(124)69 『リゾナンター爻(シャオ) 』89話
●
◆
対能力者部隊「エッグ」本部長・寺田光男に関するレポート(仮)
1.「天使の檻」襲撃及び「銀翼の天使」保護作戦失敗の経緯
○月×日 17:00 「エッグ」本部長・寺田光男は部隊内小隊「ベリーズ」「キュート」「ジュース」及び複数の能力者(構成員名簿を別紙1に記載)を率い、反社会的組織「ダークネス」が一施設、通称「天使の檻」を襲撃。
空間転位能力者・R(正式な隊員でないため略称にて)の能力により防衛システムを掻い潜り敷地内に到達するも、組織の能
力者である「黒翼の悪魔」の迎撃を受ける。
交戦の結果、複数の死者・戦闘不能者を出し、最終的に寺田自身も接触した「銀翼の天使」の暴走に巻き込まれ、死亡。
「銀翼の天使」はさらに寺田の指令を受け現地へ出動した元リゾナンター高橋愛・新垣里沙の両名と交戦。「天使」の活動停止に成功するも、結果的には組織の手により回収。
2.十人委員会の関わりについて
「天使の檻」襲撃及び「銀翼の天使」保護作戦については、ほぼ寺田の独断により立案・実行されたものと確認されている。「エッグ」上部組織である警察庁内「十人委員会」の作戦実行許可書類も、寺田によって偽造されたものと確認。よって「十人委員会」は、寺田の行動について関与しておらず、また一切の責任を負う義務は皆無である。
3.寺田光男の処分について
寺田については、項目2の他、後述の項目5の看過できない重大な背任行為の疑いが浮上している。
しかし、本人死亡のため、また、機構内の混乱を避けるため、対能力者部隊関係者にはあくまでも「作戦実行中の殉職」と発表する。なお、寺田の遺体については司法解剖の後、速やかに焼却を遂行している
4.今後の対能力者部隊について
寺田死亡のため、新たな本部長を寺田直属ではない能力者から選考中。理由は項目5にて記載。
「ベリーズ」は構成員の半数以上が再起不能状態なため、解体・別小隊への再編成を検討。「キュート」については更なる能力強化プログラムを実施予定。なお、行方不明の「ジュース」については構成員全員がダークネスのスパイであったことが確認されている。その他死亡者・再起不能者については別紙1にて記載。
5.寺田光男の背任行為について
今回の件を受け、寺田が都内(東京都○○区××町4丁目71番地4号)にて構えている事務所を捜索。
その中で事務所内PCのデータ(巧妙に断片化されていたが「PECT」情報システム部により一部復元済)から、寺田が「エッグ」(部隊名ではなく、当機構における未開発能力者の総称)を若干名ダークネスに横流ししていた事実を確認。これは利敵行為に当たり、当機構大憲章27条5項に違反する背任行為である。当人死亡のため立件はしないとの「十人委員会」の方針ではあるが、機構内での協力者の存在の有無を含め、調査の必要がある。
6.その他(項目に追記するか未定)
・「天使」の生死について(ほぼ絶望、ダークネスの実験材料として回収された?)
