(123)169 『リゾナンター爻(シャオ)』 』87話
- …ちゃん…フ…クちゃん…
深い意識の奥から、聖がゆっくりと浮上してゆく。
耳に入るは、自分を呼ぶ甲高い声。だが、違和感がある。
この声の主は、自分のことをそんな呼び方はしないはずだ。
瞑っていた目を見開くと、そこには見慣れたまんまる顔が心配そうに覗きこんでいた。
「あれ…あかり…ちゃん?」
しかし目の前の丸顔は怪訝な表情を浮かべて、
「フクちゃん、まだ寝ぼけてるの? うちはタケ。タケ・ガキダナーだよ!」
聖の頭は、混乱している。
何のことだ。朱莉ちゃんは朱莉ちゃんじゃないか。
しかも変な格好までしている。
黒を基調とした衣装は、まるで中世の騎士の正装のようだ。
思わず、寝ていた体を起こし上げる。
体が重い。見ると、なぜか全身が鎧に包まれている。
ここはどこだ。喫茶リゾナントではないのか。
視線を目まぐるしく「部屋」の隅々にまで行きわたらせる。
何だ。何なんだ、この部屋は。石を組んで作った壁、壁につけられた松明の明かり。
- 「聖…どうしてこんなとこに…」
「はぁ?まだ寝ぼけてんの。ミズキって誰だよ。フクちゃんの名前は、フク・アパトゥーマでしょ。もう、いくらハルナンに不意
打ちされて気絶してたからって記憶まで失くしたなんてことないよね?」
意識が混濁しているのと勘違いしたのか、朱莉にしか見えないタケ・ガキダナーはこれまでの状況を説明した。
聖は、モーニング帝国が誇る剣士集団・Q期団の団長であり、サユ王の退位に伴い次期国王候補になっていること。
Q期団のライバルである天気組団の団長ハルナン・シスター・ドラムホールドもまた候補に選ばれ、彼女と激しい後継者争
いをしていること。そして、ハルナンとの反目からアンジュ王国のマロ・テスクが聖の加勢をするよう、タケ含む四人の
「番長」を送り出したこと。
「ちょっと朱莉ちゃん何言ってるか全然わからないんだけど」
「わからなくてもいいの!うちらはフクちゃんを帝国の王にするため動いてるの!!フクちゃんの同期の
- エリポン・ノーリーダーもサヤシ・カレサスもカノン・トイ・レマーネも天気組の奴らと今戦ってるんだっての!!」
「もうわけわからん!!」
朱莉、ではなくタケが必死になればなるほど頭が混乱する聖。
いや待て。今、里保ちゃんっぽい名前の子たちが天気組とやらと戦っているとか言ってなかったか。
天気組の顔ぶれは、団長がハルナンであることからすれば容易に想像できた。
途端に、聖の顔から血の気が引いてゆく。
「大変!みんなを止めなきゃ!リゾナンターが分裂しちゃう!!」
「チョトマテクダサイ!どこ行こうってのさ!!」
「こんなとこで寝てる場合じゃない!早く喫茶リゾナントに行かないと!!」
「キッサ?リゾナント?何だよまだ頭打った影響が出てるの!?」
よくわからないが、春菜がリゾナンターのリーダーに選ばれたことを不満に思った里保たちが反旗を翻したのかもしれない。
ってそんな馬鹿な。でも、朱莉の性格からしてとてもではないが嘘をついているようには見えない。ならば、直接この目で
確かめるしか方法はない。話の整合性や経緯などこの際どうでもいい。
聖はとにかく、焦っていた。
- タケの制止を振り切って部屋から出て行こうとする聖。
その足が止まったのは、部屋の入り口から人のような何かが勢いよく投げ込まれたからだ。
「カナナン!メイ!リナプーまで!!」
タケが絶叫するのも無理はない。
彼女が叫んだその三人らしき少女は、ずたぼろの血まみれ状態で投げ込まれたからだ。
ぴくぴくと体を痙攣させているのみで、意識があるかどうかもわからない。
三人の顔を見ると、やはり見たことのある顔。
ここは、一体どこなんだという疑問が再び聖の中から湧き上がってゆく。
「アンジュ王国が誇る『番長』たちをここまで痛めつけられる人なんて…あの人しかいない…」
急に、タケががたがたとその身を震わせはじめた。
その理由は、三人を投げ込んだ張本人が現れることで明らかになる。
「…ハルナンを虐める子は、死刑だよ」
思わず、ひぃ! という言葉が出てしまうほどに。
長い髪を振り乱しつつ部屋の中に入ってきた女性の狂気は、二人を圧倒した。
「あ、あ、アヤチョ王!!」
「和田さん!?」
聖が現れた女性を和田彩花だと認識する前に。
隣にいたタケの体が、豪快に吹っ飛ぶ。
