(150)150 『Chelsy』49

「ぼくを殺してくれないか?」
傷口を抑えて赤く染まった手を止め、思わずチェルシーはジョニーに強く叫んだ
「なにを言っているのよ!」
「寒いんだ、凍えそうなくらいに。ああ、チェルシー、君の声が聴こえなくなってしまうよ」
「バカ、バカ、バカ!諦めるのは君らしくないって、いつも、ジョニーは言っているじゃない!
何よ、私にはそういうのに強く言うのに、自分自身はダメだって!」
「・・・」
「黙っていないで、早く起き上がりなさいよ!」
大声でしゃくりあげながるチェルシーの頬から零れた涙は血だまりへと溶けていく

「なんや、あいつ。エージェントのくせに泣き虫かいな」
中澤は佐藤の背中に乗り、腕をねじりあげ、佐藤を地面に押さえつけながら不敵な笑みをうかべる
「うう・・・いたいよ」
佐藤は苦悶の表情を浮かべ、必死に右手を伸ばそうとするが、その手を中澤が力強く踏みつけた
「ん、あぁっ!」
「あんたの瞬間移動は、面倒やからな、容赦せえへんで」
佐藤の右手から小枝が折れるように音が漏れる
「ま、まーちゃんの指・・・ピアノ弾けなくなっちゃう」
「ふん、ピアノ弾くとか考える余裕があるんか?」

鼻で笑う中澤の後ろには生田が仰向けで倒れ、石田が壁に背をあずけ、左足が曲がってはいけない方向にねじれている
工藤はコンテナの上に手足を投げ出し、血だまりの中で倒れ、飯窪は譜久村の肩を借りてようやく立ち上がっている。
元々大きな黒い瞳をますます大きく拡げ、飯窪は震えながらつぶやく
「あ、ありえません。みんなの痛みを共有させてあの女のもとに纏めて送ったというのに、表情一つ変えないなんて」
そんな呟きを聴こえたのか、中澤は譜久村と飯窪へ目を向け、笑った
「まあ、生まれ持っての素質の違いや。はあ、しっかし、今のリゾナンターはこんなもんか」

「バカ!早く起きなさいよ!」
中澤が簡単に生田達をあしらったのに対し、チェルシーは叫び、ジョニーの肩を強く揺さぶってばかり
「ああ、無理だよ、ほら、こんなに血がでているんだ」
「何言ってるのよ!血が出ているのも、痛みがあるのも生きている証拠なのよ」
「・・・せめて死ぬなら君の手で僕の生きた意味を作ってくれ」
「いやよ、そんなの!!」

「・・・いいんじゃない?救ってあげたら?」
急に声がしたので振り返るとそこには影を背負った小さな同い年くらいの少女がいた
「・・・それはあなたにしかできないことよ」
先程あったばかりの少女に「殺してあげなさい」と突然言われ、チェルシーは困惑よりも怒りの感情が生まれた
「何言っているのよ!!」
「・・・その人は助からない。あいつの裂隙で削られた部分はこの世から消滅する
 ・・・切り取られた断面同士は決して塞がらない」
「だから何なのよ!!助からない、助からないって、諦めているの?あんた私と彼の何を知っているのよ!」
「・・・知らないわ。だからこそ、言えるのかもね」

「なんや、おまえら、うちのことは無視ってどういうことや?
 ほら、残るはあんたら二人と、手負いの飯窪、譜久村だけや」
そこに、土を踏みしめる音が近づいたため、チェルシーと小田はあわてて身構えた
「遊びは終わりや。さあ、そいつをうちらに渡すんや」
中澤の目はジョニーの手を無意識に握ったチェルシーの手の動きを捉えた
「まあ、嫌いうとっても、力尽くででもええんやけどな!」
腕を振るい空隙を刻まんとしたため、小田は中澤に向かって駆け出した

「なんや、『0号』、おまえもこいつらに感化されとったんか?」
「・・・その名前は好みません」
小田は隠しポケットから煙玉を取り出し、地面に投げつけた
辺りは白い煙につつまれ、中澤は小田の位置を見失った
「ほう、自分の能力と相性がええ武器を見つけ出す。相変わらず姑息な手を選ぶんな」
(・・・そんな風に思われてもいいんです)

中澤が指で円を描くと、自身の周囲の煙幕が消えうせた
「まあ、うちにこんな小細工が効く、なんて思っておらんやろうからな。0号やしな」

(『0号』って何?)
そんなことを考えているチェルシーに譜久村が駆け寄ってきた
「さあ、野中ちゃん。私にその人の傷を見せて」
譜久村は桃色のハンカチを取り出し、ジョニーの傷口に添えた
布が擦れただけでもジョニーは苦しそうに顔をしかめた
「大丈夫、すぐに痛みが消えるはずだから」
桃色の光がハンカチに拡がるが、すぐに染み渡る赤い血で見えなくなる
「さっきも言ったけど私はただ『治癒能力』を借りているだけなの
 ごめんなさいね、傷は完全には消えないかもしれない」
完全でなくても流れ出る血が止まればそれでいい、チェルシーも考えていた

「譜久村さん、時間はないようですよ!」
柱に捕まりながら飯窪が大声で注意を促した
「小田ちゃんが時間を稼いでくれていますが、いつまで持つのかわかりませんよ!
 くどぅの千里眼が使えない今、5分、いや2,3分、というのが予想です!」
何かが飯窪に向かって投げ込まれ、飯窪をなぎ倒した
「はあ?数分?数秒の間違いやろ」

