(157)162 『銀の弾丸Ⅱ -I wish-』
反対側からはダガーナイフが交差して刺さる。
交差する刃の峰で、太陽の光が切断された様に煌めいた。
「はー、くどぅーもタフだねえ。風邪はすぐ引くクセに」
「やー鞘師さんこそ、よくもまあそんなに血を出して元気ですね。
貧血だからすぐ寝ちゃうんじゃないですか?」
鞘師里保の言葉に、戦闘訓練の直後の為、工藤遥かの息が乱れながらも言った。
笑う鞘師の隣に工藤が座り込む。
二人して”リゾナンターの為の秘密の特訓場”という名の丘に並んで
沈みゆく夕日を眺めていた。
「まあ、えりぽんよりは加減を知ってるから、訓練相手には助かってるかな」
「生田さん凄そうですよねえ。この前もボロボロになった二人が
鈴木さんに怒られちゃって、まるでお母さんみたいでしたね」
「あっはっは。香音ちゃんがお母さんか。くどぅーにはそう見えるって
香音ちゃんに言っておくかな」
「やっぱり譜久村さんですか、好きですねえ」
「くどぅーもじゃないの?一回触ってみれば?ハマるよ?」
「ハルは同意なしでハグしてますから、じゅーぶん堪能してます」
「む、なにそれ、うちだってフクちゃんのあーんな所やこーんな」
「分かってますって。そんなムキになんないでくださいよお」
「もう訓練に誘わない」
「ごめんなさい調子に乗りましたごめんなさい。次の依頼のためにどうしても
鞘師さんと組手してもらわないと。相手がちょっと強いみたいで」
「大丈夫だよ。ちゃんとやれてる。今のくどぅーなら負けない」
鞘師は事実を言う。嘘は言わない。言えない、というのが正しいだろうか。
「チカラの使い方、人との触れ合い方、うちもずっと
悩んでた所だから、その苦労もちょっとは分かるよ」
「なるほど」
「うん。でも、本当によく乗り越えたなって、凄いと思う」
工藤が見ると、鞘師の横顔には夕暮れのような憂いの表情が浮かんでいた。
「うちは、まだまだだなって、そう思うぐらいに」
「何言ってるんですか。鈴木さんも言ってましたよ。
鞘師さんが皆を助けてくれてるって。ハルもそうだなって思うし
まーちゃんなんて鞘師さんに頼りきってる所あるし」
「あー、優樹ちゃんはほら、皆でサポートしてる部分あるから」
「でも、鞘師さんの存在は大きいですよ。それは、認めてます、皆」
不安そうに見つめる工藤に、鞘師がおかしそうに吹き出す。
「いや、優樹ちゃんもさ、そんな顔をして言ったなあって。
ずっと一緒に居ようねってメールまでくれて」
「まーちゃんも感謝してるんですよきっと。素直じゃないから
本人には言わないけど、本心ですよそれも」
「うん。ありがとう。くどぅーだと説得力あるよ」
片膝を立てて座る鞘師の目は、前方を眺めていた。
夕日が橙色の煌めきを放ち続ける。
「綺麗だね。うち、オレンジ嫌いじゃないよ」
鞘師が再び告げた。工藤も暮れなずむ風景を眺める。
言われてみれば、訓練と戦闘が連続する半生で、こんなにも世界を
ゆっくりと見送った記憶が無かった。
リゾナンターはたくさんの感情を見てきて育った傭兵の様なものだ。
工藤もまた、ある機密的な異能者養成所で戦線に向かった事がある。
子供ばかりの傭兵たちに紛れて、夕日の下での悲喜劇を見てきた。
リゾナンターとして戦線に向かうのも、実はあまり変わらない。
生まれて死に、殺し殺されることが繰り返される光景。
目の前で倒れ伏す姿も見てきた。
乾く喉に血溜まりの川。溺れる屍に滑る肉。乱れる息。流れる汗。
工藤の胸の内で何かが軋む。
「消えちゃうのが勿体ないね」
「はい……でも、また明日見れますよ」
「そうだけど、今日だけしか見れないよ、この色は」
世界が美しい。世界は美しい。残酷でも悲劇でも受け入れる、世界は、広い。
座る工藤の右手が動く。
大地に刺してあるダガーナイフではない、体毛が覆われた、鋭い爪。
