(137)67  「the new WIND―――新しい風」

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「黒衣の男は消滅しました。やはり地下施設には譜久村聖の成長を止める薬がありました……
 明日、譜久村聖を含む4人と、リゾナンターたちが接触します」

かつてリゾナンターに在籍していたときと同様に、愛は報告をする。
会議室の男たちは頷きはしたが、もう興味はないのか書類を捲る手を止め、周囲で何かを話していた。

「新人4人は育ったのか?」

そのうち浴びせられた冷たい言葉に、ぴくりと反応する。
過程を何も見ていないくせに、結果だけを欲する連中だと思う。

「生田衣梨奈の“精神破壊(マインドデストロイ)”、鈴木香音の“超聴覚(ハイパー・ヒアリング)”はいずれも不完全ですが、
 ポテンシャルは高いかと考えます。
 譜久村聖はまだ心身のバランスが乱れがちですが、“能力複写(リプロデュスエディション)”のチカラも高いです。
 鞘師里保の“水限定念動力(アクアキネシス)”は……」

そこで、一度言葉を切った。
勿体ぶるつもりはなかったが、あの能力を思い返すと、身震いする。

「凄まじいポテンシャルです。即戦力といっても、過言ではないかと」

その言葉に、男たちが色めき立つ。新しい能力者の誕生に安堵しているようだ。
これまでの私たちのように反抗的に育てないように首輪をつけるつもりだろうかと苦笑する。 

そのとき、空気が張りつめた。一瞬ではあるが、明らかに能力者の気配だ。しかもその気配は、
中心に座す、彼から発せられるものだ。
男たちは気付いていないのか、新人たちを早速批評し始める。
履歴書のような書類を捲りながら行われる、高い場所からの品評会など、どうでも良い。
管理官の発する圧倒的な空気に、なぜ彼らは気づかないのだ。

彼は「すまないが、高橋君とふたりだけにしてくれませんか?」と声を出した。
男たちは即座に口を閉ざし、資料をまとめる。隣の男が「よろしいのですか?」と恭しく声をかけるが、彼は穏やかに頷いた。
それはあくまでも見た目上の話だ。愛には彼がこれまでにない空気を纏っていることを察する。
一体何者なのだ、この男は。
リゾナンターという能力者を統制し、“重力閉鎖(グラヴィティ・クローズ)”の能力者。

「……そんなに肩肘張る必要はありませんよ。あなたに無用な詮索をさせたくないので、質問に答えたいだけです」

男らが出払ったあと、彼はそう言った。どうやら、こちらの思惑などお見通しのようだ。
ならば、取り繕う必要もない。

「はっきり申し上げます。あなたは、あの黒衣の男とどんな関係なのですか?」

管理官は大げさに肩を竦めると「なぜ?」と訊ねた。

「あまりにも、物語じみている、といえばよろしいですか?」

管理官の素性についても問いただしたいところだが、今は目の前に問題を解決したかった。

ずっと考えていた。
愛佳の言うように、確かに“共鳴”は曖昧なものだ。実際はどんなものなのか、私たちの手に負えるものなのかも分からない。
だが、この解体はあまりにも、不自然なのだ。
理屈は通っている。
共鳴が求めるもの、完成させてはいけないもの。未完成こそが共鳴ゆえにチカラを高められるもの。
それは分かる。
分かるが、不可解な点がある。

「どうしてあの男は、久住小春、ジュンジュン、リンリンを襲った後は、忽然と姿を消したのか」

あの男は破壊衝動しかないクローンと思われている。なるほど、それならばリゾナンターに危害を加えるのも納得できる。
では、なぜ途中で消えたのか。
破壊衝動しかないならば、文字通り、破壊し尽くせばいい。
だが、破壊し尽くすどころか、消息を絶った。

「一般人を襲っていたのではありませんか。
 光井君のレポートによれば、あの病院襲撃の元になったとされる通り魔も、あの男の仕業だと」
「そして病院襲撃が起き、絵里と愛佳が離脱し、傷の共有を受けた少女、
 犯人側の娘がダークネスに拉致され、それを私たちが救いだし、リゾナンターの新人になった……」

