(120)119 『リゾナンター爻(シャオ)』13話のネタバレ的な番外編 「Answer」

作者コメント

こちらは番外編と言えば番外編なのですが 
厳密に言えばhttp://www35.atwiki.jp/marcher/pages/1062.html のネタバラシ的な要素を含んでいます 





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「はーい、空いてますよ?どうぞ」 

重厚な革張りの椅子に体を埋めつつ、部屋の主が促す。 
扉を開けて入って来たのは、目に染みるような白のタキシード。 

「おう、邪魔するで」 
「ああ、いやいや、どうもお久しぶりです」 

「煙鏡」は余所行きの笑顔を作り、軽く会釈をする。 
対する来客者 ― つんく ― は、「煙鏡」の記憶と寸分違わずの砕けた対応。いつ見ても、胡散臭い。 

「中澤に長いことお仕置きされてた言う話やけど、元気そうやな」 
「そちらもお変わりなく…って敬語はここまでにしよ。今となっちゃ、あんたはうちらの『上の立場』でも何でも 
ないんやからな。ざっくばらんにタメ語でいかしてもらおか」 

ふと、現在の自分たちの立ち位置を思い出し、営業用の笑顔を引っ込める「煙鏡」。 
今や自分はダークネスの幹部であり、目の前の相手は組織を抜けた何の関係もない中年である。そのこと 
を強調するために敢えて、尊大な態度を取ることにした。 

「…何や。俺の顔になんかついてるか?」 
「はは、随分下品な顔に変えたみたいやけど、うちならあんたやってわかるわ。ま、座ってや。適当にお茶 
でも出させたるから」 

身なりや態度こそ記憶と一致しているものの、つんくの「顔」はとても同一人物とは思えないものであった。 
ただ漂わせている胡散臭さは、本人であると納得させられるものがある。

おい、お客さんにお茶出しや。本場のアールグレイのやつやで。 

社長室の外にいる事務員に聞こえるように、言う。 
過去のしがらみはともかくとして。「煙鏡」はつんくが現在は警察機構の要職にいることを思い出してい 
た。そんな人物が自分の元を訪れるということはすなわち、「もう戦いは、はじまっている」ということ。 

「ずいぶん羽振りがええやないか」 
「ああ、ぼちぼち儲けさせてもらってるわ。とは言っても前任のクソチビのシマ、そっくりそのまま貰ろ 
ただけなんやけど。あいつも身内殺すようなマネせえへんかったら、こないな美味しいポジション失うこ 
ともなかったのにな」 

テーブルを挟み、「煙鏡」とつんくは相対する形となる。 
組織から抜けたとは言え、目の前の人物が「煙鏡」のことをよく知っていた男であることには変わりない。 
増してや、あの白衣の狸の師匠格的存在だったのなら猶更、警戒が必要だ。 
もっとも、警戒するだけでは何も得ることはできない。おいしい情報を、いかに相手から引き出し自分の 
利益とするか。 

「なるほどな。矢口の後釜に入ったっちゅうわけか」 
「アホ言え、あいつよりももっと稼いだるわ」 
「おお、それは頼もしいな」 
「せっかく娑婆に出たからには、腕の違いを見せ付けんとあかんやろ」 

肚の探り合い。 
「煙鏡」の最も得意とする分野ではあるが、そう簡単に相手も手の内を見せてはくれない。 
搦め手が駄目となると。

「で、何の用や」 

直球。 
つんくがどうして、「敵」である自分の元へやって来たのか。 
まずはそれを知る必要があった。 

「俺も一応警察の人間やし。『組織』の現状がどうなってるか、気になってな」 
「…なんでそんなんうちに聞くねや。ついこないだ戻ってきたばっかやぞ」 

まだ本音を見せないか。 
いや、組織について知りたがっているのは案外本気かもしれない。 
「煙鏡」は、当たり障りのない範囲で情報を開示することにした。 

「矢口さんと飯田さんと亜弥ちゃんは死んだわ。梨華ちゃんも半死半生。何でもリゾナンター、っちゅうや 
つらのせいでそないなことになったらしいな。うちもよう知らんけど」 
「…高橋の後輩たちか」 
「せや、あのi914が率いてた連中や。今は代替わりしてるみたいやな。ま、そんなんどうでもええわ」 

「煙鏡」が、苦い表情を作りつんくを一瞥する。 
何が高橋の後輩たちか、や。自分、あの喫茶店を随分贔屓にしてるらしいやん。まったく白々しい。そう言 
いたいのをぐっと飲み込み、つんくの次の言葉を待つ。 

