(107)733 『Vanish!Ⅲ ~password is 0~』(12)
「そうだね、鞘師、ありがとう」
高橋は道重に極端に耳のバランスの崩れたうさぎのキャラクター毛布を掛けながら、鞘師に微笑みかけた
「疲れたでしょう?今日、ホント、いろいろあったから」
「・・・そうかもしれないですね
ダークネスの襲撃、亀井さんとの戦闘、亀井さんがいなくなった真相、そして道重さん
肉体的にも精神的にも疲れました」
氷水で冷やしたタオルを絞り、道重の額に優しくのせ、高橋は答える
「そうだろうね。さゆも眠り始めたわけやし、鞘師も眠っていいんだよ
あとはあっしが全て面倒みるから、なんなら鞘師のために子守歌唄ってあげてもいいがし」
冗談に鞘師はぷっとふきだした
「なに言ってるんですか、高橋さん、変なことおっしゃらないでくださいよ」
「そうかな?鞘師が頑張ってくれたから、あっしにできることを考えただけなんだけどな」
「あははは、き、気持ちだけで結構です」
「そんなに面白い?」
「はい、面白いです」
「う~ん、難しいな」
両腕を組み、高橋は道重の部屋のもかもかのソファーに腰を下ろした
「さゆだったら、こんなときは『え?本当ですか!』なんて言ってすぐ横になったのにな」
「そ、それは道重さんだからですよ。道重さん、高橋さんのこと、大好きでしたから」
「なら、鞘師はあっしのこと、嫌いなの?」
「そんなはずないじゃないですか!高橋さんのこと、大好きですし、尊敬していますよ。ただ道重さんのようにはできません」
高橋がソファをポンポンと叩いた
ここに座りにおいで、のサインだ
もかもかのクッションに隠された高橋が置いていったお古のソファがぎしっと音を立てた
「はい、これ、サイダー。ちょっと炭酸抜けちゃったかもしれないけど」
サイダー瓶をカバンの中から取り出し、鞘師に手渡した
「よかった」
キュポンっと栓が開けられる音が響いた
「これ、北の国で教えてもらったんよ。リンゴのサイダーなんだよ」
さわやかな甘みが口の中で渦を巻き、酸味が喉の奥を刺激する
「クセになりそうでしょ?」
「そうですね。初めて飲みました」
唇をペロリと舐めて、ラベルに目を向ける
「高橋さんはどちらに行かれてたんですか?」
「ん?あっし?
色んなところ、暑いところ、寒いところ、高いところ、低いところ、都会、田舎、ジャングルに砂漠、かな」
視線を宙に向けながら指折り数える高橋は思い出話に移らんとしていた
「北の国ではね、親切なおばちゃんがね、あっしのことを」
「なんのために行かれたんですか?」
「へ??」
「何が目的だったんですか?」
鞘師の握る瓶の中に波がたっていた
「高橋さん、私は高橋さんのことを尊敬しています、大好きです、憧れです
でも、一つだけわからないことがあります。なぜ、私や田中さん、道重さん、新垣さん達を残して一人で旅立ったんですか?
何も言わないで、『するべきことがある』なんて置手紙だけ残していなくなったあの日を忘れられません
どれだけ残された私達が不安だったのかわかりますか?
リゾナンターとして、いや、人間としてあなたから学んでいる途中だった私達の目の前からいなくなった、あなたは
新垣さんも田中さんも道重さんも光井さんもフクちゃんもえりちゃんも香音ちゃんも残されたんです
教えてください、高橋さん、するべきことってなんだったんですか?」
真剣なまなざしをむける鞘師に高橋はサイダー瓶をテーブルに置いて答えた
「・・・難しいよ、答えるのが」
「それでもいいです」
「新垣さんは知ってらしたんですか?」
「さすがにガキさんにはいわなきゃいけない、と思った。だって、あっしの一番の理解者だからね」
新垣は知っていたのに、知らないふりをしていた―その事実を鞘師はどう受けてよいものかわからなかった
(なんのために?どうして自分もしらないふりをしていたんだ?)
