(146)107 『怪盗PINK CRES.』1

○○年△△月××日(火曜日)
周囲の桜も咲き誇り、春特有のどこか浮足立った気配も漂ってきたある日。

都内某所のとあるスタジオ、ピンク色一色に塗り替えられた一室にはどこからどう見てもチャラい、
いや、いつでもどこでもパリピなギャルにしか見えない感じにメイクが仕上がっている3人が集まっていた。

おまけにソファーでくつろいでいる金髪美人からは
素材は良いんだからメイクをもう少し自然体にしたらもっと良いのに……
だなんて事は口が裂けても部外者からも、関係者からも言えそうにない威圧感さえ漂っている。

年齢以上に大人っぽく見えてはいるが、元が良いからなのか、これはこれで綺麗でもある為なのか、
それとも彼女が長年の人生で培ってきたある種の経験と威圧感のせいなのか、メイクは盛る方向に振り切れている。
どうも毎度おなじみの女子力的な方向性の迷走期間というものに今年も入っているようだ。


どう見てもキャバ嬢的な厚化粧、もとい、着飾った3人が視線を注いでいる先には部屋の中央に置かれた数台のモニター。


そこにはどこにでもあるような街の小さな喫茶店、リゾナントがあらゆる角度で映っていた。
入口の扉には準備中の札が掲げられている為、これから開店に向けての時間帯だろうか。
看板娘達が掃除をしていたり、厨房で手間のかかるメニューの仕込みをしていたり、
まだまだ育ち盛りな住人達が多く、戦争の様な朝食の後片付けをしたりする中、
中高生組と見られる制服姿の集団がそれぞれの学校へと出かけて行く。
ほぼすっぴんで勝負している彼女達からは10代特有の可愛らしさと健康さが伝わってくる。
活気ある商店街の一角、いつもと変わらない風景、朝の喧騒でさえも皆が微笑ましい笑顔で溢れていた。

「うーん。今日もいつも通りかぁ~」

髪をかき上げた金髪美人はそのまま腕と足を組み直し、厳しい視線でモニターの映像を確認していく。
パッと見だけだと人より少し長細いフェイスラインが目立つが、
隅々まで手入れが行き届いているのかあるいは生まれたてなのかとしか思えない程のきめ細かい肌に、
金色にカラーリングされたばかりのボブカットが良く映えていた。
まつ毛も長く大きな瞳、目元や頬にあるホクロ、スッと通った高い鼻筋、丁度良い厚みの整った唇。
全体的なバランスは色っぽく、面長の為かどこか中性的。セクシーな美形、それ以外に形容のしようがない。
黙っていたら目線だけで人を石に変えてしまいそうな、その美しくて近寄り難い美貌と、華やかなオーラの割に、
いざ話し出すと身構えていたのが拍子抜けする程には優しくて、ちょっとおバカっぽくふざけるのが大好きな人。
そう、この人こそが夏焼雅、ギャル集団な3人組の最年長にしてリーダーである。

かつてのリゾナンター達に戦いを挑んだ≪ベリーズ≫の一員にして、
炎を操る力を纏い攻撃力の要でもあったその人である。
あの頃と違うのは、大人になりかけていた年齢や外見だけでなく、行動を共にする人間と方向性。
リゾナンターと戦い、外の世界を知った事、人格も大人になった事で更に柔らかくなっていた。
そしてそれは同時に彼女自身の能力にも少なからず変化を見せていた。

「……みやちゃん、あの件なんだけど、どうやら夜に秘密があるみたい」

紫がかった茶色に染めた長い髪を今日はゆるふわアレンジで遊ばせているギャルが隣で報告し出すと、
先程までの厳しい雅の視線からも輝きが溢れ出した。
外見や調子に乗った時のチャラい言動だけで経験豊富そうに見られるのが実はコンプレックスな最年少、
結構賢く度胸もあって料理上手でダンスも上手い。世渡り上手なこの3人組の頭脳でもある、二瓶有加、通称「にへ」だ。

「マジで!?」 

「間違いないです。前に怪しいって言ってたあの3人、毎週なにか儀式をしてるらしくって」

3人の中で一番大人しくて、ちょっと天然で恥ずかしがり屋さんだけど決める時は結構大胆。
と言うより他の二人の個性が強烈過ぎるのか、外見以外はあまりギャルっぽくはない、
普通の娘よりも真面目そうで、太眉毛が少し特徴的な――、他の2人とオシャレが大好きな小林ひかる。
動きがミーアキャットっぽいとよく言われるセミロングの娘が、好物でもある煎餅を割りながら語り出した。
煎餅は固い方がお好みなのか、モグモグと食べている姿はまるでリスのようだ。

