(112)53 『リゾナンター爻(シャオ)』64話



「これは一体…」

突如、リヒトラウム内に響き渡った轟音。
春菜の超聴力で音を辿り、ミラーハウスへと駆けつけたリゾナンター一行は驚愕する。

その外観までも鏡を張り合わせた、鏡の館は、跡形もなく崩れ落ちていた。
曇天を鈍く反射する破片の瓦礫を、残して。

「あいつら、ハルたちに追って来いとか言いながらこんな嫌がらせしやがって!」
「工藤さん、あそこに!!」

苛立つ遥の目を、指差す方向に向けさせるさくら。
さくらの話していた、地下へと通じる階段。それが、ご丁寧にも瓦礫を避けるような形で存在していた。

「いい性格してるわ。うちらを、誘ってる」
「…あゆみちゃん、慎重に行かないと」
「香音ちゃんの言うとおりだね。どんな罠が仕掛けられてるかわからない。みんな、気を引き締めて行くよ」

聖の一言が、メンバーに緊張感を与える。
その様子を側で見ていた春菜は。

譜久村さん…道重さんがいないことで、不安だろうに、こんなに。ううん、私もがんばらなくっちゃ。

彼女自身の感じているであろうプレッシャーとともに、急速に先頭に立つものとしての資質を発揮しているのを感じた。
それとともに、春菜自らも聖を支える覚悟を決めるのだった。


戦闘能力に長けた亜佑美が先陣を切り、そのすぐ後にさくらと優樹が続く。
彼女たちのサポートとして遥と香音が両サイドを固め、遠距離攻撃の衣梨奈と春菜が控える。
そしてメンバー全員の回復役を担う聖が、最後尾。
敵はいつ襲ってくるかもわからない。あの底意地の悪い「煙鏡」のことだ。どんな罠を仕掛けているかもわからない。
彼女たちの戦いは既に、始まっていた。

薄暗い階段をゆっくりと、下りてゆく。
光を遮られた空間。メンバーたちの思いは、必然的にさゆみへと馳せていった。

さくらは思い出す。
囚われの身となっていたさくらを救い出した時に、さゆみは自分のことを「仲間だから」と言ってくれた。
そして、リゾナンターとなってからも。さゆみが何かの拍子で言ってくれた「小田ちゃんは歌もうまいけど、普段の声
もかわいいね」という言葉。温度のない研究所では語られることのなかった、新しい価値観をさゆみは教えてくれた。
だから、今度は私が。だって、「仲間」だから。

遥は思い出す。
吐き気がするような人体実験の繰り返し。悪魔の新興宗教団体から救ってくれたリゾナンターの一人に、さゆみがいた。
一緒に助け出された、春菜。そしてほぼ同時期にリゾナンターとなった亜佑美や優樹。幼少の頃から能力を使役してい
た遥は、どうしてもその中で気負ってしまい、さゆみやれいなたちに対しても遠慮がちになってしまう。
そんな遥にさゆみは、「甘えてきてもいいんだよ」と声をかけてくれた。
その優しさに今、報いたい。

優樹は思い出す。
思えば、さゆみには迷惑をかけっぱなしであった。妙な「白い手」による優樹の転送能力は、未だに不安定で、時には
さゆみを間違えて池に落としたこともあった。たまに、怖いなと思う時はあったものの。最後には笑って許してくれた。
自分には姉はいないけれど、もしいるならさゆみのような姉がいい、そう素直に思えた。
みにしげさん、見ててください。

亜佑美は思い出す。
成り行きでリゾナンターに加わることになったものの、それからのさゆみとの思い出は一つ一つが掛け替えのない宝物だ。
喫茶店の手伝いをしている時。買い出しに出かけた時。何気なく、休んでいる時。そこには、さゆみの笑顔があった。
彼女に出会えたこと、彼女のいる日常。そしてその笑顔を守りたい。
あの二人に勝って、それから、「ただいま」と言ってもらいたい。
私、絶対に負けません。

春菜は思い出す。
悪夢の日々から救ってくれた、あの日。力強く立つ愛やれいなの後ろに、儚げにさゆみが佇んでいた。
能力が戦闘向きではない、そんなところに春菜は自分自身との共通点を感じていたが、それは間違いであったことにすぐ
に気づかされる。
時折現れる彼女のもう一つの顔である「絶対的破壊者」はもちろんのこと。さゆみ自身もまた、自らの戦闘力を少しでも
伸ばそうと努力していた。そしてさゆみがリーダーになった時、持っている統率力や人を引きつける力がその地位に相応
しいと心から思えるようになった。そんな彼女に、少しでも、近づきたい。
道重さんに勝てるように、がんばります。

