(124)341『リゾナンター爻(シャオ) 』91話

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時は少し、遡る。 
さゆみのための宴の最中。 
小田さくらは、喫茶リゾナントから離れた空き地にいた。 
正確に言えば、空き地に行ったのではない。無理やり、来させられたのだ。 
目の前にいる、人物によって。 

「…ひさしぶりね。『s0312』。いえ、今は『小田さくら』と名乗ってるのかしら」 

闇色に染め上げられた、パンツスーツ。 
白いブラウスは襟元できっちりと留められ、彼女の「生真面目さ」の象徴として存在感を放つ。 
その性格同様に、正確に時を刻み、そして掌握する。永遠すら殺すことができると謳われた能力だ。

「わたしに…何の用ですか。『永遠殺し』さん」 

「時間停止」能力によって拉致され、この場所に連れて来られたさくらは。 
突如現れたダークネスの幹部の目的について、考えあぐねていた。 

「どうして私を、って顔してるわね」 
「……」 
「答えはシンプルよ。私の『能力』が、あなたの今の『能力』に対抗できるかどうかの、実験」 
「!!」 

さくらと「永遠殺し」が比較的長い時間、行動を共にしたのはただの一度きりではあるが。 
「永遠殺し」はさくらの前で能力を発動させた。しかし、時を統べる手はさくらのことを拘束することはできなかった。 
何故なら時間停止が発動する前に、時はさくらの「時間編輯」によって支配されていたから。 
さくらは、時間を切り取ることで「時間停止」によって停止した自分を「なかったことに」して、時間停止中にその場を離脱した「永遠殺し」の繰る車の後部座席に移動していた。 
さくらは、明らかに「永遠殺し」よりも上位の能力を保有していたのだ。 

ところが、今はそうではない。 
「叡智の集積」Dr.マルシェの実験によりさくらの能力は奪われ、わずか1秒ほどの時しか止められない「時間跳躍」の能力を残すのみとなった。もちろん、通常であれば1秒のタイムラグとは言え戦闘では大きなアドバンテージを得られるほどの強力な能力ではあるのだが。 

「『時間跳躍』では、私の時の手からは逃れられないようね」 
「くっ…!!」 

さくらが1秒の時を止められるのに対し、「永遠殺し」はその8倍、8秒の時を自らの手中に収めることができる。 
それがどのような状況を招くのか。さくらがこの場に誰にも気づかれずに拉致されたことから、火を見るより明らかだ。

「それがわかっただけでも、大きな収穫だわ。束の間の宴、楽しんできなさい」 

険しい作りの顔を笑顔に象り、背を向けその場を去ろうとする「永遠殺し」。 
その背中に、さくらが言葉を投げつけた。 

「待ってください!まだ、わたしの質問に答えてもらってません!!」 
「…ふうん?」 

呼び止められたことを、まるで予想外の出来事のように。 
「永遠殺し」は、再びさくらと正対する。 

「あなたのその能力があれば、全滅とはいかなくとも、メンバーの多くのことを傷つけることができた。それをしなかったのはどうしてですか!」 
「ふ…ふ、ふふふっ」 
「何がおかしいんですか!?」 

先程の作り笑いとはうって変って、さも滑稽そうに笑い始める「永遠殺し」。 
相手の意図がわからないさくらは、馬鹿にされたと感じて憤っていた。 

「小田さくら。やはり以前の『お人形さん』とは別物のようね。あなたたちをいいように『使いたい』紺野があなたをリゾナンターに預けたのは、どうやら正解だった、と見ていいのかしら」 
「それはどういう」 
「単刀直入に言うわ。もう紺野の思惑なんて関係ない。わたしは裕ちゃん…いや、『首領』の、組織のためにあなたたちを全滅させることに決めた。その上で、あなたの能力を確かめに来たのよ」 

「永遠殺し」の猫科の猛獣のような瞳が、ぎらつく。

「今回はそのための、予行演習。そして、十分な結果が得られたわ。あなたたちは、わたしの襲撃を防ぐことはできない。 
ただ、安心しなさい。すぐに行動に移すつもりはないわ。こちらは、紺野の動きに合わせて実行する。ただそれだけ」 
「いつでも、私たちを殺せるとでも言いたげですね」 
「その通りよ。あなたたちはもう、『時の処刑台』の階段を昇るしかない」 

無慈悲な言葉に抗うが如く、さくらは「永遠殺し」を睨み付ける。 
ただそれは、狩られる恐怖との、表裏一体でもあった。 

「帰って、頼れる先輩たちに相談してみるといいわ。徒労に終わるでしょうけど、少なくともあなたの心に吊り下げられた重石を軽くすることはできるはずよ。でもさっきも言ったけど、あなたたちは既にギロチンに首を預けた身。『時間停止』を破る術なんて、ないんだもの」 
「それは…」 
「無駄に抗ってみなさい。足掻いてみせなさい。それこそが、あなたがあの喫茶店で得た人間らしい心の証左なのだから。
『天使』も『悪魔』も逆らえないわたしの規律の中で、『永遠』にね」 


そう言い切った後に、「永遠殺し」は。 
ただ、あすかなら、あるいは。そう呟いた。ようにさくらには聞こえた。 
「あすか」が何を指しているのか。人名なのかそれとも違う何かなのか。わからなかった。 
と言うよりも、今のさくらを支配しているのは圧倒的な絶望。このままだといずれ自分たちは始末されてしまうという、光なき未来だった。その他のことに心を向ける余裕など、どこにもなかった。 

