(140)124 『リゾナンター爻(シャオ)』番外編 「煌めく、光」前編

「おい!あいつは、あいつはどこや!!」

某国民的犯罪組織の、支店。
定例の支店会議を執り行う会議室に、勢い勇んで乗り込む人物が一人。
支店トップを張る女、普段は冷静沈着で知られる彼女は珍しく声を荒げていた。
どちらかと言えばフリーダムな雰囲気を醸し出している、彼女の言う「あいつ」。支店の二番手であり、女の相棒的存在で
もある「あいつ」が支店会議をサボタージュすることなど、日常茶飯事のことのはずだが。

「あの人なら、『白菊』さんと『黒薔薇』さん、それと店の一個小隊連れて出かけましたよ。何でも、『虎狩り』に出かけ
るとかで」
「なんやと!?」

先日、支店の参謀格に収まったばかりの髪の長い、前髪を七三に分けた少女が、事実を告げる。
「虎狩り」の意味はすぐに理解できた。間違いなく先日スカウトに失敗した少女のことだ。
その言葉に、驚きよりも先に怒りを覚える。
女が焦っていたのは、嫌な予感がしていたから。スカウトをするのに、わざわざ二人の幹部と大所帯を連れてゆく必要性と
は。

「アホが!何勝手なことしとんねん!!すぐに連れ戻し!!」
「いいんですか?『ちゃぷちゃぷ』さんの面子、丸潰れですよ?」
「なっ…!」
「それに。ニーチェも言ってるじゃないですか。『人生を危険に晒せ』ってね」

参謀の言葉が、女の感情に大きくブレーキをかける。
「あいつ」の「虎狩り」が、自らの命運を賭けるほどの大事だとすれば。
表だって自分が制止するわけにはいかない。この支店は自分と彼女の二枚看板で支えているようなもの、そんなことをすれ
ば組織内のパワーバランスに関わる。個人的な感情は、嫌でも収めなければならない。

「…くそが!!」

が。苛立ちまでもがそう簡単に収まるわけもなく。
負けるわけがない。という相手に対する信頼と、自分に背を向け独断で「虎狩り」に出かけた事実が女を板挟みにする。
それでも、女は知っているのだ。相手の帰りを待つ以外に、自分のすることなどないことを。



「で。そのミツイっちゅう人が、うちを匿ってくれるって話やけど」

あまり乗り心地がいいとは言えない車の中。
助手席に座った尾形春水が、運転している野中美希に話しかける。

「その人、ほんまに信用できるん?」
「実を言うとね。私も話に聞いただけで、会ったことないんだ」
「はぁ!?」

春水が怪訝な顔をするのも無理はない。
正直、普通に考えれば美希でもそんな伝手を頼るなんてどうかしてると思ってしまうが。

「Don't warry. うちの機構がお世話になってる、ロサンゼルス市警のハイラム警部って人がいるんだけど。その人のお墨
付きの人だから。大丈夫、信頼できる人だよ」
「へえ、そうなんや」

ハイラム・ブロック。
もともと市警のいち刑事課長に過ぎなかった彼は、ロサンゼルスにて勃発したテロ事件を「解決」することで飛躍的にその
名声を高めた。そしてその確かな実力は「機構」の知るところとなり、現在に至るまで良好な協力関係を築きあげている。
ただ、「機構」が彼に接触したそもそもの目的は、彼が日本のとある能力者集団との間に持っているコネクションであった。

その能力者集団の中に、先のミツイという女性は所属していた。
かつては驚異的な予知能力の持ち主だったそうだが、今では能力を失い、能力者時代に培った経験を活かして様々な活動を
しているという。
ハイラムの知己ということもあるが、美希は彼女の名前を聞いた時、その人に委ねれば何とかなる。そんな直感に似たもの
を感じた。言うなれば、心に響く何か。まさしくそれは…

「ちょ、さっきの交差点左と違うん?」
「あれ…そうだっけ?」
「また方向音痴が炸裂かい!はぁ…うちに運転免許があったらってつくづく思うわ」

呆れ顔の春水に、美希は肩を竦めずにはいられない。
ただ、抗弁する機会があるのなら言いたい。これは決して自分のせいではないのだ。どうしようもないことなのだ。とは言
うものの。
先程の交差点スルーはまだいいほうで、気が付くと東京と真逆の方向に走っている始末。方向音痴のプロ、方向音痴の
スペシャリスト。何度春水にそんなありがたくない二つ名をつけられそうになったか。
そして、今この瞬間も。

