(105)160『Vanish!Ⅲ ~password is 0~』(10)
女性スタッフの明るく元気な声が響く店内
「たまにはこういうチェーン店も悪くないやろ?」
光井は空いたグラスをドリンクバーで横に並ぶ鈴木に渡しながら、優しく声をかける
「フフフ、なんだか楽しいんだろうね」
テーブルには先に席に通され、腰を下ろした飯窪の姿
「よいしょっと。さて、今日は二人ともお疲れ様やったな
無事に帰ってきたことに乾杯!!」
光井がグラスをかかげると鈴木も満面の笑みで乾杯と続いたが、飯窪はかぼそい小さな声だった。
鈴木は一気に飲み干し、カランと氷がグラスの淵にあたり陽気な音を奏でた
「ふわぁ~おいしかった!光井さん、料理も頼んでいいですか?」
「もちろんええで、がんばったったしな、二人とも。
いつもどおりにポテトとシーザーサラダ、そやな・・・飯窪もおるし、ピザも追加するわ」
テーブル端に置かれたボタンに手を伸ばそうとするが飯窪の反応がないことに気づき、顔を覗き込んだ
「なんや?飯窪?遠慮なんてせんでええんやで。
鞘師なんて愛佳と二人で食事いったとき、遠慮せんでバクバクたべて、愛佳の心臓がバクバクなったことあったんや」
「い、いえそうではないんですが・・・今日のことがあってどうしても元気にはなれなくて」
飯窪の言わんとすることは当然―今日のこと、亀井の襲撃についてだ
「私、何もできませんでした」
飯窪も鈴木も逃げることしかできなかった
「リゾナンターなのに逃げるのが精いっぱいでした、頑張ってなんかいないんです」
飯窪は俯いたまま、鈴木が後を受けるように語りだす
「もちろん、経験の差があるっていうのはわかってるんです。
でも、私達だってそれなりに経験を積んできた、つもりでした。だからこそ・・・悔しくて」
光井はグラスを手に取り、何も言わずに喉を潤す
「もちろん私の力が戦いに向いていないことは私自身が一番分かっていますよ。
感覚を繋ぐことで仲間のサポートに徹することしかできませんし・・・
運動神経だって普通、いや普通以下なんですよね、リゾナンターなのに」
5感、即ち触覚、視覚、嗅覚、味覚、聴覚を対象間で共有させる能力でたる
自分が視たものを相手の視覚として重ねたり、相手が感じた臭いを自分でも感じられるようになる力
当然のことながら肉体的ダメージを相手に与えることなどできない
「ペットボトルのふたを開けられないくらいの力しか私はないんですよ
普通の女の子、くらいの腕力しかなくて、足も遅くて、跳び箱も人並みにしか跳べません
性格だって鞘師さんやあゆみんみたいに強気ではありませんし、頭だって勉強ができるわけでもないんです
こんな自分だから、できないのが嫌でせめて個性だけでも磨いてきたつもりでした、でも何もできなくて」
「ここまではるなんが悔しいって感情を出すの珍しいね」
「そうなん?」
「はい、はるなんは道重さんの次に上だからですかね?あまり香音たちに弱音を吐かないんですよ
・・・まあ、陰では道重さんに相談しているのは知っているんですけど」
「!! どうして鈴木さん、知っているんですか?」
鈴木がにやにやと白い歯をのぞかせて笑った
「だってまさきちゃんが見たっていうんだもん、あの子は隠し事できないんだろうね」
そこにウエイトレスがサラダを持ってきた
鈴木は笑顔でありがとう、といって取り皿に均等にサラダを取り分け始めた。
「はるなんには言ったことなかったけど、時々私はこうやって光井さんに相談してるんだ」
「そうなんですか」
「うん、ほら、私だって里保ちゃんみたいに強くないし、生田みたいに我も強くないからさ。
聖ちゃんのように前から体を鍛えていたってこともないし、普通にやってもおいてかれちゃうんだよね
同じときに出会ったのにスタートが違うんだよ。でも、それは悔しくなかったし、むしろみんなが強くて誇らしかった」
半熟卵を器用に崩し、フォークでそれぞれの皿に移す
「だから、みんなに近づきたくて『透過能力』をどうすればいいのか、って光井さんに相談していたんだ
水限定念動力とか精神破壊に比べて地味、というかどうすればいいのかわからなかったから」
鈴木はフォークの柄をつかみ、飯窪の目の高さに掲げた
だから、失敗ばかりで怪我ばかりして、道重さんのお世話になってばっかりだったし。
ほら、香音だって運動神経よくないじゃん。でも、いろいろと光井さんに特訓に付き合ってもらって」
そこまでいい、フォークを自分の左手の甲めがけて思いっきり振り下ろした
何も知らない周囲の目があったら、狂気としか思えないその行動だが、飯窪は動かなかった
だって、大丈夫だと信じていたから
「おかげで、ほらこんなこともできる」
フォークが左手を突き抜け、柄の部分が手の甲に、端が掌からとびぬけた
「もともと鈴木の力は不完全やった。ただ、『すりぬける』だけの能力
それだけでも愛佳は十分やとおもっとったけどな。攪乱や潜入にはもってこいやからな。
前線におるんがすべてではない、と何回も諭したんやけどな」
光井は鈴木の左手を通り抜けているフォークをつかんだ
「鈴木は自分から、力をつけたい、戦いたいっていうてきたんや
今でも覚えているで、『りほちゃんのためにも強くなりたい』って泣きながらきたんや」
「そ、そうでしたっけ?」
「なに、とぼけとるんや?鞘師が大怪我して腰痛めて動けなくなって、それでもあきらめなかった姿をみて感化されたやろ?