「そんな中。自分らが復帰したんは、組織にとったら渡りに船やったろうな」 
「のんの奴はともかく、うちが帰ってけえへんかったらどないするつもりやったんやろ。美貴ちゃんも何や 
おかしなことなっとるし、よっちゃんだけで孤軍奮闘してるみたいやで」 
「ああ。吉澤のやつか。新人教育も兼務しとるみたいやし、めっちゃ忙しいやろな」 
「って、知ってたんかい」

思わずそんな突込みが出てしまうのとともに。 
「煙鏡」の心に、徐々に苛立ちの色がにじみ出る。話の内容に実がないのなら、いつまでもこの哀愁漂う 
中年男と語らいを繰り広げている暇などないのだから。 

「…うちに何の用で来たん?」 

再び、ストレートに訊ねる。 
しかしつんくの答えは。 

「さっきも言うた通りや。組織の現状把握を踏まえた、顔見せ」 
「は?ただの挨拶やって?そんなくだらない用事のためにわざわざ顔出しよったんか。はっ、弟子によう 
似て食えないやっちゃ」 
「はは、紺野のやつもええ感じになってるみたいやな」 
「ええ、そうですそうです。あんたの弟子はあんたが見込んだ通りに立派に育ってますとも。底意地が悪 
くて常に人をおちょくったような態度なんてソックリや!!」 

ついに、溜まっていた怒りが爆発する。 
もう心理戦はしまいや。こうなったら、とことん問い詰めたろうやないか。 
苛立ちからかそれとも時間を惜しむからか。相手が望んでいることをこちらから敢えて口にすることにした。 

「ところでほんまにそないな下らん挨拶しに来たん?大方あれや、うちらの動向探ろうと思て来たんやな 
いか?」 
「動向、と来たか。復帰して早速、動くつもりか」 
「はっは、そんなん言えるわけないやん。何で部外者のお前なんかにうちの可憐な胸の内をオープンハ 
ートせなあかんねん」 

早速、ぶら下げた餌に反応したか。 
内心、湧き上がる喜びを隠せない。さて、どうこいつを料理すべきか。 
しかしつんくの次の一言は、浮足立った「煙鏡」に冷や水を浴びせる。

「久しぶりに『遊園地』にでも遊びに行くつもりか?」 

遊園地、という思わせぶりな単語。 
「煙鏡」は直感で理解する。こいつは、自分たちが「夢と光の国」で何をしようとしているか、知っている。 

「何やと。お前その情報どこで手に入れた」 
「ま、俺も色々情報網持ってるから。よりええ取引をするためのな。例えば…中澤との取引、とか」 

つんくの言葉が、「煙鏡」の肝を冷やす。 
冗談じゃない。目的を果たすことなく再びあの牢獄にぶち込まれたまるものか。 

「ちょ、待てや。それはあかん。せや、こんなんはどうや。うちは今日、お前と会ったことは綺麗さっぱり 
忘れたるわ。べ、別に取引のええ材料見つけたとか思ってへんで。最初から秘密にするつもりやったわ。そ 
の代わり。うちとのんがこれからしようとしてる事も組織には内緒や」 
「…ええで。別に俺も本気でそないなことしようなんて思ってへん。それに、お前らの目的は大体想像つくしな」 

いつの間にか、追い詰めるつもりが追い詰められている。 

「…ほう。何となく目的はわかる、やって?目的はほれ、ただの遊びや。それ以上もそれ以下もあらへん」 
「目的は。せやな、不思議の国に囚われた少女を『救い出す』、とかな」 

先程から、冷や汗がぬるりと背中を流れている。 
こいつは。こいつは、どこまで知ってると言うのだ。

「は?お前何言うてるん?」 
「けっこうイイ線いってると思うんやけどな。で、その少女を使って何をするか、や」 
「ええわ。言うてみ」 
「ええんか?」 
「あいぼんさんは心が広いから、お前の話が厨二病丸出しの最終ファンタジーでも聞いたるわ…」 

それまで、にやけ顔をしていたつんく。 
その緩んだ表情が、驚くほど急激に鋭く。 

「長い長い、牢獄生活。そんなものを与えた組織への、復讐」 

ふざけるな。 
何なんだ、こいつは。なぜそこまで、こちらの考えていることを言い当てられる。 
確かこいつは能力者でもなんでもなかったはずなのに。 
どうしてこの男は、こちらの手の内をまるで最初から知っているかのように話すのだ。 
「煙鏡」の嘆きは、心の中でぐるぐると蜷局を撒き始めていた。 

「は、はは。意外とええ線言ってるやないか。まあ外れやけど」 
「そら残念。顔引き攣るくらいに、不正解やったんやなあ」 
「べっ別に顔なんて引き攣らせてへんわ」 
「そか。お肌の調子が悪いんやな。日本の米食うたら直るで」 
「アホ。ドアホ。はぁ…聞いて損したわ。うちの貴重な時間返せ。ったくお前のつまらん妄想話でうちの毛 
根細胞1万個くらい死んでもうた」 

