(136)81 「赤いスイートピー」

             ― WARNING ―

・色々突っ込みどころがありますが気にしない
・どこかで見たようなオリキャラ(強調)が登場しますが、気にしない
・以上の注意書きを見て怪しいと思った方は回れ右で


東京にある、某「電脳都市」。
その一角に彼らの根城はあった。
ペンシルビルと言っても差し支えないような狭い区画に聳える、雑居ビル。
その最上階を占める小さなフロアが、今や日本の闇社会を掌握しつつある大組織のものだとは誰も思うまい。

小さな劇場を思わせるような空間。
最奥の「舞台」と呼ばれる檀上のさらに奥には、「先生」と呼ばれる組織の首魁の部屋がある。
あまりに多忙な彼は、その椅子に滅多に腰を下ろすことはないのだが。

「珍しい。組織の大幹部がこんな小劇場に何の用だい?」

「劇場」に現れた、一人の女。
ほぼ全ての明かりが落とされ、小さな電球のみがこの空間の光を担っている。
薄ぼんやりと照らされたその具合が、鼠色のパーカーによく合っていた。
その「劇場」の観客席に座るもう一人の女が声をかけたのは、闇が女の視覚システムに馴染み始めた時だった。

「冗談を。あんたがここにいるほうが不思議だ。今や組織のナンバーワン、自分のホームグラウンドにいる確率は『先生』とどっこいどっこいだって聞くよ。実は、こっちがあんたの本拠地なんじゃないのか?」

皮肉交じりの言葉を投げる女に、もう一人の女は愛想笑いで返す。
相変わらず地味な顔だ。おまけに弱そうでもある。自分たちの組織は、派閥の財力が組織内のランクに結びつく。自分より明らかに弱いであろうこの女が自分より高い位にいるのも、そのせいだ。

「何か景気のいい話はないの?」
「逆の話はあるけど。例の馬券予想の得意な先輩が組織を抜けるらしい。かつて組織の七柱にいたあの人がね。
あの時の7人が、今やあんた一人だ。『時代』を感じるね」

闇を自称するあの組織を追い越せ追い抜けでやってはきたが。
いくら実体のある実績を重ね続けても、最早「伝説」となった存在相手に意味は無い。それどころか、「先生」が新たに編成した別系統の組織に猛追される始末。次世代のメンバーたちは着実に育っているとは言うけれど。 

「そう言うあんたは、『時代』に取り入って得をする。随分前の『宴』でも『永遠殺し』をオブザーバーに入れて大盛況だったらしいじゃないか」
「え?あんたもその場にいたじゃん」
「よせ。私はただの顔見せだ…で、『闇』を潰す算段でもついたのか?」

女が、ずばりと斬り込む。
敵対組織の幹部と親しくしてまでやることはそれしかない、とばかりに。

「ふざけんなって。知ってんだろ、あたしは元々あそこの雑兵。あたしがイーイー言ってた頃、あの人たちは既に世界を闇で掌握してたんだ。『先生』の思惑はともかく、あたしが弓を引くわけがない」
「ふん…どうだかね」
「もちろん、野心がないわけじゃない。証拠に、ダークネスに楯突くって言う集団のことは常に監視してる」

鼠色パーカーに様々な点で疑われたと思ったのだろう。
地味顔の女は、一枚の写真を器用に投げ渡す。

「なるほど。敵の敵は味方ってこと?」
「とにかく、あんたも一度は見ておくべきだ。あたしたちが闇社会に生きるモノだということを思い出させてくれる」

パーカーの女が、写真を表にめくる。
満面の笑みでダブルピースしている姿は、無邪気そのもの。

「ただの子供にしか見えないが…」
「その集団の、要注意人物だ」
「…何だと?」

耳を疑った。
しかし曲がりなりにも組織のナンバーワンが言うことだ。俄かには信じたいが確かめないわけにはいかない。

「任務外だけど、行ってみるか」
「場所はわかってるのか?」
「…『喫茶リゾナント』。写真の情報から解析済みだ」

言いながら、写真を持ち主に投げ返す。
写真自体も既にスキャニングしてある。彼女にとって、現物は必要ない。

喫茶リゾナントについての情報は、ダークネスが喫茶店を襲撃する以前のものしかない。
確か、至高の光使いを中心とした、9人の能力者集団だったはず。とすれば写真の少女は新人だろうか。

劇場を後にするその瞬間。
女の高性能な聴覚センサーは聞き逃さなかった。

「…のために…いきたい…」

相手の鼻息で正確には聞き取れなかったが、確かに「いきたい」と。
荒い鼻息を吐きつつも本当は自分が喫茶店に行きたいというのか。自分の野心の為に、そして頂点に立ち続けるために。
腐ってもやはり「先生」の造り出した戦士と言うことか。