フクちゃんと生田と鞘師との4人での何回目かの戦闘でな。なんとか愛ちゃんが間にあったけど、4人ともぼろ雑巾や」
そのときの話を飯窪はしっかりと知らない。4人の誰に聞いても、曖昧にはぐらかされてしまうのだ
その話を当然のように口にしない・・・それほどそのときのことは4人にとって悔しかったはず
「道重さんはまあ、なんというか、当然、いうたらあかんけど、鞘師を一番に治しはったわ
そんなときでも自分を見失わへん、いうのもすごいなあ」
光井は笑った。
「ハハハ・・・そ、そうですね」
飯窪は笑えなかった。
「ま、あのときの負けっぷりも今日のに近いやろなあ」
「・・・今日はあのときよりもひどいかもしれないです、光井さん
でも、あの負けがあるから香音は強くなれたんですから、必要な経験でしたよ」
「そやな」
抵抗なくフォークは鈴木の体を通りぬけた。
「あの日から訓練して、香音は『透過能力』を自分の意思で完全にコントロールできるようになったんだ、はるなん
『通り抜けるもの』と『通り抜けられないもの』を選ぶこともできるから、透過能力で戦えるようになったし」
応用として、銃弾をすり抜け、相手の体だけすり抜けられないようにして、全体重をかけてタックルをかける
地面に潜り、足元に手を伸ばし、敵の陣形を崩す
「今の香音ならそれなりに戦えると思う。」
そして・・・誰にも話していない透過の可能性を鈴木はみつめるようになった
ただ、と光井はポテトをつまみながらつぶやいた
「ま、その分、失った部分はあるんやけどな」
そしてコーヒーを飲み、サラダを引き寄せ、何かに気づいたのか、壁側に少し動いた
「どういうことですか?」
「なんも、言葉のまんまや。鈴木の透過能力は『無意識に』『完全に』『なんでも』通りぬけることができた
せやけど、訓練することで『頭で認識』してからでないと通り抜けられなくなった
そこには『意識』するという発動までのタイムラグが生じることになった。せやから」
ガシャーーーン 「冷たいっっっ」
「とっさの出来事に反応できなくなってしまった」
ウエイトレスが転び、お盆に乗っていたグラスがこぼれ、鈴木のスカートの上にこぼれてしまった
すみません、すみません、といいながらあわててほかのウエイトレスがおしぼりを奥からとってくる
「昔やったら危険を察知した瞬間に力が発動されて、なにもおきへんかったやろうな」
「・・・いま、光井さん、予知して、逃げましたよね」
「そなの?ごめん」
妙にあっけらかんとした物言いで悪びれた様子もない
飯窪はそうたずねながら、濡れた鈴木のかばんを拭いている
「!! 確かに、そうなんだろうね。今の話だと矛盾していますよ、光井さん
香音の透過にタイムラグが生じるのならば、予知能力にも起こってもおかしくないんだろうね
時間が何時何秒なんてわからないんだから、対応できないことだってあるんじゃないんですか?」
おしぼりでテーブルを拭きながら光井は顔を上げずに答える
「まあ、もちろん、何時何分おこるわかっとるものもあるけど、そうじゃないものが大半やな
せやけど、何が起こっても大丈夫なように備えるだけや。予知能力の本質を知っとるか?」
「え?未来をみること、ではないんですか?」
「そや、それだけや。未来をみるだけ、変えたりする力はあらへん
よく、未来は変えられるいうけど、それは正しくもあり、まちがいでもある」
「??」
「例えば列車の脱線事故、これを愛かが見たとする。それもいつの何時何分までわかっとる
せやけど、それを現実におこさせんようにすることができるか。
できへんことはない。せやけどそのためにとても時間がかかる
所詮、愛佳はほぼ自分の行動しか変えられへん。事故を未然に防ぐようなことはほとんどできへんやろ
結局、事故は起こる、せやけど愛かはその列車に乗らんことで、事故にあうことは防げる」
「それって」
「残酷なことや。たくさんの人が不幸な目にあうことわかっとっても、変えられへん
できることはしてるで。せやけど、何も知らん人がいきなり『おたくの電車を調べてください』なんていわれて信じるか?