・寺田PC内に残された謎のファイルフォルダ「ヤコブの梯子」について(解読についてはほぼ不可能)
・寺田の当機構加入前の過去について(現在調査中)
・本部長候補「城マニア」「木霊使い」について
・「キュート」強化プログラム
・「ベリーズ」後継の新小隊について
◆
福田花音は、目を通した紙の束を、無造作に部屋のゴミ箱に投げ捨てる。
そして、深い、深いため息をついた。
「十人委員会」に「機構」。どいつもこいつも、ボンクラばかりだわ。
今回の件に関する機密文書があっさりと一隊員である花音が手に入れられてしまうあたり、彼女の評もあながち間違いではないのかもしれない。もちろん、「隷属革命」を有効に活用した結果の産物ではあるのだが。
だが、この書きかけの出来損ないのレポートによって花音が元から持っていた情報は補完された。
すなわち、自分たち「エッグ」が元々はダークネスの所有物、もしくはつんくとダークネスの共同財産だったということ。そうであるなら、自ずと理解できる。
この胸に燻る、正義の味方面した連中への憎悪の理由を。
とは言え、すでに花音はリゾナンターに何をすることもできない。
やれたとして、精々地味な嫌がらせを仕掛けるくらいのものだろう。そもそも、「スマイレージ」はリヒトラウムの一件で絶賛謹慎中の身だ。あざらしのように寝転がりながらから揚げを食べるくらいしか、やることはない。
それにしても気になるのは、つんくの残したとされる解読不能のデータプログラム。
それに、「銀翼の天使」の消息についてだ。
執筆者が無能であることを差し引いても、今後の対ダークネスの戦略を構想するのにこれほど不確定な要素を放置するなど、花音には信じられなかった。
「ヤコブの梯子」。
確か天から降り注ぐ光を、天国への階段へに見立てた言葉、そう花音は記憶していた。
つんくはいったい何を成そうとしていたのか。何らかの方法で「天国」へ行くことを模索していた? それとも自分たちの知らない「第三者」の指示をただ忠実に履行しようとしていただけ? 当人が死んでしまった以上、答えを出すことはできなかった。
思えば思うほど、不可解なことだらけだ。
そもそも、あの「天使」がそう簡単に死んでしまうものだろうか。花音は心に強く、天使の姿を思い描く。
花音が「銀翼の天使」に相まみえることができたのは、ただの一度きり。
ダークネスの施設に収容されていた時に、その姿を見たたった一度きりだ。
それなのに。
柔らかな日差しのような、笑顔。
万人に注がれているかのような、優しげな眼差し。
ぱっと見少女のように幼いのに、その裡に秘める凄まじい能力。
どれもが一瞬にして花音を魅了し、そして生涯尊敬する人物として心に刻まれた。
今回の作戦は文字通りの「天使」の保護。彼女をこちらの味方に引き入れ対ダークネス戦の切り札として使うという、つんくの目論見は花音にとって福音とも言うべきものだった。彼女とともに戦える日が来るかもしれない。この上ない、喜び。
それも、つんくの作戦の失敗及び「銀翼の天使」の限りなく死に近い凶報によってご破算になってしまったが。
「ちょ、それあかりの!」
「たけちゃんは靴下汚いからだめー」
「はぁ?別に汚くないし!!」
「いやいやこれはアウトでしょ。ゴリラも死ぬ臭さ」
「うほっ!う、うほぉ!!!!ばたっ」
「めいもやる!う、う、うほおおお!!!!」
「ざけんなっての!ゴリラがそんな簡単に死ぬかよ!!」
「いや死ぬね。タケは靴下汚いしハンカチも持ってない。和田さんにこの前注意されたのに」
「あかりはあのブォーッって吹くやつで乾かすからいいの!」
「馬鹿じゃん。てか竹内のばーか」
「竹内のばーか」
「竹内のばーか」
花音からすればどうでもいい、お菓子の取りあい。
相変わらず、「追加メンバー」の四人はかしましい。
そんな様子を見ていると彼女たちは本当に自分と同じ「エッグ」だったのか、甚だ疑問に思えてくる。外部からつんくがスカウトしてきたという芽実や香菜はともかく、朱莉や里奈は自分と同じような境遇だったはず。
「ただいまー」
そして、「スマイレージ」が現在本拠地としているこのマンションの一室に帰還するリーダー。
花音は彼女のことが一番、解せない。
「ちょっと和田さん、また美術展行って来たんですか?」
「だって謹慎って言ってもどこにも出かけるなって言われてないでしょ」
「そりゃそうですけど」
「そうだ、みんなあやが見た美術展の感想聞きたい?聞きたいでしょ?」
我らがリーダー和田彩花の壮大なる美術論が展開されるのを予想し、一様に憂鬱な表情になる四人。