誰よりもいなくなった高橋に対し、声を荒げていたのは新垣だった、あの日
その眼に浮かんでいた涙を鞘師は覚えている
涙に浮かぶ感情を鞘師は取り違えていたようだ
「鞘師、私はダークネスからなんて呼ばれているか、知ってるやろ?」
「i914」
蚊の鳴くようなか細い声でつぶやいたのは高橋がその名を忌みていることをしっての配慮
「ダークネスの成功作、i914なんて、あっしのことをあいつらは呼ぶ
成功作って、あっしが敵対しているのにわざわざ言わなくてもいいのになって思わん?」
「そ、そうですね」
「あいつらはあっしが大切なんだろうって感じるよ、大嫌いな名前で呼ばれれば呼ばれるほど。皮肉だね」
鞘師はどのように反応すればいいのかわからなかった
同情?否定?共感?・・・どれも違う気がした。だからこそ無言になる
「・・・」
「あっしはあっしや。それ以上でもそれ以下でもない。
確かにi914という化け物を内に飼ってるのは事実や。だからってあっしがあっしでない答えにはならんよ
だけど、それをどうやって確かめる?1+1=2みたいな公式で示せないやろ?」
「それを確かめるために旅に出た?」
「違う」
鞘師は目を丸くした。この話の流れからそうに違いないと思いこんでいたからだ
「自分自身は一人なんて、自分が信じて、周りにいる友が信じてくれればそれでいい
それで十分だよ。それがガキさんであり、れいなであり、さゆであり・・・・みんなだよ
あっしは本当にいい仲間に巡り合ったよ、幸せ者だよ、今でも幸せ」
「それではなんのために??」
「同じように迷っている声が聞こえたから」
「『声』ですか?それって私達を集めたような」
「ただ助けてっていう叫び、かな。悲痛な救いを求める声。聞き流すわけにもいかないじゃない」
「それで旅立った」
高橋は頷いた
「いろんな出会いがあったよ、嬉しい出会い、悲しい出会い、怒った別れ、喜んだ別れ
一期一会以上に複雑に絡み合った世界で私達は生きているんだって気づかされた
そのなかで自分ができること、それを見つけられたら幸せ、それを実現できたらもっと幸せと感じたよ」
「私達との出会いはどうでしたか」
破顔一笑の笑顔で肩に腕を回して、高橋は鞘師を引き寄せた
「最高の出会いだよ。こんなに可愛い後輩を持てるなんて幸せだね」
その屈託もない不細工な笑顔をみて鞘師は感じた
(この人は変わっていない。強くて、素直で、そして優しい)
「私も幸せです。高橋さんみたいな人で出会えて」
「あひゃひゃ、褒めてももうサイダーないがし」
「ええ、大丈夫です。これ以上飲んだら肥えてしまいますから」
「え~鞘師はもう少し健康的になったほうがいいよ」
鞘師はむっとして、そうでもないんです、と強く言ってのけた
しかし、高橋は気にせず笑って答える
「あのさゆだって昔はもう少しぷくっとしていたんだから、大丈夫だよ、鞘師は」
静かに寝息を立てる道重の寝顔は二人からは見えない
「道重さん、大丈夫ですかね?」
「・・・どうだろう、これはあっしも大丈夫なんて簡単に言えない」
「質問ばかりで申し訳ないのですが、もう一ついいですか?」
何も声に出さなかったが、鞘師はyesと捉えた
「亀井さんってどんな方だったのですか?道重さんがあれほど取り乱すなんて信じられないのですが」
「絵里は、優しい人。そして、あの子ほど素直で、正直で、こだわり強くて、可愛い子を知らない。
ちょっと抜けてて、でも真面目で努力家で、ムードメーカーで、実際、誰からも愛されてた
通っていた病院でも人気者だったみたいで、アイドルだったようだよ」
「それならなんで、亀井さんがいなくなったのに、どうして騒ぎにならなかったんですか?」
ふと浮かんだ疑問を口にしたが、高橋の顔が暗くなった
「・・・ガキさんにお願いした。すべてを書き換えて、って頼んだ。病院関係者から行きつけのお店から、友達から、家族も」
「家族にもですか?亀井さんの存在自体を消そうとしたんですか?」
「いや、海外留学してることにして、病院は完治した、ことにした」
「それにしても酷いと思います」
「それはあっしも同感や。都合のいい工作だ。だけど、いなくなったままの絵里を家族はなんて思う?
必死で行方不明の捜索願をだすやろ?悲しんで、苦しんで、泣くに決まっている
だってあっしとガキさんは、絵里のことを・・・間違っているのはわかっている」
「・・・」
「それはれいなもさゆも愛佳もリンリンもジュンジュンも知っている
このことを知っているのは8人しかいないし、悲しむのもそれだけでよかった
・・・ダークネスは気づいてしまったようだけど
絵里とさゆは親友だった。なんでも通じ合っていて、どこにいくのも一緒だから、さゆは一番辛かったやろうね」
「・・・それでいいのですか?」
「間違いだね、確実に。だけどあんなにいい子を失って悲しむ思いをするのは私達だけでいい
だって私達に原因があるのだから。私達と出会わなければ、普通に青春を過ごし、普通に学校に通い、普通に恋愛できただろうからね
えりが一番普通の生活を望んでいた、それを結果的に奪ってしまった、その責任は私達にあるんだから」
「・・・」
道重の静かな寝息しか聞こえない闇を破り、高橋が語る
「絵里はね、幸せになりたかったんだ。でも、幸せを追い求めなかった
なぜだかわかる?
『幸せになりたい幸せになりたいってずっと思ってると幸せになりたいってだけで終わっちゃうんです
幸せだなぁって思ってるとずっと幸せのまま過ぎていくんです』
絵里が教えてくれたことだよ」
「ぽけぽけしているのにどこか超越していた。現実的なさゆとはそういう意味でも凸凹コンビだったね
そんな絵里だからこそ・・・今度こそ私は絵里を救いたい」
瞳にあふれる強い意思を感じた鞘師は改めて思うのだ、力になりたい、と。
鞘師が亀井が高橋に伝えた言葉を飲み込まんとしていると、突然高橋がごろんと横になり、自身の頭を鞘師の膝にあずけた
「な、なにされてるんですか」
「ん~休んどるんよ。気張ってるばっかりやったら、疲れるやろ?