「それでは、今度こそ本当にさよならね。次に会う時は…わたしがあなたたちに『永遠』を与える時」 

その言葉だけを残して、「永遠殺し」は完全にさくらの目の前から消え去った。 
「時間停止」の能力がまたしても発動したこと、それを防げなかったことが与えられた絶望にさらなる漆黒を塗り重ねてゆく。まるで、どうにもならなかった。 

すっかり暗くなった空き地に、さくらの悲痛な叫び声がこだまする。 
今のさくらにできることは、ただそれだけ。崩壊してしまいそうな心を、必死に食い止めることしか、できなかった。
● 

「あれ小田、どこ行ってたの?」 

足取り重く喫茶リゾナントへ帰ると、さゆみがそう言いながら出迎えてくれた。 
どうやらふらりと一人で店を抜け出したと思っていたようだった。 

「だって道重さん、様子が怪しかったんですもん」 
「う…あれはちょっとお酒がいたずらしただけなの」 

さくらが攫われたのは、ちょうどさゆみが酒に酔って狼藉を働こうとしていた時。 
咄嗟にさくらのついた嘘は、嗅ぎ取られることなくさゆみに納得されたようだった。 

「あれ…道重さん、何してたんですか?」 

自らの中の気まずさを隠そうと、さゆみの背後、つまりカウンターの上のものに目を向けるさくら。 
そこには、色とりどりの洋封筒が置かれていた。そのうちの一枚からは、便箋らしきものが顔を覗かせている。
どうやら手紙をしたためる作業の途中だったようだ。 

「うん。みんなにね、メッセージをと思って」 
「ああ、なるほど」 

言われてみれば、カウンターの封筒は9。つまり、さゆみを除いたリゾナンターの数と符号する。 

「そんな。直接伝えてくれればいいのに」 
「ふふ。そんなことしたら、さゆみ泣いちゃうから」 

その時の表情で、さくらはさゆみの心情を読み取る。 
本心ではきっと、この喫茶店を離れたくないのだ。と。
「やっぱり…無理なんです、よね?」 
「うん。さゆみはきっと、みんなの足手まといになっちゃう。れいなですらそう思ったのに、
運動音痴のさゆみだったら尚更でしょ?」 
「そんな…」 
「みんながそうだったように。さゆみも、誰かに守られるだけの存在にはなりたくない」 

聞けば、さゆみは明日の早朝にもリゾナントを発ち、警察機構の中でも愛や里沙と懇意にしている信頼ある人間の手によって何重にも位置情報を秘匿された場所に移り住むのだという。能力者の中でも治癒という敵の利になるような、しかもそれをさらに発展させた物質崩壊という力を持っていたさゆみ。ダークネスではなくても、実験材料にと手を伸ばしてくる輩がいるかもしれない。その為の対策であった。 

さゆみの存在が、手の届かないところに行ってしまう。 
その事実は、ついさっきの敵との邂逅ですっかり心が弱っていたさくらの涙腺を緩ますには十分であった。 

「み、道重さん…!!」 

ひしとさゆみに抱きつくその姿は、通常よりもずっとずっと小さいものに映った。 

「わたし、がんばりますから…道重さんがくれたこの場所で、ずっとがんばりますからぁ…」 
「ありがとう、小田ちゃん」 

さくらの言葉は、堅い決意。 
「永遠殺し」からの宣戦布告は、もう自分たちの問題だ。 
少なくとも、これから旅立つさゆみには余計な心配をかけるわけにはいかない。 
強い心とか細い心は渾然一体となって、さくらに涙を流させ続けた。
少しして。 
落ち着いたさくらが、ようやく自らの不作法に気づく。 

「あ、ごめんなさい。きっとほかのみなさんもこうしたいだろうに」 
「大丈夫だよ。実はみんなにはさっきお別れを済ませてきたから。特にりほりほには」 
「うん?鞘師さんがどうかしました?」 
「いやいや、こっちの話なの。フッフフフ」 

途端にいかがわしい笑みを浮かべるさゆみ。 
顔と耳を赤らめながら自らの唇に手を当て、身を捩らせている姿はどう見ても何かの事後のようにしか見えない。 
が、さくらはそのことについてはあまり触れないでおくことにした。 
これから旅立つ人をおまわりさんに突き出すのは、あまりにも忍びない。 

「じゃあ小田ちゃんにはこうして会っちゃったから、はい」 
「あ、ありがとうございます」 
「今ここで開けたりしないでね。さゆみが下手な文章でがんばったのに、意味なくなっちゃうから」 

改まってさゆみから渡される、ラベンダー色の洋封筒。 
手渡されただけなのに、そしてさゆみは治癒の力を失っているはずなのに。さくらは、自らの心が癒しの手によって翳されたような温かみを感じた。この温もりと、しばしのお別れをしなければならない。 

「それじゃ、おやすみ小田ちゃん。さゆみも、すぐは無理かもしれないけどそのうち、会いに行くね」 
「はい…それまでわたし、もっと、もっと強くなってますから…」 
「今日はもう遅いから、リゾナントに泊りなよ」 
「はい。お言葉に甘えて」 

2階に上がってゆくさくらを見送りながら、さゆみもまた自らの胸に暖かいものが流れ込んでくる感覚を覚えた。 
さくらだけではない。聖、衣梨奈、香音、春菜、亜佑美、優樹、遥。そして、里保。それぞれから、さゆみは貰ったのだ。
これから強く生きてゆくための、糧となる心を。思い出を。 

今宵、一つの時代が終わりを告げる。 
だが、新しい時代の幕開けでもある。さゆみも、そして後輩たちも。 
未来という名の大海原へそれぞれ、旅立ってゆく。


更新日時:2016/07/05(火) 13:06:16.33
作者コメント
話の都合上さゆとのお別れシーンは小田ちゃんだけになってしまいましたが 
鞘師とのやりとりは非公開の予定でw





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