「儀式?例の秘伝か…。となると成功例があの娘達って訳?あ、ひかる、みや達にも1枚頂戴」
「はーい。鬼ひびだから固いですよ」
「ありがとっ。んー……まあ、見ての通り今儀式をしてる娘達はまだ成功していないみたいですけど」

煎餅は基本割って食べるタイプ、そんな2人とは対照的に、二瓶は形の良い口を大きく開けそのまま煎餅を咥えた。
こういう固いのこそ豪快にボリボリと音を出さないと食べた気にはならないらしい。

「でも本当に必要あります?……私的にはそのままでも良い気がします」

「そうはいかない。あの娘達自体に恨みも何も無いけど、みやの方としてはリゾナンターには色々と借りがあるし」

お煎餅ならやっぱり緑茶だろう、と二瓶が上機嫌でお茶を丁寧に淹れている間、2人は作戦会議的に話を進めていく。
今回のターゲットはあくまでも現在儀式を行っているという3人とその成功例のみ。
情報さえ確実に得られさえすれば全員を相手にする必要は全くないのだ。

「んー。だからってリーダーズはともかく、他の5~6歳も年離れた相手に本気って大人げなくないですか?」 

「にへ、年下ばかりだからって舐めてかかると返り討ちにあうからね~。相性にもよるけどマジで強いよ。
 ……人数が多いってのもあるけど。曲がりなりにもあの娘達は、れいなちゃん達の弟子なんだから」

借りがあるという割には敵対したメンバーだった人間の事を今はれいなちゃんと呼んで慕っているという事実に、
そもそもが明るい夏焼雅の事だ。少なくとも暗い気持ちになるようなモノではない事が伺える。
敗北を期した≪ベリーズ≫や≪キュート≫の何人かは彼女達と今でも時折稽古したり、
作戦次第では自身も何度か共同戦線を張っていると言う事も大きいのだろう。

「あ、でも!今回は儀式の秘密と彼女だけ狙えば良いんですよね?戦うのは見つかった場合の最終手段って事で」

「そう。……それも、うちら怪盗PINK CRES.から逃れられる者が居たら、の話。2人共、みやの為に手伝ってくれるでしょ?」
「了☆りょ♪りょーかい。もち、任してー。みやちゃんが良いならギャルにへ的には?それでオッケー。ひかるは?」
「が、頑張るよ!私も腕の見せ所だし!」

「ありがと2人共。今回はガチだからね。雨やーよ☆なんて言ってらんないからマジで!」

これから街にでも繰り出して夜通し歌い踊ろうかとでも言わんばかりに。
それこそDJ付きでEDMでもかかってそうなアゲアゲなテンションで何やら作戦を練り上げていく3人。

一方、モニターに映し出されていた喫茶リゾナントでは―――


「ねえ、はるなーん。聖さ、何だか最近妙な視線を感じるんだよね……」

表向きは色気たっぷりの喫茶リゾナントのオーナー、しかしてその実態は。
美少女だらけの規格外な能力者集団リゾナンターを束ねる若きリーダー、
年齢的にもようやく大人の女性となった譜久村聖は、艶っぽい溜息をつきながらテーブルを拭いていた。

「えっ?妙な視線?お客さん達からですか?」

そんなのいつもの事じゃないですかー、と先程から大量の皿洗いを引き受けているのは。
最近は持ち上げるだけじゃなく辛口コメントも混ぜつつの軽快な話術が自慢な細腕店主であり、
上品でおっとりとした譜久村を陰に日向にサポートしてくれる最年長、
サブリーダーの1人である飯窪春菜はどこか茶化すように優しく微笑んだ。
今日は珍しく自慢のスーパーロングヘアーを左側で一つに纏め上げた髪型でより大人っぽくなっている。

「んー、お客さん達からなら流石に慣れてるし、これと言って何にも感じないんだけどさ」
客からのはさほど気にしているわけでもないらしく、各テーブルの備品をチェックしては足りない分を補充していく。

「慣れてるってのも凄いですけどねぇ。あっ、石田さん、それ春水が皮剥きしときますんで」

大量のジャガイモと人参と玉ねぎを抱えて来た体格の小さな石田から尾形が受け取る。
先日高校も卒業した尾形はこうして厨房担当の石田の元で料理の手伝いを買って出る事が多くなった。
もし大学に行きたかったら行っても良いんだよと今では保護者代わりの飯窪や譜久村からも言われていたが、
迷った結果、今はリゾナンターで居る自分自身を選んだようだ。

それにしてもメニューの仕込みにしてはいつもよりずっと量が多い。

「そ?じゃあ多いから一緒にやろ。今日って始業式だからさー。早く帰って来るでしょ皆。
 最近皆めっちゃ食べるし。お店の本日のお勧めもカレーにしようかなって思って。
 あ!生田さーん!今日はカレーだよーって書いてて下さーい!」