鞘師が怪訝な顔を浮かべる。一閃。
紅い一閃、鮮血、問う鞘師との間で、静かに、殺意が芽生える。
「何で?この手は何?」
「ハルにも、分かりません」
他人が鞘師を殺すかもしれない。工藤は敵に復讐するだろう。
だが工藤は、それ以前に鞘師をどうにかしなければいけない気がした。
理解できないままに鞘師の上段の切り下ろしを工藤の爪が迎撃。
二つの彗星が激突し、離れていく。
鞘師の右上腕が切られて鮮血が噴出。工藤の右肩にも痛みと出血。
両者が追撃を放ちつつ駆け抜け、チカラが激突、拮抗。
裏切り、狂乱、工藤の顔裏から伸びていく体毛、浮き出る口角。
もう工藤の面影は、顔から半分のみとなっていた。
「何で急に、それはくどぅーの意志なの?」
「分かりません。分からない、分からないんです…!」
突きに薙ぎ払い、上段下段、左右と数十から数百もの紅線となって
双方の間で刃と爪が激突する。胸は激痛を訴えていた。
工藤遥だった”獣”が人間とは思えない咆哮を空に吐き出す。
「くどぅー!」
訓練時の比ではないほどの閃光の嵐。
工藤は叫んでいた。心の底からの叫びだった。
既に自分が「大神」になった事を理解し、苦痛を訴える。
せめて鞘師に止めてほしい。今ならまだそんな心が残っていた。
この一片の良心が消えない内に、工藤は自身の命を止めるべきと考える。
「工藤、それでいいの?それで本当に……うちは……止めなきゃいけなくなる」
鞘師が構えをとる。”獣”の背筋が冷える、凄絶な構えに絶望する。
赤い刃は獣の頭部と身体を分断した。
跳ね飛ばされる頭部が丘の芝生に堕ちていく。
半生で最高の一撃といっても良いぐらいの、歪みのない切っ先。
貫通した刃先は背後の大木すら両断し、上半分が横倒しになり、重々しい音を立てた。
夕暮れに散った葉の間に、頭部の体毛がざわめく。
鮮血と共に獣が横へと倒れていく。
「工藤、ごめん。出来ないよ、うちには」
跳ね飛ばされた頭部が体液となって地面に染み込む。
純白の体毛に覆われた強固な骨格と筋肉は、”カワ”となって彼女を護る。
視神経や脳髄を切り離された”カワ”に意志は無く、”カワ”に覆われた
小さな工藤遥はまるで赤子のように丸まり、腹部の位置で生きていた。
赤ずきんが狼に食べられたかのように幻想的な異能。
筋肉、皮膚、体毛、骨格ですら自分のものではない、擬人化。
咲いても朽ち枯れるだけなんて、うちには出来ない。
世界を見るべきなんじゃうちらは、例え一人でも、独りじゃないから」
工藤の意識はまだ、あった。
思わず左手で自らの唇に触れる。唇は両端が上がり、半月の笑みを作っている。
笑っていた。工藤遥、笑っている。
「工藤、最近血の匂いがするけど、何をしとるんじゃ?」
心臓が跳ね上がる。体液もそのままに、工藤は体を起こす。
洗い流している筈の事実を、鞘師はきっぱりと言い当てた。
「うちにはもう何も出来ないけど、皆が居るから心配はしない。
きっと皆がなんとかしてくれる。くどぅーも、独りじゃない」
虚ろな視線の中に飢える光。工藤は何も言えなかった。
舌にこびり付いた血の味が鮮明に思い出せる。
本能が、吠える。
肉を食み、血溜まりの道を舌で這い舐めながら、どこに行けばいいと啼いていた。
投稿日時:2017/09/28(木) 23:30:13.13
作者コメント
内容的に続編にするべきか悩んだのですが、この形になりました。
投げ出さない様にオープニングだけ置いておきます。
シリアス路線なので基本は深夜投下とさせて頂きますがよろしくお願いします(土下座)
内容的に続編にするべきか悩んだのですが、この形になりました。
投げ出さない様にオープニングだけ置いておきます。
シリアス路線なので基本は深夜投下とさせて頂きますがよろしくお願いします(土下座)