管理官は腕を組み、「それで?」と促す。
彼はもう、答えを知っているはずだ。

「出来過ぎています。最初にリゾナンター3人を襲い、一般人を襲ったことで病院襲撃が起き、さらに2人離脱。新人教育のために2人離脱…」 

彼はすっと息を吸い、言った。

「私が企んだとでも?」

愛が欲しかった、答えを口にする。
だがそれは、決して本心ではない。

「どうやって私がそんな計画を実行できますか?あの男を操作する方法があるとでも?」

まだ真実は、見えてこない。
逸る気持ちを、必死に抑える。

「確かに、人を操るのは難しい。ましてあの男には意志がないと思われていました…
 ですが、本当はあの男に意志があったとしたら、どうですか?」

微かに、管理官の表情が歪んだ。

そう、私たちはやはり、前提から間違っていたのかもしれない。

あの男がクローンなのは恐らく本当だろう。命が消えるのと同時に肉体が砂と化した。
だが、破壊衝動しかないロボットではなく、あくまでもクローンだ。
どうして、人の遺伝子から作られた複製品が、意志がないと言い切れる?

「たとえ意志があったとして、その男が私に従う理由がない。我々とダークネスは敵ですよ?」
「従わざるを得なかったとしたら?例えば……あなたが、“提供者”だったとしたら」 

意志のない男が、あんなにも明確にリゾナンターを順番に狙っていくとは考えにくい。
確かに最初は小春と愛佳の2人の前に現れたが、それ以来、最後にリゾナンターと直接対決するまでは、1対1だった。
はっきり言えば、まどろっこしい。
一気に叩けば良かったのだ。あの男にはそれだけの力があった。それに、大人数相手の方が、能力を奪うにも都合がいい。
それをしなかった理由が、不透明だ。

あの男には、意志があった。
世界を憎み、すべてを破壊するだけのロボットではなかった。
明確な目的を持ち、そのためにリゾナンターを襲っていった。

その真意は何処にあったのかを考えていくと、ひとつの仮説に至った。


「黒衣の男は、ダークネスに作られた不完全なクローンではなく、
 あなたの遺伝子をもとに作った完全なクローンではないかと」


里沙やれいな、さゆみと対峙した紺野の話をまとめると、あの男は不完全だったようだ。
ダークネス上層部の命により培養液から出したが、早すぎたために意志を持たなくなったと。

実際、そのクローンは存在したはずだ。
だが、消された。
管理官の遺伝子を持った、「黒衣の男」に。

仮説に仮説を重ねていくしかない。
真実を知っているのは、この男しかいない。だから愛は、自らの仮説を繰り返す。

「クローンに意志があるかどうかは、私にはわかりません。
 ですが、少なくともあなたの遺伝子を持つ者なら、あなたの思考を理解しているはずです」

シンクロニティという言葉がある。アメリカで行われた実験の一つだ。
ある双子を別々の部屋に入れ、ひとりに任意のカードを選ばせると、もうひとりも同じカードを選ぶというものだ。
それと同じ事が、黒衣の男と管理官の間にあったとしたら?
遺伝子を共有している、親子や兄弟とは違う「もう一人の自分」ともいえる存在。
完全なるコピーとまではいかないが、少なからず、同じ感覚、同じ価値観は持っているはずだ。

声が震えるが、もう止められない。
“重力閉鎖(グラヴィティ・クローズ)”が発動されたら、見るも無惨にぺしゃんこにされることは覚悟している。
それでも、恐怖に立ち尽くしては真実は掴めない。

「まずは身体に不調をきたしていないリゾナンターを異動させ、一旦は姿を消した。
 その後、共鳴が選ぶ新人を巻き込むための口実を作るべく、病院襲撃を決行し、絵里と愛佳を後方支援へと異動させる。そして最後に全員の前に現れた…」
「憶測ですね。ロジックも破綻しています」
「そもそもあなたは異動を考えていた。共鳴の反発故に。その口実のために、クローンを送り込み、解体していった」

言葉がぶつかり合う。
お互いの信念を懸けて、ここで退くわけにはいかない。

「では、最後に現れた目的はなんです?」
「………」
「亀井、光井の両名を後方支援へと異動させた時点で、確かに新人を入れる口実にはなったでしょう。
 だが、新垣、高橋を異動させた後に、何故わざわざ全員の前に出てきたんです?
 田中、道重のどちらかの前に現れ、能力を奪えば良かったのでは?」

