(124)390『ズッキの決意(仮)タイトル募集中。。。』4
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「本当、残酷だよ。裕ちゃんは」
鈴木がいなくなった部屋の空間に裂け目が出来、そこから声が聞こえてくる。
「来とったんか」
中澤は驚いた様子もなく、返答する。
「そりゃぁね。裕ちゃん直々に紺野まで使って懐柔作戦でしょ。
幹部連が知ったら誰でも詳しく知りたいって思うことじゃないのかしら?」
そう言いながら裂け目から降りてきた猫目の女性。
「それで、どこまで本気なの?さっきの話」
猫目の女性は挑むように中澤を見据えて問う。
「ん?全部本気やで。能力者の住みやすい世界を作る。
それがうちらの存在理由やろ?」
中澤は微笑みながら答える。
「そこじゃなくて・・。リゾナントを傷つけないとか統合するとか・・・。
それにあの子のことだって捨て駒でしょ?
能力的にもリゾナントのポジション的にも重要とは言えないのに引き込むなんて。
なんでそんなに肩入れするの?
そんなことは起きないだろうけど、それでもあの子が私たちの脅威になる可能性だってあるんだよ?」
猫目の女性は呆れながらもさらに問いかける。
「うち傷つけないとは言うてへんよ」
中澤は笑って答える。
屁理屈で返して・・・猫目の女性は奥歯を噛んだ。
猫目の女性の質問の意図を相手は十分に分かっているはずだ。
なのに、はぐらかしている。
答える気がないのだ。猫目の女性はため息をついた。
「裕ちゃん、もしかして同情してるの?お母さんのことで・・・」
「圭ちゃん。新垣が抜けた今、リゾナンターのデータは極端に少ない。
ほとんどが未知数や。防御策は何重にもあったほうがええんや」
猫目の女性の言葉をさえぎって有無を言わさぬ口調でやりこめる。
表向きはそういう理屈なんだろう。
だけど、それが主題ではない。そしてその主題は言わない。
「わかったよ。けど、あの子が少しでも不穏な動きをしたらすぐに粛正するからね」
猫目の女性はまたため息をついてリーダーでもある女性に告げた。
そう言われた女性は手をひらひらと動かし、「勝手にしろ」と言外に告げた。
裕ちゃん、やっぱりあなたは残酷だよ。
一時の感情で突き放すことも出来ず、かといって道を変えることも出来ない。
結局最後には捨てるしかないと分かっていても一時の感情を優先する。
それで苦しむのはあの子で、その苦しみは増えていくだけなのに。
裕ちゃん、やっぱりあなたはあの子と自分を重ね合わして同情しているんだよ。
最後に行きつくところも分かっていてそれでも同情心から一時のぬくもりを与えて。
最後に行き着いた先でその悲しみを背負うのは裕ちゃん自身なのに。
保田は強く強く奥歯を噛んだ。
優しすぎるリーダー。優しすぎるがゆえに選択を誤る。
高橋のことを甘いと形容したリーダー。けれどリーダーだって十二分に甘い。
被害も犠牲も何もかも、私たちの目標よりも大事なものなんてない。
私が、私こそがすべてを引き受けて裕ちゃんの望む世界を作るんだ。
保田は改めて決意を胸に深く刻み込んだ。
誰もいなくなった部屋で中澤は寂しそうな顔をして椅子に身を預けた。
机の上には3枚の写真があった。
一つはダークネスのみんなと撮った写真。
一つは新垣から受け取った初期リゾナンターたちの写真。
そして、3枚目は・・・
「うちらはあの子らよりはまとまってないんかもしれんな」
そんな中澤のつぶやきを聞いた者は――――誰もいなかった
●
「Dr、本当によろしいのですか?」
先ほど行われた鈴木と父親との再会時のデータを精査するDr.マルシェに研究員の一人が声をかける。
「なにが?」
「s160531です。アレはもう使えませんよ。なのにこんな風に」
研究員は言いながらデータを指し示す。
テストは散々したのだ。
いろいろな方法でいろいろな物を使い。
以前は、たまに娘の名前を呼んだりこちらの能力者のテレパシーに反応することもあった。
しかし最近は何らかの接触をすればすぐに攻撃に転じる。
鈴木にはああいう風に説明したが、父親は能力者だったわけでもなんでもない。
ただの人間で実験に耐え切れず壊れただけだ。
「お偉いさんがいるから私たちがいるんだよ。
逆らって殺されて研究できなくなりたいの?