「劇場」を後にした組織最強のサイボーグが、喫茶リゾナントに迫ろうとしていた。




「いらっしゃいませー!!」

甲高い声の洗礼を浴びる、喫茶店の一番客。
人に出すことのできないのではないかという高音を発しているのは、喫茶リゾナントの四代目マスター・飯窪春菜だ。

「いつもにも増して耳に響く接客だねえ…」
「間賀さん久しぶりですねっ、何してたんですか?」

面食らう常連客を前に、満面の笑みで接客する春菜。
そう、普段から閑古鳥が鳴き続けて声を枯らしてしまう喫茶リゾナントにとって、常連客は大事な存在なのだ。

その頃、例の鼠色のパーカー女は。
既に喫茶店の中に、いた。しかも誰にも気づかれないように。
彼女の保有する「能力」からすれば、当然の話ではあるが。

― この黒髪の細い女は弱そうだ。チェックの対象から外して良いだろう ―

春菜を見ながら、失礼な一言。
女は春菜を既に能力者であることを見切っていた。

― 以前もそうであったように、この喫茶店で働く全ての人間は能力者だろう。そして、「例の少女」は学校が終わった頃にこの店に顔を出す。なぜなら ―

春菜が、カウンターに入ってからすぐに、こう言ったからだ。

「今日はくどぅーと小田ちゃんとまーちゃんが早上がりか…たまには手伝ってもらわないとね」

もちろん、カウンターで隣にいなければ聞こえないような独り言。
だが。女の能力は。目は。耳は。もうこの喫茶店の全てを「把握」していた。

その後も、常連客と思しき数人が店を訪れる。

「あら江市さん、お目当てのくどぅーはまだ来ませんよ?」
「井後さん、新作の『ああぁっふっふぅ丼』試してみませんか?うちのオーナー一押しです!」

そして俄かに店が賑わってきたその時。

「ただいまーなうー!!」
「まーちゃん、急に能力使ってんじゃねえぞ!」
「しょうがないですよ工藤さん。佐藤さんが誰が一番に喫茶店に着くのか競争って言った時点で…」

― あれが、例の少女 ―

女の「目」が、佐藤優樹・工藤遥・小田さくらの三人に向けられる。
やはり三人とも能力者。今しがた「能力」を使ったというのはこの子か。会話と状況から、女はそれが優樹であることを分析していた。

― ここからは、一挙一動見逃さない。『細胞具』、全展開 ―

女の能力は、無から有を作ることのできる能力。
何もない空間に、ステルス性の「目」を、「耳」を、「鼻」を、「口」を、そして「皮膚」を作り出す。全てが、彼女自身と同様に高
性能の機械で作られていた。その気になれば目や口から殺傷性の高いレーザー光線を照射することも可能な、
恐ろしい能力。

「今日は、珍しいくらに忙しいから三人ともキッチンに入って」
「はーい」

どうやら優樹を含めた三人の少女たちは店の手伝いをするらしい。
実力を測る一番てっとり早い方法は敵襲ではあるが、そんなことをしなくとも自分の「細胞具」があれば事足りる。
情報を手に入れようとキッチンに忍ばせた「耳」の出力を上げようとした矢先の出来事。 

「ヒャアーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

優樹の発する謎の奇声が、女の「耳」の一つを見事に破壊。
本来ならここで五感に優れた春菜が見えざる何かの存在に気付くはずだが、女の展開している「皮膚」により見事に音と匂いをシャットダウンした。
それでも、女は優樹のトリッキーな行動に動揺を隠せない。

― な、何だ今のは。今大声を上げる必要は…あったのか? ―

「もうまーちゃんうるせーよ」
「佐藤さん、久しぶりのキッチンでテンションあがってるんじゃないですか」
「いえーい!!」

普通に考えればはしゃいでるただの子供に見えるが、まさか。
女の思考が、ある一つの結論に辿り着く。

― まさか今のは、私の「耳」を意図的に破壊したのか!? ―

仮にも組織のナンバーワンが警戒する少女だ。普通であるはずがない。
となると相手はこちらの存在に気が付いてる? いや、そんなはずがない。こちらは38歳の女教師やコミック担当の書店員に扮装しても誰にも正体を悟られなかったのだ。このような少女に…
と思いかけた女だが、やがて冷静さを取り戻すと。

― まあいい。とにかくだ。可能な限り、全ての情報を集めてやる。私が信用しているのは、情報と言う名の二次元。それ以上でも、それ以下でもない ―

そう結論付け、監視を続ける。
優樹たちは春菜の言いつけで、夕方の予約客とやらに供する魚料理の下ごしらえに挑戦していた。 

「魚のうろこってさー、目から出るやつだよね」
「はぁ? 何言ってんだよ馬鹿じゃねえの」
「でも確かにコンタクトに形が似てますよね」

女の「耳」が、三人の会話を捉える。
やはり思い過ごし、現に少女にはあまり常識がないらしい。先ほどの行為もただの偶然とするのが。

ぐさっ

突然のことだった。
優樹の振り回した包丁が、女の「目」に突き刺さる。
女の「モニター」には、大きく皹が入ってしまった。

― な、なんてことだ! まさか不可視の筈の「目」が攻撃されるなんて ―

「あぶねーよ、包丁振り回すんじゃねえって!」
「イヒヒ、ごめんちゃーい」

しかし、通常の攻撃なら「目」を操作することで容易に避けられたはず。
それができないのは…

― 動きが…動きがあまりにも予測不可能すぎるっ…!! ―

先程から、ずっと「目」が優樹の動きを追っているのだが。
右へ左へ、目まぐるしく動く。ぴょんぴょん飛び跳ねる。挙句の果てにはくるくる回って見せたり。
その仕草があまりに。