香音は思い出す。
「透過能力」。この何とも奇妙で使いどころの難しい力を、最初に評価してくれたのはさゆみだった。
戦闘においてまるで役にたたないのでは、と悩んだ時にアドバイスをくれたのもまた彼女。そのおかげで、香音はチーム
の盾と言えるほどのサポート力を身につけることができた。そのことを、本当に感謝している。
これからも、さゆみに見守っていてほしい。
私の力、今、見せます。

衣梨奈は思い出す。
リゾナンターになってから間もない頃、彼女は能力の不安定からくる情緒不安で度々ミスを犯していた。
特に、とある重要な依頼において。衣梨奈は感情を暴走させ、最終的にさゆみに土下座するような事態を引き起こしてし
まったこともあった。だけど、そんな衣梨奈をさゆみは笑って許してくれた。思えば、あの時から衣梨奈は自らの欠点を
長所とすべく歩み始めたのかもしれない。
こんなえりやけど、世界一周するくらいの勢いで、前に進むけん!

聖は。
最初にリゾナントでの出会いがあった時に、絵里の隣にいたのがさゆみだった。
憧れの絵里といつも一緒にいるさゆみ。自分も、さゆみのようになれたら。そんな思いが、原点だったのかもしれない。
絵里がいなくなった、喫茶リゾナント。さらに、愛や里沙、れいなまでがいなくなってしまった時に。
さゆみは、明らかに変わった。彼女らしさを残しつつも、後輩たちを引っ張ってゆくその姿に。
そこではじめて、聖はさゆみ自身にはっきりとした尊敬の念を抱いた。
さゆみと喫茶店の仕事をしている時。そして共に戦線に立つ時。全てが、聖の宝物だった。
道重さん。聖は、これからもそんな時間を大切にしていきたい。だから。

八人の、それぞれの思いは必然的にさゆみへ。そして今この場にいない里保へと向かう。
突如として鬼神のような力を振るった里保。しかしそれは誰もが想定にすら入れていなかった悪夢でもあった。自分た
ちの力で御しようのない、天災にすら似た力。それは里保自身が我を失い破壊の限りを尽くしていたことからも明らかだった。

どこから来たのか、どういう力なのか。
当の本人が倒れてしまった今では知る由もない。が、これだけは言える。

里保は、かけがえのない大切な仲間であるということ。

リゾナンターでも屈指の実力を誇る里保に、メンバーたちは幾度となく助けられてきた。
そして、闇なす脅威と共に戦ってきた。その時間は、絆は誰にも否定できない。いや、させない。
たとえ離れていても、伝わる。彼女の想いが、そして強さが。

リゾナンターを名乗りしもの、その想いはひとつへ。
確固たる意志は、やがて闇に向けられた一振りの太刀へと形を変えるように。


長い長い、いつ終わるとも知れない階段。
だがそれは、突如として終わりを迎える。闇は晴れ、一際大きな空間へと抜けた一行。
そこに鎮座する「それ」は、全員の息を飲ませるには十分な代物だった。

「おいおいおい…何の冗談だよ」
「まさテレビで見たことある!打ち上げ花火!じゃなかった、何だっけ」
「それを言うなら打ち上げロケットでしょ!」

優樹のとんちんかんな発言に突っ込む春菜だが、それにしてもと思う。
打ち上げロケットにしても、この大きさのものがあのリヒトラウムの地下にあるなんて。

阿弥陀籤のような縦横無尽の鉄骨に支えられた、物言わぬ冷たい円柱状の物体。
それはもうロケットというより、高層ビルか何かの様にすら見える。

しかも。その筐体には、一切の継ぎ目がない。
これだけの巨大な物体を作り上げる技術力を有している組織と言えば、こと日本国内においてはかなり限定される。
すなわち。

「これは。人を不幸にする機械です」

この物体が作られた背景を知らずして、さくらが忌々しげに言う。
まさしく彼女の直感だった。決して幸福な環境に育ったとは言えないさくらが、目の前の物体に抱いた感情。
それを裏打ちするように、嫌な声が響き渡る。


「人を不幸にするか。皮肉なもんやな」

現れたのは、機能性に富みつつも不吉なデザインの衣装を身に纏った少女。
ロケット状の巨大建造物を支える鉄骨の上に立ち、眼下のリゾナンターたちを見下ろした。

「どういうことですか」
「この『ALICE』は、うちんとこの白衣タヌキが産みの親や。せやけどどういう訳か、それをダークネスの本拠地とは違
う、別の場所に保管させた。ダークネスのスポンサーになってる、堀内っちゅう男が所有しとる大型テーマパークの地
下にな」

