(108)116 『リゾナンター爻(シャオ)』63話
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最初におかしいと思ったのは。
突如として舞い込んできた、仕事の数々。
聞けば、他の警察機関に属さないフリーの能力者たちも同じような状況だという。
能力が萌芽して間もない少年少女の保護のような仕事から、大組織の隙間を縫うようにして悪事を働く小悪党の
成敗まで。
一つ一つの仕事はそうでもないが、塵も積もれば何とやら。気づけば外部からの電話を取ることもままならなくな
っていた。
旧来の知己を頼ったり、中にはかつての盟友であるリンリンに頼み込んで「刃千吏」の駐日特派員を動かしても
らったり。
とにかくそうして、ようやく身辺が軽くなった愛が自らの携帯を覗き込んだその時。
山のような着信履歴の中から、「愛佳」の名が視界に入る。
かつて読心術の使い手であった影響だろうか。
何となく、嫌な予感がした。
今、自分を身動きが取れないようにしているのが、誰かの差し金なのではないかと。
そして、同じような立場にあったのだろう。すぐさま、携帯がけたたましく鳴り始めた。
「ちょっとちょっと!どうなってんのよ!」
「里沙ちゃん!?」
いつもの"ガキさん節"とでも言えばいいのだろうか。
しかし、どことなく切迫した様子があることに気づき愛佳の着信の件を切り出してみると、ご明察。
里沙もまた、急な仕事の依頼に身柄を拘束されたのに似た状態に陥り、ようやく落ち着いたところで携帯に愛佳
の着信履歴を見つけたのだった。偶然がいくつも重なると、それはもう偶然とは言えない。
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藁にも縋る思い、というのはこういうことを言うのか。
愛佳はそのことを体の芯から実感する。
「もしもし、愛ちゃん?愛ちゃん!」
「愛佳、今、どうなってる?」
光と夢の国、というキャッチフレーズには程遠い絶望的な状況。
文字通り彼女の希望となった愛に、愛佳は自分と若きリゾナンターたちを取り囲む状況を説明しはじめた。
「金鴉」と「煙鏡」と名乗る、二人のダークネス幹部。
彼女たちが、リゾナンターたちを「リヒトラウム」の敷地へと誘き寄せたこと。
さらに偽の予知を愛佳に刷り込むことで、さゆみをまんまと罠に嵌めたこと。
そして、さゆみが倒されたこと。さらに、里保までが。
二人とも一命は取り留めたものの、それでも安穏としてはいられない状況であること。
「そうなんや…そんなことが」
「譜久村たちは、道重さんの仇取るなんて言いよる。せやけど、うちは…」
撤退。
愛佳の思いは変わらない。けれど、横目でちらりと見た聖の意思もまた変わっていないのは明らかだった。
そして恐らく、他のメンバーたちも同じ思いなのだろう。
自分には。彼女たちと共に戦った時間が短い自分には、その強い気持ちを説き伏せることができないだろう。
けれど、かつてリーダーとして若きリゾナンターたちを率いていた愛ならば。
愛佳が愛の電話に希望を見たのは、そういう理由からであった。
- 「愛佳。フクちゃんに代わって」
「ん…はい…」
愛に促され、愛佳は聖にスマホを手渡す。
かつてのリーダーの登場に緊張しているのが、聖の手の震えに表れていた。
「フクちゃん?」
「はい。お久しぶりです」
「状況は愛佳から聞いた。そのダークネスの幹部が、『金鴉』『煙鏡』を名乗っているなら。あーしの知ってる
あの人たちなら。きっと、辛い戦いになる」
「はい」
「そして。さゆが戦えない今、そこにいる若い子たちの指揮を執るのは、フクちゃん。それは、わかるね」
「…はい」
愛の話す言葉を、一言一句、聞き漏らさぬよう神妙な面持ちで聞いている聖。
もしかしたら、高橋さんも反対するのかもしれない。
たとえかつてのリーダーに異を唱えられても、気持ちは変わらない。
けれど、日が落ちた後の夕闇のように、不安が聖の心に迫ってくる。
そんな彼女の耳に届いたのは、意外な一言だった。
「で、フクちゃんは。どうしたい?」
聖は。試されている、と直感した。
もちろん、携帯の向こう側の様子であるからして、愛が今どのような表情でそんなことを言ったのかはわからない。
けれど、感じる。聞こえる。言葉の意味以上に、愛が、里沙が、そしてさゆみが座っている座の意味を、問われている。
- 「聖は…あの人たちのことを追いかけたいです」
「どうして? さゆをやられて悔しいから?」
「金鴉」がさゆみを貫いたあの瞬間。
狂気に満ちた、相手の表情を思い浮かべると、今でも肌が粟立つ。深い、怒りだ。
けれども。
「そういう気持ちがあるのは、否定しません。でも、それ以上に…今、あの人たちを放っておいたら、道重
さんのように、ううん、もっと多くの人が犠牲に…だから…」
「あの二人は強いよ?」
「…勝てます」
「そっか。なら、行っておいで」
聖は、はっきりと「勝てる」と口にした。
慌てたのは愛佳だ。聖を宥めることを期待していたのに、これではまるで逆だ。
聖から携帯をひったくるように奪い、それから口角泡飛ばす勢いで愛に問い詰め始めた。
「ちょちょちょっと愛ちゃん!何や今の!何言うたの今!!」
