(122)399 『リゾナンター爻(シャオ)』85話
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表社会と闇社会、その両方に跨り支配し続けてきた老人たち。
そのあっけない死を前に、権力者たちは明日は我が身とばかりに震えだす。
中には腰を抜かし、そのまま卒倒するものまでいた。
「ま、そういうこっちゃ。後任には、うちらが選んだ若手の五人を選んだる。ま、若手言うてもおっさんやけどな」
ひ、ひぃぃぃ!!!!!
誰かの悲鳴を合図に、風に吹かれたように消えてゆくモニターたち。
粛清人たちの仕業ではなく、すっかり神経の磨り減った哀れな老人たちが耐え切れずに自らモニターの通信を切っ
ていったのだ。そして、暴風雨に晒された弱弱しい松明は、ひとつ残らず消えてしまった。
訪れる、闇。
背後から、拍手の音が聞こえる。
裕子は、あからさまに舌打ちしてみせた。
「鮮やかなお手並みでした。さすがは我らが『首領』です」
「自分が言うと、素直に喜べへんよ」
暗闇に映える白衣。
Dr.マルシェの名を掲げるダークネスの頭脳は、感心しきりに首を縦に振る。
「ま、あいつらがアホやっちゅうのも勝因の一つやな。最後まで基幹システムの抜き取りに気付かへんかったし」
「あの御老人たちを責めるのは酷というものでしょう。むしろ警察OBやマスコミに圧力をかけて、あれをあくま
で『近日中にオープンするはずだったアトラクションのギミック』と言い張った努力は褒めてあげないといけませんね」
「どの道閉園するんやから意味ないけどな」
肩を竦めつつ、ため息をつく『首領』。
それは5人の老人たちが引き起こした事件が茶番に過ぎなかったことへの、憐みを意味していた。
「しっかし。終わってみるとあっけないもんやね」
「ええ。ただ、彼らが明確な反逆の意志を見せたからこその結末でもありましたが。影の指導者たちを失った政財
界も一瞬は混乱するとは思いますが、すぐに平静を取り戻すでしょう」
そう。
彼らは確かにこの国の光と闇を支配する、文字通りのドンたちであった。
しかしながら、彼らの代わりなどいくらでもいるというのもまた事実だ。確かに彼らは自らの才覚でここまで伸し
上がってきたが、だからと言って彼らに比肩する能力の持ち主がいないわけでもない。ダークネスが手を下さずと
も、遅かれ早かれ「世代交代」は実現していたことだろう。
「で。そっちのほうはどないやねん」
「ええ。問題ありません。『Alice』に『のんちゃん』、無事、回収してますよ」
「ごっちんか。あの子も大変やな。公式には行方不明なばっかりに、あんたにいいように使われて」
「人聞きが悪い。あくまでも、『組織のために』動いていただいてるだけです」紺野によって、部屋の照明がつけられる。
裕子を囲うように配置された画面だけが、暗い闇をいつまでも湛えていた。
「これで、我々の計画に異を唱えるものはいなくなりましたね」
「そやね。せやけど…『先生』のところに借り、作ってもうたな」
紺野の言葉に、『首領』は苦笑を返す。
「まあ確かに。彼らに…いや、既存の地位にいる能力者たちにとってこれから起こることは面白くはないでしょうからね」
「勝算は、あるん?」
「いずれ、こちらからお伺いしますよ。それで、全ては解決です」
国内の大都市に、そしてアジア地域にまで拠点を広げる大組織。
そのような一大勢力を築いている連中が、紺野の説得如きに耳を傾けるとは、『首領』には到底思えなかった。
しかし。
紺野がやれないことをやるなどと軽々しく口にする人間ではないことも、知っている。
ダークネスは、全ての未来を見通す「不戦の守護者」を失って久しい。だが。
紺野は、未来が見えずとも理想への道を着実に切り拓いている。だから、敢えて何をするかは問わない。
それが、「理想の能力者社会」の実現に必要不可欠であることを、裕子は。ダークネスの『首領』は、知っている。●
「…続いてのニュースです。原因不明の爆発事故を起こした東京ベイエリアのアミューズメント施設・リヒトラウムです
が、運営会社による会見が行われ、改めて施設閉園の方向で話を進めるという発表がありました。会見には運営会社『H
IGE』の取締役らが出席し…」
いかにも草臥れた中年たちが、涙ながらに詫び、そして土下座を繰り返す映像が流される。
死者こそ出なかったものの、大混乱を引き起こしたリヒトラウムでの一連の騒動。
被害者たちの「記憶」は消すことはできたが、各アトラクションの崩壊などはどうにも誤魔化せず。処理班お得意の「爆
発事故」となって世間を賑わすことになった。
喫茶リゾナント。
入院中のさゆみの代わりに、メンバーの亜佑美がキッチンを任されるも。
相も変わらずの閑古鳥。いや、店主さゆみ目当てで通っていた常連客の足も遠のいているのでそれ以下の有様だ。