これまで頑なに敬語を守ってきた管理官が、敬称を取ったのは、意図的だったのか、それとも本心だったのかは分からない。

だが、動揺してはいけない。
怯むことなく、目の前にある現実と闘う。それが、運命だ。
ふぅと息を吐き、続ける。

「……あなたは私たちに敵意はない。という前提は揺らぎません。私たちを殺せば、闇へのパワーバランスが崩れることも理解している。
 そうであるからこそ、最後に対峙させ、能力を取り戻させたのです。旧体制から新体制へのバトンタッチを演出するために」

すべては盤上のことだと気付いた。

いかに新しい風を受け入れる体制を作るか。
いくら体調に異変があったとしても、4年間闘ってきた仲間を解体すると言えば、自分を含めあの9人は黙っていないだろう。
最悪の場合、上層部との直接対決もあったはずだ。
そうなれば、新人どころではないし、ダークネスとの闘いにも支障を来す可能性がある。
その未来を回避する術が、圧倒的な闇の存在だ。しかも、完全にはダークネスの指示を受けない者。
あくまでも、新しい風を受け入れる体制を作るための駒であり、ひとつの鍵となりうる存在。
共通の敵を前にすると、人は団結せざるを得ない。

「私の遺伝子を持つ者なら、キミたちを生かしたまま異動させられる、と?」
「あの圧倒的な強さに対して不可解な行動、そして仕組まれたような異動と新人の加入から導き出される仮説です。
 でも、かなり信憑性はあるかと」

管理官は眉一つ動かさずに、愛を見据えた。

深い黒の瞳に、吸い込まれそうになる。
愛は黒衣の男の表情を見たことはない。そのフードを引っ剥がし、対峙したのはれいなだけだ。
れいなは彼を「何処までも広がる闇のような目」と言った。
管理官の瞳もまた、れいなに言わせれば、闇なのだろうか。

「要するに、あなたは私を疑っているわけですか」

いや、そうじゃない。
彼は、敵ではない。
この闇は、深淵は。

深くて広い、夜の海を思わせる、瞳だ。

「…管理官という、リゾナンターの上に立つ者が、私や里沙ちゃんに頭を下げる理由が分からなかったんです。
 そこまで受け入れてほしい辞令なら、嘘でも説明をすれば良い。それをしなかったのは、罪悪感があったのではないかと」
「仮説は、実証を重ねて初めて真実になります。あなたのは推論を重ねているだけで、それが明確な事実だとは言えない」

彼の言うことは最もだった。愛の仮説は推測の域を出ていない。
実際、管理官にこの推測を話した所で、はいそうです。と認めるのを期待していたわけでもない。
では、なぜこの仮説を口にしたのか。

「………あなたが頭を下げたように、私も頭を下げます。必要でしたら、生命を捧げてもかまわない。だから」

そうして、愛は深く頭を下げた。
あのとき、管理官が頭を下げたように。

「どうか、私たちを試すようなことはやめてください。これから現れる、新たな共鳴者たちのためにも」 

もし、自分の推論が真実であったとすれば、恐らく管理官はこれからも、同じようなことを繰り返すはずだ。
決して表には現れず、裏から巧妙に現実に介入し、リゾナンターたちを自らの手のひらで転がそうとする。
管理官の考える、最良の未来のために。

だが、それはあくまでも彼の最良であり、リゾナンターにとっては最良ではないかもしれない。
今回の一件も、リゾナンターたちに話せば、きっと意見は割れただろう。
たとえ生命を落としたとしても、この9人で闘い続けることを選んだ者もいれば、
闇への対抗を最優先にするために、新しい風を受け入れると決めた者もいるはずだ。
そこでリゾナンター同士で意見が対立し、衝突していた可能性はある。
それこそ、管理官が以前話してくれた「闇の回廊」での、れいなとさゆみのように。

そう。この男は、れいなとさゆみが対立したことを、知っていた。それを愛に教えた。
なぜ知っていたのか。なぜ教えたのか。

盤上の駒を、あるべき未来に帰結させるという証拠ではないのか。

放っておけば、れいなやさゆみのように衝突していた。だから介入しているのだと。

それが、愛がこの仮説を立証したくなった理由だった。
確かに、あの二人は闇に呑まれそうになった。だが、管理官の介入なしに対立を超えることができた。
だからこそ、信じてほしい。

「リゾナンターは、あなたが思うほど、やわじゃない」

愛は顔を上げ、強く、言葉を置く。
それが、4年間、この場所で、あの9人で闘ってきた誇りだ。


投稿日時:2016/12/12(月) 23:35:57.70

 







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