(132)80 『Chelsy』35

「・・・薬をのまなくちゃ」
千佳が鞄から財布を取り出し、自販機コーナーへと歩き出した
読みかけの本を机に戻しながら、私は彼女の後を追う
「無理しないでいいからね、気持ちが落ち着いてからでいいから学校に来てね
 私だけでなくみんな、千佳が帰ってくるのを待っているからね」
優しい声をかけながら、私は千佳の横に並んで歩き出した

彼女の顔をみて私は驚いた。瞳が涙で潤んでいるのだ
それなのに彼女は「・・・ええ、焦らないようにするわ」なんていつもの落ち着いたトーンの口調
涙を浮かべているだけではない、よくみると鞄は強く握られ、唇も震えている
「だ、大丈夫?どこか具合が悪いの?」
「・・・大丈夫よ、お薬を飲めばいいから」
自販機にお金を入れながら、振り返るがやはり小銭を入れる手は震えている

やはり、誘拐された影響なのかな?精神的に不安定になっているのだろうか?
あるいは誘拐されたときに変な薬でも飲まされたり、嫌な思いをしたとか??

赤いカプセル剤を手にしながら彼女は指を震わせていた
「・・・野中さんペットボトル開けてくれないかな?」
「え、う、うん、はい」
彼女は小刻みに左手を震わせながら、ゆっくりと口元に運んでいく
唇も小刻みに震え、瞳は大きく開いている

震えている唇は言葉を発しているように思えた。
(なにかいっている?)
読唇術を学んだことはなかったが、私の直感が、この薬を飲ませてはいけないと叫んだ
申し訳なかったが私は彼女の左を強くたたき、薬を床に落とした
床に落ちた薬は転がり自販機の下にもぐりこんだ
謝る私を無視するようにすでに千佳は腕を自販機の下に伸ばし、埃まみれの薬を拾って見せた
そして私にみせるようにして、そう演技でもしているように呟いた
「・・・薬をのまなくちゃ」   (Chelsy 


投稿日時:2016/10/04(火) 00:57:28.29





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