諜報員らしからぬ、行動・・・ま、日本支部のもんなんてこのレベルやろ」
「さあ、ボス、こいつの相手はおいらで十分ですから、安全な場所までおさがりください」
キャハハ女がしゃしゃり出てくることをもうチェルシーは気にならなかった
そもそもこの女を狙うつもりだったのだから
チェルシーの心の中では強い思いが芽生えていた
この者たちが誰なのかわからない、しかし、何かをジョニーにしたのは確かだ
ジョニーには時間がない!
初めて会ったため、どんな戦い方をするのか知らないことは不安要素ではあるもののこの女を一刻も早く倒さなければ!

「さあ、さあ、こいよ、田舎女」
キャハハ女の挑発的な言葉を気にも留めず、チェルシーは駆け出した勢いを活かして、右拳を放つ
キャハハ女は体を落とし、パンチの軌道を捉えながら、拳を避けチェルシーの懐に入る
小さい体でそのまま、チェルシーの顎目掛けて拳を振るいあげた
眼の端でとらえたチェルシは、そのまま体をそらし、なんとかわし、その勢いのまま右手を支えに一回転
振るいあげた女の手に偶然に蹴り上げた足があたり、女はあわてて距離をとる

「ほう、おもしろい戦い方やん。アクロバットでもするんか?なあ、Jよ。まあ、会話する余裕なんてあらへんわな」
もう一人の女は余裕なのかコンテナの上に座り込んでいた

「くっそ、いってえな!ああ、もう、おまえ、嫌いだ!」
女が拳銃を取り出し、銃声が響き渡った
「おいおい、詐術師、容赦あらへんな」
女は苦笑いを浮かべた

ジョニーとの闘いでは傷を負ってはいないものの体力は消耗していた
そんな状況で、相手には銃器、それに対してチェルシーは飛び道具など有していない
それをチェルシーもキャハハ女も十二分に理解しているのであろう、また笑い声が聞こえだした
「キャハハ、どうしたんだい?早くしないと愛しの愛しのジョニーが死んじゃうよ~」

心を惑わそうとする挑発には乗らないものの、そう、時間がないのだ。ジョニーには時間がない
ならば、方法は一つしかない、覚悟を決め、チェルシーは女に向かい一直線に駆け寄る

「キャハハ・・・おいおい、恰好の的じゃないか?焦ってるのはどうなんだい?」
女が引き金を引く、銃弾が放たれる、一直線にチェルシーの元へと向かう、突き刺さる銃弾、飛び散る鮮血
一度や二度ではない、銃声が響き渡るたびに、すべての銃弾はチェルシーに突き刺さる
「キャハハハハハハ・・・ハ?」
女の笑い声が止まる

止まらない
チェルシーは止まらない
全ての銃弾が突き刺さっても歩みを止めない、足を前に突き出す

慌てて引き金にかけた人差し指に力を入れるが、カチッとただ音を立てるのみ
「しまった、撃ちつくしてしまったのか」

腹や肩には拳銃が撃ち込まれ、血だらけになりながらチェルシーは女に飛び掛かった
自身の体ごとぶつけ、地面に叩きつけられるキャハハ女
チェルシーは女の後ろに回りこみ、首に腕を回し締め付けに入る
「!!」
女は慌てて自由に動かせる右こぶしをチェルシーに叩きつける
一発 こめかみにあたり、血が飛び散る
二発 顎に剛健な拳がはいり、衝撃が頭に届く
三発 頬に痛みが走る
四発、五発・・・それでもチェルシーが首をしめる力は弱まらない

みるみるうちにキャハハ女の顔色が血の気を失いはじめ、手足に入る力も弱くなる
しかしチェルシーも切られた瞼や撃たれた傷口からの痛みのため体力の低下は著しい
それでも全身全霊をかけて、締め上げ、それを逃れようとするキャハハ女
二人の息切れが重なり合い、弱々しく意味も持たない声がキャハハ女の声からこぼれる
振り上げていた拳も上げられなくなり、自身の首に回ったチェルシーの腕へとむかい、爪を立てる
鋭く磨かれた爪は剥き出しのチェルシーの皮膚に赤い痛々しい傷を生み出す
痛みで思わず顔をゆがめるが、廻した腕に込める力を逃さまいとこらえる

苦しみのため、女は何十回もひっかき、そのたびに痛みがチェルシーを襲う
掻きむしり、皮膚から垂れた血がぽたりと地面を揺らす
それでも、チェルシーは耐える
女を気絶させることができれば、ジョニーを救うことができる可能性があがるのだから、そう信じ集中していた

そう、集中しすぎていたのだ
突然、顔面に尋常ならざる痛みが走った
「あほか、あんた、うちのこと忘れとったやろ」
もう一人の女がいつの間にか目の前にやってきており、チェルシーの顔面を蹴り飛ばした
痛みのため廻していた首を離してしまい、チェルシーはコンテナへとたたきつけられた
「グハッ」
叩きつけられ、口の中で鉄の味を感じた。衝撃で息が止まりそうになり、膝をつき、女をにらみつける
「なんやねん、うちは悪くないで。油断しとったんはそっちやろ?
 それにうちの詐術師、殺されては困るんや。あんたんとこのジョニー?とやらがいなくなったら困るようにな」
女はキャハハ女の脈を確かめ、生きとるな、と呟く。その声からは安堵の感情はくみ取れなかった

チェルシーは小刻みに呼吸を繰り返し息を整えようとするが、全身から流れ出た血のせいか力がでてこない
立ち上がろうとしても足がいうことを聞かず、呼吸も一向に肩でするままで整わない
「じっとしているほうがええで。死ぬなら苦しまんほうがええ」 

女はチェルシーに背を向け、ジョニーの元へと近づこうとする
チェルシーは慌てて、大声をあげ、女を引き留めた
「待って!」
「なんや?」
「ねえ、私はあなたに殺されるんでしょ?それなら教えて!ジョニーとあなたたちはどういう関係なの?
 また痛い目をみるって、どういうことよ?」

女は右手をチェルシーに向かい伸ばした
「悪いがうちらには冥途の土産なんちゅう考えはあらへん
 苦しみながら逝くか、苦しまずに逝くかはわからへんが、すぐにJの一族も連れてったるから安心せえ」
女は大きく、腕を払い、呟く、『space






チェルシーはゆっくりと目を開けた。痛覚は生とともに失われたのであろうか。
父や母の敵を討てなかったのは悔しいが、どうしようもない、だって終わってしまったのだから
そう思いながら目を開けるが、広がっているのはコンテナの並ぶ倉庫
ふと右手に温かい感覚を感じた。誰かが手を握っていた

その手の持ち主がにっと笑った
「だーめだよ、諦めちゃ」
天使のような純粋な笑顔だった
「まーちゃん、なんとか間に合ったね、小田ちゃんもアシストありがとう」
「・・・いえ譜久村さん、私はできることをしたまでですので・・・それよりも、あれは」
「ええ、そうね、私達の思った通りだったわ。えりぽん、あゆみん、戦闘態勢に!はるなん、どぅーは援護をよろしく!!」
「まかせると!」「わかりました!」「いくよ、くどぅ!」「はいよ!」
そして、指示を出した女性は私に向かって微笑んだ
「あとは私達に任せて」  (Chelsy


投稿日時:2016/12/18(日) 19:06:37.51



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