― か、かわいい…だと? 馬鹿な。私はそんな下らない感情に踊らされたりはしない ― 

「それじゃ、三枚におろした魚をフライパンに入れて」
「おっけー、まかせとけー!」
「わっ! 魚を瞬間移動でいきなり入れるんじゃねー!油飛び散るだろうが!!」
「だってさ、どぅーが悪いんだよ! あんまりそういうことばっかり言ってると…」

次の瞬間、優樹は遥を指さし、

「シャンデリアにしちゃうからねっ!!」

と謎の発言。それに一番驚いているのが。
遥の後方のテーブル席にいる、江市という常連客だった。

― なんだ、今のは。もしかして私に言ったのか。シャンデリアにするって、どういう意味だ…そんなはずがない。
今のこの私の「変装」がばれることなど…!! ―

江市、いや、江市に「変装」していた女は明らかに狼狽えていた。
喫茶店に「目」や「耳」をばらまいた後に、女本体は店の常連客である江市絵無雄という男に成りすまし入店していた。
女の意のままに姿を変える「細胞具」を使えば、造作もないことである。それが、ばれたとでもいうのか。

それに、と女は思う。
少女が魚をフライパンに瞬間移動させた時に、魚は当たり前のように熱されていた。
ガスコンロに火がついていないにも関わらず。

一体どういうことなのか。
まさか。いや、ありえない話では無い。あの力の応用次第では、そのようなことも不可能ではない。

― やはりあいつが言うように、あの少女はとんでもない能力者では ― 

「えーいちさんっ!!」
「はうあっ!?」

思考の迷路を彷徨っている最中に、当の優樹に話しかけられたものだから。
江市に変装した女は慌てた挙句変な声まで出てしまった。

「これ、まーちゃんの特製パスタ! 食べてみて?」
「あ、ああ。ありがとう…遠慮なくいただくよ」

いつの間に作ったのだろうかと女は訝しんだが、そう言えば優樹が魚を捌く前に、喫茶店のマスターからパスタの仕上げを頼まれていたのを思い出した。

「おい!そのお客さんははるのお客さんだぞ!!」
「えー、どぅーなんて裏で『あのじっちゃん、はるが顔出すといくらでも金つぎ込むからちょろいぜ』とか言ってるくせにさー」
「ちょ、お前! あっお客さん!! はるぜーんぜんそんなこと思ってないっすからぁ!!!!」

特製パスタ。見るとただのミートスパゲティにしか見えない。
とにかく、躊躇していると怪しまれるかもしれない。さっさと食べてしまおう。

女が勢いよくパスタを啜ったその時、悲劇は起きた。

「あf7いyとgl9いw34@tp23@-39!!!!!!」
「ミートソースの缶がどこにあるかわからないから、全部タバスコにしてみました」
「はぁっ? あれは譜久村さんが間違えて買ってきたデスソースだろ! 何入れてんだよ!!」

推定数万スコビルのカプサイシンが、女の味覚センサーを完全に破壊する。
しかし、ここで粗相をすれば相手に正体がばれてしまう。何か、何か言わなければ。
女は江市絵無雄のありとあらゆる情報を検索し、そして。

「感謝、感激…くどぅー…感…どぅー…」
「さっすが江市さん、根性あるー」

もう限界だった。
「細胞具」が剥がれてしまう前に、女は釣りはいいとばかりに万札を置くと脱兎の勢いで店から出て行った。

「まーちゃん!せっかくのはるの太客なのに、二度と来てくれなかったらどうすんだよ!!」
「大丈夫ですよ工藤さん。江市さんなら、工藤さんに踏まれても蹴られても絶対に来ますから」

そんな会話が喫茶店の中で繰り広げられているとはつゆ知らず、女は自らのアジトに向かって走り続ける。

― とにかく…情報は全て手に入れた… ―

潜入には失敗したが、目的は果たした。
組織のナンバーツーであるというプライドは、いかほどにも傷ついてはいなかった。




数日後。
薄暗い「劇場」で二人の女が声を潜めて何やら話している。
手にしているのは、つい先日の喫茶店潜入で入手した優樹の新しい写真。

「…まーちゃん」
「かわいい」
「パフォーマンスも凄い…」
「まーちゃんのために…生きたい」

そんな様子を遠くで見ていた、眠たげでやる気の無さそうな女がいた。
どこからどう見ても。怪しげな会話を繰り広げる、組織のナンバーワンとナンバーツー。

「…あほくさ。この組織も、そろそろ『塩』どきかな」

爬虫類のような、感情のない目でしばらくやりとりを見ていた女だったが。
やがてそれにも飽きたのか、つまらない顔をして「劇場」をふらりと出て行った。


投稿日時:2016/11/28(月) 13:25:16.93


作者コメント
「赤いスイートピー」
タイトルには特に意味はありません。
きっとあまりの辛さに女の脳内に赤いスイートピーが咲いたのでしょう。 





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