よって、喫茶店は義務教育を終えたリゾナンターのメンバーたちによって占拠されていた。
「やっぱり、閉園されちゃうんですね。リヒトラウム」
カウンターに突っ伏しながら、恨めし気にテレビに視線をやる春菜。
「だよねえ。あれだけの騒動を起こしたわけだし。しかも地下にあんな物騒なモノまで隠しちゃっててさ」
「国の偉い人たちは対応に四苦八苦してるって。リヒトラウムを閉園するのも、騒動以上に、地下のあれを完全に隠ぺい
するためらしいし」
カウンターを挟み、亜佑美と聖が互いにため息をつき合う。リヒトラウムから無事脱出した一行は、すぐさま愛佳と連絡を取り、後は偉い人たちに対応を一任することとなった。
どういうわけか、警察の能力者機構である「PECT」も人手が足りずに、やって来たのはかつて聖たちと一戦を交えた
カラフルTシャツの7人組のみだった。
何でも、これまでの活躍が認められ末席ながらもつんく率いる能力者部隊の一員に入れてもらうことができたとのこと。
昨日の敵は今日の友、を地で行く展開ではあるが。
「つんくさんたちとは、連絡が取れないみたいで…」
リーダーの仙石みなみは、ダークネスの幹部が跳梁跋扈したにも関わらず人手が割かれなかった理由についてそう説明
していた。何が起こったのかはわからないが、その情報は不穏な印象を聖たちに与えた。
ともかくその日を境に、聖たちリゾナンターに情報は一切入らなくなった。
あの時連絡を取りあった愛や里沙も、機会が来たら全て話す、とだけしか言わない。もともと多忙な彼女たちとは、連絡すら取れていない。
「そう言えば、朱莉ちゃんが言ってた。つんくさんたち、大きな任務があってどこかに行っていたって」
「あかりちゃんって。ああ、あの顔の丸い人ですか」
スマイレージは。
今回の勝手な出動を咎められ、現在は行動を大幅に制限されている状態だと聞く。
その中でこっそり監視役の目を盗み、聖に会いに来た際にそんなことを話していたのだ。
つんくたちの消息はもちろん心配だ。
この喫茶リゾナントを初代リーダーである愛が立ち上げる際に、各方面に尽力したというつんく。
それから、リーダーが里沙へ、そしてさゆみへと代替わりした後も何かとリゾナンターの活動に協力してくれたなじみ
深い人物でもある。メンバーたちがその消息について気になってしまうのは当然のことと言えた。
「とにかく、今日みなさんが集まることで…色々わかってくる、わかる必要があるんだと思います」
「…そうだね」聖は、春菜の言いたいことを即座に理解する。
自分たちはあの光と夢の国で起こった出来事の全てを把握するとともに、自分たちがあの日背負った罪の十字架を意味を
問わなければならない。あれから、リゾナンターのメンバーは何もなかったように、通常通りの振る舞いを見せている。
しかし、それが仮初のものであることは誰もが知っていた。
懺悔して何かが変わるのか。わからない。けれど、きっと先輩たちには話さなくてはならない。
みなさんが集まる。
それはあの日以来入院していたさゆみが喫茶リゾナントに帰ってくることを意味していた。
それだけではない。さゆみが帰ってくるということで、多忙にしている里沙や愛もリゾナントに顔を出すという。
そこには、聖たちリゾナンターが「金鴉」「煙鏡」と交戦しているその陰で、里沙や愛もまたつんくの作戦に絡む活動を
していた、そのことに対する説明があるらしい。
「いろんな意味で、動きがありそうですね」
亜佑美が大げさな顔をして、言う。
リゾナンターとしての立ち位置、ありようが変わってしまうのではないか。そんな予感が、亜佑美だけではなく聖や春菜にもあった。
俄かに立ち込める重い空気、それを破ったのは。
「とーーーーうちゃーーーーーーーく、なうなうー!!!!!!!」
騒がしい声とともに、降ってくる。
比喩ではなく本当に、亜佑美の頭上から降って来たのだ。
優樹が。遥が。里保が。さくらが。そして、さゆみが。
「あ、石田さん」
「まーちゃん!テレポートする時はよく考えてって言っただろ!!」
「イヒヒ、ごめんちゃーい」
「み、みっしげさんすいません!!」
「あ~ん、りほりほったらいきなり激しいの~」
三人が折り重なるように。
下敷きになっている亜佑美が、人の山から這って出てくる。
「ちょ、ちょっとあんたねえ…」
「わーっみんなどいてどいてぇ!!!!!」
そこへ、メンバー最重量のぽっちゃり娘。が。
ずしぼきぐしゃっ。
身体中のあちこちから鈍い音が鳴り響くのを感じながら、亜佑美はきゅう、と漫画のような音を立てて気絶した。
「いやー遅れた遅れた、あっ道重さんもう来てる! …あれ、あゆみん何でそんなとこで寝てると。
道重さんに失礼っちゃろうが」
遅れてやって来た衣梨奈が無残にも潰れている亜佑美を見て、一言。
その後亜佑美がさゆみと聖の治癒尽くしに遭ったのは、言うまでもない。
更新日時:2016/06/09(木) 12:09:05