聖の問いかけには答えず、「煙鏡」はつらつらと語りだす。
勿体ぶるような、煙に巻くような。それでいて、どこかで何かのタイミングを見計らっているような表情で。

「おい、お前!質問に答えり!!」

相手の態度に苛つき、叫ぶ衣梨奈。
しかしそんなものは子猫の咆哮、とばかりの涼しい顔。

「まあ話は最後まで聞いとけや。そんでな、この『ALICE』は、そんじょそこらのエネルギーじゃ、大した力を発揮で
きひん。その効果を最大限に高めるためにも、格納場所がリヒトラウムの地下である必要があったんや。
お前らも知ってると思うけど、ダークネスは精神エネルギーの研究分野では、それこそ世界一の技術力を誇ってる。
電波塔を媒介しての、精神エネルギーの散布や、それとそこのお嬢ちゃんを使うた『共鳴の力』の抽出とかな」

指を指され、背筋が強張るさくら。
数人のメンバーがさくらを守るように強い視線で「煙鏡」を睨み付けるが、相手はそれを緩やかなそよ風のように
平然とした顔で受けている。楽しんでいる。


「そして、この『ALICE』もその精神エネルギーの研究の成果の一つや。こいつはな。人間の『楽しい』と思った精神
エネルギーを吸収し、燃料とする。直上にお誂え向きの幸せ量産マシーンがあることで、『ALICE』のエネルギーは爆
発的に増えてくっちゅうわけや」

爆発的。
そのキーワードは、『ALICE』の攻撃的デザインも相まって嫌が応にもリゾナンターの不安を煽り立てる。

「…安心せえ。別に今すぐ『ALICE』を東京のど真ん中にぶち込むなんて真似はせえへん。それどころか、
自分らにとってもお得な結果になるかもしれへんな」
「それってどういう」
「いい加減なことを言うな!!」
「単刀直入に言うわ。うちらはこいつをな…ダークネスの本拠地にぶち込む」

「煙鏡」がどういう意図を持ってこの発言をしているのか。
理解できるメンバーはいない。自らの拠点にあえて攻撃を仕掛ける理由など、思いつくはずがなかった。
ただ、「煙鏡」は相変わらず人を食ったような顔をしつつも、声のトーンはとてもではないが冗談を言っているように
は聞こえない。

「うちらも一枚岩と違う、そういうことや。お前らは知らんやろうし知る必要もないけどな。うちらがあいつらに受け
た仕打ちは…あいつらを100回消し飛ばしても絶対に消えることはないねん。誰もいない、何もない空間で、ずうう
うぅぅぅっと。生きてるか死んでるかすらわからんような目に遭わされて。解放したらぜーんぶチャラなんて、そない
な都合のいい話があるわけないやろ!!!!」

坦々と話していたかに見えた「煙鏡」、しかし彼女たちの抱く感情の核心に迫ると声を荒げ感情を剥き出した。
リゾナンターたちは知らない。彼女たちのボスが二人に課した、想像を絶するような罰を。そして、気の遠くなるよう
な長い時間をすり減らしつつも、胸に抱いた復讐心は摩耗するどころか鋭く研ぎ澄まされていたことを。


「お、おい…どうするんだ」
「確かにダークネスをかばう義理なんてないっちゃけど」
「いや、違う。何か違うよこれ」

遥が皆を不安げに見回し、衣梨奈が眉を顰め、香音が違和感を覚える。
そう、違和感だ。敵の敵は味方と言うが、この話はそうじゃない。
答えを導き出すかのように、聖が口を開いた。

「一つ聞きます」
「おう、何や」

聖が、「煙鏡」を強い視線で射る。

「そのロケットがダークネスの本拠地に着弾した場合、どうなるんですか」
「年間で糞みたいに多くの人間の精神エネルギーを吸い込んだ『ALICE』や。いかにあの建物が強固やったとしても、
一たまりもないやろ。アホ裕子も、保田のおばちゃんも、よっすぃーも梨華ちゃんも、ムカつく紺野のやつも。みーんな、
お陀仏や。楽しいやろ?」