「フクちゃん、あの二人に勝てるってさ」
「んなアホな!道重さんですら勝てなかった相手を、そないな簡単に」
「あーしは。フクちゃんを信じてる」
「そんな…」
信じるだけで実力差が埋まれば、おそらく今頃はダークネスなどとうの昔に壊滅している。
そう言いそうになった愛佳に、愛とは別の声が聞こえてきた。
- 「もしもし、みっつぃー?」
「新垣さん!?」
何と。
愛の他にも里沙がいたというのか。
折れかけた心が再び、甦る。そうだ。彼女ならきっと。
愛佳は、無言で携帯を聖に差し出した。
「もしもし、譜久村です」
「フクちゃんか…話は大体愛ちゃんとの会話でわかってる。だから、あたしが聞きたいのはただ一つ。
- あの二人とさゆみんが戦ってるのを見て、どう思った?」
「…付け入る隙は、あると思います」
「じゃあ、あたしからはもう何も言うことはないね。頑張ってきな」
「は、はい!!」
話の方向が、愛佳が期待していたのとは逆に向かっているのは明らか。
聖から携帯を受け取る愛佳の顔は、今にも泣きそうだった。
「に、新垣さん…」
「何よー、そんな情けない声出して」
「だって…せ、せや!新垣さんならうちの言うてること、わかるやろ!」
「みっつぃー、愛ちゃんが一度言い出したらテコでも動かないの、知ってるでしょーが。それに、今回ばか
りはあたしもフクちゃんの意見に賛成かな」
「え…」
あまりに無謀な若手の突入。それを制止するどころか支持するとは。
思わず昏倒してしまいそうな愛佳を、里沙の言葉がはっとさせる。
- 「フクちゃんがさ、勝てるって断言したんでしょ? そういうの、あんた今まで聞いたことある?」
「…ないです。うちがリゾナンターやった時には、そんなこと」
「だったらさ、信じて応援してあげるのが、先輩ってもんじゃないの?」
正論である。
かつてのリーダーとサブリーダーがそう言ってるのだ。正論にならない、はずがない。
「私も譜久村さんの言う通り、あの人たちには勝てると思います。ゆっくりお話しする時間はありませんが、
根拠ならありますから」
「飯窪…」
愛佳は、後輩たちの顔を交互に見る。
いつの間にか、逞しく成長している。自分と入れ替わるようにしてリゾナンターとなった遥や優樹たち年少者ですらも。
ベリーズやキュートに立ち向かった時も、彼女たちの姿に成長を見たが。あの時よりもさらに、ずっと。
何や…うちもまだまだ過保護やったんやな…
「わかりました。うちもお二人の意見に、賛成します」
「そっかそっか。でもまあいざって時にはうちらがそっちに…」
突然のことだった。
里沙の音声に、耳障りな雑音が混じり始める。
そして、文字通り、どこからか「割り込む」ものがいた。
- 「どーも、つんくでーす」
「つ、つんくさん!?」
「お取り込み中のとこ、申し訳ないんやけど。俺もそこの二人に用があるんでな。一旦切らしてもらうで」
「ちょ、ちょっと何を…」
泡を食った愛佳が文句を言いかけたところで。
通話は、強引に切られてしまった。
つんくの登場が何を意味するのか。
愛佳にも、そして若きリゾナンターたちにもわからない。
ただ、今はそれを詮索している時間はない。
「とにかくや。道重さんと鞘師はうちに任せとき。うちももう、何も言わん」
「光井さん」
「ただ、道重さんの代わりに、これだけは言わせてや。『気ぃつけて、行ってきな』」
「はいっ!!!!」
8人の声が、重なる。
「でも、あの二人を追うにもどこに行けば」
「あ」
香音のもっともな疑問。
「金鴉」と「煙鏡」の二人がどこに消えたのかがわからなければ、追うことすらできない。
- 「そもそもあの二人は道重さんの他にも何かを目的としてるような口ぶりでしたが」
「肝心の目的がわからんっちゃけん」
「マジすか!ったくじゃあどうすりゃいいんだよ…」
「あれですよ!あれ!トイレに行ったとか」
「亜佑美ちゃんそれはないと思う」
「はぁ…自分ら、それもわからんと『勝てます』なんて言うてたんか」
呆れ混じりのため息をつく愛佳。
そんな中、優樹が思いついたように口を開く。
「確か…かがみの、せかい?」
去り際に「煙鏡」が残した言葉。
鏡の世界で待っていると。鏡…鏡、鏡。さくらが、あっ、と声を上げた。
「佐藤さん、それです!!」
「それですってさくらちゃん何がわかったと?」
「あの実は…あの二人にミラーハウスに連れて来られた時に、下に続く階段を見つけてたんです。もしかしてそれが」
そのことを裏付けるように、どこからか、腹に響くような音が聞こえてくる。
春菜の超聴覚が、それを正確に捉えた。
「小田ちゃん、ナイス。確かにこの音はミラーハウスからだよ」
「よし!そうと決まれば乗り込むぜ!!」
「あっちょっとくどぅー、待ちなさいよ!」
「まさも行く!!」
「あ、えっと。光井さん、行ってきます!」
瞬く間に、三々五々走り出すメンバーたち。
うちらの頃はここらへんで「がんばっていきまっしょーい!」なんて言うてたんやけど、と過去を顧みつつ。
もう、小うるさい先輩は必要あらへん、か。
何かを決意するような表情の愛佳、その視界には頼もしい後輩たちの後姿が大きく、そして遠く映し出され
ていた。
投稿日時:2015/11/08(日) 00:05:35.92