(116)321 『リゾナンター爻(シャオ)』67話



愛と里沙は、通路の出口を目指し、歩く。
そこに辿り着けば、最早することは一つしかない。

「銀翼の天使」の、討滅。

言葉にするのは簡単だ。
けれど、それが難しいことは聖夜の惨劇を経験した二人はよく知っていた。
9人がかりですら、倒せなかった。かすり傷一つ、負わせられなかった。

しかし今は。
愛も。そして里沙も。
あの頃とは比べ物にならないほど、力をつけていた。
その実力は、ダークネスの一幹部を打ち倒すほどにまで。
もちろん、「銀翼の天使」がそれらの幹部たちと比べても別格なのは言うまでもない。

それでも。
彼女たちの闘志が揺らぐことはない。
必ず、成し遂げる。生きて帰って、戻ってくる。
かつて手製のお守りを自らの半身としてお互いに託した時のように。
二人の心は、強固な絆で結ばれていた。

光が、射す。
気の遠くなるほど、それでいてあっと言う間の通路は終点を迎えていた。
同時に、まるで毛色の違う二つの殺気の奔流が一気に駆け抜ける。

「これは!?」

里沙が「天使」の気配に気を取られ、見落としていたもう一つの脅威。
それは、感じるまでもない。
「天使」と「悪魔」が、彼女たちのはるか上空で、翼を交えていたのだから。



空に浮かぶ、二つの影。
一つは、闇夜を思わせる翼を広げる「黒翼の悪魔」。
そして、もう一つは。

彼女の周りには、「言霊」のエネルギーが具現化した「白い雪」が降っていた。
能力を持たぬ者であれば、触れただけで魂ごと吹き飛ばされる。
白い雪はまた、舞い落ちる羽毛のようでもあり。
彼女は、その羽毛を翼とし、空に揺蕩う。
「銀翼の天使」 ― 安倍なつみ ― 。

「たぶん、あたしの言葉なんてもう届かないんだろうけどさ」

「悪魔」につけられたいくつもの傷口から零れた黒い血が、形を変え漆黒の槍を成す。
その傷は、先の「エッグ」たちによってつけられたものばかりではない。
「悪魔」は、確実に消耗していた。

「ごとー、言ったよね。『なっちは優しすぎるんだよ。そのチカラがあれば何でも出来るのに…』って」

「天使」は答えない。
いや、それ以前に。彼女の瞳には、何の感情すら浮かんではいなかった。
その姿は、例えるなら破壊というプラグラムを入力されただけの、機械。

つんくが彼女に飲ませた、「内在した人格を入れ替える」薬。
さゆみを被験者として選び得たデータは、彼女にもその薬が適合することを表していた。
ただ、つんくにとって誤算だったのは。

「天使」が。安倍なつみが内包していた第二の人格など、存在しなかったということ。
言うなれば、強い光に照らされて生まれただけの影。そして、影には。主体となる人格など、存在してはいなかった。

323 名無し募集中。。。@\(^o^)/ New! 2016/03/15(火) 07:56:47.16 0.net [0回目]

「でも、撤回するよ。『チカラだけじゃ…何もできない』って」

螺旋を象る槍が、「天使」に矛先を向ける。
降りしきる「雪」を避け、標的を包囲したいくつもの槍が白い影に襲い掛かった。

だが。
黒血の槍は「銀翼の天使」に突き刺されも、貫かれもしなかった。
触れた先から、崩れ落ち、そして無に還る。
何故なら、この力は「言霊」の力だから。
なつみが、自ら以外のすべてのものを消し去るように願った、その願いを形にしたものだから。

「あの時は、素直に『もったいない』って思ったけど。今は、別の意味でもったいないって思うよ」
「……」
「『魂のない人形』が、そんなチカラを扱ってることがさ」

「天使」と「悪魔」。
かつて、彼女たちは交戦したことがあった。
「天使」の戦闘に消極的な態度に、「悪魔」は自らの欲望の蓋を外したのだ。
即ち、自分と対等な者と死闘を繰り広げることの、欲望。
ただ、その時は最後まで「天使」を自らの狂気に引き込むことはできなかった。

それが今はどうだ。
あの時の望みどおりに、互いの命をやり取りするような舞台は整った。
血沸き肉躍る、「悪魔」が待ち望んだはずのシチュエーション。
ずっと戦っていたい。彼女の欲望を叶える、最高の条件のはず。

なのに、「悪魔」の心は少しも踊らない。
逆に、あの「殺気だけのつまらない標的」を見るたびに、自分の心の温度は醒めていっているようにすら感じる。
今の彼女は、Dr.マルシェこと紺野あさ美の指示でこの場所にいるだけ。そのことの、なんと興の乗らないことか。
ただ、何もせずに次の行動に移るのもやや癪ではある。

「面倒だから…一気に終わらせよっかな!!」

黒き翼が、「悪魔」の眼前で交差した。
同時に、空を切り裂く勢いで「天使」に向かって飛び込む。
背には、翼の他に触手のような黒い腕が、六本。いずれもが、先ほどの槍と変わらぬ狂暴な刃を携えていた。

「―――Bullet『弾丸』」

その時。
「天使」が初めて言葉を紡いだ。
空から降る雪が、みるみるうちに形を変えて白い弾丸となってゆく。
突撃する黒の塊を認識するが如く、聖なる銃弾は突発的な豪雨のごとく「悪魔」に降り注いだ。

「くっ…!!」

白が黒を打消し、塗り潰す。
あと一歩で「天使」を貫く間合いに入るところを、最大級の攻撃により押されてゆく。
滅ぼされた黒血の殻から、生え変わるように新しい殻へ。それを幾度となく繰り返しても、天使の裁きは終わりそ
うになかった。