自らが言うように、楽しげにそう語る「煙鏡」。
聖は、少し瞳を伏せ。それから、強く、言った。

「やっぱり聖は、あなたたちのしようとしていることを見過ごすことはできない。小田ちゃんが言うように、そのロケットは
たくさんの人を不幸にする。確かにダークネスは許せないけれど、そんな結末は聖は…ううん、道重さん田中さん新垣さん
光井さんも、リゾナンターという存在を育てた高橋さんも、望んでないと思うから」
「聖…」
「譜久村さん」
「さすがですっ、譜久村さん!」

春菜の甲高い声が、太鼓を鳴らすように響き渡る。
春菜だけではない。この場にいる共鳴せし者たち全員が、同じ気持ちだった。


「譜久村さんの言うとおりです。道重さんが倒れた時、あなたたちを絶対に許さないって思いが強くなった。絶対に、
仇をとるって。でも、今は違う。リヒトラウムに遊びに来た人たちをひどい目に遭わせ、さらに不幸な人たちを増やそ
うとする。復讐じゃない。私たちは、リゾナンターとして。あなたたちを、止める」
「これだけは言えるわ。お前らは、間違ってる。ハルはそれが、我慢ならねえってこと!」
「まさも!このでっかい鉄の塊を飛ばすって言うなら、その前にお前らをぶっ飛ばすんだから!!」

さくらが、遥が、優樹が、「煙鏡」に向けて宣戦布告する。
真摯な思い、しかしそれが小さな破壊者に届くことはなかった。

「はぁ。くっさ。これまたくっさ。友情努力勝利の少年漫画かいな。あほくさ。ま、ええねん。自分らがここに来た時
から、生きて帰そうなんて気持ち、これっぽっちもなかったしな。特に、うちの相方が」

寒気、ではなかった。
少女たちが感じたのは、どす黒い感情。そして明確な、殺意。

「回復するのに手間どっちまったけど…待たせたなぁ」

「煙鏡」の横に立つように現れた、もう一人の破壊者。
さゆみを死の淵に追いやった、張本人。


「のんを馬鹿にしたあの赤目の剣士がいないじゃん。いいけど。
お前らぶっ殺したあとに探し出して、同じようにぶっ殺すだけだし」

隣の相棒とお揃いの、腹部と腿を露出させた機能的な衣装。
着替えたのであろう。里保によって無残に斬り刻まれたはずの衣装は何事もなかったかのように元の体を成していた。
が、体中に刻まれた生々しい傷跡は赤く、深く脈を打ち続けている。そして呼応するように。

「金鴉」の全身の毛が、逆立っていた。
たかが子供と侮っていた相手に、惨めなほどに追い込まれたことへの怒り。
圧倒的な暴力の中、抗うことすらままならず、相手の恐ろしい力が途絶えなければ
命すら奪われていたかもしれないという恐怖。
恐怖を上塗りするかのごとく憤怒の炎は、さらに燃え上がる。

そして隠された、もう一つの怒り。
無様な姿を、「煙鏡」の前に晒してしまった。
生まれた時から不平等だった扱いの中で、「金鴉」のプライドを支えていたのは。

二人が、同等の立場にあるということ。

白衣の連中の思惑など、どうでもいい。
とにかく、自分が「煙鏡」と肩を並べる必要があった。
相手が功績をあげれば、自分もあげる。相手が一人殺せば、自分も一人殺す。
彼女の知恵に対抗しようと、自らに与えられた「力」をひたすら磨き続けてきた。
その結果、ただの物まね芸でしかなかった能力は、ついには「二重能力者(ダブル)」に匹敵するような価値を得る。
人々は、「金鴉」と「煙鏡」を、最悪の悪童、双子の破壊者として忌み嫌い、そして恐れた。
それが「金鴉」には、心地よかった。

けれど、先の敗北は。
赤目の剣士にいいようにやられ、追い詰められた無様な結果は。
いや、結果ではない。「金鴉」が恐れたのは、「煙鏡」の視線。
まるで汚いものを見るような、憐みの目。それが、何よりも耐え難く。そして許せなかった。

その全てを鎮めるには、屈辱を与えた人間たちを同じ目に遭わすしかない。
必然的に血の気も引くような殺意と黒い衝動が、リゾナンターたちに突き刺さるように向けられていた。

「雁首揃えて、ノコノコとやってきやがって…バッキバキの!グッチグチの挽肉にしてやるよおぉぉ!!!!!!!!!」

血に飢えた獣の、咆哮が地下空間に木霊する。
既に、戦いは始まっていた。
互いに、退くことのできない戦いが。


投稿日時:2016/01/08(金) 01:57:35.43




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