それに見るべきはs160531じゃなくて娘のほう。
この泣き叫んでる時のサーモグラフィ。
通常感情が高ぶればその感情によって身体の部位の体温は上昇する。
けれど、あの子は全体が急激に冷えていった。
異常よ。彼女の能力はそこに秘密があるのかもしれない」
Dr.マルシェはそんなことにも気づけないのかと馬鹿にしたような口調ではあるが研究員に諭した。
「しかし娘の能力は脅威ではなく、
たかが一人の子供のためにあの実験棟を使う必要はあるのでしょうか?
i914ならまだしも・・・」
そう言いかけた研究員は話を続けることが出来なかった。
どこからか出てきた見えない糸に口を縫い付けられてしまったからだ。
「愚痴なんて聞きたくない。
建設的な意見が言えないならずっとそうしてなさい」
Dr.マルシェは片手に少し大きめのペンを持ちながら怒りを込めた目を研究員に注いだ。
研究員は逃げるように一礼をし去って行った。
「お~こわっ。だめだよこんこん。部下には優しくしないとね」
万年パシリが研究員と入れ違いにやってきた。
「それ、新しい兵器?どんなの?」
人懐っこい笑顔でDr.マルシェのペンを見せてとせがむ。
犬が尻尾を振っているみたいだ。
「まだ試作機だよ。
特殊な繊維と薬品を調合して可視化はされないけど糸のようなものがこのペン先から出てくるの。
空間跳躍や非戦闘系の能力の人たちと合わせて使えば戦闘にも使えるかなって思って・・。
でも調合がうまくいかなくて、2時間くらいしか糸の強度は保てない。
小型武器だからそんなにたくさんの糸を収容することも出来ない。
薬品がもう少し少なくなれば・・・」
精一杯分かりやすい言葉を選んだつもりのDr.マルシェだったが、
相手はすでに?マークだらけの顔で理解することを放棄している。
「こんこんさぁ、あんまり嘘はよくないよ」
ひとしきり試作機をもてあそんだ万年パシリはDr.マルシェにペンを返しながらそう言った。
「・・・・・」
「中澤さんがどういう考えであの子を引き入れたのか知らないけど、
こんこんになんて言ったのかもしれないけど、
私はなにも知らないけど―――こんこんが嘘つくたびに、
こんこんが冷たい人になろうとしてるたびに、
私は悲しくなるよ」
Dr.マルシェが返答しないでいると万年パシリはそう言って微笑んだ。
※
パシリのくせに―――
幹部になっても特にこれといった成果もあげられないくせに―――
こういうことには鼻が利くんだから・・・。
「ありがとう、まこっちゃん。でも私がやらなきゃいけないことなの。
それに研究は楽しいから。楽しいことをしたらつらいこともちゃんとしなきゃ。
楽しいことがなくなっちゃうよ?」
Dr.マルシェはDr.マルシェではなく、紺野あさ美として返事をした。
「中澤さんは私には特に何も言わなかったけど、
きっと今の新しい子たちのことをよく知ってほしいんだと思う。
そのうえで私たちの未来のためにどう戦うのか考えてほしいんだと思う。
そのために必要なことは―――必要な嘘はいくらでもつくよ。
ずば抜けた才能がない私に研究の道を与えてくれたこと、
私が研究を優先するあまり能力者に対してした数々のひどいこと、
それに・・・愛ちゃんを逃してしまったこと、
全部許してくれた。
だから返さないと」
紺野はそう言うと眼鏡を外し、笑った。
その目は多少うるんでるようにも思えた。
「もーこんこんは不器用だなぁ」
小川はそう言って豪快に笑った。
小川は紺野が能力者ではない人間に憎悪にも似た感情を持っていることを寂しく思う。
紺野にとって能力者ではない人間はモルモットと同じで、その命は蚊よりも価値がない。
高負荷の実験を積極的に行っているように見える。
そして能力者に対する親愛の感情と同時に羨望が含まれた嫉妬の感情。
紺野の精神はとても脆く、儚く、不安定すぎる。
不安定な紺野の感情はマッドサイエンティストとなって全てを研究につなげてしまう。
たまにはこういう普通の人間みたいな話をして普通の人間みたいな感情を出し合わなければ・・・。
しかし、お互いの立場が、地位が、仕事がそれを邪魔をする。
昔に戻れたらなんて、たらればに意味がないことは小川にだってわかる。
それでも思う。
昔に戻れたら、またあの4人で笑えるんだろうか―――。
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投稿日時:2016/07/07(木) 09:32:17.51