「はるなん!」
傷口にハンカチをあてたまま譜久村が仲間の名前を呼んだ
「数分持つやて?今のリゾナンターは見通しも大甘やな」
煙幕が突然晴れ、中澤の声が響く
「せやかて、0号としては頑張ったと評価したるわ。かすり傷とは言えウチの懐に潜り込んで打ち込んできたんやから
 まあ、そのまんま、あの黒ごぼうんとこへ投げたったから、もう立たれへんやろ」
頬に擦り傷ができた中澤の言う通り、小田と飯窪は重なりあって倒れており、顔はみえないものの立ち上がれそうにない
「さあ、譜久村、とっておき、使わなあかん状況と違うんか?」

「・・・おことわりします」
「ほう、まだ余裕があるんかいな?それとも、思い出、とかキレイごとをまだぬかす気か?」
「答える義務はありません」
「ほう、それならうちも暇やないんや、早々にJを始末させてもらうで。そこをどきな」
振り上げた拳に譜久村が毅然とした態度で応じた
「それもおことわりします。
あなたがたとこの人がどのような関係かは存じ上げませんが、命を奪うことを良とは思いませんので」

譜久村が左手で頭への打撃を受け止めたが、痺れるような痛みが走る
顔を歪めるが、そんなことはお構いなしと、右腕、左脚、腹部と矢継ぎ早に中澤は打撃を叩きこむ
骨に響く打撃は防御に長けている譜久村といえどもいつまでも耐えられるはずもなく、譜久村は膝をついてしまう
「あ、ああ・・・」
中澤は崩れ落ちた譜久村の髪の毛をむんずと掴み、無理やり顔を引っ張り上げた
「おまえとウチとでは何が違うかわかるか?経験?能力?才能?
 そんなん、関係あらへん。一つや。あんたらには、覚悟が足らへん」
中澤は膝を顎に叩き込み、譜久村は鼻血を流し、背中から地に倒れ込んだ

「さあ、これで邪魔もんはおらんくなったわけや。ちゃっちゃと帰らせてもらうで」
足を踏み出そうとした中澤だったが、妙に左脚が重いのを不思議がり視線を落とした
「・・・行かせはしません・・・」
「・・・ほう、譜久村、やるやんけ。しかし、悪あがきは身のためやない。あがけばあがくほど、苦しいだけやからな」
「それでもいいんです。痛みがあっても気にしないんです
だって、困っている人がいるんですから。それが正義の味方なんですわ」

中澤は笑い、譜久村ごと左足を高く蹴り上げた。突然の行動に対応できず、譜久村は思わず手を離す
「それならいっそのこと、一撃で決めたるわ」
指を横一文字に振るおうとした中澤だったが、空中にいるはずの譜久村の姿が消えた

「だめ、ふくぬらさん、守る。まさ、がんばる」
佐藤が譜久村を抱えて、チェルシーの側に降り立った
「こざかしい真似やな。れいな譲りの負けん気っちゅうわけか」

「負けん気になら胸張って自信があると言えますよ!」
宙から声がしたかと思うと、伸ばしていた人差し指にピアノ線が絡みついた
「いくらあんたでも人差し指一本なら、新垣さん譲りの特製ピアノ線を破れんっちゃろ!」
仰向けのまま歯を嚙みしめた生田をのせたリオンが天井の柱から柱へと駆け巡っていた

「こざかしい真似を!しかし、石田、おまえも限界近いんとちゃうんか?呆れるほど遅いで
 狙ってくれとでも言っとるようなもんやで」
「でも、視えなかったら意味ないと思うんですよね~」
「・・・これは正義のため、正義のため、はるは強いんだから頑張らないと」
突然中澤が眼を閉じ、その場に蹲った
「な、う、ウオェッ・・」
工藤も蹲って目を閉じて、吐いている

「き、汚らしいもの瞼に映すなんて飯窪、おまえは何を考えておるんや!
 もうええわ、この辺り一帯を削ればええだけや!」
「・・・そんなこと、私が許しません」
「0号!」
「・・・その名前で呼ばないでください」

譜久村が、生田が、飯窪が、石田が、工藤が、佐藤が、小田が、自分とジョニーのために戦ってくれる
傷だらけになりながら、何度と倒されても諦めず立ち上がる
蹴られ、飛ばされ、息も耐えながらも決して中澤を二人の下へと近づけさせない
そんな彼女たちの姿をジョニーに伝えながら、頬を濡らす
「ほら、ジョニー、こんなに私達を守ってくれる人がいるんだから、諦めるなんて許されないのよ」
「・・・」  (Chelsy


投稿日時:2017/06/10(土) 20:37:43.76


作者コメント
『Chelsy』久々過ぎて忘れられてないかな?
はあ、また時代が動くんですね。ももがいなくなってどうなるのか・・・
最近、変わりすぎてハローが面白くないな
Buono!も閉店したし、どうしようか。 

このまま進むか、あるいは止めるか、それとも納得がいくまで少しだけ休憩してみるかは誰しもが自由ですよ。
・・・・・・それでも我々は『Chelsy』50以降が投下される日をいつまでも待っています。


≪next≫『Chelsy』50      ≪back≫『Chelsy』48



ページの先頭へ