「オー…今の路地を右に曲がらなきゃならないんだった…」
「はぁ。こら気長にいくしかないねんなあ」

「機構」所属のエージェント。それが方向音痴だなんて、と美希は気が滅入る思いなのだが。
むしろそれが春水にとっては親近感を感じる要素であることを、美希は知らない。
春水が美希について行こうと思ったのも、偏に美希の人柄のおかげでもあった。

「それにしても、ええの? 任務とやらをほっぽり出してうちに付き合っても」
「ノープロブレム。ちょうど大阪の支部に同僚がいたから、きちんと引き継ぎできたし。その、春水ちゃんを無事に東京に送
り届けるには一日でも早く動かないと、って思ったから」

車は市街地を抜け、山道に入る。
峠を越えれば、とりあえずは関西圏を抜けることになる。

「ふう。ようやく第一段階突破だね」
「ああ、誰かさんのおかげで遠回りしたけどなあ」
「もう、春水ちゃんのいじわる…今のところは追っ手もいないみたいだし、少しは気を休めることができるね」
「そうやとええねんけどな」

おそらく春水は例の怪しいナース服の二人組の事を思い出している。美希はそう踏んでいた。
大阪であれほどの実力者がいる組織と言えば、思い当たるところは一つしかない。
美希が憎む「あの組織」ではないものの、全国の要所に拠点を持つメジャーどころの支店だ。時として海外にまでその欲望
の手を伸ばす彼らは、「機構」の監視対象組織の一つに入っていた。

春水が顔を顰めるのも無理はない。何せ彼らのやり口は一言で言えば「えぐい」からだ。
彼らの見初めた逸材を手に入れるためには、手段を選ばない。それは、春水の仲間たちを見せしめに殺したように見せかけ
たことからも明らかだ。ただし、それが通じないと解れば次は騙しではなく本当に実行する。
特に。あの二人組のピンク色のほうは、仲間に迎え入れると言うよりも、むしろ弱者を甚振り楽しむような素振りすら見せ
ていた。そんな彼女が、そう易々と「おもちゃ」を手放すだろうか。

今は、そんなことを考えても仕方ない。
美希は、車をただひたすら東へ向けて走らせる。

楽しいドライブ、とはいかずとも長い道中だ。
自然と会話は互いのことについて及んでくる。

「野中ちゃんの言う機構、ってどんなとこなん?」
「うーん、そうだね…」

春水に言われ、美希は自らの所属している「機構」について説明する。
アメリカにおいて外国での諜報・諜略活動を一手に引き受ける中央情報局。その下部組織でありながらも、半ば独立した指
揮体系を保持しているのが「機構」なのだと言う。
活動内容は、中央情報局の入手した情報をもとに行動すること。特に、「能力者」と呼ばれる異能の持ち主の絡む問題に介
入・解決するのが主になっているという。

「へえ。そんなエリートさんばっかのとこに野中ちゃんの年で在籍してるなんて、凄いやん」
「いやいや、私の場合は優秀なエンジニアさんが…」

そう言いかけたところで、美希が口を噤む。
どうやら何かに気付いたらしい。
バックミラーには、車間をぴったりと付けて追走する、スモークガラスの怪しい車が。

「春水ちゃん。後ろから、不審な車が」
「…ほんまや。もしかして、あいつらじゃ」
「わからないけど、振り切ってみる」

言うや否や、アクセルを思い切り踏みつける。
凄まじい爆音とともに、車両が急発進。見る見る間に、後方の車を置き去りにしていった。
これで必死に食らいついて来るなら、ビンゴなのだが。

「何やねん。あいつら、まったく追ってけえへんやん」
「うーん、私の思い過ごしだったのかな。人気のない場所に入ればもしかしたらアプローチをかけてくるかも、って思った
んだけど」

もし彼らが未だに春水のことを諦めていないと仮定して。
仕掛けるなら、ここ。そう美希は予想していた。それは「機構」のエージェントとしての直感だった。
その直感が正しいことは、すぐに証明された。

道の真ん中に立つ、ふたつの影。
車が近づきヘッドライトが影を照らすにつれ、姿が顕になる。

二人とも、白のナース服に白黒のボーダー柄のニットコートを羽織っていた。
ニットコートは、多少の模様の違いがあり。
白が多めのほうは、鬼の形相でこちらを睨み付け。黒が多めのほうは、下卑た笑顔で迎え入れる。
いかにも対照的な二人、けれども、こちらに向けている敵意は。ひとつ。