ついには、いくつかの「弾丸」を食らい、諦めた「悪魔」は勢いのままに地面へと墜落してしまう。

高橋愛と新垣里沙は。
その戦いを、固唾を飲んで見ていることしかできなかった。
正直なことを言えば、気圧されていた。

「黒翼の悪魔」とは一度、異国の地で一戦交えたことがあった。
あの時は、愛佳の「予知」に助けられた。故に、後の「天使」が与えたような絶望をメンバーが味わうこともなかった。
黒血の助けがあったとは言え、田中れいなが「悪魔」に立ち向かうことができたのも、そのような事情があったからだ。
それでもなお、メンバーたちには「悪魔」の残した恐怖を拭い去ることはできなかった。

そのような相手が、あの「銀翼の天使」と交戦している。
焼け付くような修羅場に、どうして気軽に足を踏み入れることができようか。
いくつもの思いが二人の中を逡巡する中、撃ち落とされた「悪魔」が。土煙を上げて地面に激突したのだった。

「あいたたた…容赦ないなあ…」

地表に思い切り人の形を刻み込んだ「悪魔」は、何事もなかったかのように自らが作り出した穴から這い出てくる。
まるで漫画のような光景に、愛も里沙も言葉が出ない。

「悪魔」は、全身土埃塗れになった体を丁寧に、ぱんぱんと叩き汚れを落とす。
そして目の前の傍観者たちに、ゆっくりと視線を向けた。

「ねえ」

掛けられた言葉に、思わず身構える愛と里沙。
それもそのはず。「黒翼の悪魔」は間違いなく、二人の敵だ。
れいなからの伝聞ではあるが、さくらを救出する際にもやりあったと聞く。
となれば待ち受けるのは、「天使」と「悪魔」との三つ巴の戦い。
一度戦火に巻き込まれたらもう、後に退くことはできない。
しかし。「悪魔」の口から出たのは、意外な言葉だった。

「悪いけどさ。手伝ってくんない?」
「はぁ?」

愛が抜けた声で聞き返すのも無理はない。
普通に考えれば、「黒翼の悪魔」はつんくが「銀翼の天使」を強奪するのを防ぐためにダークネスの差し金でここ
に来ているはず。ならば、彼女に味方をするということは必然的にダークネスに利を与えることになるからだ。

「それはできない相談やよ」
「何で?」
「だって!あーしらはリゾナンターで、あんたはダークネスだからっ!」

何で、の一言に頭に血が上ってしまう愛。
すると、今度は「悪魔」は里沙のほうに目線を移した。

「ニイニイは、どう?」
「いいでしょう。お受けしますよ、その依頼」
「さっすが。伊達にスパイやってただけのことはあるねえ」

里沙は、躊躇することなく「悪魔」の提案を受け入れた。
納得いかないのは愛のほうだ。

「里沙ちゃん!何で!!」
「愛ちゃんが納得いかないのもわかるけど。今はこれがベスト。て言うかこれしか道はない」
「色々あるやろ!そこの悪魔が安倍さんとやりあって弱った隙にとか!」
「愛ちゃんそれこの人の前で言ったら意味ないでしょ…」

直情型の愛を抑えるために。
里沙は順を追って説得することにした。

「まず一つが、今の安倍さんはどう見てもまともな状態じゃない。下手したらあのクリスマスの日の時より危険か
もしれない」
「む…」
「もう一つが、例え二人が消耗戦を繰り広げたところで、うちらに勝ち目があるかどうかはわからない。それどこ
ろか、安倍さんに対抗できる大きな駒を失ってしまう」
「確かに…」
「最後に、とりあえず今のところは、後藤さんはうちらに敵意をしめしてない。そうですよね?」

最後は、敵であるはずの「黒翼の悪魔」に同意を求めた。

「まあ、そうだね。今のなっちは、つんくさんの飲ませた『薬』のせいでちょっとばかし厄介なことになってるし」
「つんくさんが飲ませた薬!?」
「それは今は置いといて。あんたたちを駒に使いたいのはごとーも一緒だし、勝率は高いほうがいい。てことで、
おっけえ?」

あっけらかんとした物言いに、二人はかつて目の前にいた人物が先輩であったことを思い出す。
気の遠くなるような、昔の話ではあるが。

「いいでしょう。ただし、あくまで共闘は『安倍さんを鎮静させるまで』。その後は…いいですよね」
「里沙ちゃん、でも…」
「愛ちゃん。うちらはさ。フクちゃんたちに生きて帰って来いって、約束させたんだよ。そのうちらが生きて帰っ
てこれないんじゃ、後輩たちに示しがつかないじゃん」

愛は、里沙の目的がいつの間にか「天使の討伐」から「天使の鎮圧」に変わっていることに気付く。
それは、「黒翼の悪魔」という強い味方を得ることができたからだろうか。それとも。愛にはその理由を正確に推
し量ることはできなかったが、こういう時の里沙が頼りになることも知っていた。

「わかった。里沙ちゃんに任せる」
「ありがと、愛ちゃん」
「こーしょーせーりつ、だね」

呉越同舟、とはよく言ったもので。
里沙は複雑な思いを描きながらも、ある思いを強くする。
「黒翼の悪魔」という戦闘面の後ろ盾がある今なら、試すことができるかもしれないと。

「安倍なつみ」を、取り戻すための、自分に出来得る手を。


投稿日時:2016/03/15(火) 07:55:19.93


作者コメント





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