相手のことなどお構いなしなのは、昔から変わらない彩花の悪い癖だ。
楽しそうに自分の好きな美術のことについて止まらない話を続ける彩花、そんな彼女のことを遠目で眺めつつ。
「スマイレージ」は。結成当初のあの四人は。闇の中で生を受け光の中で地獄の苦しみを味わわされた同じトラウマを持っているはずだ。なのに、なぜそうやって何もなかったかのように笑っていられるのだ。
花音は自らが歩んできた道を思い返す。先の見えない未来、次々と脱落してゆく「エッグ」の同士たち。そんな環境の中で生き残れたのは、ひとえに自分の能力に絶対の自信を持つこと。強烈なエリート意識があったからこそだった。
自分たちをあのような目に遭わせた張本人とも言うべきつんくは死んだ。
前々から信用できない面はあったものの、まさかここまでこちらの運命に絡んでいるとは思いもしなかった。とは言え、その怨嗟をぶつける対象はもういない。彼が「大事」にしていた、響き合うものたちを除いては。
花音がそんなことを考えている間にも、彩花の「ありがたいお話」は続いている。
さすがに10分を超えると、四人の精神力にも限界が訪れるのだろう。最初から聞く気のない里奈は既にスマホ弄りに没頭している。
芽実や香菜の顔からは愛想笑いが消え、朱莉に至っては顔に表情というもの自体が消えていた。
「もう。はるなんだったら楽しそうに聞いてくれるのに」
ようやく美術の楽しさ素晴らしさを後輩たちに伝道することを諦めた彩花、しかしその言葉を花音は聞き逃さなかった。
「ねえあやちょ…それ、気をつけな?」
「花音ちゃんなにそれ。どういう意味?」
「だってさ。おかしいじゃん。そんな会ったばっかの人と仲良くなるなんて」
「そう?はるなんいい子だよ」
もちろん、聞いてて気分のいい話ではない。
花音にとっては屈辱とも言うべき仕打ちを受けた人物だ。
あんな、偽善者の集まりのリゾナンターなど。そう言いたい気持ちを抑え、花音は努めて冷静に振る舞おうとする。
「大体あやちょ、世間知らずなんだから。しっぺ返し食らっても知らないからね」
「べーだ、はるなんはそんな子じゃないですよーだ」
実に子供じみた仕草で花音に返す、彩花。
あの屈辱の日々を忘れたの? またしても言葉は感情とともに自らの中に飲み込まれる。
結果、鬱屈した思いだけが溜まってゆく。
結局何もかも投げ出した花音はソファを占領していた朱莉たちを追い払い、おもむろに横になる。
どうして自分はここにいるんだろう。
きっと全てを割り切って、後輩たちの輪の中に入ってしまえば楽なのかもしれないし、容易にそれができることもわかっていた。が。
気分じゃない。
表向きはそんな理由を立ててみるものの。
リヒトラウムで自分に反旗を翻した時の、後輩たちの冷たい表情は決して記憶から消えることは無い。
こんな時、あの「天使」が自分に降りてきたらいいのにと思う。白き翼をはためかせ、自分をこの息の詰まる空間から連れ出して欲しいと、願う。
でも花音は知っている。自分の願いなど、誰も叶えてくれないということを。
「ねえ、花音ちゃん」
彩花が話しかけてくる。
花音はわざと、背を向け瞳を閉じた。
「何? 美術や仏像の話なら、聞かないから」
「…シンデレラの話は知ってる?」
「誰に聞いてんのよ」
仮にもシンデレラの生まれ変わりと称していた人間にそんなことを聞くか。
憤慨しつつも、話の続きがあるようなので黙って耳を傾ける。
「意地悪な継母や義姉妹に虐げられたシンデレラ、けれど最後は王子様に見初められ幸せになる」
「…それで?」
「だから、シンデレラは。幸せにならなければならない」
「…っ!!」
何を、見透かしたようなことを。そんな心の反駁もまるで役に立つことはなく。
花音は、彩花に背を向けたままでよかったと心から思った。
今自分がしている表情、これだけは。彩花だけには。絶対に見られたくない。
そんな同情なんて、欲しかったわけじゃないのに。
「お生憎様。もう、シンデレラの生まれ変わりはやめたんだよね」
「そうなの?」
代わりに、背中で言葉を発する。
周りから同情される哀れなシンデレラなんかに、絶対になってたまるものか。
そうだ。私は、孤独だ。どんなに馴れ合っていようが、本質はたった一匹の呪われた狼だ。
「これからあたしのことは、まろって呼んで」
「まろ?」
魔狼と書いて、まろ。
魔に呪われし一匹狼に相応しい名前だ。
今自分にできる精一杯の強がりに過ぎないけれど、それでも。
強がりさえ無くしてしまったら、今の自分を構成しているものすべてが流れ出てしまうような気がしたから。
更新日時:2016/06/24(金) 11:52:46.67