「尾形ちゃん!しっかり掴まってて!!」

言うや否や、美希はハンドルを大きく切った。
車体をぎりぎりまで近づけ、そして横に寄せる威嚇。だが、件の二人は顔色ひとつ変えることなくその場から一歩も動かな
い。その胆力、威圧感、ただものではないと美希は判断する。

「私が先に出る。尾形ちゃんはあいつらを無視して先に行ってて!」
「はぁ?何言うてんねん!うちも戦うわっ!!」
「こっちには車がある!すぐに合流するから!!」

ここで二人で共闘した場合と、一人でこの二人を相手にした場合をシミュレート。
結果、後者を美希は選んだ。これからやろうとしていることに関しては「一人の方が」都合がいいのだ。

不承不承ながらも首を縦に振る春水を確認し、美希は運転席のドアを開け放った。

「なかなかおもろいことするやん。ま、その鉄の塊ぶつけたとこで勝ち目なんてあらへんけど」
「つまらんことしてると、死ぬぞお前」

嫌らしい表情を浮かべ挑発する黒いほうと、殺意を剥きだしにする白いほう。
それを無視し、美希は訊ねる。

「あんたたちのボスは?」
「…お前ら如きに、姉さんが出張るわけないやろ」
「そう…いいよ、春水ちゃん」

それが、ゴーサインだった。
勢いよく車から飛び出した春水が、二人の刺客のボーダーラインを越えようと駆け出してゆく。

「なっ?!」
「逃がすかい!!」

春水を阻もうと、白いほうが手を伸ばしかけた矢先のこと。
掠める、紫電。攻撃をかわした時にはもう、春水は追いつけない距離に遠のいていた。

「ちっ…とんだ邪魔が入ったわ」
「まあええやないの。二人でこいつを甚振り殺す、っちゅうのも面白そうやし」

最悪一人だけでも足止め、と考えていた美希だったが。
まさか二人ともこちらに気を向けてくれるとは。春水に追手が差し向けられないことを喜ぶべきか、それとも巻き込まれ体
質の本領発揮を恨むべきなのか。
諦めたように、ふう、と美希は息を吐く。

「何やねんお前。もう白旗上げてんのかいな」
「ううん。あなたたちなら、『これ』を見せても問題ないかな、って」

美希がかぶりを振ると同時に、それまで普段着のように見えた彼女の衣服が形を変えてゆく。
体にフィットしつつも、防御性に優れたデザイン。それでいて機動性をまるで損なっていない。深い紫色の、プロテクトスーツ。

「ちっ、光学迷彩…?」
「It is not necessary to tell you.(あなたたちに教える必要は無い)」

それだけ言うと、美希は全速力で黒いほうへと向かってゆく。
先程見せた「飛び道具」から、距離を取って戦うタイプと見ていた黒いほうこと「黒薔薇」は少々面食らう。

「ちょ、何でうちやねん!」
「ええやん。甘いもんばっか食うてるから少しは体動かしや」

ひとまず自らが攻撃の対象から外れていることを知り余裕の白いほうこと「白菊」。
ついてない「相方」は不服そうに頬を膨らませつつ、すぐに思考を切り替える。

美希が、一気に敵との距離を詰める。
上段への突きや蹴りを主体とした、米軍軍隊格闘術に源を発した「マーシャルアーツ」。それが美希の戦闘スタイルであった。

矢継ぎ早に繰り出される、拳や蹴り。
だが「黒薔薇」も負けてはいない。美希の迅さに対応し、雨あられの攻撃を悉く防いでいる。
やがてこのままでは埒が明かないと見た美希が間合いを大きく取った。

「何や、逃げんの…」

言いかけた「黒薔薇」が、ぎょっとする。
右手を額の辺りに翳した美希。ともすると敬礼のポーズにも見えるそれは、体中から紫の光のようなものを集め。
一直線に、空間を斬り裂いた。

同時に、再び間合いを詰めてゆく美希。
謎の光線を回避するので精一杯だった「黒薔薇」の無防備な姿、さっきのような息もつかせぬ蹴り技と手刀のコンボを食ら
えばただでは済まない。