言葉ではおどけてはいるものの。 
「煙鏡」は、1秒でも早くつんくとの会話を切り上げたかった。 
これ以上この男と話をしてはいけない。それは経験則でもあり、本能でもあった。

「毛根細胞と言えば。うちの能力はなあ、「鉄壁」言うてな。自分の精神力の強さで、周りの事象を「拒否」 
することで絶大な防御力を得ることができる。理論上は核ミサイルの直撃も防げるんやて。別にそんなんに 
使うつもりもないし、ほんまに防げるとも思ってへんけど」 
「ほう。俺も科学部門の統括やってたこともあるけど、凄い能力やな」 
「チートな能力やな、今そんな顔してたで? ただな…」 

思えば、こいつがここに来てから、自分は煮え湯を飲まされっぱなしである。 
一矢くらいは、報いさせてもらうで。 
そんな思いで、自らの能力について「煙鏡」は話し始める。 
確かに目の前の相手は自分たちの「生みの親」ではあるが、保有能力について全容を把握しているわけでは 
ない。その無知を、思い知らせてやる。そんな意図を込めつつ。 

「ダークネスの幹部が全員能力を二重底にしてるのはお前も知ってるやろ」 
「そやね」 
「自分の能力をひけらかす馬鹿は早死にする。つまりはそういうこっちゃ。うちかて、ただぼけーっとあの 
地下で隔離されてたわけと違うからな。乙女の言葉にささやかな嘘はつきものやで?まあ、お前に今更こん 
な講釈垂れてもしゃあないか。 とにかく、精神めっちゃ使うから、こっちに来んねん。おかげで能力使う 
た翌朝は枕元に抜け毛がべっとり…」 
「若ハゲも大変やな…」 
「って何言わすねん! 誰が若ハゲじゃ、やかましいボケ」 

「煙鏡」の話には、2つの目的があった。 
一つは、先ほどのように、自分の能力はあくまでもブラックボックスであり、つんくの知りえないものである 
ということ。そのことを知らしめてやること。これは知を武器とするものにとっては屈辱以外の何物でもない。 
もう一つは、こいつから早く「Alice」の話題を遠ざけること。 
だったはずだが。

「『金鴉』と、『煙鏡』。古代の双子のような太陽神を模してつけられた二つ名か。まったく、ようできとる。金 
の鴉は、己の光で自らの輪郭を変えてみせ、そして煙る鏡は。漂う煙で鏡を覆い隠す。か」 
「おいお前…どういう意味や」 
「さて。そろそろお暇させてもらうわ。せや、うちのとこで開発したリラクゼーション靴下の試供品、おいとくわ。 
興味あるんやったら、安くさせてもらいまっせ」 

「煙鏡」がつんくの言葉を訝しむ暇もなく。 
つんくはソファから立ち上がり、帰る支度を始めた。 
いかにも胡散臭そうな、靴下一式を机に残して。 

「は?もう帰る?まさかお前、ハナからそのくっだらないもん売りつけるんが目的やったんか」 
「ばれたか。うちんとこも、新薬作ったりせなあかんから、研究費が嵩むねん」 
「しょうもな。余裕のよっちゃんってやつか」 

高笑いを残しつつ立ち去ろうとするつんく。 
それを、「煙鏡」が呼び止めた。 

「あんたが何企んでるか知らんけど、これだけは言うとくわ。近いうちに組織の勢力図は塗り替えられるやろな…」 
「不思議の国の少女、でか?」 
「せやから、さっきの話とは関係ない言うてるやろ」 
「そなの?ごめんね」 
「うっさい、ひつこいわ。もうとっとと帰り」 

おい、お客様がお帰りや。そこらへんに塩撒いとき。何やったらその胡散臭い男目がけて直接塩投げつけてもええねんで。 

どうにも調子が狂う。 
やはりこの男は苦手だ。話していると、自分の知の指針が、狂ってしまう。 

「自分、長いこと幽閉されてた割には時代に敏感やん。ツンデレ、っちゅうやつやろ?」 
「ってまだお前おったんかい。今日は午後からうちも出かけるんや。どこへ何でお前に話せるわけないやろ。 
いい加減にしいや。あほ。ぼけなす。出てけ出てけ。その下品な顔二度と見せるなや」 

最後は、苛立ちと怒りを込めて、つんくごと扉を力の限りに締め出す。 
もういけずやわぁ、というとぼけた声は、ゆっくりと階下へとフェードアウトしていった。


更新日時:2016/05/01(日) 13:15:17





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