楽しいときは楽しむ、哀しいときは哀しむ、怒るときは怒る、忍ぶだけじゃもたんよ」
「だからっていきなり横にならないでくださいよ」
「それもそうやね」
よいしょっとつぶやき、体を起こし、道重の傍らにしゃがみこんだ
ふと横を見ると安心しきった顔ですやすやと寝息を立てる道重の姿が目に入った
『さゆみ、寝顔は不細工だからみてほしくないの』
そう彼女が赤ら顔で言っていたことを思い出したが、その寝顔は決してそうは思えなかった
むしろ、美しい、神秘的だ、と鞘師は感じ、ついついその頬を触れたい衝動に駆られた
「さゆも苦しんどる。だから、夢のなかくらいは幸せにしてあげようかな」
頭をぽんぽんとなでて、鞘師を手招きした
「???」
ここにおいでとでも言うように寝ている道重の近くの絨毯を指で示した
道重を挟んで高橋と鞘師は向かい合う
「よいしょっと」
いきなり道重の布団に入りだした高橋を見て、鞘師は大声をあげそうになり、慌ててこらえた
「た、高橋さん?」
「ほら。鞘師も入って」
「む、無理ですよ」
「ええから、ええから。さゆを元気つけたいでしょ?」
「・・・」
「どう?」
「・・・変な感じです。お二人と寝ているなんて」
「あひゃひゃひゃ、そうかもね。でも、修学旅行みたいで楽しいやろ?
まあ、あっしは修学旅行にいったことなんてないんだけどね」
笑いながら高橋は道重の髪の毛をいじって遊んでいる
(そうか、この人も小田ちゃんと同じようにダークネスによって普通の生き方ができないようにさせられたんだった)
小田さくら、ダークネス、独特の感性、使命感、いろいろな部分がこの人と似ている、そう感じた
どれだけの重荷を背負っているのか?なんでここまで強く慣れるのか?
どうして私達を選んだのか?どこまで知っているのか?
訊ねたい欲望がこみ上げてくるが・・・
「あれ?鞘師は楽しくないの?」
そんな無邪気な声が押さえ込む
「た、楽しいです」
「・・・うそつき」
「う、嘘ではないですよ」
顔はみえない、声が聞こえるだけなのに、この人は全てを把握しているように感じてしまう
「嘘。だってなんか重いもん、声が」
精神感応? そう思ったが、鞘師は違う、と感じた。あくまでも感じただけだが、このひとは・・・
「わかるよ、鞘師のことは。だって一緒に居たんだから。ここにね」
私のことをまっすぐみてくれる数少ない人だから
「鞘師、偉そうなこと、一つだけ言っていいかな?」
「一つだけ、ですか?」
「な、なんや?そのもう、何回も言っているみたいな言いぶりは!!」
あわてて否定する鞘師だが、それを高橋は冗談やよ、と笑ってみせる
リーダーはさゆやけど、前線にたっているんは鞘師でしょ
つらい思いは人一倍多いと思う、れいなもそうだった」
久々に出会った田中の姿を脳裏に鞘師は浮かべた。
相変わらず10代半ばが好むような動物柄のファッションに身を包んでいた、派手な顔立ちが月夜に映える
あえて、そんなファッションで自分自身を守っているように、本当は繊細なことも知っている
人前では見せないように振舞っているからこそ、高橋といるリラックスした田中を鞘師は高橋とは違う憧れの対象としていた
いつしか、鞘師も願っていた、この人たちのように強く、なりたいと
しかし、高橋はそう願っていなかったようだ。優しい声をかけてくる
「鞘師、緊張しているでしょ?力入ってばっかりだと疲れちゃうよ」
「そ、そうですか?」
「自分でなんでもしなきゃいけない、そう思っちゃだめだよ
今の鞘師の立場はなんとなくわかる。でも、一人じゃないんだから
さゆだっているし、フクちゃんや生田やズッキもいる。
力をぬいて、信じること、それが必要かな」
「・・・」
「おやすみ」
すぐに寝息が聞こえてきて、鞘師も天井のマス目を見上げた
(私、頑張りすぎてるのかな?)
考えようとしたが、睡眠欲が疲れ果てた肉体を夢の世界へと誘うのは容易であった
★★★★★★
テレビから流れる天気予報
アイドル出身の『美人』天気予報士が原稿を読み上げる
『明日も本日と同じようにいい小春日和となるでしょう
しかし、週末にかけて、大荒れの天気となり、暴風を伴う雷雨となるでしょう』
だってさ、亀井さん★
投稿日時:2015/10/24(土) 12:21:21.91
『Vanish!Ⅲ ~password is 0~』(12)です
気づけばもう冬ですね。道重さんが卒業して一年近くですか。遅筆が・・・
これでカップリングパートは終えたので、次から「起承転結」の「転」ですね。
一体いつ完結できるんだか(笑)12期出せねえなw
まー修行以外も読みたいな~『作者』として刺激受けたいです。