が、そこに立ちはだかるものがいた。
二人の戦いを静観していた「白菊」であった。

「近接と飛び道具の二段構えか。せこい真似するやん」
「くっ!!」

戦況は一気に二対一の不利な流れに。
「白菊」の乱入により態勢を立て直した「黒薔薇」も攻勢に加わり、美希は一気に窮地に陥る。

「おらあっ!!」

「黒薔薇」の上段蹴りに警戒し身構える美希を、死角から「白菊」の一撃が襲う。
見た目の華奢な感じからは想像もつかないほどの、重い拳。プロテクター越しに伝わる衝撃は、美希に確実なダメージを与
えた。
後方に態勢を崩す美希に、白の刺客は追い打ちをかける。蹴り技はないものの、右から左からやって来る剛拳。これには正
面を固めて防御に徹するしかない。

このままでは…
何とか状況を打開したい美希だが。

「うちのこと、忘れてへん?」
「なっ!」

今度は「白菊」の反対側から、「黒薔薇」が。
いつの間にか拾ってきたと思しきコンクリの塊のついた鉄パイプを、何の躊躇も無く重力に任せて振り抜く。
プロテクターの範囲外である頭にそれを受けた美希は、思い切り後方へと吹っ飛んでしまった。

「相変わらずえげつない攻撃やな」
「せやかてうち非力やもん。それに、これやったら血ぃ、いっぱい見れるやろ?」

けたけたと笑いだす、「黒薔薇」。
その笑顔は狂気に染まり、さらなる惨劇を求めて美希に近づく。
しかし、インパクトの瞬間に力を逃がした美希はゆっくりと立ち上がった。
こめかみのあたりから少し流血はしているものの、大きな怪我ではないようだ。

「つまらんなあ。もっとどばっ、と血出ると思ったのに」
「生憎、鍛えてるんで」
「ま、ええわ。今からここらは血の海になるから。なあ、『白菊」」

まるで歩調を合わせるかのように。
同時に歩き出す、二人。再びの連携攻撃を予測し身構える美希だが、異変はすぐに訪れる。

「え…」

立ち上がったはずなのに、力が抜けたように膝を落としてしまう。
さっきの一撃が予想外に効いていた? 違う。これは。可能性を模索する美希に、二人の悪魔が囁く。

「なあ。こう見えてもうちらも『能力者』なんやで?」
「うちらに囲まれた時点で、自分、もうしまいやねん」
「黒き薔薇は、相手に眠りをもたらし。白き菊は相手に死をもたらす。なんてなぁ」
「寒。あの哲学マニアみたいな物言いやな。せやけどま、そういうこちゃ」

なるほど。毒ガス使いか。
美希はすぐに、相手の能力を看破する。
おそらく二人でコンビを組んでいるのは、一方の力で相手を昏睡させ、さらにその間に致死性のガスを吸い込ませ確実に亡き者
にするためだろう。しかし。

「もう遅いで? あんたはもう、一歩も動けん。うちらに嬲り殺しにされるだけや」

毒ガス中毒に陥った人間がそのことに気付いた時は、最早手遅れ。
全身の機能は失われ、死を待つのみだ。

追い込まれた美希が取ったのは、自らの身を隠すこと。
今度はプロテクトスーツだけではなく、全身ごと。

「はっ、悪あがきやな。そういうの、めっちゃむかつくねんけど」
「ええやん。どうせ遠くには逃げられん。追い詰めて甚振って殺す楽しみが増えたっちゅうことや」

手負いの兎を狙う狼が如く。
二人の狩人の目は、赤く血走っていた。



急ぎ足に、雑草が絡みつく。
だがそれほど抵抗のあるものでもない。すぐに慣れてゆくだろう。

自らが選んだとは言え、民家の明かりすら見えない山道。
だが、道はまっすぐ続いている。
何事もなければ、合流することはそう難しくないはずだ。

ふと、後ろを振り返る。
先を見通せない闇が、そこには広がっていた。
きっと、そこでは「二輪の花」が当てもない探し物をしているに違いない。

美希は、先ほどの修羅場からまんまと逃げ果せていた。
先程まで彼女がいたあの場所。恐らくは毒ガスの使い手である二人が意図的に選んだ窪地だったのだろうが。
それが逆に、美希にこれとない好条件を与えていたことを彼女たちは知らない。

空気調律。
それが、美希の能力だった。
自分の周囲の空間の、温度、湿度、空気の流れを自在に操る力。
美希の纏っていたプロテクトスーツを隠したのも、空気中の静電気を集めて電磁砲を放ったのも、この空気調律のおかげである。
そして。