自分達が作ったご飯を美味しそうに食べてくれるのを見るのが好き、チラシを見てはスーパーに通うのが好き。
今ではもうすっかり主婦感が溢れ出し、大人なのに中学生って言っても通りそうな引き締まった筋肉と小柄な体型。
喫茶リゾナントの厨房担当になって5年目になる石田亜祐美が腕捲りをして包丁とジャガイモを握る。

「やった!久々のモーニングカレーやん!衣梨、亜佑美ちゃんのカレー大好きー!」

既にフリフリのメイド服に身を包んだ看板娘、生田衣梨奈が日替わり黒板におススメメニューを書いていく。
昨日はゴスロリ仕様だった。一昨日は軍服風だった。その前は全身レオパードだった。その前はJK風だった。
コスプレとオシャレは趣味!とでも言わんばかりで、店に出る時は制服を着て欲しかった譜久村ももう諦めたらしい。
曰く、えりぽんのコスプレ目当ての常連さんも居るし、前の晩に衣装を悩むえりぽんも可愛いからとのことだ。

「美味しいもんねぇ。あゆみんの料理は…」
うんうん、と。まるで自分が褒められたかのように自慢気な顔をする飯窪。

「って、亜佑美ちゃん。小田ちゃんは?一緒に買い物行ったんじゃ無かったっけ?」

テーブルの準備が終わったのか、譜久村も玉ねぎの皮剥きを手伝いだした。
そう、つい20分程前、今日は仕入れる種類も少ないから商店街で済ませますって石田と小田は出掛けてったはずだ。
スーパーじゃないからテンション上がらなーいって言いながら引っ張られてった石田が先に帰って来てるのに。

「あー、小田ならお肉屋さんでいつものおっちゃんに捕まったんで置いてきました。
 値引きの為なら幾らでもど……仕方ないよねー」

「またぁ!?あのおじさん、小田氏の事ばっかり贔屓にするよね。私が行ってもスルーだよスルー。常に定価!」
「やー、そらあきませんよー、色々薄いですもん飯窪さん」
「おいこら尾形。その台詞、そっくりそのまま返してやろうじゃないの」

「まあまあ、2人とも、そんな事で喧嘩しないのっ」

そんな事。そんな事で片づけられた。
良いモノを既に持っている人達にはこの悲しみと切なさは分からないのだ。
もしも譜久村が買い物に行ったらお肉屋さんどころか八百屋さんも魚屋さんも毎日セールしてくれそうなのに。
でも金銭感覚がちょっと所じゃなく危ないから彼女を買い出しには行かせられない。
一度人手不足の為一人で行かせてしまった時、飯窪と石田は高級食材の全てを返品しに駆けずり回ったのだから。

「「うっ……その件に関して私達、譜久村さんとはきっと一生分かり合えませんよ…」」

お芝居でもしてるかのようにふざけながら目頭を押さえる飯窪と尾形。
なんだかんだ言っても同じ名前のせいなのか、身体的特徴のせいなのか息がピッタリである。

「小田にバッチリメイクさせてったからなぁー。ま、そろそろ帰って来るでしょ」
「マジか。確信犯やろ亜佑美ちゃん。衣梨は美味しいお肉が食べれれば良いっちゃけどね~」
からかうように笑った後、今日も可愛く出来上がった黒板を背景に生田がチェキで自撮りをしている。
『今日のイチオシ!』のメニューと共に店の外に日替わりでディスプレイしているのだ。
写真のメンバーがごく稀に変わる場合もあるが、お察しの通りほぼ生田である。


「た、ただいま帰りました……もう!石田さん!置いてかないで下さいよー!」
噂をすればなんとやら、である。
両手にお肉が一杯詰まった袋を下げて、バッチリメイクの小田さくらが帰って来た。
譜久村同様に分かり合えないモノを持っているせいか相変わらず18歳になったばかりには見えない。

「いーじゃんよ。その方がおっちゃんも張り切っておまけしてくれるし?おっ、牛肉!流石小田!よくやった!」
「確かに。それは否定しませんけど…。でもお肉ってすっごい重いんですから」

小田は最近これのせいで二の腕とふくらはぎが徐々に逞しくなってきた。
胸筋も体幹も鍛えられて一石二鳥でしょー、と細マッチョな石田が言うので、
確かに!もっと鍛えなきゃな……と今日も買い出しのお手伝いをしてしまったのだった。



投稿日時:2017/04/10(月) 21:46:35.09

作者コメント
※ハロメンも雅ちゃんもとっても大好きなのですが 

この作品のピンクレは敢えて張り切った時の雅ちゃんの超厚化粧イメージでお読み下さい 



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