まともな人間なら取り合ってくれへんやろうな、きっと。いたずらやろうって
下手したら愛佳を犯人なんやろって疑うこともあるかもしれへん。とにかく、能力は万能やない
何もできへんことやってある。せやから今日の二人が何もできへんからって凹む必要はあらへん」
その言葉に飯窪は救われた気がした。
何かしなくてはならない、チームの一人として果たさなくてはならない役割を考えていた
知らず知らずに自分に枷をはめてしまったのかもしれない
それを知ってかしらずか、光井は淡々と語る
せやけど、それでも努力することだけでも大事やと思うで
練習せえへんでできへんことと練習してもできへんことは意味が違う、わかるやろ?」
「一回みたものはほぼ完ぺきにしないといけない、ですね」
「そや、ちゃんと練習してきたん?」
今日初めて3人とも笑い出した
「アハハ、そ、そういえば、光井さん、リンリンさんとジュンジュンさんに初めてお会いしたんですけど、お二人とも強いですね
リンリンさんの中国拳法と炎のコンビネーション、ジュンジュンさんのパワーとスピード
あの二人が光井さんと一緒に戦っていた仲間なんですよね」
「そや、リゾナントにきたんは愛佳がすこしだけ先やったけど、ほぼ同じくらいに仲間になったんや
始めはぜんぜん反りもあわんくて、特にジュンジュンとは喧嘩してたな~懐かしいわ」
過去を思い出し、光井がほんのりと笑う
「ジュンジュンさんと喧嘩とか香音からすると怖くてできないんだろうね」
「そうでもないで。べつに誰とでも正面からぶつかってきたんや
愛ちゃんとだって愛か喧嘩したことあるし、田中さんとも・・・田中さんとはないかな」
ポテトに手を伸ばす
「喧嘩いうても手が出るわけでもあらへんし、まあ子供の喧嘩みたいなもんやな
言いたい事言い合えるくらいやないと、パートナーとして信頼できへん、そう愛佳はおもっとる
せやから、鈴木が生田とぶつかったり、佐藤が、特に工藤とぶつかっていることは心配してへん
それは成長するために必要なことやから。自分を否定され、他人から攻撃される。
人格形成の時期やから、刺激は多ければ多いほどがええ
今日が昨日と同じ、そんなことはありえへん。気づかんうちに変わってるんや、良い方にも悪いほうにもな」
最後の部分はあえて聞こえないように小さな声でつぶやいたことを二人は知らない
「二人とも仲間を大切にしたほうがええで」
「「はい」」
「え?あ、ああ、そういえばそうでしたね、私からお願いしたんでしたね
でも、もう答えはでました。ありがとうございました、光井さん」
「ん?別に愛佳は何もしてへんで」
なにもわからない鈴木を残し、光井は思わせぶりに笑う
「せやけど、不要かもしれへんけど、もうひとつアドバイスや、飯窪。ほんまに聴きたかったんはこれやろ?
愛佳がさっき言い切った、『愛佳なら鞘師に勝てる』の意味を」
「・・・気づいていましたか」
「当然や、鞘師も知りたいようやったけどな。あの時グラスが揺れたから、ショックやったんやろうな
自信家の鞘師にしてみたら、先輩とはいえ非戦闘員の愛佳に負けるとは思うてへんやろうからな、失礼やけどな」
里保ちゃんらしいな、と鈴木は心の中で思う。
「鞘師は強い。それは認める。普通に戦ったら、強さだけなら今のリゾナンターで1,2を争っても仕方ない
ただ、それはあくまでも普通に戦った場合にかぎる」
自身の頭をコツコツと叩いて見せる
「普通なら、や。幸いにも愛佳には未来が視えるときがある。
自分に有利な場、状況を作ることがある程度はできるんや。
それが愛佳の能力の『長所』になる。それを使わんのは勿体無いやろ?
なあ、飯窪、その『感覚共有』、5感をつなぐ力やろ?視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を同じように感じさせる」
「は、はい」
「飯窪、それだけの感覚を支配できるっちゅうことやろ?愛佳なら・・・」
ガチャーーーーン
またウエイトレスが転んだようだ
「ゴメンナサーーーーイ」
笑う、笑う、笑う、笑う、笑う、笑う、笑う、笑う、笑う、笑う、笑う、笑う
わらう、わらう、わらう、わらう、わらう、わらう、わらう、わらう、わらう、わらう、わらう、わらう、
warau、warau、warau、warau、warau、warau、warau、warau、warau、warau、warau、warau
waru、waru、waru、waru、waru、waru、waru、waru、waru、waru、waru、waru、waru、waru
わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる、わる
悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪、悪
さあ、笑おう、悪とともに。キャハハハハハハハ・・・・
・・・カナ★
投稿日時:2015/06/12(金) 06:39:06.04
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