風神のようなスピードで、目にも止まらない攻撃を繰り出したのだ。
- 「タケェ!よくもハルナンを!こうしてやる!こうしてやる!」
彩花、いやアヤチョ王は雷の如き迫力で倒れているタケを踏みつける。何度も、何度も。
その表情は、まるで仁王。
何かが潰れ、折れる音が何度も響き渡る。
ついには、タケの口から大量の血が吐き出された。
「ゲホッ!……うぅああ……」
「悪いヤツめ!悪いヤツめ!こうしてやる!」
「朱莉ちゃん!!」
突然の惨劇に見舞われた朱莉を救うべく、彩花に体当たりを仕掛ける聖。
アヤチョ王の体を大きくよろけさせ、ひとまずの蹴りの嵐を止めることはできたものの。
「アヤ知ってるよ。フクちゃんは、ハルナンが国王になろうとするのを邪魔してるんでしょ?」
思い切り、標的が聖へと向いてしまった。
だが、彩花、ではなくアヤチョ王の言葉には聞き捨てならないものがある。
恐怖に潰されそうになる心を奮い立たせて、聖は叫んだ。
「違う!聖は、はるなんがリーダーになることに反対してないもん!!そりゃ聖のほうが先にリゾナンターになったのにって気持ちがないわけじゃないけど…でも、はるなんは戦闘力こそ低いけど、作戦を考える力はすごいし!
- みんなをまとめる力もある!!」
- 「……」
「だから!聖は、聖ははるなんがリーダーになっても、はるなんのことを支え続ける!!」
- 聖の剣幕に、しばしきょとんとした顔をしていたアヤチョ王、しかしすぐに鬼の形相を取り戻す。
「そんなの、口だけならいくらでも言えるし。とにかく、フクちゃんはハルナンの王位継承には邪魔な存在なの。カクゴして?」
力強い構えとともに繰り出されるのは、風神と雷神の力を練り合わせたような必殺技。
疾風迅雷の手刀が、聖に襲い掛かる。ダメだ、避けられない。
絶望と、手刀の衝撃が聖の体を激しく駆け巡ってゆく。
あれ、変だ。手刀を受けた当たりの腕の部分が、妙に気持ちいい。
やがて、視界が暗転する。
- ●
…ちゃん…フ…クちゃん…
聖を呼ぶ、声がする。
また同じ光景? ただ自分を呼ぶ声は、朱莉のような甲高い声ではない。
むしろ、興奮を抑えられないと言った感じの、気持ち悪い低めの声だ。
瞑った目を開いてみると、そこにはなぜかうっとりとした顔で聖の二の腕を摩っている里保がいた。
「りっ里保ちゃんいったい何を!!」
「え、いや、フクちゃんを起こそうと思って体をゆすってたらつい」
何が「つい」なんだかよくわからないが。
聖はベッドの中で寝ている状態であった。ここは、見慣れた喫茶リゾナントの2階。
さゆみが自らの私室として使っている部屋だった。
そう言えば、道重さんの匂いがする…
思わず、布団に顔を埋める。
そして、さっきまで自分が見ていたものが夢だったのだと改めて実感した。
窓から差し込む日差しの加減から、先ほど気を失ってからそれほど時間が経ってないことを理解する。
- それにしても。聖は改めて思い返す。
わけわからない夢だったな。
でも、微妙に今の状況と合ってる感じもするし。
そうだ。道重さんがリゾナントを抜けるって話になって、それで、次のリーダーがはるなんに。
「…みんなは?」
「夜から道重さんの送別会やるって言うから、買い出しに出かけた」
「そう…」
聖が考え事をしてる間にも、里保は聖の二の腕を撫で続けている。
いつからか何故か里保は聖の二の腕に異常に執着するようになったのだが、今はそんな場合ではない。
なおも触ろうとする手を布団から追い出し、再び自らの思考に没頭する。
例え、夢であっても。
聖がアヤチョ王に宣言したのは、心からの言葉。そこに嘘偽りはなかった。
自分がリゾナンターになったのは、闇に苦しむ人々を救いたかったから。
- それは、別にリゾナンターのリーダーじゃなくてもできること。
だから、笑ってはるなんのことを迎え入れることができる。
でも。
「もう、しつこい」
変態中年のセクハラさながらの里保の手をぴしゃり。
ええじゃろ、減るもんでもなしに、とでも言いたげな里保を尻目に、聖は部屋を出て階下に向かう。
けじめを、つけるために。
更新日時:2016/06/13(月) 22:34:08.98
作者コメント
知ってる人は知っている「マーサー王」からのリゾナントでしたw
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