自らを取り巻く毒ガスを、通常の空気と置き換える。
さらには領域内にいる対象の空間認識を狂わせ、ちょっとした方向音痴状態に陥らせる。
毒ガス自体の毒性は、深く吸い込まなければ日ごろその手の訓練を受けている美希にとっては、大きな問題ではなかった。

「黒薔薇」と「白菊」はまんまと美希の能力に翻弄され、そして逃がしてしまったのだ。
美希は改めて、自らの能力とそれを増強させてくれるプロテクトスーツの存在に感謝する。

彼女の纏っているプロテクトスーツ。
「機構」に属するとある技術者が、美希のためにカスタマイズしてくれた一品ものであった。
その技術者の唯一無二と言っても過言では無い技術力によってスーツは生み出され、美希の「空気調律」能力は美希のポテンシ
ャルを最大限に引き出すことに成功した。元々能力についてはそこまで秀でていなかった美希が「機構」指折りの使い手にまで
上り詰めることができたのは、スーツのおかげだと美希は重々承知している。

ただ、その技術者は不幸な事故により、もうこの世にはいない。
だから、何らかのアクシデントでスーツが壊れてしまった場合。もう新しいスーツは作られない。それが意味するところを、美
希は知っていた。いつか、いつの日か。その日がやって来ることを。

山道を、ひたすら奥へと進んでゆく。
二人の刺客を巻くためには車を捨てざるを得なかった。ただ、春水と合流した後に麓の町で調達すれば何の問題も無い。
ひたすら続く、一本道。その形状が方向音痴な美希にはありがたい。そもそもその方向音痴も、美希が「空気調律」の能力者で
あることから起因しているものだのだが。

少し歩けば、春水とすぐに合流できるはず。そう美希は予測を立てていた。
しかし、歩けど歩けど春水の姿は見えない。それどころか、奥に進めば進むほど例えようのない嫌な予感が美希を襲っていた。
まさか。そう思った時に、鼻をつく臭い。

何かが、焦げたような異臭。
そして。荒らされた地面。激しい戦闘が行われた痕跡に違いない。
足跡は、引き摺られるように奥へと続いている。

まさか、あの二人はただの囮!?

運ぶ足が、必然的に速くなってゆく。
春水の身が危ない。美希の推測通り「白菊」「黒薔薇」の二人組が囮ならば、春水を待ち受けているのは。
全速力になってすぐに、正面の暗闇が紅く輝く。ほんの、一瞬の瞬き。それでも、美希にはそれが春水の放つ炎であることは
理解できた。

光源が近づくにつれ、瞬きの間隔は広がってゆく。
まずい。早く辿り着かないと!! 必死の思いで、肺を絞るように駆ける美希が見たものは。

「あれ、ずいぶん早かったなあ」

最初に見た時と同じ、柔らかな笑み。
暖かく、そして甘いミルクティーのようなその表情。そしてそれとは反比例するような、瞳の色の冷たさ。

「もうちょっと遅かったら、こいつに『とどめ』のちゃぷちゃぷやったんやけど」

ピンク色の看護服に身を包んだ女の、足元には。
文字通り血に沈んだ、春水の姿があった。

「春水ちゃん!!!!」
「く…来るな…や…あん…たは、逃げ」

喘ぐように言葉を出そうとする春水、しかしその頭を女が無情に踏みつけた。

「こいつが悪いんやで。『あの子』に届こうなんて、身の程知らずのことをするから」
「今すぐ!!春水ちゃんを離しなさい!!!!」
「ま、楽しい殺人ショーや。ギャラリーが一人くらいおっても、ええかな」

美希の言葉などまるで届いていないとばかりに、懐から数本のナイフを取り出す女。
女の能力は、「磁化」。磁石化された春水の体にナイフが落とされたら。磁力の力で深くえぐり込まれるナイフ。飛び散る鮮血。
そのヴィジョンは。美希の感情を激しく昂ぶらせる。

「Free her(彼女を離せ!!)!!」

走る紫の電撃。
空を裂く勢いの光線に、思わず後ずさる女。

「…死体が、一つから二つに増えるだけ。そう、思わへん?」

女の笑顔が、消える。
瞳の色と。体を流れる液体同様に冷たく、感情のない顔。
流れ込む悪意と殺気に、思わず美希は身を震わす。
だが、ここで退くことは、春水の死を意味する。
「機構」きってのエージェントである美希でも経験したことの無い、修羅場が今、幕を開けようとしていた。  


投稿日時:2017/01/29(日) 19:05:38.20




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