(108)200 「先輩の意地」1

人を愛して命を知った
命を愛して人を知った
人の命に愛し方を知り
命を殺して人を愛した
人の命で殺し方を知り
愛を殺し人に命を捧げし先には祈りの言葉

ならば我らの行きつく先は夢幻の闇か見果てぬ夢か―


そこは病院だった。
病院と言っても健康保険証が正規のルートで使用される事は決して無い。
むしろ正規の医師免許を取得し、日夜人命の救助に明け暮れている―
なんて者は残念ながらこの病院には存在していない。

自分達の様な、言わば正規の道から逸脱した者達御用達の、その界隈では有名だが
普通に生きてればまず足を踏み入れる事はないだろう。そんな施設だった。
施設自体は大学病院並の検査機器も備え付けられ、一般の病院と何ら遜色も無い。
たとえ外傷を治せるのは能力の恩恵でも、十分に医療施設と言っても差し支え無い。
どこか後ろ暗い雰囲気が漂っている事を除けば、ではあるのだが。

そんな後ろ暗い雰囲気の、夜のせいだけでは無く後ろ暗い廊下の奥、その一室。
『準備モード解除します、実践モードスタート迄180秒…』
甲高い電子音と共に無機質なカウントダウンが始まる。
やれやれ…休憩がたった3分かと心の中で舌打ちをし、準備中とは思えない速度で
一見自転車の様なトレーニング機を漕いで居た高橋愛は
遊歩道をサイクリングでもしているかのようにギアを下げた。

「どう?愛ちゃん、負荷はきつく無い?」
部屋のモニターを通して見知った顔が話かけてくる。いや、見知った顔だなんてもんじゃない。
初めての仲間であり、親友であり、好敵手であり、家族よりも近しい存在。新垣里沙、通称ガキさんだ。
少年の様に落ち着いた、でもどこか甘さが混じった声に、自他共に認める表情豊かな小さな顔。
2つ年下の彼女から出来る?大丈夫?等と訊かれたら高橋は決まってこう返す。
「問題無いんよ、ガキさん」
事実、今の高橋には7倍の重力位何とも無かった。
最近になって入ってきた後輩リゾナンター達も能力の使い方と制御方法が分かってきたと言っても、
率先して稽古を付けている側が負けてしまっては何とも格好が付かない。

「今日の相手は武装特化型の石黒彩をベースに、…ある能力を足してみたから心して掛かってね」
さらりと言った相棒は、この後高橋に訪れる景色がそう良いものでは無いと告げる。
石黒彩は高橋が初めて能力を使った相手であり、1度敗戦した相手であり、
5人掛りで勝利したものの、かなり手痛い目に合わせられた相手である。
「うぇ。苦手なんよねーあの人」

ガキさんの能力、精神干渉を最大限に使った実践シュミレーションとは言え、
止めるまで行っている身には痛覚も視覚も何もかもが現実と変わり無い。
「いつもみたいに力任せで行ったら、首飛んじゃうからね。そこだけ注意して」
お互い初戦の事を思い出したのかやれやれと言った様に溜息を一つ付いて、ヘッドセットを装着する。
付けなくたって出来るらしいけど、ガキさんへの精神負荷を考えるなら付けて下さいとさゆと愛佳が煩いのだ。
音を遮断してないと少しの物音でも集中が途切れ、映像や威力が保てないらしい。

万が一能力の一端が発現しないようにガードグローブを嵌め、
お気に入りのパーカーを脱いで部屋の中央に立ち呼吸を整える。
紺野から渡された時は何も考えずに付けて危く窮地に追い込まれたグローブだったが、
今や暴走しがちな能力者達の日常生活が、この応用である程度円滑に行えてるのだから大したものだ。
その点だけはダークネスの権威を借りた研究を褒めてやろうとは思っている。

「あ。そのままの重力で行く?戻そうか?」
うっかりしてた風を装って言ってるけど、トレーニングの為だ。
戻す気は無いのは心を読まなくたって分かる。
「問題無いんよ、ガキさん」
口の端を僅かに上げ、どんな相手だろうと冷静にただ殲滅するイメージを膨らませ目を閉じる。
負荷を掛けても尚、強い敵と戦うって時のこの癖はいつまで経っても治らない。
我ながら戦い好きが治らないと思ってはいるが、それが高橋愛がリーダーとして務まった所以でもある。


『2・・1・・・0。実戦モードスタートします』


投稿日時:2015/11/14(土) 01:48:38.90





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