(134)433 『限界なんてない』

「まりあ、どうしたの。どこか具合でも悪いの」

リゾナントの地下にあるトレーニングルームで自主練習をしていたわたしに声をかけてくださったのは、先輩の佐藤優樹さんでした
佐藤さんはわたしより三年くらい前にリゾナンターに加入された方です
リゾナンターになられたはじめの頃は、マイペースな性格と行動で他の先輩の方々にご迷惑をかけたこともあるそうです
でも佐藤さんが慕っていた田中れいなさんがリゾナンターを脱退されてから少しずつ変わっていったと他の先輩方は口々に言われます
田中さんがいた頃のリゾナンターを知らないわたしには、佐藤さんがどう変わっていったのかわかりません
ただ一つだけ言えるのはわたしのほんのちょっとした変化に気付いて下さり声をかけていただけるとっても優しい先輩だということです
現に今日もわたしが思い悩んでいたことにすぐ気づいて声をかけてくださいました

「いえ、なんでもないです。まりあ、ちょっと考えごとをしてて」

わたしの悩みは自分の力で乗り越えなくてはいけないと思ったわたしは何でもないようなふりをしました
でもそんなことは佐藤さんにはお見通しだったみたいです

「ちょっと休もうか」

そう言ってこぼれるような笑顔を見せられたらもうわたしには逆らえません
他のメンバーの邪魔にならないよう壁際に連れられていくと床に直接座った佐藤さんから、飲まない?とペットボトルを差し出されました

「で、なになに」

ほらこんな調子です
まるでどんなスイーツが好きなのか
どんな漫画にはまっているのかたずねてくるような感じで話しかけられて、わたしも少し気が軽くなって悩んでいたことを明かしました

「わたしの能力のことなんですか」
「あぁ~あ、あの応援するやつね。がんばれ、がんばれってやつ、あれいいじゃん」

笑いながらタオルを振り回しています

「わたしはあの能力を使うのが怖いんです」

怖いという言葉を耳にされた佐藤さんは、タオルを振り回すのをやめ腕を組み首を捻りはじめました
まるでクイズの答えに悩んでいるみたいです

「どうして怖いの? よかったら、もしまりあがよかったらだけど聞かせてくれない」

佐藤さんはまるで自分の抱えている問題のように真剣な顔をされています
さっきまでとはぜんぜん違います
そんな佐藤さんに私は組織の研修生として能力の実験開発を受けていた頃のお話をしました
「原石」として生まれながらの能力者である佐藤さんと違って、私は遺伝子情報から能力者の資質を読み取られ組織に収集されました
そして組織の施設でいろんなお薬を注射されたり、おおきなディスプレイのようなものを頭に取り付けられたりしていろんな実験をされました
組織の科学者はわたしには【限界突破】の資質があると言いました
【限界突破】でわたしが誰かを応援するとその人の体力は普通の何倍にも何十倍にも強くなるらしいです
それだけならとってもいいことなんですが、体力が強くなっても体の骨や筋肉は強くなるわけじゃありません
その結果体力が強くなった人たちはみんな体が壊れてしまいました

「う~ん。たしかにそれはつらいことだけどでもここにいるみんなは多かれ少なかれそういう経験はしてきてると思うよ」

佐藤さんはそう言ってくれます
佐藤さんご本人もご自分の能力で何人もの人間を傷つけたと

「でもそれは工藤さんのことを助けるためだったと、まりあ聞いています。佐藤さんがそうしなければ工藤さんは今でも組織につかまったままだったと」

そっか~と頭を抱える佐藤さんにわたしはこれまでリゾナンターの誰にも秘密にしていたことを打ち明けることにしました

「わたし最初はいやだったんです。わたしの能力のせいで他の人が壊れていくのがいやでいやで。でもある時、耳に入ってくる声に逆らうのを止めて他の人を応援したら、とても楽しかったんです」
「その人が壊れていくのを見たり聞いたりしても楽しかったんだ」
「まりあ、ほんとうに応援するのが好きで。まりあの応援で誰かが強くなったらとてもうれしくて、だからどんどん応援して…」

知らない間にわたしは涙を流してたらしいです
佐藤さんは黙って差し出してくれたタオルで涙をふきました

「まりあは悪くない」
「でも」
「まりあは悪くない」
「でもわたしのせいで」
「いいから聞いて。まりあはぜった~いに悪くない」

佐藤さんは今度は怒っているみたいです
わたしが怒らせてしまったんでしょうか

「悪いのは組織の奴ら。まりあに薬を打ったり暗示をかけたりいろんなことをしてまりあから抵抗する気持ちを奪っていった奴らが絶対悪いに決まってる」
「佐藤さん」
「他の誰かを応援することは全然悪くないことだよ。だってスポーツの試合だってファンの応援で選手は力をもらえたりするじゃん」
「でも私には【限界突破】の能力が」
「その力のおかげでまりあたちは組織の施設を脱出できたんでしょ」
「あの時ははーちんが」
「はるなが施設の扉をぶっ壊せたのもまりあの応援があったからだよ絶対」

そこまで言うと佐藤さんは目を大きく開かれました
とってもかわいいです

「はっはーん。さてはまりあは私たちがまりあの能力で壊れちゃわないか心配でだから怖いって言ったんだよね」
「ええ、これまで何も無くても、次も何も無いなんて誰にも言い切れませんし」
「無いよ」

自信たっぷりにおっしゃった佐藤さんは右手と左手の人差し指をくっつけたり、違う方へ向けたりいろいろやられています
とってもおかしいです

「組織に居た時のまりあの応援は、まりあもいやだったし相手の人もいやだった。ここまではオッケー?」
「なんとなくですけど」
「じゃあさ今のまりあは私たちに勝って欲しいし、私たちもまりあに応援して欲しいと思ってるこれもわかるよね」
「はい」
「全然違うよ。組織にいた時のまりあとリゾナンターのマリアとじゃいろんなものが全然違う。私たちはお互いを信じ合ってるから」
「佐藤さん」

「もっと自分のことを信じなよ。そして仲間のことを信じなよ」

佐藤さんのまっすぐな瞳に私は少し心が軽くなりました
悩みがすべて消えたわけではありませんが、少し光が見えた気がします
たった数分でわたしを強くしてくれた佐藤さんはというと、壁にかかっていたホワイトボードに何か書きなぐっています

「だいたい【限界突破】なんて名前がいけないと優樹は思う。だからこんな名前はどう」

【人間に限界なんてないようだ、バーカ】NO LIMIT

「少し長い気がします」
「ええい、じゃあこれでどうだ?」

【日本ハム】Fighters

けたけたと笑う佐藤さん
こんな先輩と一緒にいられる毎日がまりあ、とっても幸せです


投稿日時:2016/11/09(水) 12:52:42.56


作者コメント
『限界なんてない』
おかしい 
>>415からの連想でもっと勇壮な話になるはずだったのに
組織云々は■■の人の作品からです
尾形ちゃんが扉をぶち破る話はいつか書くかもです 





ページの先頭へ